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2話「4月7日、火曜日」

 


 4月7日、火曜日。

 家から1歩外に出ると、朝日が少し目に染みる。今日もいい天気ね。……今日は、サイダーにしましょう。





 結果、サイダーは私にはまだ早いことが解った。コーラより辛かった。毎朝小銭を無駄にしている気がしてならない。いえ、これは苦手を克服するための投資よ、無駄ではないわ。


 毎朝の習慣(炭酸チャレンジ)を終え、校門へ近付くと、昨日も見たような何かに出会った。


空野そらの 歌撫かなで……)


 小さな少女が、縮こまりながら校門の前をウロウロしている。彼女は入ろうか入るまいか悩むように、あっちにウロウロこっちにウロウロ。


(またなの……)


 昨日も彼女が学校の敷地に1人では入れなかったことを、私は忘れていない。昨日と全く同じ光景が、目の前に広がっていた。


(また声をかける?……いえ、彼女から来るまで待つと昨日決めたじゃない)


 こちらからは極力アプローチをかけないと決めた。だから私は自販機の前まで引き返し、そこで炭酸を口に含んでむせながら見守ることにした。……サイダーは苦行ね……。


 けれど、今日は昨日とは少し違った。誰に声をかけられるでもなく、彼女は学校へ入っていったのだ。彼女がいつから迷っていたかは解らないけれど。


(とりあえず登校はしている、と)


 昨日の今日で学校に来ないなんてことも無いとは言い切れないから、安心した。


(……昨日から、あの子の心配で頭がいっぱいね)


 それくらい、彼女は危ういと感じた。でもそれでも私は心配し過ぎかもしれない。


 今日は、始業式だった。


 始業式に出て、クラスを確認して(鹿野かのとはまた同じクラスだった)、適当なホームルームを聞く。授業は無し。だから、昼前には生徒会室へ。





「来るかしらね……」


 私は一人呟く。来なかったら来なかったでまた新しい何かを考えるだけだけれど、来てくれた方がもちろん良い。


 とりあえず、コンビニのクリームパン(実は私のお気に入りだ)を食べながら待つことにしましょう。

 そう思い、パンの袋を開けたその時、小さなノックの音がした。思ったより早かったわね。


「どうぞ」

「失礼します……」


 相変わらずの小さな声。もう少しだけ大きな声だと助かるのだけれど。


 とりあえず空野を座らせ、私はクリームパンを食べ続けた。空野は私が食べ終えるのを待つつもりらしい。


「貴女、昼食は?」

「あっ、その……」


 視線を泳がせている。なるほどね。

 私は残り半分のクリームパンを差し出した。


「忘れたのね、これ食べていいわ」

「えっ!いえ、でも……」

「やっぱり食べかけは嫌?」

「いえ、そうではなくて……」


 結局空野はひとしきりあたふたした後、


「……いただきます」


 恥ずかしそうに受け取った。

 私は、彼女がリスのように少しずつ食べているのを見ながら、(食べるのが遅い子ね……)なんて率直に思っていた。





 そして意外なことに、食べ終えた空野は、すぐに話しはじめた。きっと、話すと決めて来てくれたのだろう。


 私としても、ありがたかった。油断は出来ないけれど、探りを入れる中で失敗する確率は下がった。

 と、思っていたのだけれど……。


「……昨日、学校を辞める、と言った理由なんですけど……」


 ……。

 …………。

 ………………。


 彼女の話は、ここで止まってしまった。ただ黙っているのでは無いことは解ったから、私も黙ったまま、聞く姿勢を保った。


 どこから話そう、話していいのかな、そんな葛藤が見える。空野は、非常に態度に出やすい子だった。


 待つこと20分。ようやく空野は次のセリフを聞かせてくれた。


「あの、信じてくれるかは、解らないんですけど……その、えっと……」


 一つ、深呼吸。




「あたしは、未来から来たんです」




 学校を辞めたいと言った時と同じ、真剣な顔だった。だったけど……。


 ……私は、どんな顔をすればいいのだろう。というか、どんな顔をしているのだろう。


「ち、ちょっと待って、整理する時間がほしいの」

「はい」


 力強い返事ね。そうね、貴女は言い切ったものね。次は私の番よね。


 前にもこんな意味の解らない事例があった。親友が「深遠なるどうたらから遣わされたナンチャラ」とか名乗りだして困っている、と。その時は「時間が解決してくれるわ、だからその子とは友達でいてあげて」と答えたと記憶している。


 そういう「設定」の中に身を置きたい時期がある子がいる。いいえ、大小の差はあれどほぼ全員にあると言ってもいいかもしれない。


 けれど今回は……。

 真剣な眼差し。昨日とは違い、まだ私から目を逸らさない。


 からかっている……かは定かではない。そうね、まずそれを確かめましょう。軽く息を整え、空野に真剣な表情で返す。


「貴女は最初に、信じてくれるかは解らないんですけど。そう言ったわね」

「はい、言いました」


 緊張感が上回っているのか、昨日やさっきまでとは違って、彼女から怯えている様子は感じない。声もしっかり出ている。


「なら、それを私に話したのは何故かしら?」

「それは……オーラが見えるからです。他の人とは違う、初めて見る、特別な」

「オーラ?」


 ……また胡散臭い単語が出たわね……女性なら全員が全員占いとかスピリチュアルに興味があるわけではないと思うのだけれど。


「その、オーラと言うのが一番近いだけで……とにかく会長さんは違うんです、他の人とは、根本的に」


 こういう詐欺、ありそうね……。いえ、決め付けるにはまだ早いわ。とりあえずそこはスルーして、話を進める。


「……まあ、いいわ。それで、未来人であることと学校を辞めることにどんな関係があるの?」

「……この身体はあたしのものではないんです」


 また面妖な……。面妖、なんて単語が思い浮かぶくらいには突飛な話だけれど、私はなんとか食らい付く。


「どういうことかしら」

「この時代に、私は身体ごと来たわけではなく、意識だけが来たみたいなんです」


 意識だけ?未知の世界すぎてどう解釈していいか解らないけれど、魂みたいなものかしら。


 私の疑問は顔に出たのか出ていないのか、空野はさらに説明してくれた。


「あたしは、この時代に存在しないはずの者です。だから、違和感が無いように「世界」があたしに立場を与えたんだと思います」


 説明はしてくれたものの、私にとっては余計解らなくなってしまった。

 ……仕方ないわね。一つずつ訊いていきましょう。嘘ならどこかでボロが出るでしょうし。


「その、「世界」というのは何かしら」


 私のこの発言に対し空野は、……えっ?そこから説明しなきゃいけないの?と言い出しそうな顔を一瞬した。しかし彼女はすぐに取り繕う。


「世界の意思、というものです。バランスを取る役割があります。多すぎるモノを減らしたり、少ないモノを増やしたり」


 それは、


「人間が、間伐や植林をするようなことかしら」

「そうですね、それを世界規模で行う、人を超えた「何か」の存在が確実にある。それを、あたしの時代では「世界」と呼んでいました」


 それは所謂いわゆる神様とは違うのかしら。とは思ったけれど、多分おおよそその解釈で間違いなさそうだからそう思いましょう。


 よく解らない話、知らない世界の話を聞くときのコツは、自分の知る世界のものに置き換えること。


「○○みたいなものか」「○○と似てる」そういった解釈は話を円滑に進めるには有効な手段の1つだ。


 ただ、解釈の正確さは大きく欠けるので、それで全て理解したつもりになるのは危険、という面もある。


「つまり、その「世界」によって、貴女は身体を得ている、と」

「そうです。それから、立場も」

「立場?」


 空野は一度背筋を正した。


「あたしは、この時代では「空野家の長女にして一人娘。この春から柏波高校かしわばこうこうに通う」ことになっていて、それに関するあらゆる資料や記憶も書き換わっています」

「それは「現代日本で、親も親戚もないホームレス少女」がいたら不自然だから?」


「世界」というのは、さっきの話では不自然なものを自然な形に調整するような言い方だった。神と何が違うのかはイマイチピンと来ないけれど。


「……多分、そうだと思います。この時代に来たときにそれらの情報も、こう……テレパシーみたいに流れ込んで来ました」


 少し自信が無さそうだった。自分の意思で行ったことではないからなのかもしれない。

 つまり、空野は未来人だけれど、この近所の空野家の娘さんだとその他全員が思い込んでいる。偽りの記憶も植え付けられている。てとこかしら。


「学校を辞めたいと言ったことですが、あたしにはやるべきことがあります」

「それは?」

「…………」


 今までの勢いはどこへやら。空野は俯いて黙ってしまった。


 それだけは言えない。……言いたくない。そんな雰囲気が見えた。昨日の感じを思い出し、私はこれに関して突っ込まないことにした。


「……いいわ、それは言わなくて」

「……ありがとうございます」


 詰めた息を吐きながらの礼をもらった。話は大体見えてきたかしらね。


「貴女は未来人で、未来人なりのやるべきことがあるから、学校を辞めたい。それで間違いない?」

「間違いありません」


 ……要点はまとまったけれど、なるほどでは手続きを、とすぐに進めて良い話でもなかった。そもそも未来人だというのも信じてはいない。


 からかわれているだけなら、私が騙されても恥をかくだけ。けれど、そうではないなら。ここで信じなかったことが真実なら、彼女はどうなるか解らない。


 ならあとは、信じて、それが本当だった時のリスクね……。


「貴女が未来人……不自然な存在だと信じたとして、それに関わった私に何か影響は?」


 おかしなものと関わると、おかしな目に遭う。これは創作の中では古今東西を問わず常識で、主人公は大抵関わっておかしな目に遭う。


 創作では話の盛り上がりにすぎない。けれど目の前に出てこられてはそうはいかない。


 空野は私の言葉を受けて考えていた。様々な可能性を考慮しているのか、腕組みまでしている。


 ……私は、その腕組みが気になった。いえ、話の本筋とは関係無いからスルーしなきゃいけない点なのだけれど。


乗る(・・)のね……)


 腕を組む、というのは女性にとっては男性ほど簡単ではなく、「邪魔になる」ものがある時がある。


 私だって「邪魔になる」くらいにはある。けれどそれは今の話で、年齢を考えれば間違いなく負けだ。……もしかしたら今比較しても負けているかもしれない。


 ……気にするほどのことではないわ。人、あるいは女としての価値がそこにあるわけでも無い。魅力はあるかもしれないけれど。


 空野は真剣に考えていて、私は答えを待った。心の中で謝る。ごめんなさい、思考がよそ見をしていたわ。


 やがて空野は口を開く。腕組みは既に解かれている。


「あたしも初めてですから断言は出来ませんが、多分ほとんど無いと思います。あたしの時代には時間を渡る科学力もありませんでしたし」

「……そう」


 安心……は出来ないけれど、彼女の見立てでは今すぐ死ぬような目には遭わない、と。


 私は考えた。信じなかった方のリスクがあまりに高い。大袈裟だと思われるかもしれないが、仮にここで私が今の話を一笑に伏してバカにしようものなら、この子は自ら命を投げ出す可能性も大いにある。これは断言してもいい。


 しかし、信じたらこの子が学校を辞められるように手配しなくてはならない。はっきり言って、教師でない以上、私にはそれは出来ない。


 私に出来ること、それは。


「貴女の話は解ったわ。もちろん、簡単に信じられるような話では無いけれど……信じましょう」

「……本当ですか……?」


 空野は「逆に信じられない」という顔をした。……今まで、どれだけの人に信じてもらえなかったのだろう。


「とりあえず、よ。私だって、話を鵜呑みには出来ないわ。だから、貴女自身を信じる」

「ぇ、ぁ……あたしを……?」


 今の話だけ信じても仕方がない。彼女にだって解らないことや勘違いはあるでしょうし、今後も信じていく方針だ。と、伝えたかったのだけれど。


「……っく、……ぇ……っ」


 ……今にも泣きそう。いえ、これは既に半泣きね。ここは、思い切り泣かせておきましょう。


私は、信じると言っただけだ。世の中には、自分の言うことは真実だから信じられて当然。そう考える人が多い。それはそれで間違っていないと、私も思う。


けれど、同時に世の中には、理不尽な暴力もある。いじめや差別、虐待。それらは、「被害者が正しい行いをしているか」なんて考慮してくれない。身体も、そして心も一方的に痛め付ける。


身体が傷付くのと同じように、心も傷付く。たとえ目に見えない傷でも、傷が癒えるまでは怪我人だ。


 私は立ち上がって彼女に歩み寄り、そっと抱きしめた。


 そこで堪えていた何かが切れたのか、彼女は私にしがみついて泣いた。幼い子どものように。


 ……あるいは、頼るものが他に無いかのように。私しか見えていないように。私以外は信じられないと言うように。……人はそれを依存と呼ぶ。依存は、いつか1人で生きていく時、その邪魔をする。


でも今は、年端もいかない傷だらけの少女には、頼れる誰かが必要だ。いつか、その傷が癒えるまでは。


……怪我人だから世話は焼くけど、依存はするな。なんて、矛盾してるかもしれないわね。


私は、泣きじゃくる彼女が泣き止むまで、ただ黙って抱きしめた。





 彼女が落ち着くまで待った後、彼女にはもう少し私の話を聞いてもらった。

 けれど。


「私では、貴女の退学届を受理出来ない。そういうのは教師の仕事よ」

「えっ?」

「えっ?じゃなくて。貴女、生徒会長なら出来るとでも?」

「あたしの時代ではそうでした」


 だとか。テレパシーとやらでこの時代の一般常識は得たのでは無いか、とも思ったものの、


「いえ、あたしの立場の設定とか、周辺の地理だけでした」


 そういうものらしかった。何よそれ、それじゃあ未来人の常識を持った現代人じゃない。どこが自然なのよ。


「でも、テレビで見ました。誰々の生まれ変わりとか、予知能力を持ってるとか、そういう人はいるんですよね?」

「あくまで自称だけれどね」


 つまり、この子は「自称未来人の電波さん」という設定なら自然だということだろうか。


 確かに、霊感が無い人からすれば「霊能者」というのも現実味が無い。自称霊能者達が、口裏を合わせて騙しているだけにすぎない可能性だってある。彼らは、人数が多いから信じられているだけだ。


 自然不自然の境界がざっくりしている気はしたけれど、その辺は空野がこの時代になんとなく合わせて、日常生活を送れれば問題ない。


 話を進める。


「この時代ではそれは教師の仕事よ。貴女、教師にさっきの話をするわけにいかないでしょう?」

「……でも、この時代なら……皆信じてくれるかも……」


 自信が無さそうに、空野は言う。そんなわけない、というのも解っているのだろう。私に話そうと思ったきっかけも、オーラが見えたからだと言っていた。私は、そこだけは現実を突き付けることにした。


「期待するのはダメよ。私が信じたのはこの時代の人間だからじゃない。十中八九取り合ってもらえないし、貶されることもありうるわ」

「でも、あたしには……」


 目的がある。でもそれって、


「貴女の目的、学校に通いながらでは達成出来ないかしら?」

「えっ?……いえ、多分出来ます、けど……」

「なら、しばらく通ってみるのはどうかしら。……あくまで提案だけど」


 これは、昨日と同じただの先延ばしだ。空野の目的は解らないけれど、とりあえずもう少し私と関わってみてはどうか、程度の。


 それに、少しこの子に興味もあった。面倒を見よう……というのとは違うかしら。庇護欲をそそるのか、母性本能に訴えてくるのか。


 ……それか、私が老けたのか。最後のは考えないとしても、奏先生の相談室は、解決するまでやめないのがモットー。彼女が納得する、落とし所までは持っていきたい。


 空野が返事をくれるまで、そう時間はかからなかった。私が提案したことで、気を遣わせたのかもしれない。ちょっとだけ失敗ね。


「……解りました。それであの……」


 昨日の状態に戻ったようだった。俯きがちに、小さな声で。さっきまでの毅然とした態度は、やはり気を張っていたのだろう。


「……また、ここに来てもいいですか……」

「そうねえ……」


 部外者を生徒会室に入れている、なんて、教師に見付かったら怒られるでしょうね。1回くらいなら見逃してくれそうだけれど、常駐は無理ね。

 私はその事を伝え、


「私と、友達になってくれる?」


 そう言って、右手を差し出した。私は、放課後も自然に会える間柄として、友達が適切だと思ったから。


 空野は目を丸くして私を見ていたが、その表情はすぐに微笑みに変わり、


「はい!」


 私の右手を握った。未来でも握手の習慣は変わってないのか、空気を読んで合わせてくれたのか。いずれにせよ。


 私にはこの日、2つ歳下の友達が出来た。複雑な問題を抱えた友達が。





 ちなみにその後、日が暮れるまで彼女と話をしたのだけれど、彼女は現代でも「天然」の範疇はんちゅうで済むレベルだった。


 その代わり、たとえ元々現代に生まれていても天然だっただろう、ということも解った。

起承転結でいうところの、起、は大体ここまで。承へと続きます

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