閑話「6月7日、日曜日」
小さな豆知識その13
柏波高校の生徒会は5人。3年が2名と、2年が3名の構成である。
「…………お昼……」
あたしが目を覚まして初めにわかったことは、既に時間が正午近いことだった。週6でお仕事があるせいか、休みはつい寝過ぎていけない。
窓の外は、快晴。まぶしい……。あたしはだらだらとパジャマを脱いで着替え始めた。カナちゃんいるかなー、一緒にお出かけしよーかなー。なんて、考えながら。
「え?今日カナちゃんいないの?」
あたしは、カナちゃんを呼びながら食堂へ下りていった。そこをメイド長に見咎められたところで、カナちゃんは今日はいないと教えられた。
「お嬢様は朝から空野さんと出かけられましたよ。……貴女はその後3時間は寝ていたようですけどね」
「いいじゃん今日あたし休みだし、ちゃんと普段は起きてるでしょ?」
「それは認めましょう」
えらそーに。いや、長だから偉いんだけどさ。メイド長は、少し遠い目をした。なに、老眼?
「お嬢様は、少し変わられましたね」
「あー。メイド長もそう思う?あたしもなんかそう思ってたんだよね」
メイド長、気付いてたんだ。さすが、普段から細かい塵を見付けてはあたしを叱りに来るだけある。てかあれ絶対空中の塵を集めて言いがかり付けてるよ、あんな大きなホコリあったらあたし残さないもん。
「……いい変化、なんでしょうね」
「うーん、良い悪いはあたしには解んないけど……楽しそうだよね。それは嬉しいかな」
「美海さんにも、まともな感性があったのですね」
「それはあたしでもバカにされてるって解るよ」
「ギリギリ解るように言いましたからね」
憎たらしい。ギリギリじゃないし!普通に解ったし!
でも、どうしよう。カナちゃんに構ってもらおうと思ったんだけど、出かけちゃったのかあ。疲れてないし、身体を動かしたい気分。……あ、そうだ。
「メイド長、あたしも出かけてくる!」
「どこに行くのですか」
「ゲーセン!」
「十分気を付けるのですよ。ちゃんとお金の管理をして、怪しい人物がいたらすぐに」
「わかった、わかったってば!メイド長は心配しすぎ」
あたしは素早く身嗜みを整え、厨房で適当なパンをくわえて家を飛び出した。
「……よく考えたら、そこまで急ぐ必要無かったじゃん」
なんか思い出したら久々に行きたくなってすぐに行動に移したけど、まだ1時。準備くらいゆっくりしてもよかった。そしてあたしはもう街まで出てきている。もう目的地はすぐそこに見えていた。
「早く帰ればいっか、1人だし」
あたしは深く考えず、ゲーセンへと入っていく。光と音がうるさいこの空間。しばらく来てなかったなー。レイアウトとか変えてるだろうなー。
どうしようかな、久々だからどれからやるか迷っちゃうな。あ、そうだまずは。
あたしは、UFOキャッチャーのコーナーに近付いていく。ぬいぐるみとか、フィギュアとかが欲しいんじゃない。あ、あったあった。あたしが探してたのは、お菓子。サイズは大きめだけど、パン1個しか食べてないからお腹は空いている。
「よーし、取っちゃお」
「それ、取るんですかぁー?」
「ぅん?」
あたしが小銭を入れようとした時、女の子に声をかけられた。可愛らしい服を着た女の子。あたしと同い年くらいかな?
「女の子1人で食べるには、大きいかなぁーって思ってぇー」
「そうだね、でも持って帰ってもいいし、あたしは取るよ」
「……実はあたし、お昼ご飯食べてなくてぇー」
……分けてほしいのかな。この子の目を見ても、ちょっと考えてることは解らなかった。裏がありそうな感じはする……分けてほしいのは間違いなさそうだけど。
「じゃあ、取ったら一緒に食べようか」
「ホントですか?嬉しいですぅー」
あたしはクレジットを入れる。今までと変わらないなら1クレでいけるかな。あたしは1クレでいいかと判断して、アームを動かした。
「すごいですねぇー」
思った通り、アームの強さとか仕様は変わってなかったから、1回で取れた。缶入りのクッキーを2人で食べている。あ、もちろん一旦ゲーセンから出て、外でね。
「そ、そうかな」
あたしはちょっと恥ずかしくて、女の子から目を逸らし、クッキーをもう1つ口に放り込む。メイド長もカナちゃんもあまりあたしを褒めない。……いや、褒めてるのかもしれないけど、バカにしてるんだか解らないから素直に喜びにくい。2人とも難しい言い方をするのはやめてほしいな。
「お名前は?なんて言うんですかぁー?」
「あたし?あたしは白澤 美海」
「あれ、もしかして本名ですかぁー?」
あたしには、偽名を名乗る理由は無い。というか、普通は偽名なんて名乗らないよね?なんでそんなことを訊くの?
「いえ、ゲーセンにいる人って、普通はハンネを名乗りますよぉー」
「ハンネ?」
ハンドルネーム。あるいはプレイヤーネーム。ゲームの中には、名前を登録したデータを保存するゲームがある。その時に使う名前をハンドルネーム、略してハンネというらしい。
「あたし、そんなにゲーセン来ないから」
「なるほどですぅー。あ、あたしは境 未来っていいますぅー」
「……それは、本名?」
「本名ですぅー」
この日、あたしと彼女は知り合った。そして、あたしの性格的には、
「友達になろう!」
と、なるわけで。彼女は一瞬キョトンとしたけど、すぐに微笑みで返してくれた。
「喜んで。なろうと宣言してなるものでもないんでしょうけどねぇー」
「ま、まあ、そうだね」
……なんかこの子、ちょっとペースが独特で話しにくいな。語尾のせい?それとも、何か底知れない瞳のせい?
彼女の瞳は、あたしを見ているようで少し違う。あたしの中……心の中を覗き込むような瞳だった。……さすがに考えすぎかな。
あたしはとりあえず変な考えを断ち切る。もしそうだとしても、何かあってから動けばいい。勘違いでなんかしちゃう方がヤバイし。
「じゃあ、なんて呼ぼうかな!あたし、歳の近い子にはあだ名を付けるの!」
あれこれ話した結果。境 未来さんのあだ名は「みーちゃん」になった。ちなみに、あたしの渾身のひらめきが2回あったんだけど、
「あっ、未来だから、みーく」
「ダメですぅー」
「まだ言い切ってないじゃん!」
「危険な橋を渡りたくはないですからねぇー」
「うーん、じゃあ…………あ、どことなく猫みたいな雰囲気するから、みくにゃ」
「それもダメですぅー」
「えー?またー?」
と、2回とも遮られてしまった。まあ、本人が嫌なんだから仕方ないよね。
「それで、みーちゃんはゲーセンのゲームは何するの?」
「今日はダンカクしに来ましたぁー」
「ダンカク?」
「ダンシング革命ですぅー」
「あ、あの踊るやつだ!あれそんな名前だったんだ」
知らなかった。あたしも来る度にやる、足元のパネルを画面の指示に合わせて踏むゲーム。
「一緒にやりますかぁー?」
「うん!やろやろ!」
缶に入っていたクッキーももう無い。あたし達は早速ゲーセンに戻った。……みーちゃん、スカートだけど平気なのかな。
「あまり来ないって言ってましたけど、基本操作とか平気ですかぁー?」
「うん、このゲームはゲーセン来る時は必ずやってるからね!」
「じゃあ大丈夫ですねぇー」
あたし達はお金を入れる。……なんだか周りで何人かの男人があたし達を見ていた。何だろう。その視線にいやらしいものは無いから多分危険は無いけど……。
「彼らなら大丈夫ですよぉー、気にしないで曲選んでください。あたしはどれでも平気ですからぁー」
「……うん、わかった」
みーちゃんも彼らには気付いていて、その上で良いと言った。彼女の方がゲーセンには詳しそうだから、ここは素直に従おう。
あたしは曲を選んで、難易度も選ぶ。2人プレイだから、みーちゃんも曲は同じ。けど彼女は、なんか知らない難易度を選んでいた。
「それ何?」
「これはですねぇー、美海さんが選んだ難易度を高得点でクリアすると開放される難易度なんですよぉー」
「そんなのあるの?」
全然知らない。それに、クリアすると、って、今お金入れたばっかだからクリアしてないんじゃないの?
「そうですねぇー、詳しいことは終わったらにしましょうかぁー」
見れば、画面に表示されているカウントが残り5秒を示していた。曲選びに設けられたタイムリミットで、その間に決めないと、勝手に選ばれてしまう。
あたしは、ゲームに集中することにした。別に苦手ではないし、曲も最初の1曲ということで肩慣らしになるようなゆっくりめの曲にした。
曲が始まると、みーちゃんはあたしよりも遥かに多く動いていた。あたしよりも高い難易度だから、指示されるコマンドも多いんだ。でも、
(かっこいい……!)
あたしも自分のをやりながらだから横目でだけれど、みーちゃんは本来必要の無いはずの腕を動かして本来のダンスの再現をしたり、回ってみせたりしている。
可愛らしい服に身を包んだ、しかも可愛い女の子。それが、楽しそうにダンスを踊っている。それは同姓のあたしが見ても、かなり魅力的だった。……ちなみにスカートが翻った時に見えたけど、スパッツ着用だった。そりゃそうだよね。
みーちゃんは周囲を魅せながら踊りきった。曲が終わる頃には周りにいたギャラリーもかなり増えていて、拍手が起きた。もちろんあたしもした。
みーちゃんは照れる素振りもなく、あたしに次の選曲を促した。
「みーちゃんかっこよかったよ!すごいね!」
「ありがとうございますぅー」
4曲終わると、1クレジット終了。次の人に交代して、あたし達はゲーセンのお高い自販機で飲み物を買って休んでいる。
「あのゲームの、難易度の話なんですけどぉー」
みーちゃんは、あたしが知らなかったゲームの仕様とかを教えてくれた。ICカードを買ってユーザー登録するとゲームのスコアが記録されたりすることとか、それが無いと毎回初めからやり直しになってしまい、みーちゃんがやってた難易度は出来ないこととか。
あたしはもったいないとも言われた。あれだけ出来るならユーザー登録を奨める、って。みーちゃんがそう言うんだもん。やるだけやっとこう。こうしてあたしは、みーちゃんに教わりながらユーザー登録をしてみた。まあ、お仕事あるから結局そこまで通えないんだけどね。
「みーちゃんは高校生?」
「高校2年ですぅー」
「あ、1個下だ」
「そうなんですねぇー」
「じゃあ、土日に来たら会えるかな」
「かもですねぇー」
あたし達はその後も、日が暮れるまで一緒にゲームをして、合間合間に小さな話をした。高校に通ってないあたしにとって……友達っていうのは貴重だった。
元々あたしは人と仲良くするのは得意だった。実際、中学までは学校の友達は多かった。でもそれは、学校の中での話。普通は卒業してから連絡を取るなんて稀。カナちゃんの家で働きはじめてからは時間も無いし、同年代の友達と話す機会なんて無くなっていった。
だから、今みーちゃんと話しているのもすごく楽しかった。みーちゃんは相変わらず探るような目をすることもあったけど、あたしはもう気にしなかった。みーちゃんはもしかしたら、何か目的を持ってあたしに近付いたのかもしれない。
……でも今、この時間は友達だから。
「そろそろ暗くなりそうだね」
「6時ですねぇー」
「あたしは、そろそろ帰るね」
「はい。お気をつけてぇー」
「またね」
「……はい。またいつか」
あたし達はゲーセンの前で、また遊ぼう、そういう別れ方をした。……家に着く直前に気付いたんだけど、このタイミングで連絡先を交換すれば良かった。失敗失敗。
白澤 美海と別れた後、その背中を見送りながら、境 未来は呟く。
「……会長と同じ匂いがしたんで気になったんですけどねぇー」
あれは同じシャンプーの香り。今日最初に美海の匂いを認識した時は、浅海 奏が来ているのかと彼女は思ったくらいだ。
「あれはシャンプーのせいだけ、ではないですねぇー」
あたしも暗くなる前に帰りますかねぇー、と言いながら、境は歩き出す。美海と奏は恐らく、近しい間柄だ。友人か何か。
「……会長に伝えちゃうのは、ちょっと余計なお世話ですかねぇー」
小さな豆知識その14
「境、貴女最近、少し落ち着きが出てきたんじゃないかしら?」
「……あたしは、会長と違って本編に出るために必死なんですよぉー」
「……本編?」
「出番が少ないんですぅー!存在をアピールしないと、今後本編に出れない可能性があるんですぅー!」
「……出番?」
「キャラも、なんか意味ありげな雰囲気出さないとダメなんですよぉー、会長と違ってぇー」
「……何を言っているかはよくわからないけれど、貴女も苦労してるのね……」