20話「11月2日、月曜日」
R-15のギリギリを攻める形になってしまいました。もう少し抑えめに出来れば良かったのですが……。
「ん…………」
「おね、ちゃぁ……」
口付け。人前でするような軽いものではなく、舌を挿れる、互いの存在を確かめる深いキス。
当然、この場に私達以外の誰もいないからに他ならない。空ちゃんがいることすら当たり前の景色となった、私の部屋。
「ぁんっ……ん……」
……もう、空ちゃんも私も慣れたものだ。女同士でキスをすることにも、女同士で「する」ということにも。
一般的な男女のカップルよりもしているようだけれど、私達の性欲が強いとか、そういうことではないと思う。
「おねえちゃん……いつもの、してぇ…………」
ぼんやりと焦点の合わない瞳で、寂しいと言わんばかりの甘えた声で、私にそれを求める。私も、拒否したりしない。
直接肌と肌を重ね、彼女の柔らかな感触を堪能しながら、私は空ちゃんの身体にキスで「証」を刻んでいく。
首筋……肩……胸元……手の甲……脇腹……腿……全身に、1つずつ。消えないように。
消えてしまうから。空ちゃんも。この記憶も。
「空ちゃん……いい……?」
「うん……きて…………んっ……!」
私は、空ちゃんの胸元にある、消えない傷痕を甘く噛む。
歯を立て、彼女の皮膚を僅かに破る。赤く、甘さのある血液が一筋、空ちゃんの肢体に線を描く。
彼女から消えぬ痕。そこから流れる命の象徴を、舌で丁寧になぞる。くすぐったそうに、彼女の身体が反応する。
「空ちゃん……」
「お姉ちゃん……」
舌先に、空ちゃんの熱を感じる。同時に、指先を空ちゃんの「あの」場所へと伸ばす。
「ぁ……」
「ふふっ。期待してるの? ……いけない子ね、空ちゃん」
「やぁ……っ、言わないでよぅ……」
勝手に反応をしてしまう身体に、彼女は恥じらう。本当は少し期待しているのだろうけれど、そんなはしたないこと言えるはずもなくて。その羞恥の色が、私を余計に高ぶらせた。
「はぅっ……ひぁ、あっ、あぁっ……んん……!」
……人を愛するというのは、空虚な行為だ。
私達は、恋人としてお互いを愛している。この人が好きだから。それが同性であっただけで、愛情に変わりなどない。
一般的ではないだろう。恋愛は普通、男女でするもの。それは解ってる。……だからといって、この愛が偽りのものだとも思わない。
……けれど。
私と空ちゃんでは。
互いを愛したところで。
何も、残らない。何も、成すことは出来ない。
結婚することが出来ない。ただ愛した人が異性でないというだけで、人は認めてはくれない。祝福をくれたりはしない。……異性でないというだけで。
子を成すことが出来ない。愛した者同士、その2人の子。互いを愛し、その人の子が欲しいとどんなに願っても、私達ではそれは出来ない。
誇ることが出来ない。私達がどんなに愛し合っていようと、世界に対して胸を張れない。いえ、愛し合っているからこそ、異常な者に対してどこまでも冷たい世界にお互いが無為に傷つけられぬよう、不用意に他人に話すことは出来ない。悪いことなど、何もしていないのに。
愛した人が同性であるだけで、こんなにも枷がある。私達は、肌を重ね、温もりを感じることでしか愛情の証明が出来ない。
2人だけの、密かな証明。自分達の愛が偽りでないと感じられる、唯一の時間。私と空ちゃんにとって、安心出来る唯一の時間。
結婚も出来なくて、子どもも作れなくて……なら、せめて2人だけで愛し合う時間があってもいいじゃない。不安で、愛する人を求めたっていいじゃない。
そういう時間が、回数が増えたって、仕方ないじゃないの……。
「…………っ」
「おねえ、ちゃん?泣いてるの……?」
空ちゃんが、息を整えながら私を抱いてくれる。
空虚だ。何も残らない。何も生み出せない。どうしようもなく不安で、それを埋めるために身体を求めて、朝になればまた不安で。
愛って、なんなの……?
「大丈夫だよ、お姉ちゃん……あたしはここにいるから……」
私は、夢中で空ちゃんを求めた。そうすることでしか、不安が消せなかったから。
けれど、どんなに彼女が温かくても、どんなに快楽を共有しても。
全部、無くなる。
空ちゃんと過ごした日々も。初めてキスをしたあの日も。この恋全てが。そして、空ちゃん自身も。
全部、無くなる。
肌を重ね、証を刻み、愛を確かめあっても、それすらも消えてしまう。私と空ちゃんの間に、残るものなど何一つ存在しない。
……不公平だ。
周りに祝福されながら結婚という契りを結び、子を成し、何十年と同じ時を共有し、同じ地に永遠に眠る。
そんなことが当たり前に出来る人がいるのに、私達にはそのどれもが叶わない。
出来るのは、この埋めようのない不安を埋めながら、別れの時を待つことだけ。全てが終わりに向かうのを、漫然と眺めるだけ。
……不公平だ。
私だって、永遠の愛を誓いたい。
たまに喧嘩をしたりして、それでも一緒に暮らしてみたい。
死ぬ間際には、空ちゃんの笑う顔を思い出して死にたい。
「うっ、うぁ……」
「大丈夫。大丈夫だから」
この子のために、人生の全てを捧げてもいいのに。それすらも、させてはくれない。
愛してる。
愛してるのに。
その愛に、彼女も応えてくれてるのに。
「うあぁぁぁ…………っ! 空ちゃん! 嫌! 嫌よ! 私を独りにしないでよ!」
「お姉ちゃん……」
「好きなの……っ! 大好きなのよ! 貴女が! 貴女じゃなきゃ…………嫌なの……っ!」
いかないで。
いかないで。
「うわああぁぁん! 忘れたくない! 忘れたくない! こんなにも好きなのに……っ! 大事なのに……!」
「…………あた、しも……ね? 大好き、だから……っ……お姉ちゃん……っ!」
離れたくない。それが叶う愛がちゃんとあるのに。どうして、叶わない愛もあるの?何かの罰だとでも言うの?
「うぅ……っ、うああぁぁぁん……! 空ちゃん……っ! 空ちゃぁん!」
「も、う…………っく、……泣か、ないで、よ……おねぇ、ちゃん…………お姉ちゃあぁん……!」
私はきっと、空ちゃんがいなくなった後、別の誰かと恋愛をして、結婚をして、子を生むのだろう。かつて愛した人がいたことなんて忘れて。
幸せになるのだろう。必死に愛することも、相手を求めることも、それでも不安になるなんてこともなくて。
今ここには、心の全てを捧げて愛を残そうとする私達がいるのに。それでも残すことが出来ない私達がいるのに。いとも簡単に忘れ、いとも簡単に別の愛を探すに違いない。空ちゃんが、まるで元からいなかったように。それが、どれだけ残酷なことなのかも気付かずに。
愛って、なんなの……?
そんなもの、教えてくれなくてもいいから。
私達に、同じ時を生きさせてよ。
叶わない願いを掛けながら、私達は朝まで泣き続ける。そうして疲れ果てて、互いを抱くように眠る。
もう、2ヶ月しか、ない。




