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13話「9月12日、土曜日」



小さな豆知識その27


「海楽しかった……また行きたいなあ……」

「美海、貴女まだ言ってるの?すぐ機会はあるわよ」

「また皆で花火しようね!」

「……花火は、禁止ね」

「え!?なんで!?」

「花火装備の貴女は災害だからよ」

「そ、そんなことないでしょー!」




 




 夏休みも明けて、9月。まだ暑い日が続き、今年は残暑の年になるらしい。土曜日の今日、私はある人物と会う予定になっている。


 時刻はまもなく18時、美海みうみの運転する車で目的地へと向かう。美海もメイド服ではなくスーツであり、表向きは私の秘書として、事実上は私のとして来ていた。


「ねえカナちゃん、秘書って何すればいいの……?あたしそこまでは知らないんだけど……」


 美海は不安げな目でミラーを一瞥いちべつし、後部座席の私に問う。


「今日は護衛にだけ意識を集中してくれればいいわ」

「でも、今後秘書やんなきゃなんでしょ?」

「あと半年ほど猶予があるわよ」


 私は、前から考えていた起業をすることにし、空ちゃんとのデートがあった翌日から準備に取り掛かり、公の場には発表もした。


 両親の知名度は日本でもそれなりに高かった上に高校生でありながら起業したとして、この2週間程、大量の取材も受けた。


 基本的には私がトップであるのは名目だけ。そこは変わらない。私にだって高校生活があるもの。


 けれど、私が高校生であるから手のひらで転がせると思ったのか、やれ企業提携だのマネジメントだのと、一言で表すなら「悪い大人」からの誘いも絶えない。


 全て私自ら相手方と話したけれど、それも今日で終わり。最後の相手は、あの空野そらの 幸人ゆきとだった。


(こちらから出向く手間が省けたわね……)


 この男が空ちゃんに関係しているかどうか、確信があるわけではない。けれど私は、メイド長のまとめてくれた資料に目を通した結果、直感的に疑念を覚えた。


 ほとんどおかしな点は無かったし、私にもはっきりとは解らないけれど……「違和感」「勘」「第六感」……そんな曖昧な感覚が警鐘を鳴らし、今回の起業と合わせて、またその立場を利用して情報を集めようと考えたのだ。


「……美海、そろそろ着くわね?」

「あと3分ほどお待ちください、お嬢様」

「惜しいわね、そこは「代表」だとか「社長」の方が適切じゃないかしら」

「失礼いたしました、お嬢……社長」

「慣れなければ、お嬢様で統一して。無理して間違われるよりはその方が違和感無いわ」

「かしこまりました。お嬢様」






 訪れた料亭。時間には遅れていないどころか少し早めに着いたけれど、空野 幸人は既に待っていた。1人で。


 私は無難な謝罪から入ることにした。


「遅れてしまって申し訳ありません」

「いいえ、時間通りです。僕が勝手に早くから待っていたんです。お気になさらず」

「ありがとうございます」


 空野 幸人のファーストインプレッションは、好青年だった。年齢の割には落ち着きのある風貌と所作。口調はあくまで軟らかく、私が18歳の少女であることを加味した親しみやすさを含んでいる。


「まずは座ってください、若輩じゃくはい同士で堅苦しいマナーを咎める人もいません。気持ちは楽にしましょう。貴女も、普段の口調で構いませんよ」

「ではお言葉に甘えて。……私は浅海あさみ かなで。ご存知の通り、SeaS(シーズ)の代表よ」

「僕は空野 幸人です。株式会社新日葉(しんにちよう)の代表を務めています」


 SeaSとは私の企業の名前で、ネーミングは美海。……なんとなく由来は解るような気がする。とはいえ体外的には、メイド長のやってくれていた企業が名前と代表者の名義を変えただけ、程度の変化しかない。


「しかし……美人ですね浅海さんは。聡明そうめいで美しいとあれば、学校でもモテるでしょう」

「それなりには」

「落ち着いた対応、これは逆に高校生では憧れを超えることはないかもしれませんね。しかし、僕にとっては大変魅力的だ」

「ありがとう」


 私は丁寧語すら使わない。この男にその価値が無いなんてことではなく、反応が見たかったからだ。


 楽にしましょう、なんて社交辞令に過ぎない。普通はそう言われても敬語を使うもの。それを無視した時どう反応するかが見たかった。


 けれど空野 幸人は気にする素振そぶりがない。若いからなのか、理由は解らないけれど、私の態度は本当に気にしていないらしかった。


「では早速本題に……」

「待って」

「おや、何か確認事ですか?」

「ええ、2点ほど。……まず、この子のことだけれど」


 私は、後ろに控えさせている美海を指し示す。美海は私が座ってからも座ることなく、綺麗な姿勢のまま動いていない。それが、今の彼女の立場から取るべき態度であり、彼女が何であるかをきちんと話しておくのは、私のするべきことだ。


「可愛らしいお嬢さんですね。使用人、でしょうか」

「私の使用人の白澤しらさわ 美海みうみ。後々は秘書とするつもりだから同席させたわ。構わないわね」

「もちろんです。……白澤さん、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いいたします。……空野様、同席のお許しを頂けたこと、深く感謝いたします」


 美海は深めのお辞儀をする。後方だから衣擦きぬずれの音での判断だけれど。対して空野 幸人も座ったまま礼を返していた。


「そして、2点目はなんでしょうか」

「貴方……先月末に明日柏浜あすかしはまに行ったかしら」


 明日柏浜……私達が泊まりで遊びに行った海。あの日車中から空ちゃんが見たと言う「オーラの男」が彼なのではないか……それは単なる当てずっぽうでしかないけれど、確認のために訊くだけならタダだ。


 空野 幸人は微笑をたたえたまま崩さなかった。今のところこの男は、これ以外の顔を見せていない。


「行きましたよ。友人に誘われましてね。20日頃でしたか。……それがなにか?」

「貴方の顔に見覚えがあったのよ。思い出したら海で見かけたんじゃないかと思ってね」

「なるほど。そうでしたか」

「下らないことを訊いてごめんなさい。本題に入りましょうか」


 この男はずっと笑っている。親しみやすさを演出するものなのかもしれないけれど、私には仮面のように見えて仕方なかった。その不気味な男は、紙の資料を差し出してくる。


「僕から貴女にお願いしたいこと、それは僕の会社を貴女の会社の傘下さんかに入れてほしいということです」

下手したてに出るのね」

「もちろん、僕にも目的はあります。だからこれも、気に入って頂くための演出です。……では、まずわが社の行う事業と強みから……」






「……以上です。ご質問は……無いでしょうね」

逐一ちくいち訊いてしまって悪かったわ」

「いえいえ。解った気になられるより全然いいですよ」


 私は空野 幸人のプレゼン中も、解らないことや疑問に感じたことは片っ端から質問していた。話を中断することより、最後にまとめて訊こうとして忘れることの方がビジネス的にお互い困るだろうと思ったから。


大雑把おおざっぱに言えば、私の企業の傘下に入ろうとも貴方は研究が出来ればいい、ということね?」

「はい。僕は、貧乏な家で育ってきましてね。高校までしか行けなかったんです」

「失礼ながら少し貴方のことは調べてきたから知っているわ。去年、優れた論文を発表したそうね」


 空野 幸人の表情が、少し変わったような気がした。一瞬眉間にしわを寄せたような、舌打ちでもしそうな表情。けれどそれも私が瞬きする間に元の貼り付けたような微笑に戻っていた。


「いえ、あんなの大したものではないですよ」

「けれど、貴方は高校卒業後、どこでどうやって研究をしていたのかしら」

「アルバイトをしながら、自宅で。一人暮らしのアパートですけどね」

「少しだけ目を通したわ。そんな何も無いような環境で、よくあれだけのものを作れたものね」

「それが、植物の魅力でもあります」


 実のところ、選択肢が無かっただけだろうけれどね。……それに、私の目からすればあの論文には違和感があった。


「まるで、真っ当な研究手段を取らずに得た成果のような論文だったわ。あまりに……早すぎる」

「やはり貧乏だと疑われるんでしょうかね?ですが、僕の研究は普通に、誠実にしてきただけです」


 ちょっとあからさまな挑発だったけれど、この男はまつ毛1つ動かさなかった。この男を揺さぶるのは容易ではなさそうだった。


「動物には興味無いのかしら」

「動物も好きですけどね。何より僕は人が好きなんですよ」

「人?」

「人の喜ぶ顔、見れたら嬉しいでしょう?」

「……そうね」


 胡散臭うさんくさかった。確かに誰でも思うことだけれど、それは何でもないタイミングで口に出すと途端に嘘臭くなる言葉だ。


「ただやっぱり、動物に関する実験は金銭的にも……ね」

「…………」


 この男の本心が全く読めない。


 もし空野 幸人が空ちゃんに関係する人物だとしたら。そう考えて質問をしていたけれど、笑顔が崩れることもなければ声が震えることもない。


(本当に関係ないとでもいうの……?)


 先日空ちゃんに写真を見せた時は「見覚えはない……かなあ」と言っていた。だから、この男は空ちゃんを傷付けた人間ではないだろう。けれど「オーラの男」はこんな感じだったような気もする、とも言っていたし、その日確かにこの男はあの場にいた。


「貴女は、僕の何を疑っているんでしょうか?」

「……っ!」

「クールに見えて、意外と顔に出やすい方ですね。歳相応の可愛らしい一面を時折見せられると惚れてしまいますよ?」

「…………」


 上手うわてだ。こいつは私よりもずっと先を読む力があって、自分の手の内を見せないだけのスキルも持ち合わせている。交渉や会談……頭脳戦では今の私に勝ち目は無い。


(この男が空ちゃんにどんな影響を及ぼすのか、本当に興味のあることはなんなのか、今回私に近付いてきた本当の目的はなんなのか……何一つ見えてこない……!)


「そんなに睨まないで下さい。からかいすぎたなら謝ります」

「いえ……こちらこそごめんなさい。話が逸れたわ」

「じゃあ、今回のお話、考えておいて下さい」

「わかったわ」


 結局、今日は空野 幸人の思うままに全ての事が運んでしまった気がして、私は内心で苛立っていた。


 1つ、子どもっぽい抵抗として「女の勘」から言わせてもらうと。


(空野 幸人……この男は何かを隠している。とんでもなく大きな……私にとってかなり「ヤバい」考えを)


 それが、理性や理屈を完全に抜きにした私の直感だった。






小さな豆知識その28


「カナちゃん、あたしあの空野って人なんか嫌い」

「残念だけど、私はあの男を引き入れるつもりよ」

「お仕事は仕方ないけどさ……なんか怖いっていうか……」

「彼は何を考えてるか解らないわね」

「うん……でもなんか嫌な感じはする。いい人に見えるのは嘘っぽい」

「そうね……」





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