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バニラプディング

余の眠りを妨げたるは奇跡の香り。

遠き昔、余がまだ神と崇められしころ供物の一つとしてささげられていた甘やかな香り。


崇める民は疫病により死に絶え、二度と嗅ぐことがないものと思っていた香り。


余は民の生き残りを期待し目を覚ますことに決めた。

民が残っているのならば約定に従い守らねばならぬゆえ。


どれほどの時が立ったのだろうか。

三輪にとぐろを巻いた余の身体には木々が生い茂り、か弱き者たちが暮らす場となっていた。


無駄に命を蹴散らすのは、余の本意ではない。

竜蛇(ドラゴン )と呼ばれた古き身体を脱ぎ捨て新たなる身体を構成する。


余を崇めていた民の身体に似せ、古き身体の爪の先より出でる。

思い切り息を吸い込み、身体を伸ばす。


木々のにおい、水のにおい、か弱き者たちのにおい、甘き香りとそれをささげているであろうもののにおい。

民のにおいは無い。


古き身体なれば瞬きの間である距離。

余は新たな身体を確かめるために歩いて近づく。




余が眠りについた折には、ただただ平原が広がるのみであった大地は木々が生い茂り森となっていた。

民たちが疫病により死に絶えて後、何年のあいだ眠っていたのであろうか?


手向かうものもなく、ただただ歩く。

余の気に当てられ近づくこともせぬのであろう。


周りには小さきもののにおいはすれど、一歩歩くごとに我先にと散ってゆく。

ただ、甘き香りを漂わせるものの近くにあるものだけは動かぬようだ。


歩を進めるごとに懐かしき甘い香りが強く鼻腔をくすぐる。

開けた水場の近くにその香りはあった。


そこには一匹のオークが忙しなく動いていた。

民ではなかったことにいささかの失望を覚えはしたが、かの香りは民からの智慧かもしれぬ。


余はオークに話しかけることにした。



『オークよ、余はその香り立つものを所望する。』



オークはこちらを見るが、不可思議な顔をしたままじっと動かない。

余は今一度声をかける。



『余はその香り立つものを所望する。』



オークは小首を傾げ、あごに手を置き何か試案をしているようだ。



「何語をしゃべっってんのか、わかんねーよ。」



何を鳴いているのであろうか、まったく解らぬ。

言葉が変わってしまったのであろうか。

意思の疎通ができぬのでは、民のことも聞けぬ。



「腹ぁ減ってんのか?」



腹のあたりを撫で回し、がちがちと歯を噛み合わせる。

言葉が通じぬとみて身振り手振りで意思の疎通を図ろうとしているのであろう。

なかなかに頭がまわるようだ。


余は真似するように腹のあたりを撫で回し、がちがちと歯を噛み合わせ香り立つものを指さす。



「甘いもんだが文句言うなよ。」



オークは拳ほどの大きさの器と木でできた平たいものを差し出してくる。

これで掬って喰えということなのであろう。



『よきに計らえ』



余は受け取り、まずは香りを堪能する。

乳と卵のにおいと供物にあった甘やかなにおい。

器の表面は微かに焦げ、香ばしき香りを放つ。



「ここらに成っている植物を、軽く茹でて食おうと思ったのを忘れててよ。

 茹でた後そのまんまにしといたらスゲェ甘いにおいがしだしたんでな。


 せっかくだから菓子に使ってみようと思ったのよ。」



何かこまごまと鳴いているが、余はこの奇跡の香りを堪能することに集中する。

供物とされたときにも甘き香りで楽しんだが、乳と卵が合わさることで柔らかさが加わりより一層甘き香りが引き立つ。



「前に作った卵菓子に一味たりねぇと思っていたが、こいつを見つけてピンと来たね。」



平たいものを突き刺すと、つぷりとした手ごたえとともに一層強く香りが立ち上る。

フルフルと揺れ動くそれを掬い上げ、口へと運ぶ。


「香りがたりねぇんなら、こいつで足しちまえばいいんじゃぁないあってな!」


甘く、柔らかく、儚くとけて、消えてゆく。

乳と卵のコクと滑らかさ、蜂蜜ではない儚い甘さ、供物にささげられたものの濃厚な香り。



掬い、運び、溶けて、消える。

悠久の時を亘る余が一瞬の虜となる。



瞬く間になくなるものに、民の行く末を重ね余は一抹の寂しさを感じるが・・・




「気に入ってくれたようだな。まだまだあるぜ。」



オークは新たな器を余に差し出す。



『盛者必衰、栄枯盛衰。世は移ろうのだな。

 無くなってしまったのならば新たな庇護を授ければよいということか。』


都合30ほど平らげたのち、余は満足した。

腫れあがるほどに膨れ上がった腹をさするのをオークが見ながら鳴き声を上げている。





「程よく膨れて腫れ上がって(プディング )んな。


 まぁオレのムスコほどじゃぁないがね。」


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