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閑話「それぞれの。」



時系列順ですので、時期的には9月になります。またも投稿が遅く、申し訳ないです。





 




 空野そらの 幸人ゆきととの話も終わって数日。ようやく会社絡みのゴタゴタも落ち着いてきて、私は高校生としての日常を取り戻した。もちろん、メイド長が経営のほとんどを担うという形式に変わりが無いのが大きな理由で、もし私が経営もしていたら学校なんてやめるほかなかった。本当に話題性だけ、名義だけの起業だ。


 とはいえ、あれだけのことをしたのだから、普通に登校するようになったら今度はクラスメイトからの質問責めに対応するので大変だった。


かなでちゃん社長になったんでしょ!?」

「学校やめちゃうの?」

「イケメン社長と知り合いになった?」


 本当に気にしてそうなことから実に下らないものまで、熱が冷めるまで様々なことを訊かれた。


 生徒だけでなく教師までもが興味半分面白半分で訊いてくるのには少し呆れたほどだ。何歳になっても好奇心は人を童心に帰らせるらしい。


「奏ちゃん、なんか1年生の女の子が呼んでるけど」


 昼休みに私の周りに出来たマリモのような人だかり。そこに割り込んだクラスメイトが私に告げたのは来客だった。示す方を見れば、ドアにしがみついてビクビクしている空ちゃんがいた。


 私はクラスメイトについてこないよう断りをいれて、その場を離れた。


「お姉ちゃん……」

「どうしたの?……3年の教室まで来るの、怖かったんじゃない?」


 後半は声をひそめた。空ちゃんはドアから手を離したと思うと、今度は私に抱きつく。泣いている……わけではないみたいだけれど。


「寂しかったよぅ……」

「私が学校に来なかったから?」


 こくり、と頷く空ちゃん。


「それに、おうちに行っても会えないし……」

「ごめんね」

「……えっ?」


 空ちゃんは手は離してくれなかったけれど、そのまま顔を上げた。


()()()()って言い方、珍しいね?」

「そういう所は目敏めざといのね……」


 私は空ちゃんを引き離しながら、他の人には聞こえないよう耳打ちした。


「その方が……かっ、可愛く見えるかと思ったのよ」

「…………?」

「だから忘れて頂戴」


 空ちゃんにはよくわかっていないようだけれど、言い方を変えたのは完全に思い付きだった。……思い付きと勢いでギャップ萌え的なものを狙ったのよ。だから伝わっていないならば説明するのは恥ずかしい。


「お姉ちゃん、可愛いよ?」

「っ!やめてよそんな……」

「あ、また珍しい話し方」

「えっ?い、今のは違、狙ってなんか」

「わかってるよ。ふふっ、今日のお姉ちゃん特に可愛いね」

「……もう知らないわ」

「あっ、ねないでよー」


 私がそっぽを向いて、ついでにクラスをチラリと見る。多くの興味津々な視線が突き刺さった。これはまた大変になりそうね……。


「……何か、用があるんじゃないの?」

「あ、うん。今日からまた、一緒に帰れる?」

「ええ」


 落ち着いたのだから、空ちゃんとまた放課後を過ごすことになんの問題ない。また、以前のように戻るだけだ。けれど、そんなことでも空ちゃんは心底から嬉しそうな笑顔を見せた。


「そっか!じゃあいつもの場所で待ってるね!」

「そ、そうして頂戴」

「じゃあ、あたしもう行くね」

「え、ええ」


 ばいばーい!と手を振りながら空ちゃんが遠ざかる。踊るような足取りで。周囲には男子生徒も普通にいるのに、怖がる様子は全くない。人間恐怖症も、治りかけているのかしら。当然、油断なんて出来たものではないけれど。


 私は自分の席へ戻る。空ちゃんとは携帯でやり取りしていたけれど、顔を見て話したのは意外と久しぶりだった。


「奏ちゃん、あの子って最近仲いいって噂の子?」

「あれ、なんかニヤニヤしてない?」

「珍しい!あの子が誰なのか詳しく!」


 ……ニヤニヤしてはいないはず。と、自分では思っていた。






 お姉ちゃんと一緒に帰れる!あたしは浮かれていた。ここ最近は独りで帰っていたけれど、家までの距離がひどく遠く、長く感じた。


 これまでもお姉ちゃんが生徒会とかで独りで帰ることもあった。けど、その時は「明日はまた一緒」っていう安心感があった。


 今回は、家に帰ってすぐにお姉ちゃんに連絡してもなかなか返事が返ってこないし、「いつ学校に来れるの?」と訊いても「解らないわ」と返ってくるばかりだった。


 もしかしたらこのまま独りになっちゃうんじゃないかと不安になって、胸が痛い日もあった。……ちょっとだけ、涙が出ちゃう時もあった。


 だから、今日お姉ちゃんが学校に来てるって聞いた時は、知らない所……それに男の子もたくさんいる所を通るのは怖かったけどそれでも自分の力で行こうと思った。


(あたし、こんなに高揚してる)


 ちょっと顔を見て一緒に帰る約束をしただけ。ほんの5分も話してないけど、気分は有頂天でぽわぽわしてる。


 実は、クラスにも仲のいい女の子がいる。春から優しくしてくれてて、あたしが怖がってしまったのに、それでもずっと優しく接してくれてる友達。彼女がいなかったらあたしはクラスで完全に孤立していたと思う。


 夏休み中は彼女と会う機会もなかった。今日久しぶりに会って嬉しかったのは確かだけど……。


 でも、本当のところ、お姉ちゃんに会えたことの方が嬉しかった。しょっちゅう連絡してたし、夏休み中も顔を合わせてたのに。


 あたしにとっては、どちらも「とても大事な人」。それは間違いないこと。でも、さっきお姉ちゃんの顔を見れた時は……胸が締め付けられるような、でも痛みとは違う感覚があった。


 知らない感覚だったけど、解ったことがある。お姉ちゃんは、あたしにとって「特別」なんだ。お姉ちゃんの存在が、どんどんあたしの中で大きくなってる。


(だから、あたしは1人で生きていけるようになりたい。その上でお姉ちゃんと……)


「えへへっ」


 お姉ちゃんとあたしの未来を、幸せをちょっとだけ妄想しちゃったりして。あたしはうきうきしながら昼休みを過ごした。






「うぁー」

「ケント、相談に乗るぞ」

「僕が悩んでるって決めつけるなよ」


 昼休み。いつものように同席して飯を食ってるクラスメイトの前田が、僕の唸りに反応した。相談に乗るぞ、って話しかけ方おかしいだろ。


「じゃあなんだよ、また浅海あさみか」

「またってお前、そんな僕がいつも会長の話してるみたいな」

「してたろ、この2週間くらい」

「……え、マジで?」


 確かに冷静に思い返すとそんな気がしなくもないけど……。前田は会長の人だかりを一瞥いちべつする。


「社長だもんな、しゃ、ちょ、お」


 お、だけやたら強調したのは何か意味があったのだろうか。


「それもあるんだけどさ……」


 正直その辺はどうでもいい。いや、よくはないけど、多分会長なりの意味があるんだろう。僕が唸ったのだってそれが理由じゃないんだ。


「進路だよ、進路」

「進路……大学だろ?行けそうなとこ選んで適当にとか言ってたじゃねえか」

「就職も、ありかなーなんて……」


 今さらだ。大体僕だって、夏休み半ばには行く大学もきちんと狙いを絞って、そこに向けて勉強の計画もきちんと立てた。僕の学力ならその計画通りに勉強すれば大丈夫だろうと踏んでいるし、担任にも見せて相談したけどほぼ平気だろうってことだった。


「さすがにヤバイんじゃないのかそれ」

「……誰にも言うなよ?」

「お、おう」

「実は会長の会社の人に声かけられてんだよ」

「お前が?」

「僕が」


 先日白澤(しらさわ)から連絡があり、あたしのところで働かないかとかなんとか。白澤のことだからあんまり考えてないんだろうけど、別に勉強したいわけじゃないし、賃金とか福利厚生もかなり好条件だから詳細次第じゃアリだ。


「お前なんかを欲しがるやついるんだな」

「うるせーよ。……で、どう思う?」

「あー……大学も適当に決めたんだろ?ならいいんじゃねえの」

「適当に言ってないかお前」

「いや俺は大学だからな、ちょっとは学力気にしてんだよ」

「……そうか。悪い」

「気にすんな」


 僕達みたいな凡人は、社長がどうとか、そんなことよりも受験が迫ってることの方に手一杯で。


(……きっと、会長の「恋」のことなんて気にしてる余裕もないのかな)


 冷たいような気もする。でもやっぱり、人は自分が可愛いんだよな。


 就職の話、親に相談してみようかな。






「うぁー」

未来みく、肩でも凝った?」

「違うんですよぉー」


 あたしが昼休みに机でうだーっとしていると、クラスの友達が話しかけてきた。あたし、基本的に語尾を伸ばす話し方しますけど、こだわりがあるわけじゃないんですよね、あたしが話しやすいだけで。


「いやな事件を……思い出していたの、です……」

「何かあった?」

「話すほど面白いことではないんですけどねぇー」


 夏休み花火事件。あたしと鹿野かの先輩、会長、空野さんはそう呼んでいる恐ろしい事件。詳細は伏せます。美海みうみさんの名誉のために。


 あの日結局、朝から会長と空野さんをデートにやって、あたし達はそうめん流したりスイカ食べたりしたんですよねぇー。使ってないからって修繕用の雨どいパーツ並べてそうめん流すのはワイルド過ぎると思うんですよねぇー。


「未来さ、好きな人とかいないの?」

「唐突ですねぇー、いませんよぉー」


 これは本当にいない。見てるだけでお腹一杯だ。あたしまで恋愛する気にはならないし、実は誰かに恋をしたこともない。


「こんなに可愛いのにー?……あー、整った顔が憎らしい」

「いひぁいれすぅー」


 ほっぺたを摘まんで伸ばされる。痛い。


「じゃあ、ちょっとだけ相談しても……いい?」

「内容によりますねぇー、とりあえず話してくださぁーい」


 この目線の泳ぎ方、指の動き。……多分恋ですねぇー。あたしの周りは色恋ばかりですねぇー。


「その、友達の話なんだけどさ、告白したい時にどうするのがいいかって訊かれちゃって……」


 それを、好きな人がいないあたしに訊くのかなんて野暮は言わない。文脈もめちゃくちゃだけどそれも言わない。


 ……今日もあたしは他人の恋を眺める。見ていて自分もしたいと思わないわけじゃない。けどあたしはこの立ち位置を意外と気に入っているんだなぁー、と思う。


(大事にしたい人、か……)


 何回聞いただろう。空野さんも美海さんもあたしに惚気話のろけばなしをするものだから聞き飽きている。どうして似たような恋の話を人は聞きたがるのか、その辺はよくわからなかった。


(でもま、恋してなくても楽しいもんですねぇー)


 恋をしたら、もっと楽しいんですかねぇー。なんてことを、目の前で惚気る友人を見ながら考えていた。


「……ちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよぉー」

「ニヤニヤしないでよぅ……」


 恋する乙女は、可愛いものですねぇー。






「違います、やり直しです」

「えー!何が違うのー!?」


 お昼ご飯の後、メイド長による午後の授業が始まっていた。あたしを秘書にするための授業だ。ここ最近、これを習得するのがもっぱらあたしの仕事になっている。


「本当に必要なのー?あたしのやり方がいいー」

「ダメです。いいですか、秘書の仕事は言うなれば社そのものの仕事です」

「それはまあ、解るけど」

「もちろん、貴女のやり方で効率や安定性が上がることも多くあるでしょう。柔軟性も大きなポイントです」

「あたしのこと、信用出来ないの?あたし結構メイドの仕事ちゃんとしてたと思うんだけど……」


 あたしはちょっとショックだった。メイドの仕事も、カナちゃんを護る仕事も、きちんと覚えたと思うし、きちんと自分で判断をしながら、失敗もしながらこなしてきた。まだ未熟で足りないのかな、なんて気分が暗くなる。


「いいえ。貴女は優秀で、心も優しいいい子だと思いますよ」

「えっ……メイド長、もしかして褒めてるの?あたしを?」


 驚いた。メイド長があたしを素直に褒めることなんて今まで無かった。褒めることがあっても、なんか嫌味っぽく言ってくるのが常だ。


「貴女は幼くして両親を亡くして、それでも笑顔を忘れないでよく頑張っていました。簡単にはできないことです」

「うん……」

「だからこれは、貴女を信用していないわけではないんですよ」

「えへへ」


 つい笑いが漏れる。なんだろ、何故かカナちゃんに褒められるよりずっと嬉しいな。この何年かはカナちゃんといる時間よりメイド長といる時間の方が長いからかもしれない。


「ですが、何事にも基礎や基本があります。それだけは何を差し置いても教えなければ、きちんと覚えてもらわなければいけません。それがあってこそ、「貴女らしさ」が生きてくるんですよ」

「あたしらしさ……?」


 メイド長の言うことは正しい。メイド長が、あたしなら出来ると信じてくれていることも解る。あたしがここで怠けたらカナちゃんに大きな迷惑がかかるのも確かなことだ。なら、あたしが今するべきは、文句を言わずにメイド長の言うことに従って、必死に秘書としてのスキルを習得することだ。


「ですから、厳しくいきますからね」

「いいよ……カナちゃんの為にもね」

「よろしい。では、続けますよ」


 あたしは、カナちゃんの為に秘書の勉強を真面目にやる。……カナちゃんはクーちゃんをずっと好きで、今やクーちゃんもカナちゃんが好き。この間デートから帰ってきた2人を見ればそれはすぐに解った。


(カナちゃん……)


 好き。……でもあたしじゃカナちゃんの恋愛の対象にはなれない。あたしの方を向いてはくれない。悔しいし、嫉妬もするけど……無理矢理あたしが入り込むより、あたしが1歩だけ下がればカナちゃんが幸せでいてくれるなら、あたしはそうする。だから、あたしは頑張れる。カナちゃんの為に。


「言っておきますが、SeaS(シーズ)でも貴女は私の部下になりますからね」

「げっ……それはやだなあ……」




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