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11話その1「8月19日、水曜日」



今回もやはり長くなるので、いくつかの話に分かれます。






 




 海だ。普段は生徒会室から見ている、青い海。この海にも毎年美海みうみと来るけれど、間近で見るとその広さに圧倒される。海水浴場としての人気も多少あるその浜は、今日も朝から人が少なくない。


 空も晴れ渡り、日射しが肌に痛い。海水浴をするには今日は絶好の日だった。


「カナちゃん、海だよ!」

「そうね」

「美海さん、来たことないんですかぁー?」

「ううん、毎年来てるよ」


 美海の毎年来ている発言に、空ちゃんは微笑ましそうに。鹿野かの君はなんともいえない表情をしていた。


 美海が皆の予定を聞き回り、全員の予定が合致したのが今日と明日。泊まりがけで遊ぶつもりだ。さかいの進言で、荷物持ちその他雑用として鹿野君もいる。男子1人で、彼は少し居心地が悪そうにしていた。


「じゃあ、予定を確認します!」


 砂浜にビーチパラソルとレジャーシートで場所取りをし、美海が腰に手を当てた仁王立ちで話し出す。時刻は朝9時。まだ到着しただけの状態で、誰も着替えていない。


「まず、今から12時までは海で遊びます!12時にはここに戻ってきてね!」

「お昼ご飯、ですか?」


 鹿野君が質問をする。今朝知り合ったばかりの美海に慣れていない。それでも積極的に口を開いたのは美海と関わっていこうという意思の表れで、その意地らしさが可愛らしかった。


「む……ケンくん、敬語は無しだって言ったでしょ!」

「解っ……て、るけどさ」


 同い年だから敬語は無し。それが美海の言い分で、初対面の人物に対してすぐにフランクになりきれない鹿野君もなんとか着いていこうと必死だった。


「あーっと……昼時には1度集まるってことでいいんだよな?」

「よろしい。……人も多いし、水難事故もあるからね。定期的に全員の無事を確認した方がいいと思うんだ」


 美海はこれでも考えている。私も、それから他の全員もこれに関して特に異存は無い。


「でー、お昼食べたら4時までまた自由に遊んで、そこから車で移動」

「車はどこにあるんですか?」


 今度はそらちゃんの質問。今朝も現地集合だったため、車やバイクで来ている人はいない。基本的に美海は説明が足りないまま今日を迎えている。


「レンタカーを予約してあるんだ。ここからちょっと歩くし、車での移動もあるから4時に切り上げる感じだね」

「運転は誰がするんですか?」

「あたし」


 美海の即答に、一同が少し不安そうな顔をして私を見る。悲しいことに、美海のイメージは「大雑把な人」で完全に一致しているらしかった。残念ながら私もそう思っている。


「大丈夫よ。余計な運転技術は持ってないし、普段から安全運転する子だから」


 皆は私の太鼓判でひとまず納得し、美海の話に再び耳を傾ける。逆に美海は納得いかない表情になっていたけれど。


「それで、車で……その辺は後でいっか」

「そうね。……じゃあまずは着替えましょうか」

「えっ?下に着てきてないの?」


 私は着ていない。楽しみでなかったとは言わないけれど、美海は楽しみにし過ぎだと私は思う。


「あたしもさすがに着てないですねぇー」

「あたしもです」

「僕も」

「貴女だけみたいね」

「えー、早く遊びたいのにー」


 美海は頬を膨らませて解りやすく不満を主張する。実は美海は、今日と明日の2日間は休みとして扱われない。私が常に側にいることで、仕事として扱われている。もちろん、建前に過ぎないけれど。


「美海、軽く泳いできていいわよ。私が残るから」

「え?荷物見といてくれるの?」

「いえ会長、それは僕がやりますよ。女性陣で先に着替えてきちゃってください」

「あら、だったらお願いしようかしら」


 鹿野君の言葉に、私はそのまま乗っかる。彼の気遣いを断る理由なんて特に無い。


「あたしも着いていこうかな……」

「あれ、美海さん寂しがりですねぇー」

「ち、違うもん!」

「ふふっ、美海さん可愛いです」

「そうね、美海は可愛いわね」


 美海は顔を真っ赤にしながら唸る。威嚇のつもりかしらね。その割には表情はちょっと嬉しそうでとても可愛かった。


「寂しくないもん!あたしも待ってる!ケンくんと一緒に!」

「え゛っ」

「じゃあ荷物お願いしますねぇー」


 女子と2人きりという状況に免疫のない鹿野君を置いて、私達は着替えるためだけの簡素な更衣室へ向かう。鹿野君には悪いけれど、私にも悪戯心が芽生える時くらいあるのよ。






「よ、良かったのかな……」


 空ちゃんは時々振り向いては心配そうにしている。私と境の悪戯を止めなかったことを気にしているようだった。


「いいんですよぉー」

「そうね。たまにはああいうのも、互いにとっても薬になるわ」

「そう、なの?」

「そういうものよ」


 私と境は空ちゃんにバレないように視線を交わす。境は悪い顔をしている。おそらくは私も似たような顔をしているに違いなかった。


「ここよ、早く着替えてしまいましょう」


 美海と同じような人が意外と多いのか、木製の簡素な更衣室は信用されていないのか、はたまたタイミングが良かったのか。更衣室はきちんと3人分空いているようだった。


 きちんと管理されてはいて、中は清潔感を感じさせるほど手入れが行き届いていた。


 私達はそれぞれ個室へ入っていく。美海と鹿野君も長時間あのままにしておくわけにいかない。さっさと着替えて戻ってあげた方がいい。


「んしょ……」


 隣の個室から着替えをする空ちゃんの声が聞こえてくる。音は平気で通るのが、清潔感はあれども建物はハリボテな作りであることを証明していた。


「空ちゃん、大丈夫?」

「うん、平気だよ」

「1人で出来る?」

「会長、母親みたいですねぇー」


 少し気にしすぎたかもしれない。そもそも、まだ心配するほど時間なんて経っていないのだから、過保護というものだ。


「あ、でもねお姉ちゃん」

「……会長をからかうのは難易度が高いですねぇー……」


 小さく聞こえてきた境の声は無視する。空ちゃんは聞こえてなかったのか、そのままセリフを続ける。


「あたし、泳げなくて……泳ぎを教えてくれたら嬉しい、んだけど……」

「あ、それならあたしがやりますよぉー」

「境?」


 運動神経が良いと本人から聞いたことはあるから、泳ぐのは得意なのだろう。けれど私だって泳げるし、空ちゃんは私にお願いしているのに、境がわざわざ名乗り出る理由が解らなかった。


「ちょっと気になることがあるんで、空野さんを貸してくれませんかぁー?」

「それなら構わないけれど……気になること?」

「空野さん、あたしじゃダメですかぁー?」

「あたしも、泳ぎが教えてもらえればそれで良いです」


 境がわざわざ名乗り出てまで何か気になると言うなら、ただ泳ぎを教えるだけの私よりは、境が教えながら自分の気になることを確かめた方が効率的には正しいのかもしれない。


 ……それは解るし納得いくけれど、何故か私は、少しイラッとした。


「じゃあ、午前中お借りしますねぇー。午後はお返ししますからお好きなだけイチャイチャしてくださぁーい」

「境、私をからかうのは簡単じゃないわよ」

「ふむぅー…………あ、なら外から見えない岩場を探しておきますから、そこでイチャイチャしますぅー?」

「ちょっと境!」

未来みくさん!」


 境が言うほど、自分で思うほど、難易度が高いわけでもないのかもしれなかった。






 水着に着替えてから戻ると、美海と鹿野君はビーチパラソルの下で真っ赤な顔をして、互いにそっぽを向いていた。喧嘩した……わけではなさそうだけれど。


「何かあったんですか……?」

「い、いや何も無かったよ!ね、ケンくん!」

「も、もちろん!全然!」


 反応が過剰で、何かがあったことは明白なのだけれど、私は追求しないことにする。その内話してくれる機会もあるでしょうし、これ以上悪戯するほど私は子どもではない。


 私は、更衣室で話したことを美海に話す。彼女も承諾したところで、境と空ちゃんは「手を繋いで」人の少なそうな浅瀬を探して歩き出した。手を繋いだのは、空ちゃんが人混みに流されないよう、はぐれないようにだろう。…………。


「…………どうして手を繋ぐ必要があるのよ」

「ん?カナちゃんなんか言った?」

「いえ、何も。それより、美海と鹿野君は何かしたいことあるかしら」

「3人、3人かあー」

「遊ぶには微妙な人数ですね」


 2人とともに考え込む。私にも、3人で遊ぶというのは簡単には思い付かない。それに、荷物のこともあった。貴重品はきちんと管理しているし、その他には心配するほどのものはない。けれど、用心しておくに越したことはないし、何かを盗まれたら遊ぶどころではないし台無しになってしまう。


「私はとりあえずここで本を読んでいるから、午前中は楽しんできなさい」

「えー!せっかくだから一緒に遊ぼうよ!」

「今は空ちゃん達もいないし、皆揃って遊ぶのは午後からでも遅くないんじゃないかしら」

「うーん……でも……」

「会長、退屈しませんか?」


 2人が気にするほど、私は我慢してなどいない。ちょうど今読んでいる本は昼頃には読み終わる程度の量しか残っていないから、むしろこの午前で読みきってしまえればそれはそれでアリだ。……いいえ。正直、続きがかなり気になっている。


「私は何も我慢してないから平気よ。……それより、美海に構ってもらっても良いかしら」

「僕は良いですけど……」


 鹿野君はチラリと美海を見る。やはり先ほど何かあったことが気になるのだろうか。それなら可哀想だし、本は素直に諦めるけれど。


「やっぱりさっき、何かあったのかしら」

「いや!大丈夫!カナちゃんも本読み切りたいんでしょ!ケンくん行こ!」

「え、いや、ちょっと」


 有無を言わさず、美海が鹿野君を連れ去る。あれだけ慌てられると、追求しないつもりだったのに2人に何があったのか途端に気になってくる。私は誘惑を振り切るように、本の続きを読み始めた。いつ美海を問い詰めるか考えながら。





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