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21話「11月3日、火曜日」



小さな豆知識その37


境 未来はデートプランを立ててくれと頼まれることが増えている。





 




 ……夢を、見た。

 音ははっきりと感じられて、けれども色彩がない、そんな夢。

 私は空ちゃんをさがしていた。

 学校、自宅、思い出の地……思い付く限りあらゆる場所を必死に捜し回る。

 けれど、彼女を見付けることが出来ない。

 何日も何日も、私は空ちゃんを捜した。

 けれどある日、美海みうみが私に言った。


「カナちゃんしっかりして! クーちゃんはもういないんだよ! 目を覚まして!」


 彼女は泣きながら、行こうとする私を引き止めた。

 けれど、私には美海の言っていることが理解出来なくて。


「何を言っているのよ? 空ちゃんはきっと寂しがってるわ。早く行ってあげないと……」

「カナちゃん!」


 私は、美海を振り切って再び空ちゃんを捜す。

 けれど、やっぱり見付けることが出来ない。

 そして、今度はさかいが私を止めに来た。

 彼女は、哀れむような目で私を見る。


「……会長。見るべき方向は、そっちじゃないはずですよ」


 私には、境の言うことが理解出来ない。


「空ちゃんは今頃独りで泣いているかもしれない。どうして止めるのよ」


 薄情だと感じた。今まであれだけ仲良くしていて、今まであれだけ同じ時間を共有したのに。

 捜しに行ってもあげない。それどころか、ただ1人捜そうとしている私をたしなめるような言い方すらするのだから。

 私は、境を無視して再び空ちゃんを捜す。

 それでも、空ちゃんは見当たらない。

 鹿野かの君までもが、私を止めに来る。

 彼はいつになく真剣な表情をしていた。


「どこに行くんですか」

「決まってるじゃない。空ちゃんのところよ」


 彼の態度は真剣そのもので。

 けれど、その発言は私の行為を否定するもので。


「空野さんは……もう帰ってはこないんですよ」


 私はそんな彼に、怒りを向けたのだ。


「あの子が帰ってこないなんて、そんなはずないでしょう!?」


 あの子は、いい子なんだもの。

 何の連絡もなく、自分から姿をくらますなんてあり得ない。

 そんな風に考える私から、彼は視線を外す。

 彼に背を向け、空ちゃんを捜す。

 けれど。

 私が空ちゃんを見付けることはなく。

 やがて、私こそ独りになっていると気付いた。

 孤独の中で、それでもただひたすらに愛する人を捜し続ける。






「そんな夢を見たわ」

「なんか、嫌な夢だね」


 何かの啓示けいじかしら。それは解らないけれど、目を覚ました時もあまり愉快な気分はしなかった。


 私と空ちゃんは今日、空野そらの 幸人ゆきとの研究所を訪れている。無機質な建物へ、私が手を引く形で入っていく。


 理由などもちろん1つ。空ちゃんのことだ。メール等で私から伝えればいいと私は言ったのだけれど、空ちゃんは自分の口から伝えると言って聞かなかった。


 だから、ここへ来ても怯えきることなく私と会話が出来るくらいには、彼女の意志は固い。当然、空野 幸人には今日のことは伝えてある。


 前回とは違い、応接室へ。多少小綺麗にされているその部屋で、彼は既に待っていた。


「こんにちは。お嬢様方」

「こ、こんにちは……」

「……こんにちは」


 空ちゃんが挨拶するものだから、仕方なく私もする。美海はこの男を毛嫌いしているけれど、正直、私もあまり好きなタイプではない。


 空野 幸人は相変わらずの貼り付けたような笑みで、私達に座るよう促した。遠慮することはないのだから、その通りにする。


「今日は白澤しらさわさんはいらっしゃらないんですね?」

「美海は車で待ってるそうよ」

「本当に嫌われたものですねえ」


 胡散臭うさんくさいのも相変わらず。私は早くここを出たかったけれど、空ちゃんがきちんと伝えるまでは我慢しなければならない。


 その空ちゃんは、隣に座る私の手を強く握り、空野 幸人を見据える。


「あのっ! ……研究の……あたしのことで、お願いがあります……」

「聞きましょう」


 空野 幸人は予測していたように、姿勢すら変えない。


「あの、あたしを……造り出さないで下さいっ!」


 空ちゃんは、懸命に声を絞り出す。……自分の存在をなかったことにする。そんな頼みを自ら行うことが、どれほどの覚悟を必要としているのか、私なんかには解るはずがなかった。


「あたしが生まれてきても、誰も幸せにはなりません……皆さんも、あたしも……だからっ」


 死にたいはずなんてない。けれど、自分が生まれてくることが誰の幸せにもならないと、そう考えたから。自分は、もう幸せだと感じたから。


 ふと、今朝の夢を思い出す。空ちゃんが世界にいなくて、それを美海や境や鹿野君は理解していて止めてくれたけれど、私はそれを無視して空ちゃんの幻を追い求める。


 そして、最後には独りになる。


(空ちゃんにいつまでも甘えるな、ってことなのかもしれないわね)


 別れを受け入れろ。私には、他にも大事な人がいる。その人達のこともきちんと見て、話を聞いて、本当に大事なモノを失うな……。今朝の夢はきっとそういうことだ。……勝手な解釈だけれど。


「お願いします……! お父さん……!」


 空ちゃんは立ち上がって頭を下げた。私も隣で同じように頭を下げる。数秒間の沈黙が流れる。その間、空野 幸人が何を考えていたかは定かではない。


「いいですよ。僕は、研究の成果だけが得られればそれでいい。全員にそういう方針であると、伝えておきましょう」

「本当ですか……?」

「もちろん」


 他に何か、彼らの興味を引く研究を考えておかねばなりませんがね。と、彼は締め括る。


「よかったわね」

「お姉ちゃん……ありがとう」


 空ちゃんは涙混じりの声だ。私の唇に、軽くキスをする。だから、私からも彼女にキスをする。当たり前のやり取りに、当たり前の感触。


「……一応、僕もいるんですがね」

「これは失礼。不快だったかしら?」

「いいえ、目の保養になりました」


 私と彼のやり取りに空ちゃんは恥ずかしげにうつむく。ともあれ、目的は果たした。


 電話やメールでも十分に伝えられることをわざわざ話に来る。合理性のない、無駄な会談。ただ、それを空ちゃんが望んだから。私にも、応じることが出来る事柄だったから。


 だから、意味はあった。私と彼女の、意思の表れとして。


 私達は研究所を後にし、再び日常へと戻っていく。残り少ない時間を、懸命に生きる。そんな、高校生らしからぬ日常に。







小さな豆知識その38


「世界」の秘密が明かされる、その日も近い。





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