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15話後編「9月26日、土曜日」


小さな豆知識その33


「そういえばメイド長っていくつなの?」

「気になりますか?」

「年齢不詳な感じじゃん。あたしより上なのは解るけど」

「教えませんよ」

「気にしてるんだ。てことは……」

「邪推するんじゃありません」

「うわ!叩いた!めっちゃ気にしてる!」





 





「じゃあ、行ってくるわ。メイド長、こっちはお願いするわね」

「いってらっしゃいませ」


 用意された車の後部座席に空ちゃんと乗り込む。前に空野そらの 幸人ゆきとと会う時にも使った車で、仕事用にと最近購入した。おそらく最も運転を任せるであろう、美海みうみの名義で。


「美海、出していいわ」

「かしこまりました」


 空野 幸人のいる所へ。今まで霧の中にあった、未来の変え方。その手がかりが、ようやく指先に触れ始めている。


「そういえば美海、貴女私が変なメールをしたって」

「はい。昨夜確かに受けております」

「普通に話していいわよ。……それ、見せてくれるかしら。私の方には送信履歴無いのよ」

「あ、いいの?じゃあ……えっとね、トランクにあたしのカバンあるから勝手に取って」


 許可を出した途端、肩の力を抜いたように話し出す。仕事用のカバンは助手席にあるようだから、プライベート用も一応持ってきただけなのだろう。トランクなら後部座席の私でないと取れない。


「美海のカバンは……これね。って貴女ね、カバンの中は整理しなさいよ」

「えー、仕事のやつはきちんとしてるもん。いいじゃん自分のなんだしー」

「美海さんがその喋り方してくれると安心しますね」

「え?そう?まああたしもあんな口調でずっとはやってらんないよ」

「どこよ携帯……」


 美海のカバンを膝に乗せ、中を漁る。かなりごちゃついていて目当てのものはなかなか見つからなかった。


「一番大きいとこに入れた」

「ああそう」

「これ、美海さん解るんですか……?」

「ん?あたしはどこに何があるか解るよ」


 確かに美海はそういうところは出来ている。こんなにごちゃついて見えるカバンの中でも、「美海にとってはきちんと理解できる範囲で整頓されている」のだ。私には解らない。


「ああ、あったわ」

「あ、朝ごはん遅かったからおやつも持ってきといた」

「そうみたいね」

「美海さん、すごく気の回る人なんですね」

「そ、そんなことないよ」


 美海と空ちゃんが談笑を始めたので、私は気兼ねなく目の前のものに集中させてもらう。


 受信したメールの中には、確かに昨夜受けた私からのメールが2通。片方は私の記憶にある返信のもの。もう片方は、日付が17年後のもの。


(17年後……?)


 疑問や既視感はあれど、それらは脇に置いておいて本文を読む。


(空ちゃんが、12月24日に消える……?)


 何度読み返しても、そう書いてある。誓って、私はこんなものは絶対に送らない。


(やっぱり「世界」がこれを……)


 未来の日付。それに、誰も知り得ないようなこと。これは、「世界」からのメッセージに間違いない。私の名をかたった理由は解らないけれど、私からのメールなら美海は本文を見ずに消したりはしないとか、そんなところだろうと思う。


 これは、空ちゃんに見せるべきなのか。判断は悩むところで、きっと悩んでいる間は見せるべきではない。


「美海、このメールは私が送ったものではないけれど、消さないで残しておいて」

「なんで?」

「イタズラではなく、ここに書いてあることは多分本当だからよ」

「……つまり」

「本人も含めて、他言無用よ」

「……わかった」


 空ちゃんだけが話に着いてこれず、困惑している。それでも詮索してくるようなことはなかったけれど。私はその頭を軽く撫でた。


「ねえ、カナちゃん」

「なにかしら」

「カナちゃんはたまに、何か大事なことを隠して行動するよね。今日のこれもそう。どうしてあの人をやたら調べさせたりするのか、あたしには理由を話してくれてない」

「……ごめんなさい。けれどそれは」

「いいの。……話せないからだっていうのは解ってる。あたしはそれでもちゃんと着いてく。でも、全部終わって、話しても平気になったら教えて欲しい……かな」


 美海の声には、一欠片の寂しさが乗っている。その声音に、罪悪感が湧いてくる。同時に、それでも今は訊かないでいてくれることに、言い表せない感謝を覚えた。


「ありがとう……その時が来たら、ちゃんと話すわ」


 私はこの場にいるどちらにも隠し事をしているんだと思うと、やっぱり罪悪感が胸にわだかまるのだった。






「これはこれは社長、何かご用ですか?」

「ええ、貴方にね。今いいかしら」


 研究室では、空野 幸人を含む何人かが研究を行っていた。専門的な知識の無い私には、何をしているかは解らなかった。


「息抜きにちょうど良さそうですね。ふむ、後ろの可憐なお嬢さんはどちら様です?」


 空ちゃんは私の後ろに隠れていた。研究室の雰囲気自体が既にダメらしく、到着した時からずっと私の服を掴んで離さない。


「連れてきたことには意味があるわ。けれど今はまず場所を変えましょう」

「そうですか。ではこちらへ」


 空野 幸人の先導で、私達は建物の屋上へ向かって移動する。途中、自販機の前で空野 幸人は足を止める。


「飲み物くらい奢りますよ。若い皆さんはコーラなんかがお好みですかね?」

「えっ、そんな悪いですよ……」


 空ちゃんは小さな声で遠慮を示す。が、話が長くなるかもしれないし、ここは甘えておくべきだ。


「ここは厚意に甘えて頂きましょう。私はコーヒーを」

「えっと、あたしは……お、お茶とかで……」

「…………」

「秘書のお嬢さんは?」

「……コーヒーで」


 美海はかなり機嫌が悪い……というか、空野 幸人が生理的に嫌いらしく、無愛想に答える。空野 幸人はわざとらしく肩をすくめた。


「やれやれ、若くて可愛い女の子達に、疑われたり怖がられたり嫌われたり……悲しいですねえ」

「貴方の疑いが晴れれば態度も変わるわ」

「僕、疑われるようなことはしてないんですけどねえ」


 彼のぼやきを聞き流しながら屋上へ。今日は日も出ていて、外は比較的暖かい。建物の屋上ともなれば多少風はあったけれど、強風というほどでもなかった。


「さて、ではご用件をどうぞ」


 空野 幸人は余裕のある微笑。外すことのない、鉄の仮面。


「まずこの子のことよ。この子は空野そらの 歌撫かなで。理由があって今日だけ同席させるわ」

「その理由というのは?」

「言えないわ」

「相変わらず秘密が多いですねえ。まあ、いいでしょう」


「貴方も相変わらず胡散臭うさんくさいわね」なんていう、喉まで出かかった安っぽい挑発を飲み込む。そんなものが有効に作用する相手じゃない。


「それで貴方……空野 歌撫という名前に覚えは?」

「聞き覚えは無いです。ただ……」

「ただ?」

「そういう相手もいませんが、娘が出来たならそういう名前にしようかなとぼんやり思ってました。もちろん社長、貴女にあやかって」


 空ちゃんはやはり怯えているけれど、着いてからずっとだから彼に怯えているのかどうかが定かではない。


「まるっきり被せるのもなんですから、歌に撫でる、なんて字を考えてましたけど」

「……そう、偶然ね、この子もそういう字を書くのよ」

「それは残念。オリジナリティ溢れるネーミングになると思ったんですがね」


 やはりこいつが……。そんなことは思ったけれど、生命を生み出すような研究をしているという報告は受けていない。隠している可能性もなくはないけれど。……もう、直接問いただすしかないか。


「……直球で訊くわ。貴方、生命を1から生み出すような研究をしているのではないかしら」

「ほほぅ……なるほど、貴女がずっと僕にかけていた嫌疑はそれですか」


 私の目的は即座に空野 幸人に読み取られる。嘘を言われるかもしれない。それでも、彼の口から言葉を吐き出させることが必要だった。嘘かどうかは聞いてから判断すればいいけれど、黙られたままでは手がかりを得る可能性すらないのだから。


 空野 幸人は自分の缶コーヒーに口を付ける。思ったより苦かったのか、珍しく表情を崩した。


「ええ、していますよ。それも、人間を。報告出来るほどの完成度ではないですし、もちろん業務優先でそちらは二の次ですが」


 あっさりと彼は白状した。世間話でもするような口調で、気軽に続けていく。


「人類の悲願の1つでしょう?もし達成できれば、危険なことは全て造り物に任せられる」


 夢を語る少年のように、彼は話し続ける。同時に、私の服を握る小さな手に力が込められていくのが伝わってくる。


「ロボットとの違いは、薬等の被験体にも使える点です。いくらだって代えが利くのですから、多くの命が医療事故等から救われますし、実用的な実験も多くこなせるのですから、技術の発展速度も目覚ましいものになりますよ」

「けれどそれは!」

「人造のものでも生命だと、そう仰るんですか?」

「…………」


 そうだ。私は、このまま彼の研究が成功して空ちゃんが生まれ、そして苦しめられると、そういうシナリオになると知っている。しかし、それを言うわけにもいかない。


「くだらない言い分ですよ。今までマウスやモルモットにしていたことは無視して、人の形をしていたら可哀想とでも?」

「それは……」

「僕に言わせれば、活け作り等と言って魚をもてあそぶように調理したり、ペット等と言って愛玩とする方がよほど可哀想です」


 彼の言い分はもっともだ。私の言い分なんて、子どもっぽくて理屈の通らない駄々に過ぎないのかもしれない。


「僕だって鬼ではありません。人間を造れるようになったとして、それを実験に使うのであれば、自らを不幸と呪うような知性は与えませんから」

「…………あっ、あの……!」

「空ちゃん?」


 今までだんまりで震えるだけだった空ちゃんが、私の背中から顔を出して空野 幸人に声をかけた。その手は私の服を強く握ったまま。けれど、自分の口から、面と向かって言いたいことを言おうとしている。


「なんでしょうか?」

「その……その研究……やめてほしいんです」

「何故です?貴女には関係のない…………いえ、あるというわけですか」

「そう、です」

「空ちゃん!それを言っては!」

「ごめんね、お姉ちゃん……ちょっとだけ、あたしにお話しさせて」


 私は、黙るしかなかった。空ちゃんが未来を切り開こうとしているのだから。私の都合で…………空野 幸人が研究をやめたら空ちゃんは生まれることがないだろうなんて、それは私が嫌だからなんて理由で、空ちゃんの選択を止めるわけにはいかない。


 空ちゃんは、そんなこと解っていて言っているに違いなかった。だからこれは、間違いのない、彼女の選択。


「あた……あたしは、きっと空野さんに造られる予定の、命、なんです」

「……?どういうことか理解しかねますね」

「えっと……あたしは、み、未来の人間で……」


 空ちゃんは、自分の経歴を、体質を、かいつまんで話す。自分をしいたげた元凶、原因とも言える人物に。


 自分のトラウマや、恐怖と闘いながら。やっぱり私の背中には負荷がかかっていて、小さな手から震えが伝わってくる。


「だから……その……いい結果にはならないっていうか……」

「なるほど……貴女の言うことはおおむね解りました。もちろん、ただただ鵜呑うのみに出来るような話ではないですが」

「そ、そう、ですか……?」


 空ちゃんが、いえ、私もホッとした。完全に信じたわけではないにしろ、少しは何かが変わるのかもしれない。


 そう、思ったのに。


 空野 幸人は、動かぬ微笑からさらに口角を上げた。初めて表に見せた感情の動きは、実に楽しそうな無邪気な笑み。まるで、分別のつかない子どもがするような笑顔。色んな経験をして、世の汚さを知っている大人の見せる表情では決してない、清く純粋な笑顔。


「じゃあ、()()()()になるんですね……!」

「えっ……!?」

「っ!貴方……!」


 彼が空ちゃんに向ける視線には、純粋な興味しかなかった。悪意なんて欠片も感じない。空ちゃんを「これ」と、物であるかのように呼ぶことにもなんの躊躇ためらいも後ろめたさもない。本当に空ちゃんを「自らの今後の研究成果」としてしか見ていないのだ。


「自分でも驚きです……!ここまでのモノが造れるなんて……!」

「……黙りなさい」

「1つの細胞から始まって、幼体を経て普通に成長してきたんでしょう?完璧ですよ。僕のやりたかったことは上手くいくんですね!」

「ゃ……やめてください……」

「黙りなさいって言っているでしょう」

「出来れば今からでも少し構造を見せて欲しいですね……何か今後のヒントが」

「黙れ!」


 私は、おそらく今までの人生で最も大きな声をあげた。悪びれる様子もない狂った男を睨み付け、怒りで熱くなる心を落ち着かせるよう、呼吸は意識的にゆっくり行う。


「……すみません、ついテンションが上がってしまいました。一般的に受け入れられにくい思想は、隠しているんですがね」

「今すぐ研究をやめるのよ」


 美海は臨戦態勢だし、空ちゃんは今や完全に空野 幸人に怯えて私の背中を握りしめて放さない。


「お断りします、と言ったら?」

「殺すわ」

「本気の目ですね……ですがいいのですか?僕が研究をやめれば、彼女は生まれてこないんですよ?」

「…………それが空ちゃんの、選択だもの」

「迷ってる顔ですね。歯切れも悪い」

「くっ……!」


 空野 幸人の言う通り、私は迷っている。空ちゃんの選択を受け入れるべきだと思いながら、空ちゃんを失いたくないとも思ってて。


「……貴方の研究は、世に出しても認められないと今聞いたはずよ」

「勘違いしているようですね。僕は称賛や名声が欲しいんじゃない。ただ僕にどこまでやれるか試したいだけです」


 この男は、根っからの研究者なのだろう。やりたいことを突き詰めていった結果、世が認めてくれたらラッキー。その程度の認識。研究の前では倫理も道徳も関係ない。そういう男だ。


「貴女達こそ、女性同士の恋愛なんて現代日本は簡単には受け入れませんよ?」

「…………」


 優秀な研究者であり、基本的には良識もあり、危険な思想と自ら理解しているものは抑えることもでき、私達の関係を見抜くような洞察力もある。人として優秀でほとんど問題なんてないはずなのに、何故私と空ちゃんの関係にだけ支障をきたすのだろう。


「セクシャルの話は専門家に任せるとして……こういうのはどうでしょう」


 再び柔らかな微笑へと表情を固めた男が、提案をしてくる。


「僕はとりあえず研究を続けます。今の段階では、実を結ぶまではまだ少し時間がいるでしょう。ですが、途中経過は逐一ちくいち貴女に報告する」

「待ちなさいよ」


 これまで一切口を開かずにいた美海が口を開く。空ちゃんを背中にかばう私を、さらに庇うように前に出て。


「それでアンタにやめるよう言ったら、中止するとでも言うつもり?」

「僕のやり方で間違いなく生命を造れると解ったなら、本当に造らなくてもいいかなと思いましてね」

「カナちゃんの意向に従うってことなの」

「もちろん。ただ……生命を造る過程や技術はどうしても知りたい。ですから、彼女を造るかどうか、最後の判断はゆだねますよ」


 どうです?と付け加えて、空野 幸人は私の答えを待っていた。


 この男は私が迷っていると見抜き、それを元に譲歩じょうほしてくれているのだ。そしてその譲歩に応えるすべは、この状況では1つしかない。


「……わかったわ」


 ……迷い、悩む私にとって、彼の提案を呑む以外の選択肢は無かった。


 どうしたら空ちゃんを手の届かない遠くへ行かせずに済むの?


 どうしたら空ちゃんの望みを叶えてあげられるの?


 空ちゃんは、私と一緒にいられなくてもいいの?


 私の中では、答えの出ない問いばかりが、ひたすら繰り返されていた。







小さな豆知識その34


「カナちゃん……」

「……ごめんなさい。私がこんな不甲斐なくて」

「ううん。あたしは、あたしに出来ることでサポートする。だから、カナちゃんは自分の選択を信じて。間違ってると思ったらあたしもちゃんと言うから」

「……ありがとう」

「クーちゃんも落ち着かせなきゃだしさ、帰ろ?」

「……ええ」


(あたしに出来ること……か)


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