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11話その2「8月19日、水曜日」



海遊びその2です。もう少し続きます。




 




「ふぅ」


 私は読み終えたその本を閉じた。鞄にそれをしまいながら携帯を取り出し、時間を確認する。あと15分ほどで12時。まだ誰も戻ってきていないけれど、タイミングはバッチリだ。


 立ち上がり、ここから皆を探してみる。この時間になると人も増えてきていて、探すのは容易ではない。


(美海と鹿野君はあそこね)


 けれど、美海と鹿野君は簡単に見付かった。ちょうど他の海水浴客と共にバナナボートに乗っていたからだ。ここを管理している市が、バナナボートに乗せてくれる。もちろん有料だけれど1種のアトラクションのようなもので、海と言えばこれ!といったイメージの1つであることからか、人気も高い。


 あの2人はあれが終わったら戻って来るだろうから、放置で問題ない。空ちゃんと境は……。


 再び視線を巡らせるも、見当たらない。浅瀬で遊ぶ人はかなりの人数になるから、むしろ見つかるわけがなかった。


(……念のために1人付けてあるから信じるしかないわね)


 少し心配ではあったけれど、「直属」を1人彼女達の護衛に付けている。けれど、それから連絡も特にない。自分の目では確認できない以上、それを安心材料とする他なかった。


 直属。私の護衛を主の仕事とする、いわばボディーガード。特殊訓練を受けており、常に私の側で私を影ながら守っている。遊園地でテロリストを捕らえたのも彼らだ。彼らは私が幼い頃に両親によって雇われた人材で、今のところその形は変わっていない。


 私はひとまず考えないことにし、財布を探し始めた。美海のことだから、海の家のものを食べると言い出すに決まっているから。






「海の家行こう!海の家!」


 案の定そう言い出した美海。空ちゃんと境にかけた心配は私の杞憂だったようで、怪我もなく無事時間通りに帰ってきた。


「鹿野君……貴方本当に大丈夫?」

「あたしので良ければ……その、お水、飲みますか?」

「大丈夫です……うぇっ」


 鹿野君はテンションが上がりきっている美海とは対称的にぐったりしている。どうやらバナナボートの激しさに目を回して、酔ったような状態らしい。私はその背中をさすってはいるけれど、効果はあまりない。


「鹿野先輩マジ酔いですかぁー。冗談にならなそうなんで、クルクル回すのは我慢しますねぇー」

「冗談でもよしてくれよ……」

「そんな酔うほど時間なかったと思うんだけどなー」

「僕も自分で予想外……うっ」


 回転率のこともあるから、バナナボートはさほど時間をかけない。その辺を猛スピードで何周かして客を振り落とす。全員落ちたら回収する程度のもののはずだ。


「仕方ないわね、私が鹿野君を介抱してるから、私と鹿野君の分も買ってきて頂戴」

「何がいい?」

「私はそうね……美海と同じものでいいわ」

「ケンくんは?」

「良心の許す範囲でお任せ……」

「はいはーい、じゃあ2人とも行くよ!」

「美海、スポーツドリンクも買ってきて頂戴」


 美海のわかったー!の声と共に、空ちゃんと境が手を引っ張られて遠ざかる。……お祭りの日もこんな感じだったわね。


 そんなことより、私は辛そうに唸っている鹿野君をどうするか考えた。今から買いにいくのでは、彼女達が帰ってくるまで時間がかかる。少し、横にしてあげる方がいいかもしれない。


「鹿野君」

「……なんですか会長……」


 私は無言で、正座の形にした自分の太ももを2、3度軽く叩く。意図は伝わるはず。


「……え、あー、いいんですか……?」

「少し横になった方がいいわ」

「じゃあお言葉に甘えて……」


 やけに素直に横になり、頭を乗せてくる鹿野君。私の見立てではもう少し慌てることかと思ったのだけれど、これはかなり具合が悪いのかもしれない。


「小動物はやめたのかしら」

「え……?」

「以前の貴方なら、膝枕なんて促されたらもっと可愛らしく慌ててくれたものだけれど」

「……膝……枕……?…………あっ!?」


 私のももに、熱が伝わってくる。鹿野君は、膝枕されていることにも気付けず、今さらになって恥ずかしくなってきたらしかった。


「僕その、ボーッとしてて!すみません会長!すぐに」

「大人しくしてなさい。気付かないくらい滅入ってるんだもの」

「…………す、すみません……」


 鹿野君は未だ落ち着かない様子で、もぞもぞ動いている。……この子は私のことが好きだと言った。それを考えたら少し無神経な行動だったかもしれない。


「……会長」

「なにかしら」

「言ってなかったんですけど、水着、とても似合ってて素敵ですよ」


 空ちゃんや境には更衣室を出た時に言われているけれど、確かに鹿野君には言われていない。けれどそういうのは女性同士の感覚で、男性からは積極的に言ってこないものだと思っていたから、少し意外でもあった。


「ありがとう。……ふふっ、美海にも言ったのかしら」

「……ノーコメントで」

「後で美海に訊くことにするわ」


 鹿野君と私は言葉を交わすことなく、海で遊ぶ人々を眺めていた。家族、カップル、友人……様々な人達がいたけれど、共通して言えることは幸せそうな顔をしているということだった。


「……誰もかれも楽しそうね」

「……会長はどうですか?」

「楽しいわ。とても」

「なら、良かったです」


 ふと口をついて出た言葉。それに返される問い。そんな、なんてことのない会話が楽しかった。


「空野さんは、最近僕ともまともに会話出来るようになってきたんですよ」

「そうみたいね。この調子で人が怖いのを治していければいいのだけれど」

「治りますよ」

「ええ、きっといつかね」


 …………それは、いつなのだろう。私は不安でたまらなかった。空ちゃんは、未だ不安定だ。長引けば長引くほど、私の不安は募っていく。


 空ちゃんは、私とは普通に接することが出来る。けれどそれが、人間不信を克服しつつあることの証明()()()()と、私は考えている。


 彼女が私を怖がらないのは多分、慣れているだけ。話す量や接する時間が圧倒的に多いだけ。だから、彼女には色んな人と関わることで、根本的に解決してほしかった。


 それに、空ちゃんには未来の自分を救うという大きな目的がある。それは、私も忘れてはならないことで、避けては通れないものだ。


 空ちゃんの知る限りの情報を元に、空ちゃんの言う企業を日夜調べさせてはいるけれど、調べはまだついていない。それどころか手がかりすら掴めないことを考えると、いよいよもって設立前の企業である可能性が高い。


(そうなると、アプローチを変える必要があるわね)


 私がCEOをやらねばならない時期が近いのかもしれない。「世界」の言い分では私に見つけることは可能らしいから、ここでやり方を変えたら案外すぐに見つかるなんてこともあり得る。


 なんにせよ、私と空ちゃんの間には「恋愛」「空ちゃんの使命」「人間不信」という最低でも3つの壁がある。これから増えないとも限らない。


 けれど、そんなこともやっぱり、私は楽しんでいる。それに、今日のように同じ時間を過ごす大事な友達だっている。


 今日、海に来ている人達は、私を含めて幸せなのだろう。そう思いながら、私は潮騒と喧騒に心地よく抱かれていた。





「あー!」


 美海達が戻って来たのは、20分ほど経ってからだった。戻って来るなり大声を上げる美海。それに驚いたのか、跳ね起きる鹿野君。


「ケンくんズルい!」

「いやズルいって……」


 美海はいてるのかもしれない。私は美海に膝枕なんてしたことないけれど。


「美海さん、本当にお姉ちゃんのことが好きなんですね。可愛いです」

「も、もうそれはめてってば!」

「えっ?どうしてですか?」

「そ、それは……もう、とにかく可愛いとかサラッと言わないで!」


 空ちゃんは、持ち前の天然で美海を圧倒する。美海もある種の天然で他人を振り回すタイプだから、狼狽えるのを見るのは実は貴重だったりする。


「それより、スポーツドリンクはあるかしら」

「え?ああ、うん。はい」

「私じゃないわ、鹿野君に」

「僕ですか?」

「具合が悪いみたいだから」


 美海は鹿野君にスポーツドリンクを渡す。風邪を引いたときだとか、体調の悪い時にスポーツドリンクは有効だと私は思っている。好みや気の持ち方の問題かもしれないけれど。


「じゃあカナちゃんは焼きそばと焼きもろこしね」

「ありがとう」

「鹿野先輩のはチャーハンですよぉー」

「ああ、ありがとう」

「…………食べれるんですかぁー?」


 境は少し鹿野君に絡む。生徒会ではこの2人の掛け合いはいつものことで、一時期は付き合っているのではないかとすら言われたほど、この2人は実は仲がいい。


「そりゃ食べれるけど」

「酔ってたから油っこいのにしたんですけどねぇー」

「……お前、僕をお茶の間に見せられない姿にしたいのか」

「はい」

「即答かよ!」

「体調良くしちゃうなんて……期待を裏切りますよねぇー」


 2人のコントを眺めながら、私はさりげなく空ちゃんと美海の間にいく。空ちゃんは焼きもろこしをリスのようにちまちま食べている。熱いものは苦手なはずなのにそのチョイスは、少し不思議だった。


「あちゅっ」

「空ちゃん、それが食べたかったの?」

「ううん、結構適当に決めちゃった」

「クーちゃんはみーちゃんの方ばかり見てたからね」

「境を?」


 想像してみる。長い列に並んで、ようやく順番が来たのに境を見てばかりいて自分は何を食べるのか決めていなかった空ちゃん。どれにするのか訊かれて、慌てて苦手な熱いものを指差してしまう空ちゃん。境を眺めていた理由を除けば、容易に想像できる光景だった。


未来みくさんのあのチャーハンは自分用だったの」

「どういうこと?」


 境は冷やし中華を食べながら鹿野君とまだコントを繰り広げている。今の話が本当なら、境が鹿野君のために選んだのは冷やし中華ということになる。空ちゃんは2人に聞こえないようにこっそり教えてくれた。イタズラっぽい微笑をたたえながら。


「鹿野先輩は、チャーハンが好きらしいの。それを知ってた未来さんは、最初はチャーハンを選ぼうとしたんだけど、具合が悪そうだからってやめたんだ」

「ものすごく真剣な目をしてたよね」

「それで、鹿野先輩の分は冷やし中華にして、「あたしが目の前でチャーハンを食べてやりますかねぇー」なんて言いながらチャーハンを選んだの」


 それだと、いつものように鹿野君をからかうためにそうしたチョイスにしただけに思えるけれど。


「あたし、鹿野先輩の具合が良くなってたら好物を、そうじゃなかったらさっぱりした負担の少なそうなものを渡すつもりだったんじゃないかと思うんだ」

「あたしもそう思う。あれは優しさだよね」

「ふうん?」


 境もあれで可愛いところがある。本人に言ったら否定するのだろうけど。横目に境を見る。そんな話を聞いたせいか、鹿野君と話す彼女が心なしか普段より楽しそう……いいえ、嬉しそうに見えた。


 その後私達が境の話をしていたことが本人にバレ、落としやすそうな空ちゃんが問い詰められたりし、落ち着かないお昼時を過ごしたのだった。





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