娼婦風スパゲティ
よろしくお願い申し上げます。
ミランダはニンニクの焦げる香ばしいにおいで目が覚めた。
客と一夜を共にしたあとの朝は大抵、あわただしく客を送り出した後、香茶で済ますのがならいになっている。
ジュァアァァァアア
心地よい音と新たなにおいとともに、ゆっくりと覚醒してくる。
昨夜の客は、オーク種の男だったはずだ。
あの野郎、一晩で9回もやりやがってっ!!!
とても料理をするようなご面相でも手でもなかった。
疲れて寝入ってしまった内に誰かが勝手に入ってきたのだろうか?
ベッドから起き上がると裸体をシーツで隠してそっと寝室のドアを開ける。
ジョァジョァジョァジョァ
何かを煮詰めるような音とトマトの香り。
すっぱかったので放置していた貰い物のトマトがキッチンにあったはずだ。
誰かが料理をしているのは間違いない。
朝っぱらから料理する泥棒なんているはずもないだろうが、オーク種の男が料理をするとも思えない。
廊下をわたり、ゆっくりと音を立てずに近づいて行こうとするが
きゅるるるる
音とにおいにやられた腹の虫が鳴き声を上げてしまった。
「悪いな、腹が減ったんで勝手にキッチン使わせてもらっているぜ。」
キッチンから野太い声が飛んできた。
この声は昨夜の客、オーク種の男に間違いない。
「もうすぐ出来上がるから待っててくんな。」
「かまやしないよ、どうせ大したもんはないんだからさ。
それより、オークの男が料理なんてできるのかい?」
少しばかりの驚きと、ばつの悪さを隠してキッチンへと入っていく。
かまどの前でフライパンをふるい、一方で湯気を立てた鍋で何かを茹でている。
茹でられそうなものは・・・乾燥パスタぐらいしかなかったからたぶんそれだろう。
「まぁ趣味みたいなもんさ。
期待しないで座ってな。」
こちらも見ずに、鍋から茹だった麺を掬い上げフライパンへと収めていく。
ジュァア
ジャッ ジャッ ジャッ ジャッ
椅子に腰かけ、後ろから様子をうかがう。
手際よくソースをパスタに絡め、腰袋から何やら黒い粒を数個取り出すと指先ですりつぶし振りかけていく。
手慣れた手つきに、立ち居振る舞いはとても趣味とは思えない。
頭から下だけ見ていれば、どこかの料理屋のおやじといわれても疑いはしないだろう。
パスタをひねるように皿に盛りつけ、残ったソースを上にかけていく。
ベースの赤はトマトだろう、小指の先ほどの黒い半円はオリーブだろうか?
パラりと緑色の・・・においからしてパセリだろう・・・をかけると
「よしっ!」
出来上がったようだ。
二人分の皿を、食卓に乗せるとニンニクの香りが立ち上ってくる。
「なかなか様になってるじゃぁないの。」
「ありがとさんよ、さっ、熱いうちに食っちまおうぜ。」
スッと差し出されたフォークを受け取りツンツンとパスタをつつく。
「入ってるのは、ニンニクに唐辛子、黒オリーブにケッパー、イワシの塩漬けと
トマトにパセリと黒コショウだ。
変なもんは入れてないぜ。」
「へぇ~、確かに家にあったもんだけ・・・黒コショウっつ!!!
あんたなんでそんなもの持ってるんだい!!!
一粒で銀貨3枚はする代物じゃないか!!!!」
「あー、まぁ仕事の報酬でな、金がないからって現物支給してもらった。
オークが売りに行ってもまず、間違いなく買いたたかれるからな。
そんなことより冷めないうちに食ってくれよ。
なかなかの自信作だぜ。」
オークの顔と皿のパスタを交互に見ながら、くるくると器用にパスタをフォークに絡ませるとぱくりと一口。
ニンニクの香ばしい香りとトマトのさわやかな甘み。
くたりとしたオリーブとケッパーの食感と酸味。
ピリリと後味を残す唐辛子の辛みと塩漬けイワシの旨み。
それを引き締める黒コショウ。
「美味しい。」
一言発した後は、ただただ口と腕を動かす作業に没頭する。
一皿で七日分はするであろう料理だろうが止まらない。
食べれば食べるほど、口の中に旨みが濃縮していく。
「チーズがあればもっとうまいんだけどなぁ。」
聞き捨てならない言葉を聞いたが、ここにはチーズは無い。
家主であるミランダは一瞬、買いに走ることを悩んだが『熱いうちに』、『冷めないうち』に
という言葉を思い出し、口と腕を動かす作業を続ける。
無いものはない。
ならば今、最高の状態のものを食べるべきだ。
唐辛子と黒コショウの辛さがよろしくない。
食べたそばから後を引く。
オリーブとケッパーの食感と酸味がよろしくない。
口の中が洗い流されまた、食べたくなる。
トマトと塩漬けイワシの旨みと甘みがよろしくない。
お互いを引き立てあってどこまでも昇っていく。
ニンニクの香りがよろしくない。
香ばしい香りが食欲を加速させる。
これにチーズが加わるとどうなってしまうのか・・・
あぁ、もう無くなってしまった。
「はぁ・・・」
「満足していただけたようで。」
いつ淹れたのか。
コトリとミランダの前に香茶を入れたカップを置くオーク。
「楽しませてもらった分の礼はできたみてぇだな。」
「あぁ、もう一晩でも二晩でも泊まっててもらいたいぐらいだよ。」
「干からびて死んじまうよ。」
お互いににやりと笑いあいながら軽口を叩き合う。
「このパスタ、名前はあるのかい?」
「んんー、そうだな。
昨日の俺らのように、何度でも食いたくなるってことで
『娼婦風スパゲティ』ってのはどうだい?」