14話「9月25日、金曜日」
小さな豆知識その29
鹿野 絢斗は現状、「白澤が上司になるのか……?」という不安が最も大きい。
今夜は、空ちゃんが泊まりに来ている。時刻は既に22時で、食事もお風呂も済ませたから、あとは寝るだけ。私のベッドは2人でも余裕で寝ることが出来るから空ちゃんと並んでベッドに入る。
そう、「寝る」だけ。
「あ、あの…………」
「電気は消す?消さない?」
「け、消さないで……お姉ちゃんの顔、見えないと不安だから……」
「そう」
空ちゃんは顔を真っ赤にしている。毎回のことだけれど、この手の話に自然になるのは平気でも、改まることで恥ずかしさが大きく出てくるらしかった。
今夜、私達は「する」予定になっていた。
「じゃあ、いいかしら」
「い、痛くない……?」
空ちゃんの目にはほんの一握りの怯え。誰だって初めては怖い。それは私だって同じことだけれど、なんとかなるだろうと楽観的な考えを前日から自分に刷り込んでいる。
「痛かったらキスで痛みを忘れさせてあげる」
「う、うん……お願い……」
空ちゃんは完全にいっぱいいっぱいだ。ただし、余裕があってもこの子のことだから同じ反応をしたかもしれない。基本的にはボケや芸人を天然で殺す子だから。
「それじゃあ、脱がすわよ」
「んっ……!」
目をギュッと固く閉じ、身体を強張らせる。キメ細やかな肌が、背徳感すら覚えさせた。ボタンを上から順に外していく。全てのボタンを外したところで、ブラジャーのホックも外す。
「フロントなのね」
「さ、サイズ的にその方が、って、言われて……」
「綺麗よ」
「~~~っ!」
露になる、彼女の胸。形が良く、また大きな胸は、直に触れると吸い付くような感触を手のひらに返してくる。
冷たいとよく言われる私の手が触れる度、空ちゃんはビクッとした。
「んっ……ゃっ……」
声を抑えようとしながらもその小さな唇から小さく息が漏れ、私の理性を崩していく。私は彼女の唇を自分の唇で塞ぐ。
「ふぁっ…………ん……」
舌を絡ませ、互いの唾液を交わし、体温を分かち合う。快感、と言える感覚に身体が支配され、彼女を求めながら私の手は自らの秘部に触れる。湿った感触が指先にあった。
「空ちゃん……私にもして……?」
「おねえ、ちゃんを……?」
「見て……貴女と口づけをしただけでこんなに……だから……ぁんっ…………お願い……」
私は自ら着ていたものを脱ぎ、今度は空ちゃんに身を委ねた。
今夜は、長い夜になる。
【9月25日 SIDE 美海】
「もしもしみーちゃん?」
『電話とは珍しいですねぇー』
「ん、ちょっとね」
あたしは自室からみーちゃんに電話をかけた。予め昼頃に「今夜電話でお喋りしてもいい?」って言ってあるし、ちゃんとOKを貰ってから電話をかけたんだよ。
『何か秘密だけど直接言わなきゃいけない大事なことですかぁー?』
「ううん、本当にただお喋りの相手が欲しかったの」
『今日は空野さんが泊まりに行っていると聞いてたんですけどねぇー』
「あ、うん……来てる」
『あー、会長の客として来てるんですねぇー?』
うん、まあ……カナちゃんの客としてって言うか、あたしが入り込むのは無理って言うか。何日か前にカナちゃんからも「その日の夜は絶対に私の部屋へ来ないように。来たら3ヶ月は口をきかない」って感じのことを言われた。
「今日は2人の時間が欲しかったみたいでさ、ぼっちだよ」
『今はご自宅ですかぁー?』
「まあ一応。今夜だけでも外にいたいけど……お仕事的に仕方ないかな」
一応あたしだってカナちゃんの「直属」の1人。……というか今はリーダーだけど、とにかく「夜の間は特にカナちゃんの側にいる」という決まりがある。あたしだって寝ちゃうし、夜は別の直属が外を見張ってるのが普通だから、あんまり意味ないような気がするんだけどな……。
『そうですかぁー……もしかしなくてもお2人は……』
「……うん。致してる、ってやつかな」
あたしが仕事を終えて自室に戻ったら、もう既にカナちゃんの部屋から高い声が聞こえていた。あのね、そこまで壁が薄いわけでもないし、あたしは2人の声が大きいと思うんだよね。
「……声がここまで聞こえてきてる。いかにも「してる」って感じの」
『……なるほどぉー……そういうことなら今夜は遅くまで付き合いますよぉー』
「ありがとね」
本当に電話の約束をしておいてよかった。このままじゃ眠れないどころか、あたしは独りで自分を慰めるようなことになりかねない。
『では話題をどうぞぉー』
「えっ、あー、話題、話題ね……」
そんな話題と言われても……改まって言われちゃうと逆に出てこない。そして、こういうのは考えれば考えるほど出てこないもので。
「えっと、ごめんすぐ出てこないや、みーちゃんはなんかない?」
『あたしですかぁー?……あっ、そうだ美海さん、あたし今ちょっと欲しいものがあるんですよぉー』
「あ、もしかして手に入れるのにあたしが協力できるものかな?」
『そうなんですよぉー。さすが美海さんですぅー。協力してくれますかぁー?』
みーちゃんにはいつも構ってもらってるし、シリアス……でいいんだっけ?とにかく、そういうのに疎いあたしがそういう場面に出くわした時にお世話にもなってる。あたしに出来ることがあるなら是非してあげたい。
「もちろんだよ!」
『実は、今あたし「話題」が欲しくてぇー、それもとびきり面白いやつぅー』
「協力出来ないやごめんね」
みーちゃんごめんね、無理です。それ、あたしも今欲しい。むしろそれあたしがお願いしたんだけど。カナちゃんの部屋からクーちゃんの「ひやぁっ!や、や、あ、だめ、やあああぁぁぁ!」って声が、もうほぼはっきり聞こえてきた。ダメと言われたけど、これは1度注意しにいくべきかもしれない。
『……今の声って……』
「話題提供するね!」
『え、あ、はい』
「たった今、ふと疑問に思ったことなんだけどさ」
『はい』
「クーちゃんとするのって……法的にセーフ……?」
『…………』
「…………」
カナちゃんは18歳だからいいとして、クーちゃんはまだ15歳。その歳の子って、していいのだろうか。
あたしの疑問に、みーちゃんも黙ってしまった。みーちゃんにも判断は難しいのかもしれなかった。
『別にいいんじゃないでしょうかぁー。お金が発生してるわけじゃないですしぃー』
「あ、やっぱり基準はそこなんだ」
『それに黙ってればわかりませんしねぇー』
「それを言っちゃうの?」
クスクスと笑いあうあたし達。基本、みーちゃんとは気が合う。趣味や好みが特別近いわけではないけど、話してて楽しいのはみーちゃんが断トツだった。
『少し、おトイレ行ってきてもいいですかぁー?』
「あ、うん、じゃあ1回切るね」
『はぁーい』
急に電話かけたし、長電話になるかもだからね。そう考えながら電話を切る。あ、今の内に隣に一言連絡入れとこうかな。
あたしは「ちょっと声が大きいと思うよ、気を付けてね」とメールで打ち込み、カナちゃんに送信する。3ヶ月口をきいてもらえないのはやっぱり怖いから、直接訪ねる気にはならなかった。みーちゃんと話していれば、声が気になるようなことは少なそうなんだけどさ。
携帯が震えた。ん、もうカナちゃんからメール返ってきた。あたしはすぐに確認する。
「あれっ?」
あたしは小首を傾げた。無題なのはさほど珍しくもないけど、表示されている送信時刻がおかしかった。
この日付、17年後……?
でも確かに差出人の名前はカナちゃんだし、アドレスもあたしの電話帳に入ってるカナちゃんの携帯のもので間違いなかった。ただの不具合かもしれないし、とりあえず開く。
17年前の白澤 美海へ
空野 歌撫は、12月24日、消える。
それは文字通りの消滅であり、全ての人間の記憶からも消えることが解っている。
浅海 奏はそれを阻止すべく動くことが予想される。
しかし、それは彼女の望む未来を得るための行動とはなりえない。
貴女に、出来ることは何か。
「あー、これはカナちゃん変なサイトとか踏んだね」
ウイルスか何かに感染してるかもしれない。後で言っとこう。それに、安易に開いた自分にも改めて警戒心を植え付けておく。手遅れかもしれないけど。
するとまたも電話が震えた。みーちゃんから電話が返ってきた。あたしは1度電話に出て、こちらからまたかけ直すと告げてその通りにする。あたしがお願いしたんだもん、みーちゃんに電話代を負担させるわけにはいかない。
『もしもしぃー』
「おかえりー」
『ただいまですぅー』
「なんか今カナちゃんが携帯で変なサイトか何か踏んだみたいでさ、変なメール返ってきたんだよねー」
あたしは何気なく今のメールの話をする。話題って、やっぱりこうやって自然に生まれるものだよね。考えて面白い話題をひねり出すのは芸人さんの仕事でしょ。
『会長にしては珍しいですねぇー』
「そう?カナちゃん結構トチること多いよ?」
『会長のことを「完璧超人」だと思ってる人は多いと思いますよぉー』
あたしから見ても確かに大人っぽいし、隣から聞こえてくるのも大抵クーちゃんの声だ。カナちゃんも初めてだろうに、それでもスマートにこなしてしまう。その辺が完璧に見えるのかもしれない。
「でもねー、今日も家に帰って来た時からソワソワニヤニヤしてたし、3回も人を呼び間違ってたし、1度崩れるとダメなタイプだよ」
『意外と顔に出ますよねぇー』
「みーちゃん、やっぱり洞察力あるよね」
『そうですかぁー?』
みーちゃんは人の心の暗いところを覗き込むようなあの目が表に出なければスパイとか交渉人とか出来そう。実は以前そんなことを本人に言ったら「それもいいかもしれませんねぇー」と言われた。本気かどうか解らなかったからやっぱり向いてそう。
『それで、そのメールにはなんて書いてあったんですかぁー?』
みーちゃんは意外なところを掘り下げに来た。この話、ちゃんと広がるのかな。
「んー、なんか、送信時刻が17年後で、クーちゃんが12月に消えちゃうとか、そんなこと書いてあった」
『悪戯っぽいですけどねぇー、本当だったら怖いですねぇー』
「まさか。さすがにそんなわけないでしょ」
『そうだといいんですけどねぇー』
もしそうだとしたらこれは殺人予告だ。しかも結構先の話だし。
それからも話題を転々とさせながら、みーちゃんはほぼ夜通し会話に付き合ってくれた。
あのメールがかなり重要なものだと解ったのは翌日になってからだったし、隣の部屋での情事も結局ほぼ夜通し行われていたらしかった。
小さな豆知識その30
「あら、美海からメールね……少しうるさいって言われちゃったわ」
「はぁ…………はぁ……あた、しのこえ……きかれてるの……?」
「そうみたいね」
「~~~っ、はずかしぃ……よ……」
「ふふっ、もっと聞かせてあげましょう?空ちゃんの、恥ずかしい声」
「ひぇっ、や、んっ、またきかれちゃ、やらぁぁ!」
「カナちゃんにメールしたの、逆効果だったっぽい」
『空野さん、クタクタになりそうですねぇー、なむー』




