12話その5「8月20日、木曜日」
「なんか、この街って結構なんでもあるんだね」
「車があれば、だけれどね」
アウトレットっていうのは、思った通りお店が集まってる場所のことで、ショッピングが好きな人なら1日いても飽きないくらいたくさんのお店が軒を連ねていた。
食器のお店とか服屋さんとかだけじゃなく、フードコートもある。ショッピングセンターと違って全てが1つの建物に収まってるわけじゃなくて、遊園地とか公園を歩いてるような感じ。
「連れていきたい所があるのよ」
「どこ?」
「アクセサリーショップよ」
「アクセサリー?」
アクセサリー……あたしは使ったことがない。せいぜい髪を結びたい時にヘアゴムを使うくらいで、ネックレスとか、本当にオシャレの為だけに作られたものは全然興味が無い。
「空ちゃん、そういうものに馴染みがないでしょう」
「え?なんで解るの?」
「普段からアクセサリー身に付けてるのを見たことはないし、今朝の話からすると外の世界を見たのはほとんどこの春からでしょう?」
「お姉ちゃん、やっぱり頭いいんだね」
お姉ちゃんは勉強も出来るけど、そうじゃない意味でも頭がいいと思う。難しい話をする時もあたしに解るように話し方や言葉を選んでくれるし、お姉ちゃんの頭は常に回転しているんだろうなあって。
それに綺麗だし、運動も得意だし、愛嬌もあるし、気遣いの人だし……そんな人が、どうして薄ぼんやりと生きてるあたしなんかを好きになったんだろう?
「だから、気に入るかは解らないけれど」
「うーん……あたしも全然興味が無かったから解んない」
街の通りのような造りのアウトレットを2人並んで歩いていく。放課後はいつもこうしてたのに、今日は少し緊張した。
「あ……」
「お姉ちゃん?」
「いえ、ごめんなさい、なんでもないわ」
お姉ちゃんの指先が少しあたしの指先に触れ、電気が走ったようにお姉ちゃんは手を引っ込めた。
「ごめんなさい」
「そんなに謝らなくてもいいのに……」
全然気にするようなことでもないのに、何故かお姉ちゃんは謝ってくる。
「あっ、手……」
「手?手がどうかしたの?」
「カップルは手を繋いでるなーって思って」
ふと目に入ったカップル。若い人も、結婚してそうな人も、手を繋いでる人は多かった。あたしとお姉ちゃんはあんまりそういうことがないから余計に気になって、1度気になると気になって仕方なくなってくる。
「お姉ちゃん……手、繋いでもいい……?」
あたしは他の人がしてるから真似したいと思われるのが恥ずかしかったけど、それでも提案してみる。
「っ……あ、貴女がそういうなら、仕方ないわね。甘えんぼさんね空ちゃんは」
「う、うん……お姉ちゃんだもん……」
「……もう!変なこと言わないの!」
お姉ちゃんは何故か慌てたようにあたしの手を握る。夏場は気持ちよく感じる、少し冷たいお姉ちゃんの手。あまり気にしなかったけど、もしかして冷え性なのかな?
「えへへ、おねえーちゃん」
「あ、暑いんだから引っ付かないの!……もう。ちょっとだけよ?」
お姉ちゃんの腕に抱き付く。いつでもお姉ちゃんの存在は安心する。こうして肌で触れ合うと、お姉ちゃんがいてくれることが実感出来て、あたしが今ここにいることも実感出来る。どんな言葉より、どんな物より、お姉ちゃんを感じることが一番安心出来た。
そのままの状態で歩くこと3分ほど。あっという間に目的の店に着いてしまった。そりゃ、そんなに遠いわけないよね。
「ポップだね」
「ここの雰囲気からは少し浮いているけれど、空ちゃんに似合いそうなのはここだと思ったのよ」
確かに、落ち着いた雰囲気のお店が並んでいる中にここは目立つ。店内にはあたし達と同じくらいの歳の女の子がいて、こういうお店が若者を集めるのに役に立ってるのかもしれなかった。
「入りましょ」
「うん」
初めてのデートに、初めてのお店。変わらないのはお姉ちゃんの存在。
初めての経験が出来るのはいいな、って思った。
「はぇ~」
「ふふ、変な声出てるわよ」
看板もだったけど、お店の中もカラフルで、ほとんど見かけない色合いに感嘆の声が漏れる。
「とりあえず1周してみましょう。気になるものがあれば手に取るといいわ」
「うん、わかった」
お姉ちゃんはアクセサリーショップって言ってたけど、ネックレスとかよりはカチューシャとか帽子とか洋服とか、お店の雰囲気に違わない、ある意味子供向けのお店だった。
「あっ、これ可愛い……!」
あたしは我慢しないで気になるものはどんどん近くまでいって見た。洋服は自分でも買うし、可愛いものも持ってるけど、それ以外はさっぱり。あたしにとって珍しいものが、ここにはたくさんあった。
「四葉のクローバーだよお姉ちゃん!でもこれ何に使うの?」
「ブローチね、服に付けるものよ」
「えーっと、バッジ?」
「……まあ、ある意味似たようなものね」
ブローチ、聞いたことはあるけど見たことはない。そもそも平日は制服だし、学校でアクセサリーは基本的にNGだから。
「お姉ちゃんこれは?ハンカチ?」
「スカーフよ」
「ハンカチとはどう違うの?」
「スカーフで濡れた手を拭くのは良くないわね」
「あ、髪飾りいっぱいある!」
あたしとしては、使い方のよく解らないアクセサリーより、「髪に付ける」って解ってるシュシュとかヘアピンの方が目についた。
「見てお姉ちゃん!ひよこひよこ!」
「髪留めの方が魅力的かしら」
「うん。他のも可愛いとは思うんだけど、使い方もよく解らないし」
「そう」
あたしが夢中になってあれやこれやと見ていると、突然声をかけられた。
「お客様、こちらなどもお似合いになると思いますよ」
「ひぅっ!?」
女の人……店員さんだったけど、急に声をかけられたあたしは驚いて、無意識にお姉ちゃんの後ろに逃げた。……怖い、って一瞬感じた。まだ、ダメなのかな……。
「ごめんなさい。この子、すごく人見知りで」
「いえ、驚かせてしまって申し訳ございません」
「……ごめんなさい……あの、それ……」
「はい、妹さんに似合うかと思いまして」
あたしはまだお姉ちゃんの背から出ることは出来なかったけど、店員さんの持ってきてくれたものはなんとか手渡しで受け取ることが出来た。
「雪……?」
それは雪の結晶を象った意匠のついたヘアピン。全体的に白だから、髪に付けると目立ちそう。
「あ、ありがとう、ございます……」
「可愛らしい妹さんですね」
「いやあの、あたし達は姉妹じゃなくて恋び」
「私達、従姉妹なんです」
「そうでしたか。……では、私はこれで失礼します、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
店員さんは去っていった。あたしの手元にはおすすめされたヘアピン。でも、これがあたしに似合うかよりも気になることが1つ。
「どうして店員さんにウソを言ったの?」
あたしが「恋人」って言おうとした時、お姉ちゃんは誤魔化した。それがどうしてか気になった。本当のことを言ってもよかったと思うんだけど。
「……同性愛というのはね、常人には受け入れがたいものたからよ」
お姉ちゃんは声をひそめた。受け入れがたい、って……?確かに普通ではないのかもしれないけど、そんなに気にすることなのかな?
「人はね、理解できないものを怖れるの。そして怖いものは、自分から遠ざけたがる」
「でも、美海さんも未来さんも鹿野先輩も……」
「あの子達が特別なのよ。……普通はそうじゃない。理解できない。気持ち悪い。異常者だ。……何を言われても不思議じゃないわ」
「そんな……」
それじゃまるで。「人間じゃない」みたい。本当に人ではないあたしにじゃなく、同じ人にさえそんな冷たいことが出来るの……?
「残念だけど、「普通」の範囲から抜けた者は意外と生きにくいのよ」
「…………」
「さ、暗いお話はおしまい」
お姉ちゃんは、少し無理に笑顔を作っている気がした。それから、あたしの耳元に顔を寄せて優しく囁いた。
「今日はデートなんだもの」
その声に、あたしの心臓が大きく跳ねて、あたしはしばらくそれを隠すのに必死だった。
けど、そんな些細なことがきっかけであたしは気付いた。
(あたし、お姉ちゃんのこと…………)
それからあたしとお姉ちゃんは、午前中ショッピングして、午後は近くの市営プールに行ってお姉ちゃんに泳ぎを教えてもらった。
えへへ、雪の結晶のヘアピンも買ってもらっちゃった。それから、お姉ちゃんが選んでくれたシルバーのネックレスも。あたしには大人っぽすぎるって言ったんだけど、「すぐに似合うようになるわ」って。
夜は花火をするってことで、お姉ちゃんの別荘に戻って。2日間はずーっと楽しいことばかりだった。
こんな日が続くように、お姉ちゃんに寄り添って、一緒に大人になっていくんだ。いつか堂々と「あたし達は恋人です」って言えるくらいに。それは……すごく難しいことだけど。お姉ちゃんとなら「そうなりたい」と思える。
あたしはお姉ちゃんの望みを叶えたい。叶え続けたい。それが、あたしの想い。未来さんが言うように依存しているのかもしれないけど……。それでも、お姉ちゃんの笑顔が見たいなって……そう思うから。
それから、お姉ちゃんと一緒にいたい。お姉ちゃんと手を繋いで歩きたい。また、デートに行きたい。キスとか……Hなことも……ちょっとはしたい、かな。
……あたしは、初めからずーっとお姉ちゃんのことが好きだったのかもしれない。恋愛としての、好き。
本当のところはわからないけど、今、あたしははっきり言える。
お姉ちゃんのことが好き。って。




