19話「10月18日、日曜日」
2016年1本目です。明けましておめでとうございます。
電車でのおでかけ。美海名義の車を持ってはいるけれど、あれは一応仕事用として手元に置いているのだからプライベートな目的で使うのはあまりよろしくない。
電車とは言っても、予約して乗るようなことはせず(そもそも計画が持ち上がってから日にちも無かった)サラリーマンが使うような、駅に来さえすれば誰でも利用できる一般的な路線の電車。
目的の駅まで乗り換えは1回で済むし、そこから歩いて行ける距離だけれど、乗り換えた後18駅ほど行かなければならない。
それで移動するということは、車内はとても退屈という問題点が挙げられる。乗り換え後3駅も来た頃には、ここからしばらく暇であることは全員が身をもって理解していた。
「「「「「…………」」」」」
何かを食べるわけにもいかない。あまり大きな声で話すわけにもいかない。振り向いて窓から景色を眺め続けるわけにもいかない。ただただ、正面を向いて座るだけ。ついでに私は、隣から何やらいい匂い(シャンプーでも変えたのかもしれない)がしたり、たまに肌が触れたりして、座るだけの状態を維持するのが余計に大変だった。
だから、目的地の最寄り駅にようやく辿り着いた頃には、既に私達は疲れきっていた。もう、紅葉狩りというテンションではない。
「ちょっと生真面目過ぎましたかねぇー……」
「そうだね……多少喋ってもよかったよ、絶対」
お喋り好きな2人には特に堪えているらしく、げんなりしているのが誰の目にも明らかだった。
ちなみに美海に今日休みをあげてほしいという話をメイド長にしたところ、すんなり許可が降りた。その代わり、美海にはどこかで埋め合わせが降りかかるらしい。
「お嬢様やご友人とそんな風に遊んだりするのは、今しか出来ないことですから。お嬢様も遠慮なさらず仰ってください。スケジュールは私がなんとかいたしますから」
とのこと。本当に頼りになる女性で、私の恵まれた境遇をまた認識させられた。
けれど私は、それ以上を望んでいる。空ちゃん……。何故、永遠に同じ時を過ごせないの?
今、これだけ幸せで、環境にも恵まれているのに……欲の深い嫌な女ね、私は。
迷いも不安も、捨てきれない。
「お姉ちゃん?どうしたの?……あっ、もしかして酔っちゃった?」
「あ……あぁ、ごめんね。なんでもないの」
少し呆けていたらしい。ダメよ、せっかく遊びに来ているんだから、楽しまないと。
鹿野君の顔にも少し疲れが見える。慣れた仲とはいえ、相変わらず男子1人。特に気を配ってあげるべきだ。私が声をかけようとした、その時だった。
「あ、鹿野先輩」
「ん?なに、空野さん」
空ちゃんが一瞬早く声をかけた。開きかけた私の口は声を発することなく閉じられ、上げかけた私の右手は行き場を失い、宙を彷徨ってから力なく下ろされる。……美海も境も、面白いものを見る目で私を見るのはやめて頂戴。
「こ、これ……どうぞ!」
「ああ、ありがとう……空野さんこそ大丈夫?」
バレンタインの本命チョコでも渡すかのような緊張具合で空ちゃんが差し出すのは、一口チョコと目薬。組み合わせがおかしいけれど、おそらく鹿野君に対する彼女なりの気配りだろうと思う。明らかに空ちゃんの方がいっぱいいっぱいだけれど。
「平気でしっ!早く受け取ってくださいっ!」
「ありがとう」
空ちゃんが噛んだことには触れず、鹿野君は素直に受け取る。すぐに目薬を点し、チョコも口に放り込む。何故目薬なのかというのもツッコまない。優しいところは鹿野君の長所だ。
「うん、ありがとう」
「どっ、どういたしまして!」
鹿野君がチラリと私を見る。ここからは、私の仕事ね。思った通り、空ちゃんは一杯に息を吸った後、私の胸に飛び込んでくる。
「はぁ~渡せたよぅ……」
「よく頑張ったわね。あれだけ怖がってた男の子に気を遣えるようになって、偉いわ」
よしよし、と頭を撫でてあげる。鹿野君にしかこんなことは出来ないだろうけれど、それでも大きな進歩だ。その成長は褒めてあげるべきもので、それは私の役目だ。けれど。
(結局一番気を遣ったのは鹿野君ね)
私だけでなく、全員がそう感じたに違いなかった。
「ここですぅー」
「……山、ですか?」
駅から少し歩いたところにあったのは、山。駅自体が麓にあったようで、歩いてきた道も観光客向けか土産物屋や食事処が並んでいた。紅葉で有名な所だというのは知っていたけれど、店の並びや盛り上げ方など、想像以上に観光地然としていた。
「紅葉狩りですからねぇー、そりゃ山ですよぉー」
「あたし紅葉狩りって初めてなんだよね」
「普通高校生は来ないんじゃないのか?」
鹿野君の言う通り。家族連れやカップルを除けば、若い衆は私達くらいしかいない。境は何を思ってここに来たのか。本当に紅葉狩りがしたかったのだろうか。
「紅葉……綺麗じゃないですか?」
「まだ観てないけど、綺麗なんじゃねえの」
「えーっと……もしかしてあたし、変ですかね……?」
境の口調は変だ。いえ、普段の方がおかしいから、今は普通と言うべきかもしれない。けれど、境は明らかに動揺している。これは本気で紅葉狩りを楽しみにしていたらしい。
「別に変じゃないと思うよ」
動揺を感じ取ったのか、美海が助け船を出した。……この船、沈む予感がするわね。
「紅葉とか夜景とか、そういうのをこの歳から魅力的に感じるなんて、みーちゃん大人だよ!」
「そ、そうですかね……」
照れているようだけれど、それは結局高校生としてはちょっと変だということだと思う。もちろんそんなことは言わない。
「まあ、みーちゃんってあんまり心を読ませないようにしてるとこあるけど、実際はロマンチストって言うか……多分、あたし達のことすごく好きだよね」
「ち、ちょっと美海さん!」
「なんだろ……多分今日のも、綺麗な景色を共有したかったんじゃない?こう、さ……形に残らないモノを、ずっと消えない思い出にしたかったんでしょ?」
「~~~~っ!」
美海の助け船は、舵を取る船長の意向により、助けを求める境を轢いた。さらに戻ってきて、往復して轢こうとしているようなので、ここは私が助け船を出すことにする。
「あたしはみーちゃんのそういう本心の可愛い部分を隠したがるのも好きだけどなー」
「ぁの……美海さん、恥ずかし……」
「美海。境を褒めるのもいいけど、そろそろ行きましょう」
「え?あ、そうだよね」
「境が照れてダメになるわ」
「い、行きますよ!遅れたら置いていきますから!」
結局、境は照れ隠しのように先に行ってしまう。日曜日だし、なんだかんだ人も少なくない。私達は置いていかれぬようにそれに続いた。
(寂しがりなんだから。けれど……ありがとう。私達といてくれて)
境に感謝しているのは、私だけではないはず。
「わぁ……!きれい……!」
空ちゃんの感嘆。山の中腹辺りが絶好のポイントらしく、山登りとしてはさほど歩くこともなかった。
「すご!いや、これすごいよ!」
美海も興奮を抑えきれていない。すごい!以外の言葉を忘れたように手すりに乗り出して跳び跳ねている。
山々は赤、黄色に染まっている。景色の全てが真っ赤なわけではない。海が青と白のグラデーションを見せるように、木々は赤と黄色のグラデーション。一体何色あるのかも解らない。
山々のこの表情は今日のこの時間にしか観られないもので、こうやって感じるのは今日のメンバーと一緒だからで、今回の1度きりだ。
「もうちょっと歩いて行ってみようよ!なんかあっちに行く人いっぱいいるよ!」
「走らないの。まだ時間あるんだから平気よ」
小さな子どものように目を輝かせながら紅葉を楽しむ美海。もっと色んな色を観ようと、私達を引っ張っていく。
「白澤のやつ楽しそうだな」
「そうですねぇー」
美海に引っ張られていくと、そちらにもまた別の素敵な景色。川が流れていて、落ちた葉で紅葉の川になっていたり、木々に囲まれた真っ赤な自然のトンネルがあったり。
美海のおかげで、多くの景色を観ることが出来たし、なにより彼女が心から楽しそうにしている。それが私達をより楽しい気分にさせたのだろう。
「来てよかったわ」
「会長?」
くるくるとはしゃぐ美海を眺めながら、思わず心が漏れる。来てよかった。皆で。このメンバーで。
(美海。私達に笑顔をくれる貴女が、大好きよ)
この場の誰もが、私と同じ気持ちでいただろう。
皆がいるのだから、幸せな人生なのだから……空ちゃんと共にいることは諦める。
……諦めるべき、なのだろう。幸せだけが転がっている人生なんて、きっとないのだから。
散る前に紅く紅く人を魅了する紅葉を目に焼き付けながら、私はこうありたいと願った。
こうありたい。鹿野君のように優しく。境のように友を愛して。美海のように喜びや楽しさを振りまいて。
そうありたい。空野 歌撫という少女と、最後まで幸せであったと笑えるように。
彼女との避けられない別れの後も、笑っていられるように。
今年も、これからも、青い二重奏と納涼をよろしくお願いします。




