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8話 海の語り「7月1日、水曜日」

今回の話、1話の長さは普段と変わらないんですが、情報が2方向から飛び交ってごちゃごちゃしそうなので2つに分けました。


空の語りは、その前半部分になります。


 




 授業中。すっかり夏と言えるような暑さの中、私は窓から外を眺めていた。生徒会室からなら建物に邪魔されずに綺麗に見えるはずの、青い海が目に入る。……夏休みには空ちゃんを誘って海に行くのもいいかもしれないわね。


「世界」からのメールを受けてからも、私はとりあえず「日常」を続けていた。4月からこっち、空ちゃんの状態は少しずつ良くなりつつある。最近では、鹿野かの君相手なら話すことも出来るほど。


 だから、私は今日を境目にするつもりでいた。私達の関係性は、今日で少し変わるかも知れない。






「空ちゃん、ちょっと付き合ってくれるかしら」


 私は放課後、いつものように空ちゃんと帰る前に、彼女にそう言った。話しておかなければならないことがある。


「もちろんいいけど……どこに行くの?」

「屋上よ」


 ちょっと戻るけれどね。私は彼女を連れて、校舎の屋上へ向かう。普段は鍵が掛けられていて入れないけれど、鍵は既に借りてきている。


「ちょっと話したいことがあるのよ。あまり聞かれたくない話」

「それって、あたしのこと……?」

「そうよ……風があるけれど、外は暑いわ。どれにする?」


 私は校内の自販機で飲み物を選ばせる。空ちゃんも話の内容は勘づいていて、私が空ちゃんの分も買うことに遠慮の意を示さなかった。


 屋上は風が吹いていて、気温が高くても体感気温はさほどでも無かった。入口を施錠して、私達はフェンス際に陣取る。


「いきなり本題から入ろうと思うけれど……いいかしら?」

「……うん。いつか話さなきゃいけない、って覚悟してたもん」

「そう。なら単刀直入に訊くわ」


 私達は自然と、海を見ながら話していた。互いを見ていると不安になるからかもしれない。


「貴女、本当は何者?」

「…………」


 本当は知っている。彼女が人ではないことも、彼女の目的も。けれど、それを本人から私に伝えてくれない限りは、私は動くことが出来ない。……これは、急かしていることに他ならない。


「……」


 空ちゃんは黙っている。覚悟していた、とは言うけれど、すぐに話し出せるほど簡単な話でもない。だから私は待った。さっき買った炭酸をちびちび飲みながら。


「お姉ちゃん」

「なに?空ちゃん」

「あたし、お姉ちゃんのことが大好きなの」

「ええ、知ってるわ」


 普通の意味で。恋愛ではないはずだけれど、鹿野君に意識させられたせいか、私は一瞬ドキッとした。


「だから、今まで隠してきたことがあるの。知られたら、嫌われちゃうかもしれない。そう思ったら、すごく、怖くて」

「ええ」

「でも」


 空ちゃんは1度言葉を切る。


「あたし、言うね。隠してきたこと、全部。それから、あたしの目的のことも」

「…………」


 私はただ黙って、空ちゃんの独白を聞く。彼女は勇気を振り絞って話すことを決めてくれた。彼女が話してる間、私が何を言っても決心を鈍らせるような、そんな気がした。


「あたし……あたしは、未来から来たのもそうだけど、人じゃないの」


 私は反応を返さない。それを知っているから。余計な反応は、初めて聞いた話であるように見せられないかもしれない。空ちゃんも私の反応を待たず、続ける。


「あたしは死なないの。たとえ、どんなに大きな傷を負っても、毒を盛られても」

「…………」

「それにね、ケガをしても意識が無くなると治るの…………それが原因で、酷いことをされたりもした」


 風が吹き抜ける。空ちゃんの決意を押すように。心の傷と戦い、涙を流しながら話してくれている、空ちゃんを支えるように。


「…………っ……」

「……ハンカチ、私のを使うといいわ」

「うん……ありがとう…………あたしはね、未来であたし自身が酷いことされないようにしたいの」


 もう彼女は、子どものように泣くことは無い。きっとその傷は深く、彼女が傷を治せる体質だとしても、心の傷を癒すことは出来ない。


(……私にそれが出来るなら、してあげたいけれど……)


「あたしがいた時代と17年しか違わない。あたしを閉じ込めてた会社が、ここにもあるはずなの」

「それは……どうしてそう思うのかしら」

「あたしは、そこで生まれたから」


 そこで生まれた。空ちゃんは、最初から「そういうもの」として生み出されたのかもしれない。「世界」は人間から生まれた、と言っていたけれど。確かに彼女がそこで生まれるなら、あと1年以内には会社が設立されていなければ辻褄が合わない。


 ふと、空ちゃんを見る。その目は遠くを……多分、海を見ていた。あるいは、彼女が望む未来を。


「あたしは、あたしが助かればそれでいいの。だから、その会社が無くならなくてもいい」

「……例えば、生物研究の分野だけやめさせる、とかかしら」

「まだその会社は設立されてない。だから、名前を変えてもらうとかでもいいのかもしれない」


 空ちゃんの口からは、復讐したいだとか、怨んでいるだとか、そういう言葉は出てこない。……優しい子だものね。


 もしその会社を倒産に追い込んだりしたら、多くの人が職を失い、多くの家族が辛い思いをする。そう考えているのかもしれない。


 けれどそれを、私は「邪魔」だと思う。空ちゃんは今、「自分が助かるなら手段は問わない」というくらいの気構えでちょうどいい。他人を気遣っていてどうにかなる事態ではないのだ。


 相手は、人を人とも思わないような連中。加減していてはいつまでも止められないだろう。優しい……言い方を変えれば甘ちゃんの空ちゃんにはそれが出来ない……ならそれをするのは、私の仕事だ。


 空ちゃんが、こんなにも出来た子が幸せになるのに、その子の手を汚す必要はない。私が、彼女を幸せにするために手を汚すのだ。それだけで充分だ。


「私にも、協力させてくれるかしら」


 私は空ちゃんの小さな手を取る。彼女ももう、それに怯えることは無かった。彼女は確実に、トラウマを克服しつつある。彼女に与えられる苦痛は、これ以上は必要ない。


「お姉ちゃん」

「なに?」

「あたしを助けるのを、お手伝いしてくれる?」


 空ちゃんは、柔らかく微笑んだ。陽だまりのように。それをこんなに近くで見られる私は、幸せだった。私に幸せをくれる人が、ここにいる。


「質問に質問で返すのは、感心しないわ」

「えへへ、ごめんなさい」


 私達は、手を繋いだまま、遠く、海を眺める。青い空と青い海の境界は、私には解らない。そんなもの、最初から無いのかもしれない。




 私は少しだけ、握る手に力を込めた。






ここまでが奏の話す「海の語り」。

ここからは歌撫が話す後半「空の語り」になります。それはまた次の投稿で。




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