12話その4「8月20日、木曜日」
長い1日になって参りました。
あたしとお姉ちゃんがお互いを恋人として認識した、そのおよそ3時間後の今。あたしは昨日美海さんが運転していたレンタカーの助手席にいた。
隣で運転するのはお姉ちゃん。他には誰も乗っていなくて、2人きり。開け放った窓から潮の香りを伴った風が入り込んできて心地よかった。
どうしてこうなったのか、理由は再び朝に遡る。
あたしとお姉ちゃんは話がまとまった所でテレビを消して、美海さんと未来さんの元へ。思った通り、未来さんは美海さんにイタズラをしていた。
「境、美海は料理してるんだから」
「会長に空野さん。もーすこし2人きりでも良かったんですよぉー?」
「私達はいいわ、それよりも」
美海さんは、起きるのが早すぎたから1人でのんびり朝ごはんを作ってくれてる。そうは言っても邪魔しちゃいけないよね、今は使ってないけど火とか包丁だって使うもん。
「ほどほどにしときなさいよ」
「はぁーい」
「あれぇ!?」
お姉ちゃんは、もう少し未来さんの好きにさせておくらしかった。未来さんはここぞとばかりに美海さんの料理の妨害、というかひたすらくすぐっている。
お姉ちゃんは、最近ちょっとイタズラ好きになったような気がする。前……と言っても春先だけど、その頃は誰かの迷惑になりそうな時は小さなイタズラでもしなかったと思うんだけど。
(でも、楽しそうだからいいのかな)
お姉ちゃんだけでなく、美海さんも未来さんも楽しそうにしているから、これはこれでいいんだと思う。
「さて。美海さん、今日のご予定はどうなってますぅー?」
「はぁ……はぁ……ちょっと待って、笑いすぎて……息が……」
鹿野先輩は起きてくる気配がない。まだ全然早い時間だから起こしに行くこともないよね。
「ふぅ…………実は今日の予定は特に決めてないんだよね」
「美海貴女ね」
「だって海は昨日行ったし、お泊まりで皆一緒に夜も過ごしたし、あとやることって言ったらスイカ食べるとか花火するとかそうめん流すとかだよ?」
「それをするんじゃダメなんですか?」
あたしは素直に疑問を口にする。美海さんはお泊まりが出来た時点でもうお腹いっぱいなんだろうなあ……。
「まあ、いいんだけど……多分時間余るし、朝ごはんも作っちゃってるし。花火は夜出来るけど、それまでどうしたいかは決めてなかった」
「無計画ですねぇー……」
「相談してくれてたらグダグダにはならなかったでしょうに……」
「うっ……」
スイカ食べるとかそうめん流すとかも、お昼ごはんの時にやることだから結局午前中はそんなにやることがないし、花火しようにも夏だから暗くなるのも遅い。午後だって時間がたくさん余っちゃう。
「偶然にも早起きしちゃったんですし、どうするかは皆で考えましょう?ね?」
「クーちゃん……!」
「なんていい子なんでしょうねぇー」
「美海、命拾いしたわね」
「あたしそんなに重罪だったの!?」
もしかしたら計画立てるだけで午前中が終わっちゃうかもしれないけど、あたし(と多分美海さんも)はそれでも良かった。お姉ちゃんと未来さんと鹿野先輩がどう思うかはちょっと解んないけど……とりあえずこの場では露骨に嫌な顔はされなかった。
「とりあえず皆座っててよ、あたしまだ途中だし」
「鹿野君は起こした方がいいかしら」
「まだいいかな」
ダイニングキッチンだから、食卓はちゃんとある。美海さんを除いたあたし達は座って相談を始めた。
「順を追って決めましょう。まず午前だけれど」
「美海さんが言うように流しそうめんはどうでしょうかぁー、なんだかんだ準備にも手間取りそうですしぃー」
「残念ながら無理ね、流せるような竹は無いもの」
「美海さんが持ってきてたり……」
「……ごめんね」
用意してないんだ……。美海さん、本当に無計画でここまで来ちゃったの……?
「じゃあ、スイカ割りはどうですか?スイカは用意してあったと思うんですけど」
「それは出来るでしょうね。ただし、海でするのは無理だからすぐそこでだけれど」
「山の中でスイカ割りですかぁー」
スイカ割りと言えば海みたいなイメージが勝手にあったけど、知らない人もたくさんいる所でそれは無理だよね。
「あ、でも、なにを使って割るんだろう」
「……バット?」
「私は持って無いわよ」
「スイカはさ、普通に切って食べようよ、あたしも割りたいわけじゃないしさ」
「時間は余るばかりね……」
このままでは、本当に午前中は会議だけで終わっちゃうかも。そんなことを思った時、未来さんがこんなことを言い出した。
「会長は免許持ってましたっけぇー?」
「ええ、持っているけれど」
「ちょっとしたドライブに行くのはどうですかねぇー」
ドライブ。窓を開けて走ると気持ち良さそうだな、なんてあたしは思った。
「みーちゃんもしかしてあたしの運転やだった?ごめんね」
「違いますよぉー、会長と空野さんの2人でドライブにでもと思っただけですぅー」
美海さんの運転は安心感抜群でしたよぉー、と付け加えて笑う未来さん。けど、なんであたしとお姉ちゃん?
「どうして私達だけなのかしら」
「……あたしが言った方がいいんですかねぇー?言っちゃっていいんですかねぇー?」
「いえ、言わなくて結構よ」
お姉ちゃんは少し頬を染めて未来さんを制止する。でもあたしにはさっぱり意味が解らなかった。
「お姉ちゃん、どうしてあたし達だけなの?」
「それは…………」
もじもじと、視線を泳がす可愛いお姉ちゃん。にやにやとした笑顔を作る未来さん。一瞬だけ手の止まる美海さん。あたしだけが解っていないみたいだけど、考えてもやっぱり解らなかった。
「貴女と……デートだからよ……」
「……えっ?デート?」
予想外だった。……てっきり昨日と今日は皆離れないつもりなのかと思ってたから。
「境が言っているのはそういうことでしょう?」
「ご名答ですぅー」
「でも、せっかく皆でいるのに……」
ちょっと、勝手な気もする。提案した未来さんはそれでいいんだろうけど……。
「行ってきなよ、デート。あたし達はあたし達で遊んでるから」
「でも……」
「それとも、カナちゃんとデートはイヤ?」
「それは…………行きたいですけど……」
「なら、行ってきた方がいいとあたしは思うな」
正直に気持ちを言うと、あたしはお姉ちゃんとデートと聞いた時嬉しかった。今までだって2人でおでかけすることはあったし、中身は変わらないのかもしれないけど……でもお姉ちゃんの「特別」になれたような気がした。
「だって、カナちゃんとクーちゃんは両想いになったんでしょ?」
「えっ?」
「……えっ?」
確かに恋人にはなったけど……あれ、それってやっぱり両想いってことなのかな?もちろんお姉ちゃんのことは好きだけど……あれ?
あたしはちょっと混乱してきた。
「……そっか。そういうことか」
「そうみたいですねぇー」
「「……?」」
美海さんと未来さんには解ってて、あたしとお姉ちゃんには解ってないみたいだった。何がそういうことなんだろう?
「やっぱり、行ってきなよ。きっといい日になるよ」
「どうしてですか?」
「行けばわかりますよぉー」
「空ちゃん……行ってくれないかしら?」
あたしだって行きたいし、3人ともこんなに言うんだもん。断る理由なんて、もうないよね。
「うん、行く」
と、いうわけであたしとお姉ちゃんは初めてのドライブデートに繰り出していた。
「運転なんて久しぶりだけれど、大丈夫かしら」
「大丈夫。安心して乗ってられるよ」
「そう」
海沿いを走る。まだ朝なせいか、海水浴客は少なかった。場所取りのシートとかパラソルは結構あるけど。
「お姉ちゃん、どこに向かうの?」
あたしは風を受けながら訊いてみる。お姉ちゃんにとっても急な話だから、行き先を決めないで走ってるなんてこともあるかもしれないけど。
「少し行ったところにアウトレットモールがあるのよ」
「アウトレットモール?」
「知らない?」
「単語は聞いたことあるよ」
「だったら、行ってからのお楽しみね」
アウトレットモール。クラスの子が話してたのを覚えてる。ショッピングに行ったって言ってたから、レジャーランドじゃあないんだな、ってことだけは解る。
海に視線を戻す。水平線は遠く、一番向こうでは空と海が1つに溶けているようにも見えた。
「水平線、あたし達みたい」
「あら、どういうことかしら」
「あたしは、空野。お姉ちゃんは、浅海。……水平線では、空と海が一緒になってるの」
「……ふふっ」
「えっ、な、なに?」
お姉ちゃんに笑われた。変なこと言ったかな……確かに思い返すとちょっとクサいセリフだと思うけど……。
「ロマンチックなこと言うのね」
「ぁ……なんだぁ……バカにされたのかと思っちゃった」
「しないわ。詩人には遠いみたいだけれどね」
「やっぱりバカにしてるー!もー!」
「…………海と空は、近いようで遠いけれど、ね」
「お姉ちゃん……」
少し寂しげにするお姉ちゃん。あたし、傷付けちゃったかな……。
「あたしは、海の近くにいたい」
「私は、空に届く存在でありたいわ」
……あたし達も、近くにいるようで遠い気がする。お姉ちゃんと恋人になって、でも……その先は?
きっとお姉ちゃんには、その先の望みがある。あたしには、まだない。それが決定的な壁として、あたし達を隔てているように感じられて、あたしは水平線を少し恨めしく睨んだ。
「……あれっ、えっ?」
「空ちゃん、どうかした?」
流れていく砂浜の中に、見えたものがあった。一瞬で後方に消えていったそれを振り向いて確認しようとしたけど、もう見えなかった。
「オーラ……」
「オーラ?」
確かめられなかったけど、見えたように思えたのはオーラ。お姉ちゃんを初めて見た時に見えたものと同じ。
「オーラ……今まで見えたことがあるのはお姉ちゃんだけなのに……」
「その、オーラに関しては何か解らないのかしら」
「ううん、お姉ちゃんが初めてで、今のが2回目だから、何も……」
なんで見えたのかも解らないし、お姉ちゃんも初対面の時にしか見えなかった。あたしには、自分でも解らない「何か」がまだ隠されてるってことなのかな?
お姉ちゃんは、やけに真剣な声音で訊ねてくる。
「人だったのかしら」
「うん、若い男の人……だったと思う」
一瞬だったし若いかどうかは解らなかったけど、老人ではなかった。
「……そう。もしまた見えることがあったら、教えて頂戴」
「う、うん……」
車はどんどん海から遠ざかり、ついに、海が見えなくなった。
「見えたわ、あそこよ」
「あれがアウトレット?」
テーマパークとは違うけど、遠目でもオシャレなお店が集まってるように見える。屋外のショッピングモール、みたいな感じかな?でもそれにしてはお高いお店の雰囲気がする。
駐車場まで回り込み、お姉ちゃんはスムーズに駐車する。こちらも海水浴場みたいに混んでいて、その人気が窺えた。
「ごめんなさい。私も急にはデートプラン思い付かなくて」
「ううん。要するに、ショッピングでしょ?」
「ええ」
「ショッピングってそんなにしたことないし、お姉ちゃんがいるからきっと楽しくなるよ」
「あら、プレッシャーかけてくるのね」
「ちが、そんなつもりじゃないよ!」
「ふふっ、解ってるわ。冗談よ。行きましょ、先導するわ」
「うん!」
あたしとお姉ちゃんの初デート。もう既に楽しくなってて、早くも「来てよかったな」って思うあたしがいた。
……さっきのオーラの人のことは、まだちょっと心に引っ掛かっていたけど。顔までは見えなかったのに、知っている人だったような……そんなデジャヴのような感じがしていた。




