酸辣湯麺
「うぅぅ、寒いなぁ。」
「まったくだな。」
星も月も雲で隠されている。
風がふいていないだけまだましだが、夜明けにかけてからの冷え込みは身に応えるだろう。
共和国兵士のノッドとドゥークは最近頻発する放火魔への対策で夜回りをさせられていた。
「まったく何が面白くて火なんてつけんのかね?」
「寒いからじゃねーの。」
底冷えのする石畳をコツコツと音を立てて歩く二人。
魔法灯に照らされた周辺には人影もない。
「燃えやすそうなもんも出てないな。」
「そりゃぁ、住民も用心するわな。」
路地の影や店の裏手にはチリも落ちていない。
薪の類も建物の中へ収めているのだろう。
「夜回りに意味は・・・あるんだろうけど寒くてつれぇー。」
「防犯、防犯。何もないのがイイんだよ。」
猫の子一匹で歩いておらず、戸や窓は防寒のために固く閉ざされている。
石造りの家々からは微かな団欒の声が聞こえてくるような気がするが、やけに響く自分達の靴音にかき消されていいる。
「石畳は寒い。」
「歩きやすいからいいんじゃぁねーの。」
そうこうしているうちに住宅街を抜け、貧民街へと近づいていく。
常ならば、誰かしらが座り込んだり寝転んだりしているはずだが、この寒空ではどこかしら暖の取れる場所に逃げ込んでいるのだろう。
「こっちにも燃えそうなもんは転がって無いなぁ。」
「他人に燃やされるんなら手前で使ってんだろうね。」
そこかしこから視線を感じる。
敵意・・・とまでは言わないが歓迎されている雰囲気は皆無だ。
彼らも放火魔が捕まるまでの間は、兵士の夜回りにもある程度理解を示してくれているのだろう。
「寒ぃな。」
「あぁ。」
軽口も少なくなり黙々と歩く。
石畳は途切れ、舗装はされていないが踏み固められた道を進んでいく。
ゃ・・・
ぁ・・・
・・ぉ
ぁ・・・
掘立小屋の影あたりから声がする。
二人は目くばせすると、ハンドサインで慎重に近づくべく行動を開始する。
かじかむ手をもみほぐし、ゆっくりと小屋から顔をだして声の確認をする。
「あったけぇなー。」
「おいら、こんなものくったことない。」
「ハフっ! ホフホフっ!」
「ブヒヒヒヒ、ちゃんと働けば、もっと食わせてやるぜ。」
簡易な屋台の周りには数人の浮浪児が、豚鬼種の男から湯気の立つ食べ物を受け取り食べている。
「わかってるよ。」
「ただよりたかいものはないしね。」
「んまいっ!もう一杯っ!」
「お代わりは、働いてからだ。」
大人の顔ほどもある大きな椀を抱え込み、ずるずると啜りこむ子供たち。
お代わりを要求するも断られ、不満顔。
「「「ちぇぇー!!!」」」
「寒いからこいつを懐にいれてきな、さあ行った行った!」
布袋に入れた何かを子供たちに渡すと、払うような手つきで子供たちを散らしていく。
「じゃぁ行ってくる。」
「約束だぜ!」
「腹一杯食う!!」
子供たちは名残惜しげに椀を返すと暗闇の中に散っていった。
放火魔ではないらしいが、貧民街に屋台を出す不審者ではある。
貧民街で屋台を出す許可はいらないが、その分、実入りは無いに等しい。
しばらくの間、影から男の動向を観察していたが不審な行動は見られない。
こちらから探りを入れることに決めた二人は。
「おぉぉ!!寒い寒い。」
「まったくだね。」
こちらを誇示して近づくことを選んだ。
「寒いねぇ、おっさん。」
「ちょいと暖を取らせてくれないかね。」
「いらっしゃい、兵士様がた。
良ければ一杯食ってくかい?」
こちらに物怖じした様子もなく受け答える豚鬼種の男。
ちらりと屋台に目を向けると、商業組合の許可証がかけられている。
「あったかいもんがいいなぁ。」
「できれば腹にたまってくれればなお良しだね。」
簡素な屋台の向こう側には、大きな鍋が二つとフライパンが二つ。
「皇国風の麺料理だが、お任せでいいかい?」
「「任せるよ。」」
ニヤリと豚面をゆがめ料理に取り掛かる男。
こぶし大の麺を二人分、鍋に投入しさっとかき混ぜ、返す身体でフライパンに具材を入れ炒めはじめる。
「あんたらも放火魔のアレかい?」
湯気の向こうから男は問いかけてくる。
向こうも何かしらこちらから引き出そうとしているようだ。
「まぁ国から金をもらってる身だからな。」
「おっさんは放火魔じゃぁないね。きっと。」
「あぁ、商業組合からも冒険者ギルドからも懸賞金が出てるからな。賞金狙いさ。」
キノコ、細切りした肉、千切りにした大根に人参・・・細く透明な野菜に白く細い何か細切りにされた何か。
見て取れたのはそれぐらいだろうか。
ジャッ ジャッ と具材を炒めあげ赤い色をした液体をサッとかけ回し絡め合わせていく。
「ギルドはわかるが・・・」
「あぁ、一番新しいボヤは組合の倉庫近くだったな。」
「そういうことさ。」
取っ手のついたザルで麺を掬い上げ、チャッチャッと湯を切ると、大きな椀のそれぞれに麺を入れていく。
「子供に飯を食わせてたのはどうしてだい?」
「屋台を出すより探索したほうがいいじゃぁないの?」
ジュァァッァァ
もう一つの鍋から、淡い琥珀色をしたスープを掬い上げるとフライパンへと投入していく。
「オレの目と手は足は二つづつだからね。
ちょいと手伝ってもらってんのさ。」
「なるほど。」
「子供には金より飯だからね。」
腰袋の中から黒い粒を取り出し、指先でつぶしていく。
アレはコショウか?
その次には瓶から透明な液体をかけまわしていく。
ツンとしたにおいは酢だろう。
「ずいぶん珍しい具材を使ってるな。」
「皇国では一般的なのかな?」
小さな椀にタマゴを割り入れてかき回し、高々と持ち上げるとフライパンへ糸のように細く少しづつ投入していく。
「寒い時にも、熱い時にも食うね。
一般的かといわれると困っちまうがね。
何しろ皇国の料理は星の数だ。」
さっとかき回し大きな椀へとスープを掛けまわしていく。
調理の手順では危険そうなものは入っていない。
「熱くて辛くて酸っぱいから気を付けて食ってくれ。」
トントン と二人の前に湯気を立てた椀を置いていく。
追従するように、フォークトスプーンをそれぞれの前へ。
冷え切った身体は、熱を要求しているが何かがあった場合に二人ともに動けなくなるのは危険だ。
目を見合わせると、ノッドが先に手を付ける。
「皇国風に箸でってわけにはいかねーだろうから風情は半減だろうけど勘弁してくれよ。」
くるくると麺をフォークに絡ませ、スプーンにスープを入れて口に入れる。
湯気に乗った酸味が喉奥を刺激する。
そのあとにくる3種の辛み。
それを乗せたまま旨みが広がっていく。
スープにとろみがついていることで熱と味が残りゆっくりと消えていく。
「美味ぇ。
馴染みのない味だが美味ぇよ。
麺は小麦の味がするのにプチプチとした食感が珍しいな。」
続いて具材を拾い上げ口に運ぶ。
「皇国には生薬、医食同源って考え方があってな。」
細切りにされた肉は豚は歯ごたえがあり、噛むたびに旨みが広がる。
溶き卵と白く細切りにされた何かは柔らかく、舌に感触を残しつつも溶けていくように儚い。
「肉と卵と豆腐、その白い細切りだーな。
それは肉体を作る元。」
キノコと人参、大根と半透明の野菜はそれぞれの歯ごたえを残し、しゃきしゃきと小気味よい。
「肉体を作る補助に、キノコと大根人参なんかの野菜類。」
コショウのピリピリとした感触に、赤く辛いものが合わさり口中を熱く保つ。
嚥下したあと、胃の中からじんわりと熱を返してくる。
「ラー油、その赤い辛い液とコショウにしょうがは身体を温め。」
酸味がさっぱりと口中を洗い流し、次の一口を要求する。
「酢の酸味が疲労を回復させる。」
一口食べて様子を見ようと思っていたが、知らず知らずと次々に口に運んでしまう。
冷え切っていた身体は、口から胃、そしてじんわりと末端まで熱が行きわたり若干、汗ばんでくるほどだ
「こんな寒い夜に働いてるやつらに最適だろ?
この酸辣湯麺は。」
ギュゥルルル
ドゥークの腹から盛大に腹の虫が鳴いたのを聞かなければすっかり忘れていた。
それほどに夢中にさせる味。
「なんともない。いただこう。」
「早く言え!バカっ!
おっさんの説明聞いてるだけで地獄だ!」
すばやくフォークに麺を絡ませ啜りこむ。
「エフォッ!エホッ!!ゲホッ!!!
喉がー喉がー!!
でも美味ェな!」
鼻水と涙を垂れ流しながらもペースを落とすこともなく食べすすむドゥークに、負けじと鼻水を啜りながら食べるノッド。
「止まらねぇんだよ。
口に入れるたびに、冷えた身体が次の一口を要求しやがる。」
「口に入れるたびに幸せが止まらねぇんだな。
冷えた身体が温まっていくのもたまらないんだな!」
スープの一滴まで飲み干し、一息つく。
先ほどまでの寒さはなく、腹から広がってくる熱で手足の先までじんわりと暖かい。
もう少し、この幸せを味わいたくて追加で一杯頼もうとしていたところに
「おっちゃん!」
「へんなやついた!」
「飯っ!」
先ほどの子供たちが駆け込んできた。
兵士の二人を見てはいるが、食への欲求のほうが優っているようだ。
「賞金首が見つかったみてぇだな。
さぁお仕事だっ!
お前らっ!賞金が入ったらツレも呼んでこい!
たらふく食わせてやる!」
屋台の火の元を消すと、傍らに置いてあった鉈をひっつかみ豚鬼種の男が駆け出していく。
あっけにとられた子供たちも、すぐさま男を追い越し先導するように走っていく。
「俺たちも行くぞっ!」
「飯の分、働くんだなっ!」
続いてノッドとドゥークも闇の中に駆け出して行った。
次の日の酒場では孤児と兵士と冒険者のチームが貴族の放火魔を逮捕した話題で持ち切りだった。