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神無月探偵事務所  作者: 君嶋
神無月探偵事務所
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第七章 天涯比隣


 タクシーでA駅に向かう。

 衣更月は助手席に座り、睦月と的場は後部席に座っていた。チェリーは良いが、カラスのミーがいる車内は妙な光景であった。タクシーの運転手も若干戸惑った様子だったが、知らぬふりをした。

 白い紙をじっと見つめていた睦月が的場に問いかけた。

「……的場さん、百合さんは花が好きだったんですか?」

 (確かに、暗号は全て花に関するものっぽかったな……)

 全ての暗号の意味を理解していない衣更月は聞き耳を立てながら思った。

「ええ、花が大好きでした……。私はよく分からなかったんですけど……」

 苦笑を浮かべる的場に続けて睦月は続けて質問をした。

「百合さんとはどうやって知り合ったんですか?」

 その言葉に的場は一瞬言葉を詰まらせた。

 膝の上に座るチェリーを撫でる。だがそれが嫌だったのかチェリーは的場の手を噛む。ぴしゅーっと勢いよく血が出るが的場は気にしない。

 一種のホラーな図であったが何も告げず、的場の話を待った。

「…………出会いは本当に偶然で、私が偶々会社の帰りに通った公園で、うずくまっている女性がいまして……。それが百合さんでした…………」

 的場は遠い目をしながら、語り始めた。



  *****



 空が茜色に染め上った頃、仕事帰りに的場は公園を通った。

 子供の声で騒がしかったはずの公園は静寂に包まれていた。

 的場は何気なく公園に視線を向けた。

 するとベンチの方で胸を抱えて苦しそうに座っている女がいた。

 的場はたまらず走った。

「大丈夫ですか!?」

「……は、い…………」

 ベンチに座っていた女は走っていた的場に気づくと、息苦しそうに頷いた。

 女は青白い顔をしていた。息も荒い。

 それを心配した的場は懐から携帯電話を取り出した。

「念のため病院に連絡した方が良いですよ! そうです、そうしましょう……」

「待ってください! 病院にだけは連絡しないで下さい……」

 すると女は苦しげに首を振った。

 その表情があまりにも必死で、悲痛だったので的場は渋々携帯電話を戻した。

「では少し横になって下さい」

 ベンチに女を寝かせると、的場は持っていたハンカチを公園の水飲み場で濡らし、女性の額に乗せた。

 すると荒かった息が徐々に安定してきた。顔色もよくなってくる。

 それを見て的場は近くにあった自動販売機で冷えた飲み物を買って帰ってきたときには、寝ていた女は起き上がっていた。

「……ありがとうございます……。お手数をおかけしてしまい……」

 女は深々と頭を下げて礼を言った。

「そんなに頭を下げないで下さい、大したことじゃないので」

 的場は首を振りながら女に顔を上げるように言った。

「大したものじゃないんですけど、これ飲んでください。落ち着くと思いますよ」

 そう言って手に持っていた缶の飲料水を渡した。

 女は礼を言いながらも、恐る恐る手に取る。そして困惑に近い表情で缶をまじまじを見る。

「……これはどのようにして開けるんですか?」

「え……、開けた事ないんですか?」

「ごめんなさい……、ずっと家にいたので世間の事がわからず……」

 申し訳なさそうにすると、的場は慌てて首を振った。

「あ、いえ、すいません、そういう意味で言ったわけではなく……すいませんっ、気が回らなくて……」

 的場は懸命に謝ると、女はくすりと笑った。

「世間知らずな私が謝るのは分かるのに、貴方が謝るなんておかしいですよ……」

 口を押えながら上品に笑った。

 そんな女に的場もつられて笑った。

 そして的場は女に渡した缶を手に取ると、プルタブを開けた。

 その光景に女は驚き、楽しそうに笑った。

「……私、身体が悪い上に家の事情で家を出ることが出来なかった為、世間がどんな風になっているのか全く分からなくて……。でもうちの若い者から侍がいるとか、馬車が通っているとか、バレンタインはモテ男しか喜ばない行事だから滅んだとか教えてはくれました……。それが私の世界で……」

「とりあえず、その情報源は信じない方が貴方の為です」

「……世間が分からなかったんです……。だから一度でも良いから外に出たくて…………」

「そう、なんですか――……」

「……でも私が思っていた以上に世間は広くて、違っていました……。侍はいないし、馬車どころか馬はいない……」

「それは残念ですね」

 的場は冷静に言葉を返す。

「家の事情も理解していますし、病気で仕方がないとは理解しているんですけど、それでもずっとあの家にいるのは苦しかったんです……」

「窮屈だったんですね……」

 その言葉に女は一瞬一驚するも、すぐに嬉しそうに小さく笑った。

 そしてふふっと子供のように口元を緩めた。

「……なぞなぞです、魚と動物が結婚して花がうまれました、その花の名前は何でしょうか」

「え? どうして急になぞなぞなんですか?」

「いいから考えてみてください」

 ニコニコしながら急かすと、的場は唸りながら考える。

「……アジサイ、ですかね」

「正解です! 次はイジチクを皿の真ん中に置くと綺麗な花が出来ます、その花はなんでしょうか」

「……サクラですか?」

「うわ~すごいです! 正解です」

「次は難しいですよ! Hになるほど硬くなる棒状はなんでしょう」

「…………鉛筆?」

「じゃあ、とっておきのなぞなぞですよ。男性が女性を見て、興奮してくると硬くなったり柔らかくなったりするものはなんでしょうか?」

「……一つ聞いて良いですか? さっきから怪しいなぞなぞが出題されているのですが、このなぞなぞ貴方が考えたんですか?」

「さっきのなぞなぞと、今のなぞなぞはうちの若い者に教えて貰いました。すごく難しいですよね」

「とりあえず、貴方にいる周りの人の話は聞かない方が良いです。貴方に悪影響を与えます。 ……あと答えは、顔とかですか?」

「そうです! 全問正解ですっ! すごいです!」

「……というかどうしてなぞなぞなんか急に出してくるんですか?」

 怪訝が宿る問いに女はふんわりと笑った。

「なぞなぞ好きなんです。なぞなぞを出している間、相手はそれについて悩むんですよ。私が出題したなぞなぞを悩んでくれるんです。考えてくれるんですよ。すごく素敵じゃないですか」

 女はにっこりと笑った。

「……相手の反応があるっていうのは素敵なことですよ」

 的場はふんわりと笑う女を不思議に見つめた。

 すると女は足元に視線を向けた。

「うわ~、霞草だ、可愛いです……」

「花好きなんですか?」

「なぞなぞ以上に好きです。よく部屋にある花を剪定したり、庭の花を見つめたりしています」

 霞草を見つめながら言葉を続けた。

「花は生きている間は綺麗に、凛とした姿で咲き誇る。すごく、綺麗で憧れます……。……私なんかには無理ですけど……」

 そう言って女は寂しさに近い笑みを浮かべた。

「でもそういう気持ちを持つってことは素晴らしいですよ。何でも興味を持って生きるっていうのは素敵なことですよ。私にはそういう気持ちは一切湧いてこないんですから……」

 小さく答えた的場の言葉に女は眉を顰めた。

「……どういう意味ですか?」

 純粋に問いかける女に的場は苦笑を浮かべた。

「どんなものに対して愛着や執着が湧かないんです」

「だからなぞなぞや花が好きな気持ちも、ああなりたいって憧れも持っているだけで貴方はすごいと思います。だから誇って下さい」

 的場はゆったりと笑うと、女の表情は一瞬硬くなると、突然的場の至近距離に入った。

「また会ってくれますか?」

「え……?」

「図々しいってことは分かっています……。無理なら大丈夫で……」

 一生懸命に言葉を探す女の姿がまるで小さな子供のようであった。

 的場はくすりと笑いながら、頷いた。

「良いですよ」

 そう言うと、女は慌てて自己紹介をした。

 女は百合と言った。

 百合の花と同じ漢字だと、嬉しそうに言った。

 それから、週に一回のペースで会った。

 「……今日は私が飼っている猫を連れてきました。名前はチェリーって言うんですよ」

 そう言ってカゴから毛並みの良い猫を取り出した。

「可愛い名前ですね……」

 頭を撫でようと的場は手を出すと、突然猫が的場の手を引っ掻いた。それに驚いた百合は慌てる。

「大丈夫ですか!? すいませんっ……」

「大丈夫ですよ、元気なことは良いことですし」

 引っ掻かれた手を擦りながら笑うと、百合はもう一度謝った。

 そして百合は寂しい心を癒してくれる友人だということを、チェリーを大事そうに撫でながら言った。

 他愛のない話をした。本当にとりとめのない話をした。

 日が傾きかけるにつれて、笑みを浮かべていた百合の表情が硬くなる。

 そしてチェリーの頭を撫でながら百合は重い口を開いた。

「……今日は、的場さんに言いたいことがあるんです……」

「何ですか?」

「…………私の家のことなんですが……っごほっ」

 全ての言葉を言う前に、百合は大きな咳をする。それを引き金に百合は何度も何度も大きな咳を繰り返す。

「大丈夫ですかっ!?」

 胃を圧迫するような強く重い咳が何度も。

 背中を丸め苦しそうに咳をする百合を見て、的場は慌てて携帯電話を取り出す。

「病院を……っ!」

 すると百合は的場の手を掴み、制止する。

「……だ、いじょうぶです……。病院だけはやめてください……っ、……できれば、そのままでお願いします……」

 懇願に近い言葉に的場はこれ以上何も出来なかった。

 百合の気持ちをくみ、的場は携帯電話を戻した。

 そして百合の咳が止まるまで、百合の背中を撫でた。

 少しして百合の咳が落ち着いたので、的場は自動販売機で飲み物を買い、百合に渡した。

 ハンカチで口を押えていた百合は慌ててそれをポケットに入れると、礼を言って受け取った。

 百合は的場の力を使わなくても、缶を開けることが出来た。

 百合は冷たい飲料水を飲む。落ち着いたのか表情は穏やかだった。

「……お手数をおかけしてすいません……」

「大丈夫ですよ」

 謝る百合に的場は笑って首を振った。

 すると百合は缶を手にする的場の手を見た。

「…………以前、何に対しても愛着も愛情もないって言っていましたね……」

「そうですね、話しましたね……」

「でも結婚指輪していますよね……」

 百合の言葉に的場は自嘲に近い笑みを浮かべた。

「そうですね、結婚しています……。何に対しても愛情を持てないと知ってこれからの人生に悩んでいるときに、同僚の中で親しかった妻からプロポーズされて……、恋愛感情は一切なかったのですが、一緒にいれば愛情も湧くかと思って了承しました……一生独りはやはり寂しいので……」

 俯きながら言葉を続ける。

「……今思うと、利用したんですよね……、妻を……。悪いことをしたと思います……」

 薄暗くなった公園で言葉が寂しく消えていく。

 ふと隣を見ると、百合が悲しそうに眉を下げる。

「変なこと言ってすいません……。貴方を困らせるつもりはなくて……」

「……困ったわけじゃないんです。逆に込み入ったことを聞いてしまってすいません……」

「謝らないで下さい。……それにこうして誰かに話を聞いてもらって、抱いていた蟠りが解れました。有難うございます」

 そう言って笑うと百合も嬉しそうに笑った。

「……小さい頃から、そうなんですか?」

 百合はチェリーの頭を撫でながら、ゆっくりと問いかけた。

 的場は今までの事をもい出すように、遠い目をした。

「……そうですね、今思えば小さい時からだったと思います。自ら行動して手に入れたいものは何一つありませんでした……。物も、人も、地位も、何に対しても欲も、執着もなくて……。だからいつも受動的でした……。下手したら生きることに対してもそう執着はないのかもしれないです……」

内緒ですよ、と言って苦笑する。

「……どうしてでしょうね、貴方を前にすると何でも話してしまいます」

 的場はおかしそうに笑うと、百合は嬉しそうに笑った。

「…………私は、その言葉を聞けただけで幸せです……。ありがとうございます」

 今までに見せたことのない綺麗な笑顔でそう告げると、一度口を閉じる。

「…………お願いがあるんです」

 静謐な色を湛えた瞳で的場の姿を捕えた。

「チェリーを少しの間預かって欲しいんです」

 突然の事で的場の表情は固まる。

「突然なことだってわかっています。ですが、貴方に預かって欲しいんです」

 今すぐではないのですが、と眉を下げながら付け加える。

 その表情があまりにも真剣だったので、妻に相談もしていないのに二つ返事を返した。

「ありがとうございます。ではまた来週この場所で逢いましょう。その時に、チェリーをお願いします」

 そう言って百合は笑った。



 ******



「……その時にチェリーを一時的に預かって欲しいと言われました……」

 的場は百合との出会いとチェリーを預かる経緯を話した。

「でも本当にお金のことは一切聞いていないです、本当です……」

「大丈夫です、疑ってはいません」

 睦月は首を振って答えると、話を続けた。

「では百合さんが会長の娘ってことも知らなかったんですか?」

「ええ、知りませんでした……。水無月さんに言われて全ての事実を知りました……」

「……百合さんとはご友人だったんですよね?」

「ええ、友人です」

 その言葉に水無月たちが言っていた愛人ということが頭に過った。それを悟ったのか的場は静かに答えた。

「……もう少しでA駅につきます」

 タクシーの運転手がそう告げると、すぐにA駅についた。

 駅に着くと、早速ロッカーを目指した。

「ここだな……」

 ロッカーが設置された場所につく。沢山のロッカーがずらりと並ぶ。そこから暗号で示された番号へ向かう。

「……で、結局最後の暗号は何だったんだ?」

 衣更月が睦月に問いかけると、睦月は淡々と答えた。

「ああ、『エノメナ KAIKA』の『KAIKA』は『開花』という意味もあると同時に、ローマ字に変換しないと開かないんだよ。だから『ENOMOENA』にするんだ」

 示されたロッカーの前に睦月は立つ。

「でもそれだけでは意味が分からない。それで重要なのが『▼』で、……一番最初にドを抜く暗号も『▼』を記載されていただろ? 今回もそれが適用されるんだ」

 睦月はロッカーを見つめながら、暗号を打ち込む。

「だから『ENOMOENA』を逆にするんだ」

「『ANEMONE』か」

「そうだ、アネモネになるんだ。だからアネモネの誕生花は3月13日。だから……」

 全ての暗号を打ち終える。

「ロッカーの暗号は0313になる」

 と言うと、

「開いたぞ」

 ロッカーがピーッと言う機械音を発し開いた。

「ん?」

 睦月はロッカーを覗き込みながら妙な声を出した。

「……まだ謎解きは続くらしい」

 睦月の言葉の意味が分からなかったが、それはロッカーを覗いて理解した。

 ロッカーの中には紙一枚しか入っていなかった。それ以外に何も入っていない。

 だがよく見るとロッカーの中にまた扉があった。ロッカーが二重になっていた。しかも再び暗号を打たなければいけない形式。

 その暗号を示す物であろう紙もまた意味深であった。


 3人の女性が花になりました。その中の一人は夜にだけ人間に戻って家に帰ることが出き、一人の女性は夜が明ける前に夫に会いに行きました。「昼になったら私を摘んでください。そうすればずっと一緒にいられます。」と言いました。そして彼はその通りに行いました。では、彼はどうやって自分の妻を見分けられたのでしょう?

 

 一度間違えれば花は咲かない。

 

「しかもこの答えは数字ではないらしい……」

 睦月は紙をまじまじと見つめながら呟いた。

「どういうことだ?」

「見てみろ、このロッカーの扉に数字が一切ないからだ、もしかして答えをそのまま打つタイプなのしれない……」

 言われてみたらロッカーの扉に設置されている機械は、通常のテンキーのような形式ではなく、携帯電話でよくみるキーボード形式であった。そこにも数字は一切ない。

「しかも一度間違えば終わるのか……」

 睦月は険しい顔をしながら紙を見つめる。

「夜にだけ人間に戻ることが出来、夫のところへ行った。そしてその花になった妻を見つけることが出来た……」

 引っかかりがあるとしたらこのあたりだった。夜に人間になることが出来る、頭の中で反芻している。

「……見せてもらっていいですか?」

 すると暗号に首をひねっていた二人を見て的場は声をかけた。

 睦月はそっとそれを的場に見せると、的場は驚いたような表情をするもすぐに声を出して笑った。

「どうしたんですか?」

 突然笑い出した的場に睦月は恐る恐る問いかける。

 すると、すいません、と言って笑い終える。

「大丈夫です、わかりました」

「え!? あの短時間にですか!」

「この問題は百合さんが一度出してくれたことがあるんですよ」

 睦月は驚いていると、的場はくすっと笑った。

「答えは……、愛、『LOVE』です」

「『LOVE』? クイズとかじゃないんですか、これ?」

 衣更月は間髪容れずに問いかけると的場は笑いながら答えた。

「ええ、そうですよ。でも百合さんはこの問題に関しては『LOVE』、愛って答えるんですよ」

「どいうことですか?」

 的場は懐かしそうに昔の話をした。

『…………自分の妻を見つけられたでしょうか』

『ん~……、百合さんが出したなぞなぞで一番難しいかもしれません……』

『夜に夫のところへ行ったんですよね……、夜……、あ、わかりました』

『答えは、露ですね。夜は夫のところへ行っていたので、露がついていない。だから露がついていない花を見ればそれが妻だってわかる』

『当たっているけど違います』

『本の答えは確かに露なんですけど、私は絶対愛だと思うんですよ! 愛があれば妻が何になっても分かると思うんです。理屈じゃないと思うんです』

 百合は熱く語ったことを的場は笑って話した。

「……百合さんは愛があったから妻を発見できることが出来たって言うんですよ。本当の答えは露なのに」

 おかしいですよね、と言ってくすっと笑った。

「いえ! 全然おかしくなんてないですよ! そうです、愛があれば妻が何になろうと気付きますよ! 愛は真実を伝えてくれるんですよ! 素晴らしいものなんですよ」

 突然睦月の火が付き、暴走を始めた。

 そんな睦月を初めてみた的場は驚きのあまり口が開いたままであった。

「そいつは放っておいていいですよ」

 睦月を無視しながら、的場はゆっくりと暗号を押す。

 するとがちゃとロッカーの扉が開いた。

 そこには、ドライフラワーが入っていた。

「……ドライフラワー?」

 的場が手にしたドライフラワーの花束を睦月と衣更月は不思議そうに見つめる。

 アネモネとアカシア、そしてわすれなぐさの花であった。

「ドライフラワーだけですか?」

「……ドライフラワーだけしか入っていないよ」

 睦月に問いに的場がもう一度ロッカーを見つめるが、これ以上何も見つからなかった。

 それに衣更月は妙な安堵を抱いた。これでお金などがあれば今度こそ命がなかったかもしれないからだ。

「貴方に渡したかったものなんですね……」

 睦月は小さく笑いながら言葉を紡ぐ。

「そうですかね? でもどうしてドライフラワーなんでしょう……」

「忘れないでほしかったんじゃないですか?」

「どういう意味ですか?」

「……アネモネの花言葉は真実、アカシアの花言葉が友情、わすれなぐさの花言葉は私を忘れないで、です」

 衣更月の携帯電話を自分の物のように器用に操作しながら説明する。

 それを聞いても的場は首を傾げた。

「でもそんな手の込んだことしなくても良かったんじゃないですかね……?」

「こういう形でしか渡せなかったんじゃないですか?」

 その問いに睦月は一度口を閉じたが、意を決したように重い口を開いた。


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