18話「10月15日、木曜日」
投稿日が2015/12/31ではありますが、平常運転です。
私や空ちゃんの事情に関係なく、学校はある。私も社を預かるという立場上、無闇に休むわけにはいかない。校内での評判も大事で、良い評判である必要はないけれど、悪い評判だけは避けなければならないのだから。
だから、私達はまだ友達ということになっている。私は、恋愛関係は良い悪いで判断するものではないという考えだけれど、周りがそうとは限らない。手のひらを返されることも十分ある。
「かーいちょーぉ」
昼休み、境が珍しく私のクラスまでやってきた。上級生のクラスだというのに、特に遠慮もなく教室へ入ってくる。この子も大概変わった子だと思う。
「珍しいわね、わざわざ来るなんて。あと、私はもう会長じゃないわ」
私は先日、生徒会長の任期を終えている。けれど、鹿野君も境も未だに私を会長と呼ぶし、現生徒会長は名前も顔もほとんど覚えられていないらしく、少し哀れだ。
「いいんですよぉー、会長としか呼べないですしぃー」
「ああそう」
「それよりですねぇー、放課後生徒会室来れますぅー?」
だから私はもう生徒会長ではないというのに。けれど、境が言うには今日は活動がないから使ってもいいと言われているらしい。何か話でもあるんでしょうけど……。
「……電話とかメールではダメかしら」
「お忙しいですかぁー?」
境が少し大げさに首を傾げる。周りの女子からは「なにあの子、ぶりっ子?」という視線で。男子からは「あ、ちょっと可愛い」という視線で見られているようだけれど、気付いているのかしら。
「いえ、単純にめんどくさいわ」
「会長、最近ホントに自分に正直ですよねぇー」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「微妙なところですねぇー」
境は得意の猫っ口を維持したまま、いたずらっ子のように笑みを浮かべた。
「何か言いたげね?」
「お話したいことがありましてねぇー?」
「メールでもいいでしょう」
「大事なお話なんですよぉー」
「直接言わずとも、内容が変わるわけではないわ」
「会長が来ないと、空野さん寂しがるかもしれませんねぇー」
「なによ、空ちゃんも来るの?」
少し、心が揺らいだ。空ちゃんは既に放課後に行くことを了承したようだから、つまり私が行かないと、私も空ちゃんも独りで帰ることになる。
けれど、毎日一緒に帰らないとすぐに死ぬわけでもない。確かに残り時間は限られているけれど、それで焦って無理に会ったり、そんな生き急ぐような真似をするのは何か違う気がした。今日はメイド長にお願いして、じっくりと企業経営を学びたい。
「来ますよぉー?」
「なら今日は久々に独りでの下校になるわね」
「あたし、今日マドレーヌ持ってきたんですよねぇー」
「私を食べ物で釣ろうなんて無駄よ。解るでしょう?」
ここで境はニヤリ、と笑うと、おそらく彼女の中で最大の切り札を切ってきた。極力小声で、周りには聞こえないように。
「空野さんも、お菓子作って持って来てくれる予定なんですよねぇー」
「……また、別の日にお願いすればきっと作ってくれるわ」
「「初めてで上手くできるか解りませんけど、頑張りますね!」って言ってたんですよねぇー」
「……行くわ」
「ありがとうございますぅー」
私的に、空ちゃんの初めてを譲るわけにはいかない。これは、行かなくてはならなくなった。境は満足そうな顔をして言った。
「ホント、自分に正直ですねぇー。……良かったです」
「良かった」。その最後の一言こそ、境に上手く乗せられた証明のような気がして、少し悔しかった。
「お待たせ」
「いらっしゃいませぇー」
生徒会室の扉を後ろ手に閉めると、境が雑な店員のように迎えてくれた。中途半端な角度のお辞儀、普段と何も変わらない声音。雑ねえ。
「お姉ちゃん!」
「あっ!?……もう、びっくりするじゃない。急に抱き付いてこないの」
「えへへ、ごめんなさい」
先に来ていた空ちゃんが子犬のように飛び込んできて、私は少しよろめいた。歳をとったら、これで腰を痛めたりするのかもしれない。……私は何を考えているのよ。縁起でもない。
「お姉ちゃんに会えて嬉しいんだもん」
「昨日も会ったじゃない」
「いいの」
そう言って、挨拶程度のキス。最近では空ちゃんもすっかり慣れてきて、昔の初々しさを少しは思い出してほしいと思わないでもない。
「鹿野せんぱぁーい」
「……なんだよ」
「やってられませんねぇー」
「……そうだな」
私がタイミング悪く日直だったから、同じクラスである鹿野君も先に来ていた。誰が来るのか、きちんと全員教えておいてほしかった。
「カナちゃんも来たしさ、本題に入ろう?」
美海もいるのね……。首からは「来客」の札を下げている。そうまでして境がしたい話とはなんなのか。お菓子を焼いてきたのは、境自身が緊張しないためなのかもしれない。
「とりあえず座ってくださいなぁー」
境に促され、私はいつも座っていた椅子に、空ちゃんはその隣に座る。この椅子、最後に座ってから大して日にちも経っていないだろうけど、懐かしい感触がした。
「えー、今日お呼びしたのはですねぇー」
「空ちゃんの作ったのってどれかしら」
「えっとね……これ。お姉ちゃん、はい、あーん」
「……会長、それ食べたら聞いてくださいねぇー。真面目にぃー」
どうしても気になって集中できそうにないから先に食べたのだけれど、そのことは黙っておく。
ちなみにマドレーヌ、味や食感は繊細なものとは程遠かったけれど、この「初々しい手作り感」が好きな人は多いだろう。私は好き。
「それで、ですけどぉー、今日あたしがしたいお話はぁー、まさにお2人のことですぅー」
境はなんでもないように……平静を装っているのかは解らないけれど、不自然なほど普段通りだった。
「美海さんに教えてもらったんですけどぉー、空野さんは、年末にはいなくなってしまうんですよねぇー」
「美海っ!貴女ねえ!」
「わーっ!待って!言っちゃいけないとこは言ってないから!」
「お姉ちゃん!美海さんの言ってることホントだから、怒らないであげて?」
美海だけでなく空ちゃんにも言われ、私は引き下がる。空ちゃん本人が言うのだから、問題はないのだろう。いつの間に私抜きで話したのだろうか。
「そこでぇー、残された時間を楽しく過ごしてもらおうと、このような会議を開いたわけですぅー」
「会議だったのか……」
鹿野君がぼそりと呟くけれど、私も同意見だった。何も聞いていない。それを無視して、境は続ける。
「具体的にはですねぇー、良さそうなデートスポットを探して教えてあげたりぃー、あるいはお2人が望むなら皆で遊びに行ったりぃー」
「えっ!そんな、あたし達の為にそこまでしてくれなくていいですよ!」
「んむ……そうよ境。私達は、ん……自分達で時間の使い方くらい決められるわよ」
「……会長、ちょこちょこ食べながら言うのやめてください」
「鹿野君、これ美味しいのよ。境のは上手く出来ているし、空ちゃんのは懸命さが伝わってきて」
「あ、ホントだ。みーちゃんすごい上手だね!」
鹿野君も「いいのかこれで……」なんて言いながらもマドレーヌを口に運ぶ。境も少し満足そうで、私が思った通り、境は「いつも通り」の空気を作りたいらしかった。
「だからぁー、あたしはお2人の意見を聞きたいんですよぉー。別にいらないならお節介しませんしぃー」
つまりは、そういうことらしい。私と空ちゃんが今後どうしていくのか、2人で過ごす時間を確保していきたいのか、それとも今まで通り皆で遊ぶことが多くても良いのか。それが、境の知りたいこと。
そしておそらく、境は今後も私や空ちゃんと関わっていきたいのだろう、と、それは私の推測だけれど。本人は隠しているつもりみたいだけれど、境はこれでかなり寂しがりな所がある。
「私は、最後まで皆一緒にいてほしいわ。せっかく空ちゃんと仲良くしてくれてるんだもの。これからはそうじゃない、というのは違うと思うわ」
「あたしも……同じ意見です。まだ皆さんくらいしかまともに話せませんし……」
2人の時間が欲しければ、その時はそうすればいい。私にはそう思えたし、きっと空ちゃんもそう考えている。
私達の考えを聞いた境は、一瞬私の目を鋭く覗いた。けれどすぐに表情を戻し、こう宣言した。
「じゃあ早速なんですけどぉー、今度の日曜日は電車でお出掛けしますよぉー。もちろんみんなでぇー」
「みーちゃん行きたいとこあるの?」
美海がもっともなことを訊く。ただ、私の見立てだと元々いくつか候補があったような気がする。……美海が休みを取れるよう、私からもメイド長に口添えしておかないと。
「紅葉狩り、なんてのもいいなぁーって思ったんですよねぇー」
「お前でもそういうの興味あったんだな」
鹿野君が余計なことを言って頭を叩かれていた。美海も参加してワイワイと騒ぎ出す。それを横目に、空ちゃんの様子を窺った。
……空ちゃんは、目を潤ませていた。堪えているのは明白で、彼女が何を思っているのか、推測は出来ても確かではなかった。
けれど私は、黙ってその頭を優しく撫でるだけ。それだけで、きっと伝わるはずだから。
空ちゃんからも、言葉は無い。ただ、彼女は微笑みを返した。
今年10月に書き始めたこの作品ですが、終わりも見えはじめています。書き続けて来られたのは、読んでくださる皆様のおかげです。これは意外と社交辞令ではなく、ブックマーク頂いたり、アクセス数が増えたり、それらがあったからモチベーションを保ってこられました。ぜひとも、最後までお付きあいください。
何はともあれ、2015年、ありがとうございました。よいお年を。




