ビーフストロガノフ
王国において牛は食べるものではなく、労働させるものであった。
よしんば、食べられるとしても日々の労働と年齢を重ねたその肉は焼いただけでは食べられず長時間煮込むしかなく、手間がかかるため人気のある食材ではなかった。
30年前までは。
牛肉の滋味を知った国王が、より美味い牛肉を作るため牧畜に力を入れ始め、その成果は30年の時をもって花開いた。
とある騎士の家で供された料理は瞬く間に市井から宮廷まで広がり、その騎士は国王から子爵位まで授けられることになる。
新たな家名を授かり、それ以降その料理はその子爵家の名前を関することになる、『ストロガノフ流』と。
「頭 痛ぇ・・・・。」
完全に完璧な二日酔いだ。
明日が・・・というか今日は非番だってんで、なじみの居酒屋でスゲェ美味い肉料理を食って・・・
それを肴にしこたまエールを飲んで・・・
楽しくなってそいつを呼び出して・・・
「さくばんはおたのしみでしたね。」
ふと、横を見ると上半身裸のオークがいた。
そうそう、こいつだ。
だが朝から間近で見る顔じゃぁねぇなぁと思いながら、俺は頭痛を振り切りこみ上げるものを解き放つため便所に走った。
吐き終わった後に便所でいろいろ調べたが、前も後ろも無事だ。痕跡はない。
あったとしても、きっと口だけだ・・・
絶望的な気持ちで戻るとオークが何やらスープを作っている。
干した貝を煮出したスープらしい。
しょっぱい香りのする、薄く琥珀色したスープは胃にやさしく二日酔いの頭痛が収まっていくようだ。
ひとごこちついた後、俺は切り出す。
「俺はやっちまったのか?それともやられちまったのか?」
目の前のオークは両手を右ほほの横で組み、小首をかしげると
「2回も身体にかけられちゃった・・・」
俺は絶望した!
「ゲロをな、くそったれが!」
一転、俺は歓喜した!!!
それなら、オークが上半身裸なのも俺の前にも後ろにも痕跡がないのも説明がつく!
それからはただただ平謝り。
まぁニヤニヤしてしまったのは仕方がないだろう。
色々と話を聞くとこいつは流れの冒険者らしい。
各地を転々とし、その土地その土地の美味いものを食うのを生きがいにしているらしい
居酒屋の親父とは知り合いでたまたま立ち寄った時に新作料理をだしたようだ。
どっかで食ったことがあるようで思い出せない味だったが、聞いて驚いたね。
牛の肉だってんだぜ!
言われてみれば確かに牛の肉はあんな味してたような気もするが、今まで食ったのとは段違いだ。
硬くはあるが、顎に喧嘩売ってるようなものではなく噛みごたえはあるが独特の旨みがありばらばらと解けていく。
詳しく聞いてみると、魔法で凍り付く寸前まで冷やした状態で7日も保存し、そのあとスゲェ薄く切ることにより絶妙の歯ごたえを作るとか。
興が乗ったようで熟成がどうとか、尻尾のあたりで捕る出汁?がどうとかいろいろ喋っていたが、よくわかんないので適当に相槌を打っておいたら上機嫌であの料理を作ってくれることになった。
酒で弱った胃にはちょいと重たいとは思ったが、火を通しておけば2~3日は持つということなので喜んでおいた。
ぶひぶひと鼻息も荒く喜ぶのが気持ち悪い。
ただ料理は美味いので黙っておこう。
とんとんと厨房から包丁の音がする。
ぐつぐつと鍋からは何かが煮える音がする。
あぁこれが、娼館のシンシアちゃんか、雑貨屋のローラちゃん・・・いやいや巨乳のエルフのおねーちゃんでもいいな。
オーガのおねーちゃんの筋肉質の身体も捨てがたい、ワイルドキャットの娘っ子の艶々の毛並みもいいな。
ラミア種のおねえさまに巻き付かれてぎゅうぎゅうされるのも気持ちいいだろうな。
現実は堅肥りのオークのおっさんだけどさ、想像だけでもいいじゃぁねぇか、ちくしょう。
底辺の貧乏騎士についてくる女なんていやしねぇよ、ちくしょう。
美味そうなにおいがしてきやがる、ちくしょう。
俺は泣いてなんていない、ちくしょう。
これは心の汗だ、ちくしょう。
「何泣いてんだ、お前は。
あー、アレか、うれし涙か!そうかそうか!」
絞め殺そう。
そう思ったが、料理から目が離せない。
とりあえず、喰い終わるまではこのブタを生かしておこう。
目の前に出された、料理を一匙掬って食べる。
シャキシャキした玉ねぎ、柔らかくしんなりしたキノコ、噛めば解ける牛肉の食感。
上に掛けられた白いクリーム状のもののさわやかな酸味は、若干重くなった口の中をさっぱりと洗い流し次の一口に進む。
「美味ぇ。」
「だろう!」
間髪入れず返答が返ってくるのが鬱陶しい。
これが、娼館のシンシアちゃ・・・やめよう、不毛な妄想は。
「ブヒヒヒヒ、気に入ってもらえたようでうれしいぜ。
こいつぁ、この料理のレシピだ。
普段は、教えねぇんだが特別にくれてやる。
喰うたび俺を思い出しやがれ!」
羊皮紙には、こまごまと書かれている。
ポイントポイントに豚面の絵がかいてるのが腹立たしい。
若干イラッとしたが料理に罪は無い。無いのである。
そうだ!
この料理を、ぶどう酒と一緒に女の子に出せば雰囲気次第では一発キめられるかもしれない!
そう思えば悪くない。
「ありがたい。
値千金のこのレシピ、わが剣にかけて家宝としよう!」
こうして王国の歴史は紡がれていったのである。