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ループループループ

作者: ししおどし





 繰り返す、繰り返す、繰り返す。



 朝。目が覚めて、枕元のスマホを掴んで日付を確認した私は、がくりと肩を落とす。

 六月二十五日。特に何か予定がある日ではなく、勿論私の誕生日でもない。

 特別でもなんでもない、普通の日。の、筈なんだけど。

 六十回目の六月二十五日となれば、ちょっぴり話が変わる。

 仮に私が六十歳以上なら、六十回目の六月二十五日を迎えても特におかしくはない。

 けれど生憎、私はその半分も生きてはいない。まだ十六にもなっていない、高校一年生の女の子なのだ。


 六十回目っていうのは、間違いじゃない。しかもその六月二十五日には、平成二十六年っていう縛りが付く。

 ここまで言えば、察しのいい人は分かったに違いない。

 とても信じられないことだけど。

 ここ最近の私は、六月二十五日から二十七日の間を、延々と繰り返し続けている。


「ああもう、しっかりしてよね主人公……」


 大きくため息をひとつ吐きだし、握ったスマホに打ち込んだのは、とあるwikiのアドレス。

 開いたそこが作られたのは、更新履歴によれば六月二十五日の、今日。昨日までは、存在してなかった。

 にも関わらず、私がそのアドレスを知っているのは、繰り返す三日間の間に、何度となくアクセスしまくったから。



 繰り返す三日間を経験しているのは、私だけではないらしいことに気づいたのは、三度目の繰り返しを経験した時だった。

 何の前触れもなく巻き戻った時間に混乱して、藁をも掴む思いで片っ端から検索をかけていったら、あっさりとそれは見つかった。

 繰り返し、ループ、巻き戻し、三日間、六月二十五日。

 ぴったりと私と同じ状態にあると思しき書き込みが、様々なSNSにおいて、違う人物の手によって行われていた。

 すぐにコンタクトを取った私たちは、自分たちの持っている情報を出し合って、この不可思議な現象の原因が何であるのか、突き止めようとした。


 しかし残念な事に、どれほど話を付き合わせても、それらしいものが見えてこない。

 巻き戻るきっかけとなるのは、六月二十七日の、午後十時二十三分二十五秒。

 巻き戻るのは、六月二十五日の早朝、少なくとも五時以前。

 戻るときは、眠っている所に舞い戻るので、午前五時に起床する人の証言より前の事は分からない。だから詳細な時間の特定は出来ていない。

 複数の証言と何度かのループにより、確認できたのはそれだけ。

 ならば注目するのは、不確かな六月二十五日より、六月二十七日の方になるのは当然の流れだった。。


 けれどその時間帯、ループのきっかけとなりそうな行動を起こしていた人間が、私たちの中に、見つからない。

 みんな誰もが、ご飯を食べたり宿題をしたり筋トレをしたり仕事をしたり、ごくごく当たり前の日常を過ごしていたら、なぜだか巻き戻っていたという。私もその時間はちょうど、テレビを見ていただけ。それがループなんて超常現象を引き起こす鍵になったとは、どうも考えにくい。

 一応それぞれ、ループを脱するべくいろいろやってみたりもした。いつもやらないような事をして、何人かは、好きな子に告白なんて思い切った行動にも出たらしい。結果は全員、惨敗。振られただけでなく、好きな子に既に恋人がいた事実を知った人もいて、それでも結果を私たちに告げてくれた彼らのためにも、その回だけはぜひループしてほしいと願ったのはきっと私だけではないと思う。振られたって事実は私たちの中には残ってしまうけれど、ループしてしまえばそれは、私たち以外の人の記憶からは消えてしまうから。


 きっと私たち以外の誰か、主人公みたいな存在が引き起こすループに巻き込まれたんだろうって見解にすっかり落ち着いたのは、ループが十回目を過ぎたころ。回を重ね少しずつ話し合ううちに、私たちはみんな、所謂モブって役割がぴったりな平々凡々な小心者ばかりだって分かったから。

 私たちの中に主人公は居ないって結論は、大した反発もなくすんなりと受け入れられた。だってまさか自分が主人公だなんて言われるより、巻き込まれたモブって方がよっぽとしっくりくる。少なくとも私にとっては。


 ならその主人公候補を見つけて、その人が六月二十七日、午後十時二十三分二十五秒に起こすだろう行動を変えてもらえばいいって結論はかなり早くに出ていたけれど、しかしそれは実現するには些か非現実的だった。

 まず主人公候補を見つける術が無いのがひとつ。仮に見つけたとしたって、未来に起こる事をループしていないその人は知らないのだから、変えようが無い事が一つ。

 そして最大の理由は。

 ループの事実は、ループしていない誰かに伝える事が出来ないってこと。

 ループしていない相手にもしもループの事を話してもそれは、相手には天気や今日の晩御飯の話として伝わり、回を重ねる事に分かった事を少しずつ連ねていっているwikiを見せれば、それは美味しいビーフストロガノフの作り方を纏めたものに見えてしまう。その裏側をついてどうにか外部に助けを求められるような、よく出来た頭を持つ人間は、残念ながら私たちの中にはいない。


 全部無責任に主人公に任せる事にして、私たちはこのループを普通に過ごすしかないって結論に落ち着いたのは、ループが二十回を過ぎた頃。

 各々、それなりに普段とは違う事をしてみたけれど、何も変わらない。それに万が一、突拍子もない行動に出て、その回にループが終わってしまったら、そのイレギュラーを抱えて生きてかなければならない。小心者の私たちには、その事実はなかなかに重かった。

 ならばもう、諦めて誰かに任す他はない。その頃には三十人近く集まったループ仲間が、割れることなくそこに落ち着いたのはやっぱり、私たちの中に主人公が居ないからに他ならないのだろう。

 主人公が居ればきっと、言ったはずだから。それでも何か、出来る事がある筈だって。


 平々凡々なりに、せめてループを役立てようと、繰り返す時間を勉強に費やすようになり、ネットで仲間と話す内容もループの事から効率的な勉強法や覚えやすい言語のチョイスなんてものが多くなってきた頃。

 一つの、変化が訪れた。

 回を追うにつれ、増えていったループ仲間。三十人近いコミュニティに、初期から参加していた一人。

 その彼が、ある回を境に、現れなくなったのだ。


 情報はすぐに共有され、じわじわと不安が広がってゆく。

 たまたま数回、ネット上に現れないイレギュラーを演出しているのかもしれないと、言い聞かせて安心しようとして、それは真実として受け入れられかけた。


 けれど、二人目、三人目、と。

 消えた仲間が増えるにつれ、その誤魔化しも通用しなくなる。

 一体彼らに何が起こったのか。

 もしも彼らがループから脱したのなら、いい。

 けれど万が一、消えてしまっていたら。

 次に消えるのは、自分たちかもしれない。

 小心者であるが故に、自身の保身を一番に考える私たち。

 誰ともなしに発したその不安は、あっという間に私たち全てが抱える不安として、重く心に圧し掛かった。


 不安を払拭するために、動いたのは五人。

 いつでも捨てられるアドレスを持った五人が、そのアドレスを交換することにしたのだ。

 万が一姿が見えなくなれば、そこに連絡を入れることが出来るように。

 更にその中の二人は、実際に会うことにしたらしい。

 何度かメールでやり取りをするうちに、万が一互いの素性がばれても問題ないと判断した二人。

 私はただ、成り行きをじっと見守るだけだった。


 やがて、報告が入る。

 動いたうちの一人が、六番目に現れなくなった。

 すぐに四人から捨てアドにメールを入れると、無事にメールは到着したものの、返事は来ない。

 八番目の一人は、返事は来たものの、突然のメールを不審がっていた模様。

 そして、十三番目に消えた、顔見知りとなったうちの、一人。

 顔見知りが会いに行くと、ちゃんとその人は存在していたらしい。何も変わらず、以前のループで顔を合わせた時の肩書きのまま。

 けれど顔見知りのことは全く覚えておらず、ループのことを話そうとしても通じない。全く別の話に変換されて伝わってしまう。

 つまり、その人は。ループの記憶は持っていない、ループ組とは別の枠組みに入ってしまったらしい。


 その事実は私たちを安心させると同時に、不安にもさせた。

 存在が消える訳ではない。そこは大変喜ばしい。

 けれどループの記憶は消える。その意味するところは。


 元々、ループの記憶を持っていない人たちについては、二つの解釈があった。

 彼らも何も知らずにループしているとの解釈が一つ。

 そして彼らはループしておらず、私たち記憶ある組だけが世界から切り取られて、ループに放り込まれているとされる解釈が一つ。

 後者の場合、取り込まれていない人たちは、私たちが認識できない部分でループとは別に、先の未来へ進んでいるはずだと。


 なので新しく入った情報は、どっちの場合でもあまりよろしくない不安要素が残る。

 前者の場合、何も知らぬまま永遠にループの中で生きていかねばならぬという不安。

 後者の場合、もしかしたらループから抜け出せるかもしれないけれど、逆に自分一人だけ取り残されてしまう可能性への不安。


 けれど私たちの不安とは裏腹に、仲間は減ってゆく。

 wikiの立ち上げを担当してた人が消えた時は、ちょっとした混乱が起こった。

 そして一つの決まりごとが出来る。

 六月二十五日、午前五時から一時間ごとに区切って、その時間帯にwikiを作る担当者を決める。立ち上がらなかったら、次の時間帯、次の担当者へ。

 私の担当は、午前七時。

 残りが十人を切った時、担当者は午前六時の人へと移った。


 そして担当が私になったのは、残りが五人となった時。ちょうど百回目のループで。

 打ち込んだアドレスの先に。何のページも存在してない、エラーが表示されたとき。

 ふるりと、スマホに添えた指が、震えた。



「やっぱ、今日も誰も来てない、かあ……」


 百二十三回目の、六月二十七日の朝。

 とうとう私、一人になって、迎えたループの三日目。

 立ち上げたwikiに、私以外の誰もアクセスしていない事を確認して、ふっとため息をつく。

 この広い世界に一人ぼっちになってしまったようで、怖くてたまらない。

 けれど恐怖に任せて喚いて狂気に浸ってしまえるほど、私は繊細な心を持っていない。

 適度に不安には浸されるけれど、それでも簡単に狂ってしまえない程には、平々凡々であることは嫌という程自負している。


「学校、いこ……」


 のろのろと準備を始めて、家を出る。

 いつループを脱してもいいように、普段どおりを心がけて。



 その日の通学路は、少しだけイレギュラーに満ちていた。

 最初の角から、いつもは現れない猫が飛び出たことにびっくりして、呆然としてしばらくその後姿を見送ったあと。

 三つ目の角で、またしても急に飛び出してきた男の子と、ぶつかりそうになったのを避けようとして、思い切り地面に転がってしまったのだ。

 飛び出してきた男の子は、慌てた様子で私の事を案じてくれた。

 本当にぶつかった訳じゃなくて、ちょっぴり勢いがついて転んでしまっただけ。地面についた手はちょっぴり擦り剥いてしまったけれど、それ以外特に大きな怪我もしていない。


「大丈夫ですよ」


 立ち上がった私は、大げさに心配してみせる男の子に、笑って無事をアピールする。

 だって不注意だったのは私もだし、何よりも。

 こんなとびっきりのイレギュラーはまるで、ループを脱する鍵にはぴったりな気がしたから。


(ま、そんな簡単な訳ないか)


 単純な自分の思考に苦笑いを零して、未だ晴れない顔色の男の子に話しかける。


「次はお互い、気をつけましょう。ね」


 そうすればようやく、少し安心したように笑って。

 よっぽど急いでいたらしい男の子は、もう一度深々と頭を下げると、駆け足で立ち去ってゆく。


「……主人公、ぽいなあ」


 思わず呟いた言葉は、小さくなった彼の背中には届かない。

 けれどきっと、主人公ってあんな感じじゃないのかな、なんて思いついた私は、誰も見ないwikiに、一言付け加える。主人公候補、発見、と。

 語り合える仲間が居ないことを寂しく思いながら、ぽちりと編集ボタンを押した私は、後は普段と何も変わることなく。

 学校への道のりを、可もなく不可もない速さで進んでゆく。






 六月二十七日、午後十時五分。

 とある小さな町の一角で、一人の少年がぎりりと唇を噛んだ。


「なんだ、あれ……! ぜんっぜん、攻撃通んねえしっ!」


 少年がぎろりと睨みつける先には、ひとつの異形の姿。真っ暗な闇から、伸びた触手のようなものがぬたりと襲ってくるのを手にした刀で弾くと、舌打ちをひとつ。


「落ち着いて。どこかに弱点はある筈だから!」

「分かってるっつーの!」


 少年の後方から話しかけるのは、扇を持った少女。羽織ったパーカーは鋭い刃物で切り裂かれたように細い線が幾筋も入っており、その頬にはだらりと血が垂れている。その眼差しは、険しい。


「待ってください、今、分析してますんで……ただ、情報があまりにも少ない……!」


 更にその後ろ。声をかけたのは、ノートパソコンを抱えた少年。かちかちと凄まじい速度でキーボードを打つ指の滑らかさとは裏腹に、その顔色は芳しくない。彼の方へと伸びる触手は、その隣に控える少女が矢を射って牽制している。しかしその少女の足にも、既にいくつもの傷が刻まれていた。

 切り捨てた触手は、一旦勢いを失ってもまた、すぐに真っ暗な闇から新しいものが生えてくる。何のダメージも負っていないかのように、真新しい触手は勢いを失うことのないまま、彼らを目掛けて伸びてくる。


 明らかに状況は、少年少女たちに良くない方向へと傾いていた。

 切り捨てても切り捨てても、生えてくる触手。本体らしき闇に近づこうとしても、触手に遮られ邪魔をされる。本体に近づけば近づくほど、触手による攻撃の勢いは増すばかり。

 打開する一手を見つけられぬまま、少年たちはじりじりと体力を削り取られてゆく。


「ああもう、まどろっこしい!」

「ちょっと! 不用意に近づいちゃ……!」


 やがて、刀を持った少年が、悪くなるばかりの状況に焦れたか、一気に本体へ近づくべく走り出そうとしたが。



『次はお互い、気をつけましょう。ね』


 走り出す直前、少年の動きは一瞬鈍り、その隙に彼の襟首を掴んだ扇の少女が、触手を払いがてら彼を後方へと引き戻す。


「ばかっ! 考えもなしに突っ込むなっていつも言ってるでしょ!」

「……悪ぃ、助かった」


 普段は独断専行することの多い彼の素直な謝罪に、少年を叱り付けた少女は、驚いたように目を丸くする。


「何なの、珍しい」

「や、ちょっと頭冷えた」


 少年の頭を過ぎったのは、今朝、ぶつかりそうになった少女のこと。

 急いでいたとはいえ、明らかに少年に非はあったのに、笑って許してくれた女の子のこと。


(次はお互い、気をつけましょうね、か。そうだよな、次は、気をつける)


「こいつ、ここで倒さなきゃ。困るのは俺たちだけじゃないってこと。思い出した」

「……ええ、そうよ。だから絶対、負けられない」


 異界との壁が薄い、この街に。湧き出す異形を、人知れず倒すのが、少年たちの役割。

 それを果たせなければ、傷つくのは少年たちだけではない。後ろに控える、何も知らぬ人々全てが、犠牲となってしまう。

 その中には勿論、今朝の少女も含まれるから。


(次に会った時は、礼、言わなきゃな)


 頭に血が上ってしまうと、周りが見えなくなるのが自分の悪い癖だと、少年は自覚していた。今まではそれでも、何とかなっていたけれど。今回も今までのように、上手くいくとは限らない。

 目の前の敵しか見えていなかった少年の視界に、名も知らぬ少女の言葉がちらつく。それをきっかけに、友人の顔や家族の顔、今日一日ですれ違った見知らぬ誰かの姿が視界の端を通り過ぎてゆく。

 ずんと、背中に重さが圧し掛かる。少年が守るべき人々の、命の重さだ。それはひどく重くて、気を抜けば地面に沈んでしまいそうな気さえする。

 けれど降ろしてしまう気にはならない。守ると決めれば、その重さが心地よいものにすら感じられる。暴走しがちな自分には、ちょうどよい重しだと、少年は笑って剣を構える。


「……っ、ひとつ、見えました! これなら、いけるかも……!」


 仕切り直しに合わせてタイミングよく、パソコンを抱えた少年が喜色に染まった声を上げた。油断することなく、少年たちは襲い来る触手を切り捨てながら、彼の言葉に耳を傾ける。

 見えた希望の光に、少年たちの瞳は見違えるように、冴え冴えと輝き始める。


 六月二十七日、午後十時二十五分五十二秒。

 少年たちは、敵を倒しきるべく、各々の役割を抱えて動き出した。






――千五百二十三世界において、主人公死去によるバグ回避対策ルーチンの解除。二千六百七十八万四千六百七十八秒後までの正常な流れを確認しました。

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