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閑話「8月19日、水曜日」



小さな豆知識その23


境 未来は最近お菓子作りに凝っているものの、キャラじゃないと思っており、ひた隠しにしている。




 




 泊まることになった、会長の別荘。晩飯にはバーベキューをして、既に片付けも済んでいる。風呂だってもう全員上がった。


 ……風呂、僕はシャワーしか使っていない。真夏だけど「入りたい人はどうぞ」ということで浴槽に湯は張ってあった。最後だった僕が一応浴槽を覗き込むと、長さや太さの違う髪がいくつか浮いてたから、入るのをやめた。汚ないからじゃなく、背徳的に感じられたからだ。


 そして今は全員のパジャマ姿を拝ませてもらっている。水着も見られてパジャマも見られて、結局しなかったとはいえ、皆の入った後の湯に入る権利さえあった。さすがに寝る時はぼっち部屋らしいけど、十分すぎる役得と言えよう。


 水着もパジャマも、直接口に出して褒めるのはなんか、セクハラっぽく感じてしまうというか、キモいと思われるんじゃないかとか思ってしまい、躊躇ためらわれた。でも口に出さないだけで、ちゃんと「かなりいいな」とは思っている。そこはぜひ解ってほしい所だ。


「というわけでぇー、ドキドキ、夏の想い出告白タイムぅー」

「くっ…………」


 ……その代償が、これである。寝るにはまだ早いから、おしゃべりタイム。話題は、「昼間海で水着の着替え待ちをしていた僕達に何があったのか」である。男子同士でもこういう時間は無くはない。僕の知る限りではもう少し落ち着きが無いけど。


 大きく盛り上がるでもなく、あるのはキラキラした空野そらのさんの目と、さかいのおざなりな拍手。僕達にこんな状態で話せというのか!


「…………」


 白澤しらさわは完全にだんまりだ。あれだけ騒がしいくせにこんな時だけ無言なんて卑怯だろ。……下唇を噛んで震えてるのも含めて。こんな反応をされては、僕がなんとかするしかないじゃないか。


「えぇっとその、空野さんはどうして僕達の話が聞きたいのかな」


 僕は悪あがきと解っていながら、なんとか誤魔化そうとしてみる。空野さんなら、けむに巻けるかもしれない。


「女の子はそういう話が好きなものですよ」

「そ、そうかなぁ~、ほら、境と会長はそんなに興味なさそうだし」

「お姉ちゃんも未来みくさんも、表に出さないだけですよー」

「えーっと、そんなに面白いことはなかったし」

「何もないのに、美海さんがあんな可愛い顔するわけないです」


 なんでこういう時だけ鋭いんだ!そうだよ、ちょっとはあったよ。他人事なら面白そうなことが。他人事ならな!


 空野さんは少し悲しげな表情を作った。


「あたし、美海さんのあんな顔見たことなかったから、どうしても気になって……でもやっぱり無理に聞き出すのは良くないって解ってはいるんですけど……ダメ、ですか……?」

「っ…………」


 そんな上目遣いで「お願い」しないでくれ。それを断れる男なんて……いないんだから。


「仕方ないですね……話します」

「鹿野先輩、今のは完全に落ちましたねぇー」

「落ちたわね」


 勝手なこと言って!でも全くもってその通りなので否定はできなかった。僕は反応を示さない白澤に、おうかがいを立てた。


「白澤、言ってもいいのか」

「……ケンくんに任せる」


 僕の顔を見ず、恥ずかしそうにうつむきながら、ボソリと白澤は言った。さっきのことを思い出して恥ずかしいから、自分で言うのは嫌。だけど僕に変なこと言われないかちょっと心配、みたいな感じなんだろうか。


「……解った」


 僕は、あの時の事を思い出しながら話し始めた。






「じゃあ荷物お願いしますねぇー」


 着替えに行った3人を見送りながら、僕は困っていた。正直言って、今朝会ったばかりのしかも女子と2人きりにしないでほしい。彼女が活発なタイプなことは救いだ。おかげで辛うじて平常心は保てそうだった。


「……ケンくんも行ってきたら?」

「僕はいい……よ」


 そっぽを向いて表情を見せない白澤に対して、僕はまた敬語で話しそうになる。まだ意識せずに話せるようになるには時間がかかるかもしれないな。


「というか、寂しいんじゃ」

「寂しくない!」

「あ、はい、すいません……」


 ……寂しいんだろうな。マンガとかのキャラっぽい反応だなとかちょっと思ったけど、もちろん黙っておく。


「えーっと」


 話すことが、無い。正確には無いわけじゃない。互いの事を知らないのだから、訊けばいいんだ。けど今は何を訊いても変な空気になりそうで、僕はセリフに困った。


「とりあえず、待つんなら座ったらどうだろう」

「……ん、そだね」


 白澤はとりあえず僕の言うことに従って僕の隣に腰を下ろした。その髪からふわり、といい香りがする。


「僕達だけが初対面……だよな?」

「そだよ」


 ぎこちなくも、会話を始める。会話なんて勢いだ。最初さえ乗り越えてしまえば後はどうとでもなる。


「そういえば、タメだって言ってたけど」

「あたし18だもん。カナちゃんと一緒。ケンくんもでしょ?」

「ああ、そうだけど……白澤、高校は?」

「行ってないよ。中学出たら働き始めたから」


 今どき高校まではほとんどの人間が行く。偏見かもしれないけど、女子で中卒となると相当珍しいのではないだろうか。


「社会人か……立派だな」


 僕はそう思う。僕の場合、高校を出たら自分に合ったレベルの大学に行くと決めていて、オープンキャンパスにももう行ってきた。


 でも何がしたいからその大学に行く、っていう明確な目的があるわけじゃなくて、やりたいことを探す程度の認識だ。社会人になるまでの時間稼ぎとか、逃げと言われても仕方ないかもしれない。


「別に大したことじゃないよ。ウチ、お父さんとお母さんが事故で早くに死んじゃったから。だからあたしが働いてるってだけ」

「ん……なんか、ごめん」


 白澤はさらっと重たい話をする。本人は受け入れてるかもしれないが、僕みたいに普通に生きてこれた人間からしてみたら、ショックも受ける。


「いいんだよ気にしなくて。初対面の人に話せる程度の話だもん。今の仕事楽しいしね」


 笑ってみせる白澤。僕からしたら過酷な人生を歩んでいるのに、この子はいつも笑っているんだろうか。しかも影のある笑顔じゃない。少し、眩しかった。


「そうか……仕事ってのは何を?」

「カナちゃんのメイド」

「…………は?」

「だから、メイド」


 2回も聞こえた。メイド?そんな仕事日本に実在するの?しかもこんな身近に?架空の職業でしょ?白澤も少し説明不足だと思ったのか、付け加えてくれた。


「あたしの両親が死んだ時あたしを引き取ってくれたのは、カナちゃんの家だったの」

「だからメイド?え、ということは会長の家って元々メイドいたの?」

「あたしが引き取られた時にはもういたよ。今はおじさんもおばさんも海外だから、あたしは今はカナちゃんのメイド」


 僕は本当に現実の話を聞いているんだろうか。ちょっと、いや、かなり会長の家におじゃましたい。


 想像してみる。会長のお世話をするメイド服の白澤。白澤が作った料理を2人で仲良く食べる光景とか、実は朝が弱い(僕の勝手な妄想)会長の着替えを手伝う光景とか、はたまた背中を流すとか。現実感はちょっと薄いけど、かなりぐっと来る。


「メイド服か……似合いそうだな……」

「えっ?」

「白澤は可愛いし、活発なタイプの女子がメイド服着て丁寧に給仕してるのはすごくギャップ萌えというか、魅力的だなーって」


 無意識に、僕は思ったことをそのまま口に出していた。普段の僕なら、こんなドン引きされるようなことは絶対に言わないように気を付けているのに、重たい話とかメイドの話とかで現実感が薄れていたせいか、ミスを犯してしまったのだ。あっ、とは思ったけど、白澤の反応は予想とは少し違った。


「あ、あたしが可愛いとか!そんな……じ、冗談はやめてよ……」

「冗談?」


 自信が無いのか、褒められることに慣れてないのか、あるいは両方か。白澤は頬を染めて俯いてしまった。僕は嘘は言ってない。本当に白澤は可愛いし、愛嬌のある女の子だと思っている。


「あたし、がさつだし、女の子らしくないし、いつも人を振り回すばっかりで……む、胸もないし……」

「僕は白澤のそういうとこが魅力的なんだと思うけど」

「……女の子にはコンプレックスがあるものなの」


 コンプレックスって褒められても嬉しくないよな。僕だって、背丈が低いことを「可愛い」と言われても嬉しくないし。でも、


「……コンプレックスの1つもあるんなら、やっぱり白澤は可愛い女の子だな」

「もう!なんなのケンくん!」

「いたっ、なんだよ急に怒らないでくれよ」

「知らない!」


 僕の頭を1つ叩いて、やっぱりそっぽを向いてしまう白澤。……うーん、女子って難しい生き物だ。男女はもはや別の生き物だって話は本当だな。


「…………ケンくん」

「ん?」

「水着……見てくれる?」

「え、僕が?」


 白澤はなんだかおかしなことを言い出した。どれくらい話してたかは解らないが、ちらっと見た感じではまだ会長達は戻ってこない。


「僕、あんまり水着の良さとか細かく解んないぞ?」

「いいの。あたしも解んないもん」


 それはどうなんだ。


「ま、まあ、別にいいけど」


 どうせ後から自然に見るんだからわざわざ改まって見せなくても……改まってか……。


 改まって見るとなると、ちょっと意識してしまう。やましい気持ちは無いけど、そう見えないように気を付けなくては。


「じゃあ、脱ぐね」

「ちょっと待って!?」


 立ち上がってシャツに手をかけた白澤を慌てて止める。下に着てるとは言ってたけどさ!白澤は不思議そうに振り返る。


「何?水着着てきたから平気だよ?」

「それはそうなんだけど!」

「? じゃあいいじゃん」


 白澤はシャツを脱ぎ始めてしまう。白い肌と引き締まったウエストがあらわになる。慎ましいながらも無くはない胸にシャツが1度引っ掛かり、それから一気にシャツは脱ぎ捨てられた。


 スタイルは良かった。胸はちょっと控えめだけど、それが好きな男は少なくないだろう。……って何を解説してるんだ僕は!?


 白澤はそのままズボンも下ろしていく。前屈みになるから、僕の視線は自然と胸元へと吸い寄せられ、すぐに地面に落とした。なんでこんな無防備なんだよ……。しおらしかった白澤から切り替え早いよ……そういうとこが白澤っぽい感じするけど。


「ケンくん、見てってば」

「ちゃんと終わった!?」

「終わったよ?」


 その言葉を信じて、僕は顔を上げた。


 そこには、スポーツ選手のような、健康的で爽やかな水着姿の白澤がいた。ウエストは細く、しかも引き締まっている。その太ももは適度な筋肉がありながら、触れれば柔らかそうな質感をかもしている。


 水着そのものは、ビキニタイプ。細かなデザインとかブランドとかを僕は知らないけれど、白を基調としたデザインが可愛らしく、似合っていると思えた。


「可愛らしい水着で、その……僕個人の意見としては、かなり似合っていると思う」

「……そう?変じゃない?」

「ああ、僕は好きかな」


 ホントはこんな面と向かって水着レビューなんて恥ずかしいからしたくはない。けど良いと言った手前、目を逸らすわけにもいかない。


「……そっか、ありがと」

「どういたしまして……」


 僕はドキドキしていた。いや、勘違いしないでほしいんだけど「白澤の態度」がいけない。不安げに「変じゃない?」とか、かなりダメ。はにかみながらの「ありがと」も良くない。かなり可愛い。


「……そっか、意外とバレないか……」

「な、なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない」

「そ、そうか」


 僕はもう限界で、目を逸らした。これ以上見ていたら夏の暑さと併せて僕は気を失いそうだ。白澤はそんなこと知ってか知らずか、再び僕の隣に腰を下ろす。


「ケンくん、さっきのホント?」

「さっきの、ってどれだ?」

「えっと、ほら……その……」


 もごもごして明確なことを言い出さない。


「あの……あたしが可愛いとか、なんとか……」

「そりゃあ白澤は可愛いと思うけど。僕はお前のこと好きだよ」

「すすすす好き!?」

「えっ、あ、いや、ちが!好きだけど!そういう好きではなくて!好きなんだけど!」

「そんなに好きって連呼しないで!」

「ご、ごめん!可愛いってちゃんと伝えたくて、その……」

「…………」

「…………」

「……なんか、ごめんね」

「い、いや別に……」


 焦って僕が変なこと言ったせいで、僕達は会長達が戻ってくるまで、恥ずかしくて目を合わせられなかった。






「……以上です」


 しんどかった。思い出してみると、好きとか可愛いとか何回も言ってて、僕はちょっと胃が痛くなってきた。


 白澤も完全に顔を真っ赤にして黙っている。恥ずかしいんだろうな。僕もだよ。


「美海さん可愛い……!」

「……それはありがとう……」


 空野さんは変なスイッチ入ってるし、会長と境は話している間ずーっと観察するような目で僕を見つめているし。


「惜しい男ですねぇー」

「ええ、どうしても慌てる辺り、スマートさに欠けるわ」

「無慈悲ですか!」


 僕と白澤のちょっと恥ずかしい想い出は白日のもとに晒され、この翌日も僕達は度々空野さんにキラキラした目を向けられることになるのであった。







小さな豆知識その24


この日、鹿野 絢斗は屋根裏部屋で独り寝ることとなったが、初めての屋根裏にちょっとわくわくしていた。




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