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22話「11月26日、木曜日」



小さな豆知識その39


浅海 奏は、冬があまり好きではない。





 




 大分寒くなってきた。それでも私やさかいはカーディガンを使っているけれど、空ちゃんはもう冬用のコートを使い出していた。


 曰く、「女の子は身体を冷やしちゃよくない」とのこと。今からそれを使っていて、これからもっと冷えたら平気なのかしら。


 そんな下らないことを思い出しながら授業をそぞろに受けている。いえ、普段はもちろんきちんと受けているわ。今日は偶然よ?


「はあ……」


 溜め息を1つ。情けないことだけれど、最近考えることが多すぎて頭が痛い。その代わり、それなりの収穫はあった。


 空野そらの 幸人ゆきとは命を造り出さないことを約束してくれた。けれど、空ちゃんがこの時代から消えてしまう時、関連する記憶は消えてしまうらしい。


 と、いうことは、その約束も忘れてしまうということ。私も含めて。それでは意味がない。だから、なんとか記憶を残す方法が必要だった。


 それが、クリアされた。記憶の中の必要な情報を抽出し、別の媒体に記録する。記憶のバックアップを取るような形だ。


 まあ、それでも記録も消えそうだから、消えてしまわないようなワードの設定だとか、考えることはあるけれど、とにかく可能なのは解ったし、最優先でやらせている。


 それが、空ちゃんの望みだから。それだけは、私にとって譲れない一線だから。






 いつものような放課後、いつもの場所。けれど、今日は待ち合わせて一緒に帰るだけではない。


「空ちゃん、今日はデートに行きましょう」

「ホント? 行く!」


 私は精一杯彼女と生きようと思っている。だから、デートにだって行けるだけ行く。空ちゃんの為とか、義務感ではなく、私が行きたいから。


 ちなみに、空ちゃんに関連する記憶が消えてしまうというのが把握出来たおかげで、出来るようになったことがある。


「どこ行くのか決めてるの?」

「決めてあるけれど……あの、ね? 空ちゃん……」

「うん……」


 キス。人前だろうと、気にすることがなくなった。同じように帰路につく生徒達の多種多様な視線を受けながら、私達は愛しあう。


 ただ、空ちゃんは人に見られながらするのが好きなようで、すぐに表情を緩めて足腰に力が入らなくなる。


「おね……ちゃ、んっ……!」


 あまりやりすぎるとダメになるから、この辺にしておきましょう。


「もぅ、人前であまりすごいのはやめてよぅ……」

「あら、濡れてきちゃうからかしら?」

「ちょっとお姉ちゃん!」


 周りを気にして恥ずかしがる空ちゃんの手を取り、私は歩き出す。目的地は、あそこだ。






「海……?」

「泳ぐのは無理だしやらないけれど、浜には入れるわ」


 この時期に海に入るような人はいない。浜には人がたまにいるけれど、今日は他の人もいないようだった。


 私達は、手を繋いで波打ち際を歩く。誰もいない、日の落ち始めた茜色の海を。


「浜を歩くのって、放課後デート……って感じはしないね」

「お気に召さなかったかしら」

「ううん、素敵」


 確かに制服で来るような所ではなかったわね。……せめて、何かお菓子でも買ってくればよかったかもしれない。


「夕暮れの海……ロマンチックと呼ぶにはベタね」

「いいよ、ベタでも」

「そう?」

「それだけ、たくさんの人がこの景色を好き、ってことでしょ?」

「……そうね」


 潮風が髪を撫でる。あんまり長くここにいたら髪が傷んじゃうわね。


「何か、意味があったの? すごく、大事な意味」

「うーん、そうねえ……」


 2人きりで来たかったのは確か。私は海に沈んでいく夕陽を指す。


「前に、空と海が混じる水平線は私達みたい、って話になったじゃない?」

「うん」

「水平線には、境界が見える。けれど、今この時間だけは、夕陽が私達を一緒にしてくれている」


 赤く沈んでいく太陽に景色は揺らいでいて、海と空が本当に混じっているよう。


「あんな風に、あたし達もなりたかったな……」

「なってるわよ。美海みうみさかい鹿野かの君が太陽になってくれて……私達を結んでくれた」


 本当に、見えている景色の通り。私達が結ばれるのは、今、この時間だけ。けれど、あえてそれは口にしない。


 海にはセンチメンタルな気持ちになりに来たのだけれど、そんなものはほんの少しでいい。


「さて」

「?」

「クレープでも食べに行きましょう」

「……うんっ!」


 この方が、高校生らしくていいわね。彼女の笑顔を見られるという意味でも。






 それから。


「お姉ちゃん、クレープ交換しよっ♪」

「じゃあ、空ちゃんからどうぞ。あーん」

「あー、んっ! ……ん~! 美味しい~!」

「もう、クリーム付いてるわ」

「お姉ちゃん、取って取って」

「…………ちゅっ。取れたわ。これでいい?」

「~~~~っ!?」


 とか。


「空ちゃん、ちょっとこれ着てみて頂戴」

「あっ、可愛い!」

「あ、あとこれも」

「これも可愛いね!」

「これも」

「え、ちょっとお姉ちゃん」

「これも。あとこれも」

「あ、待っ、お姉ちゃ」

「これもこれもこれも着て頂戴。あぁ……すごく楽しみだわ」


 とか、非常に高校生のカップルらしいことをした。けれど、これが私達の日常で、毎日。


 普通のカップルのように。好きな人と、好きなことをする。幸せが続くことを疑ったり、しない。絶対に終わりが来ると解っていても、そんなことに気持ちを割いて悲観したりしない。


「空ちゃん、好きよ」

「あたしも。大好きっ」


 それ以外は、いらないから。








小さな豆知識その40


空野 歌撫は、冬が好きである。




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