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11話その3「8月19日、水曜日」



この日はここで終わります。




 




 午後は5人で一緒に遊んだ。鹿野かの君はやはり男1人混ざるのは気が引けたらしく控えめな関わり方だったけれど。


 他の海水浴客も多くいるから、大それたことは出来ない。ボール遊びをしたり、かき氷を浜で食べてみたり。けれど一番盛り上がったのは空ちゃんを1人で泳がせてみて、午前中の成果を見ることだった。


「いきまーーーす!」

「危なそうなら助けるからねー!がんばれー!」


 空ちゃんと私達は感覚的に25メートル離れ、ゴーグルを装着した空ちゃんが向こうから泳いでくる。とてもつたないクロール。息継ぎもしてはいるものの、本当に息が出来ているかもあやしい。私は、空ちゃんが元々どれくらい泳げなかったのかをこっそりさかいに訊いてみることにした。


「まず息継ぎが出来ませんでしたねぇー。体力も足りないのか、5メートルほどが限界でしたぁー」

「25メートル泳げるまでに出来たの?」

「ギリギリでしょうけどねぇー」


 息継ぎは今見ていても出来ているかはあやしいけれど、空ちゃんは少しずつこちらへと泳いできている。意外にも脇へ逸れることなく、まっすぐ。


「クーちゃんがんばれー!もう少しだよー!」


 美海みうみが熱心に応援し、鹿野君は握りこぶしを握って真剣な眼差しで見守り、境は腕組みをして貫禄のたたずまいで彼女の到着を待っていた。……私は、その一番前に進み出た。


 あと数メートルでゴールだ。美海の応援にも熱が入り、この距離では非常にうるさい。


 空ちゃんは目に見えて速度が落ちてきていて、境が言うように辿り着けるかはギリギリかもしれなかった。それでもじわじわと私の方へと距離を詰める。


 そしてついに。


「ぷはっ!」


 私の手を握ったことを確認し、空ちゃんは水から顔を上げた。頑張って泳ぎきった空ちゃんに拍手が送られる。私も力を使い果たして疲れきっている空ちゃんを支える。


「おめでとうクーちゃん!」

「空野さん、お疲れ様」

「教えた甲斐がありましたねぇー」

「はぁ……はぁ……ありが、と……ござい、ます……」

「よく頑張ったわね、少し休みましょうか」

「うわー、カナちゃんとクーちゃんのおっぱいが凄いことに、うわー」

「美海さん、見ない方が良いですよ……」

「そ、そこは今気にしなくていいだろ……僕もいるんだぞ……」

「あ、ケンくん目逸らしてるけど見たんでしょ、顔すごい赤い」

「3人とも聞こえてるわよ」


 なんだかんだと騒ぎながらも、空ちゃんが泳ぎきったことを皆が称えていたことも事実。間違いのない空ちゃんの成長を目の当たりにして、(付け焼き刃の成長かもしれないけれど)私も少し嬉しかった。空ちゃん自身はもう今日は泳ぎたくないと言っていたけれど。






 そうして遊び回っているとあっという間に4時になってしまい、今はもう車の中だ。鹿野君は空ちゃんに気を遣って自主的に助手席に乗っている。


 レンタカーは海からすぐの所で借りていて、美海の運転である所へと向かっている。


「結局、どこに向かうんですかぁー?」

「別荘だよ」


 そう、私の両親も海は好きだったから、近くに別荘を建てていた。電車で来れば何時間もかかるような場所でもないのに、やはり美海と同じように泊まりで遊びに来ることを好んだのだ。


 移動には車でも20分ほどかかり、山の中にあるためコンビニなんかも近くには無い。


「鹿野君、セットは間違いないかしら」

「トランクに積む前に見ましたけど、大丈夫でした」

「夜にバーベキューってのもあんまり聞かないですよねぇー」


 バーベキューは、境の言い出したことだった。美海が境を海に誘おうと電話連絡した時に、元々バーベキューに誘おうと思っていたからどうせなら一緒にやってしまおう。という話になったとか。


「あ、飲み物無いから買ってこうか。別荘の近くはなんもないからさ」


 美海が別荘から最寄りのコンビニに車を停めて、2リットルペットボトルの飲み物を2本買う。今晩と明日の朝の分だけでいいからこれで十分なはずだ。


 そして、全員が再び車に乗り込んだ時、美海の携帯に着信が入った。


「ちょっと待ってて」


 美海は車を降り、2、3分電話相手と話した後、電話を切らずに戻ってきて私を呼びつけた。


「カナちゃん、ちょっといい?」

「ごめんなさい、皆は少し車内で待ってて頂戴」

「うん、わかった」

「鹿野先輩で遊んで待ってますぅー」

「お前それおかしいだろ」


 私は車を降り、美海についていく。車から10メートルほど離れた場所で美海は立ち止まり、黙って私に携帯を手渡す。通話の相手名は「メイド長」となっていた。保留を解除する。


「もしもし」

『お嬢様、ご報告がございます』

「言いなさい」

『お嬢様の仰っていた企業ですが、先ほどそれらしきものを発見いたしました』

「詳細なデータをまとめておいて頂戴。……どういう企業なのかしら」

『活動を開始したのは先月。従業員の少ない、植物繊維製品を取り扱う企業でございます』


 植物繊維?それが一体空ちゃんとどう関係してくるのだろうか。


代表取締だいひょうとりしまりの男、空野そらの 幸人ゆきとというそうなのですが』

「空野……幸人……」

『現在23歳という若さで起業しておりまして、最終学歴は高校でありながら独学で生物学を学んだようで、昨年発表されたレポートは大きな注目を集めているようです』

「いわゆる天才、ね」


 空ちゃんと名字が同じであることは気になるものの、それ以外に大きな接点は見当たらない。生物学、とは言うものの植物がメインのようだし、人体実験(まが)いのことが行えるほどの大きな企業でもない。


『この男、裏で何かしているのではないかという疑いが浮上しております』

「何か、というのは?」

『詳細は不明ですが……起業したのは研究の足掛かりである可能性が高いようです』


 何をするにも先立つものは必要だ。それだけ天才なら学者としてもやっていけただろうけれど、大学にも行っていないことから、金銭的な余裕が無いものとも思えた。


「もう少し調査をお願い。けれど、直接出向く必要は無いわ」

『かしこまりました』


 電話を切る。調査を急ぐ必要は無い。というよりは、焦りを生んで間違いが起きることの方がリスキーだと私は踏んでいた。


「メイド長、なんだって?」

「……まだ、話せないわ」

「そっか」

「それより貴女には、今すぐやることがあるでしょう?」

「…………?」


 私は後方を指差す。


「運転よ」






「やー、美味しかった」

「鹿野君、悪かったわね。ほとんどやってもらって」

「いえ、良いんですよ」


 バーベキューはあっという間だった。どこでも手に入る安っぽい食材で、素人のような調理をする。ほとんどバーベキューなんてやらなかったけれど、かなり私の好みだった。


 バーベキューは、別荘に着いてからすぐに始めた。準備に時間がかかる可能性を考慮して、早めに海を出たのだ。別荘とはいっても大したものではなく、管理のために訪れるのを含めたとしても、年に何度も人は出入りしない。電気や水道なんかは確認したら大丈夫だったけれど。


「鹿野先輩はこの為に連れてきたんですからねぇー」

「あの、ありがとうございます」


 口々に礼を言う。鹿野君は火を起こすところから調理のほとんどをやってくれ、今は重たいものを率先して片付けてくれている。頼りになる、男らしい意外な一面だった。


「美海さん、この後はどうするんですか?」

「お風呂と……花火はどうしよっか」


 片付ける手を止めずに空ちゃんは美海に予定を訊いている。時間はまだ7時前だ。


「明日にしたらどうかしら」

「えー、あたしはやりたい」

「なら明日の夜は何をするのかしら」


 今日花火をしてしまうと、明日やることが減る。実を言うと、花火をすれば自然と夜まで待つことになるからより長く一緒に遊べるのではないかという配慮もあった。帰りは明日の夜になると事前に許可を貰うようにメンバーには伝えてあるし、車も明後日の昼まで借りさせている。


「ん……我慢する」

「美海さんが寂しがりなのを確認するのは良いんですけどぉー、結局この後どうしますぅー?」

「ちょ、みーちゃん違うからね!?」

「そうね、早めに寝てしまってもいいんじゃないかしら」

「予定を決めずにのんびりですかぁー?」

「聞いてよ!?」


 美海は無視するとして。こういうお泊まり会なんて、予定を決めずにグダグダと遊ぶくらいでちょうどいい。修学旅行でも、自由時間を一番楽しい思い出として覚えていることが多いものだ。


「じゃあ、美海さんと鹿野先輩、あたし達が着替えてる間に何があったのか聞きたいです!」

「「えぇっ!?」」


 空ちゃんの屈託のない純粋な笑顔を盾に、私達は2人の隠しておきたいことを聞き出すことに成功したのだった。


 …………その内容は、じっくり本人達から聞かせてもらいましょう。






次は閑話を挟む予定です。




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