表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神無月探偵事務所  作者: 君嶋
神無月探偵事務所
4/8

第四章 犬が歩けば棒に当たる

「すいませんっ! 今猫を探しているんですか、このような猫を知りませんかっ?」

 睦月は公園のベンチで座っていた同じ年ぐらいの男に声をかけた。

 漆黒の瞳が男の姿を熱心にとらえる。

すると容姿の良い睦月の顔を見て、男は一瞬して頬を赤らめた。

「どうしたんですか、そんなに赤くなって? もしかして熱でもあるんですか? それは大変だ! すぐに病院に連れて行かなければっ!」

 己の容姿で赤くなったことを理解していない睦月はさらに男に詰め寄ると、あまつさえ見知らぬ男の額に己の額をくっつける。

 その突拍子のない行動に男は更に頬を染め、睦月の肩を押し距離を作る。

「い、いえ! ち、ちがいますっ! 大丈夫ですから、離れてくださいいいっ……!」

 そう言うと男は脱兎の如くその場を逃げ出した。

「どうして逃げるんですか! 気分が悪いなら、病院へ行った方がいいですっ!」

 逃げ去る男を見つめながら大声で声をかける。

 姿が見えなくなった男に、睦月は首を傾げ、一体どうしたと言うのだ、と呟いた。

 それを一部始終見ていた衣更月はご愁傷様、と思った。

「おばあさんっ!」

すると、公園から見える大きな歩道で大きく大量の荷物を持った老人を見つけた睦月は、風のように走って行った。

「おばあさん大丈夫ですか! 重そうな荷物を持って大変でしょう! 私が持ちますよ。というか、私がおばあさんごと持ちますよっ」

 と言うと、睦月は大量の荷物を抱えるおばあさんを肩車した。

「うわあああ……っ、やめてくださいっ!」

 突然の肩車と高さに驚いた老人は睦月の頭をがっしりと掴む。恐怖に肩を震わせる。 

「遠慮しなくてもいいですよ、行先はどこですか? そこまでお届けしますよ」

軽々と、苦を見せぬ涼しい睦月は全く空気が読めず、動き出す。

 老人の身体が揺れる。そのたびに老人は首を振って抵抗する。

「怖いっ、降ろしてください…………っ! こわいっ!」

 発狂に近い声を出す老人を見て、衣更月は嬉々として動き出す睦月を制止した。

「睦月、よせ。怖がっているぞ」

 衣更月の言葉にやっと状況を理解した睦月は、素直に頷き老人を下す。すると老人は腰を抜かし座り込む。緊張と恐怖で身体が固まる。

それを見て不憫に思った衣更月は、しゃがみ込み老人の顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? 気持ち悪いのでしたら、公園のベンチで休みますか?」

 外で見せる柔和な笑みを浮かべると、老人は少し安心したように弱く笑った。

「…………あ、大丈夫、だよ……。ありがとう……」

 老人が立ち上がろうとしたので、衣更月は手を差し出す。

それに気づいた老人はその手を取った。衣更月は老人をゆっくりと起こした。

「じゃあ荷物だけお持ちますよ」

 服についた汚れをはたいていた老人に対して、睦月は満面の笑みを浮かべながら手を差し出した。

「結構です」

 老人は冷たく言葉を返すと、重そうな荷物を抱えながらゆっくりと歩いて行った。

「どうして拒否するんだ? 恥ずかしいのか? 遠慮しなくてもいいのに……」

 老人の態度が理解出来なかった睦月は首を何度か傾げながら、公園に中に入っていく。

 (遠慮じゃなくて、お前が怖いんだ)

 睦月の後を追うように歩いていた衣更月は、毒づいた。

怖いに決まっている。身体の細い美女が突然肩車をしたのだ。しかも離せというのに、すぐに離さない状況を楽しめるはずがない。

 すると前に歩いていた睦月の足元に野球ボールが転がった。

「あのー……っ! ボールとってください!」

 少し離れた場所でキャッチボールをしていた子供たちが睦月に向かって声をかけた。

 そのお願いに睦月の目が輝く。

「よし、良いぞ! ほら投げるぞっ!」

 睦月はボールを取ると、綺麗な投球フォームをとり、投げた。

 豪風のような球が飛んで行った。女が、いや、人間が出せるのかと言うぐらいの剛球が放たれた。衣更月には大砲から放たれた弾に見えた。

 ボールは子供たちの横を簡単に通り抜け、何十メートルも離れているサッカーをする広場に行ってしまった。突然投げられたボールにサッカーをしていた子供たちが驚く。

「そんなに強く投げるなっ!」

 子供たちは結局ボールを取るために走った。先程より遠い場所に。

「強く投げ過ぎたな、悪いことをした……」

 小さくなっていく子供たちを見ながら呟く睦月を横目に、衣更月は呆れに似たため息を吐いた。

 そして何度か寄り道をしながらも、猫を捜索した。

「すいません、今この猫をさが――」

「今急いでいるのでっ!」

 睦月が声をかけると主婦は逃げる。

「あの、」

「ごめんなさい、今自転車こぐのに忙しいから」

 自転車に乗る人物に声をかけると、そそくさと逃げられた。

「すいません、」

「ごめん、今どうやったら人生を上手く生きられるか考えることに忙しいから無理」

 ベンチに座っていた中学生ぐらいの少年に声をかけるも、拒否されてしまった。

 誰一人話を聞いてもらえない状況になっていた。

 それが何度か続いた。

「……おかしい……」

 その状況をやっと理解したのか、睦月は眉間に皺を寄せながら呟いた。

「おかしいぞ、この状況…………」

「だろうな、」

 (お前が変なことするから周りが敬遠してんだよ)

 胸中で呟くと同時に睦月が口を開いた。

「こんなにも探しているのに情報一つ見つからないなんて……」

「そこっ!?」

 衣更月は声を荒げる。

「それ以前の問題だろ。聞き込みがちゃんと出来ていない状況ってことを理解しろっ! お前の奇抜な行動で人が寄り付かないんだよ」

捜索を始めて三日が経ったが一向に手がかりは見つからなかった。依頼人の住む地域で聞き込みをしても情報は得られなかった。猫一匹の情報を得るということ自体大変なことだが、それ以前に聞き込みが出来ていない。睦月が原因で。

時折人助けをしては空回り、要らぬお節介になってしまい人が逃げる。そして容姿が言い分近づいても逃げられることも多々あった。

(それに、ロング羽織を羽織っているっていうのもその原因だな…………)

初めて見る人は皆、驚き怪訝に見つめる。

 それは常識的な反応だ。

 それらが相まって、全く情報が得られない。

「私の行動が奇抜? 何を言っているんだ、君は。おかしなことを言う……、そのジョークをいただこう」

 ククッと笑いながら懐から目撃情報用のメモを取り出して、メモする。最初の情報が衣更月の言葉が記載された。

「…………でも、まあ、情報は確かにないな」

 睦月が役に立たないので、主に情報収集を行っていた衣更月は、メモをとっていたノートを取り出した。有力そうな情報が記載されていないノートをめくりながら呟いた。

するとどこからともなく飛んできたスズメが睦月の肩に乗る。それにつられて、沢山のスズメが寄ってきた。

その状況にぎょっとしながらも、言葉を続けた。

「……猫なんて沢山いるし、それにすばしっこい。だから見つからないのは当たり前な気がするがな……」

「それでもおかしい……。動物たちの情報もないし……」

「そうか……、んっ……!? 動物!?」

 睦月の言葉にひっかり、聞き返す。

「そうだ、動物たちに情報を収集しても、捜索を手伝ってもらっても手がかりがないなんておかしい!」

「とりあえず、お前の頭がおかしいことは確かだな」

「おかしいとはなんだ、私は至極真面目だ」

 不服そうに唇を歪めながら怒る睦月に、衣更月は深いため息を吐いた。

「お前が最初から最後まで真面目なところなんてなかったぞ。事務所はガサ入れしたように汚くて、服装は奇抜だし、言動も度を越えているし、真面目なところなんて一つもない」

「失礼だな、君。部屋が汚いのも服装も、言動も愛嬌だ。私の個性だ。キャラが立っていていいだろ?」

「そんな個性いらない。滅せ」

「なんだ、いらないとは! 失礼な奴だな! そんな君はこうだ! 行けっ!」

 すると睦月の周りにいたスズメが一斉に衣更月に攻撃をし始めた。

 羽をバタバタとさせ、小さな嘴で、地味に痛い攻撃をする。鬱陶しい攻撃に事務所にいる憎たらしいカラスを思い出し、無性に苛立ちが込み上げてきた。

 そして衣更月は一匹のスズメを素手で掴んだ。

「これ以上の攻撃をするとお前を灰にする」

 無表情な衣更月の言葉にスズメたちは、ばっと睦月に逃げ出した。手に握っていたスズメも自力で逃げた。

「君はどうしてそんなヒドイことが言えるんだ! 本当に冷たいな!」

「冷たくて結構。別に好かれようなんて思っていない」

「君は寂しい男だよ……。人に好かれようと思わないなんて、寂しすぎる男だ……。そんなんだと周りに興味を持たなくなるぞ」

「何度も言うが俺はそれで構わないし、それで良いと思っている。所詮人間なんて自分以外どうでも良いんだよ」

 衣更月は言葉を続けた。

「逆にお前が変なんだ。愛だのなんだのと喚いて人のために働くなんて、めったにいない。人間打算で動くんだ」

「君は本当に寂しい人間だ! そんな考えだと本当に心が冷えてしまうぞ」

 互いににらみ合う。

 空はいつの間にか茜色に染まり始め、人が沢山いた公園も閑散とする。

「……君は動物に好かれないタイプだな」

 唐突に発した睦月の言葉に衣更月は自嘲に近い笑みを唇に刻んだ。

「まあ、好かれた試しはないな。それがどうした? 動物に好かれなくても俺は上手くやっている」

「動物は人の機微や本質に敏感なんだ。だから上っ面で人間はごまかせても、動物には分かってしまうんだよ」

「それは遠まわしにお前の本質が清いってことを言いたいのか?」

「それは言わずもがなだろ! 私の心は生まれたての赤子ぐらいに清いのだ!」

「清いというより、青いの間違いだろ」

「また君はそういうことを言う! だから駄目なのだ!」

「駄目で結構だ。俺は別にこの性格を後悔した覚えはない」

「君と言う男は本当に心が腐っている! 私の手でその心を叩き直してやるっ!」

 大きな声で叱責すると、突然、

「……すいません……」

 にらみ合う二人の間にか細い声が割って入ってきた。

 二人は同時に視線を向けると、そこには男が立っていた。

 優しげな顔立ちの男の頬には大きなガーゼが張られていた。片方の目元も青く鬱血している。痛々しい顔。

 その男が手に持っていた写真を見せた。

「今猫を探しているのですが、……こんな感じの猫を見ませんでしたか?」

「これは……」

「これって、…………」

 衣更月は写真をまじまじと見つめながら、驚いた。睦月もまた驚きを隠せないようであった。

その反応を見て男は喜ぶ。

「知っているんですか!?」

「いえ、これって、この子ですよね……?」

 睦月が手に持っていた写真を男に見せた。

「えっ……!?」

 睦月が見せた写真の猫と、男が持っていた写真の猫が全く一緒。

 チェリーであった。

 写真自体は同じものではないが、それでも二つの写真の猫がチェリーであることはすぐに分かった。

「……あ、もしかして妻が依頼した探偵さんって貴方たちでしたか……」

「では旦那さんなんですね」

「はい、そうです」

 男の言葉に衣更月同様、睦月も納得した。

 すると睦月は男に一礼した。

「私共は、神無月探偵事務所の睦月、そして彼が衣更月です」

「丁寧にありがとうございます。私は的場、的場誠二と言います」

 会釈する的場に衣更月と睦月も軽く頭を下げる。

「私共の懸命に探し回っているのですが、手がかりが一切見つかりません」

「そうですか……、どこに行ってしまったんだろう……」

 心配そうな表情を見せる的場に、睦月は問いかける。

「奥さんはチェリーちゃんの行きそうなところは分からないと言っていたのですが、的場さんはどうですか? やはりわかりませんか?」

「…………そう、ですね、少し分からないです…………」

的場は考え込みながら言葉を吐く。

すると睦月は、小さく笑った。

「そうですか、わかりました」

「……そう言えば奥さんは今どちらに? 一緒になって捜索しているのですか?」

「……妻は、今家にいます。妻は昼に捜索をしているので、夜は私が。家が空いていると危ないですから……」

「そう、ですか……」

 睦月は的場の言葉に頷いた。

 そして少し間をおいて問いかけた。

「……あと一つ質問なのですが、その怪我はチェリーちゃんを捜索中に負ったのですか?」

「あ……、いえ、これは、寝ぼけた時に閉まっていたドアに強くぶつけてしまって……、鈍臭くて嫌になりますよ、まったく……」

「そうですか、それは大変でしたね。痕にならなければいいですね。立ち入ったことを聞いてしまい申し訳ございませんでした」

 困ったように笑いながらガーゼの上から頬を撫でる的場に、睦月は非を詫びた。

「私共も懸命に捜索いたしますので、何かありましたらご連絡差し上げます」

 そして的場とはその場で別れた。

 的場と睦月の一連の流れを見ていたが、奇抜な行動をするかと思えば、先程のように大人な対応を見せるときが時々あった。言葉遣いもそうだが、それ以上に表情が大人びていた。

 (アホみたいな言動するから、よりギャップを感じのかもな……)

 そんなことを考えていると、睦月はん~……、と唸り始めた。

「……あの人絶対何か隠しているな……」

「何か言ったか?」

 考え事をしていたせいで、睦月の言葉が入って来ず問いかけるが、睦月は首を振った。

「いや、なんでもない……。独り言だ」

「あっそ、あんまり独り言喋るなよ。より変な人だと思われるから」

「君さっきから何なんだ! ヒドイことばかり! 本当に君は愛が足りないっ、愛が欠乏しているなんて何て嘆かわしいんだっ!」

 睦月は先程の大人びた雰囲気は消え、年相応に戻り、一人熱く語る。地底に眠っていたマグマの如く勢いよく熱が飛び出す。

「だが大丈夫だっ! 私が君を心から愛せば、それが肥やしとなって愛に溢れる人間になるだろうっ! そしたら君もそんな汚い言葉を私に対して使わなくなるぞ! ……あ、でも私が愛を注ぐからと言って、イヤらしい目で見ないでくれよ、それは困る! 全力で拒否をする」

 憎たらしいぐらいの輝かしい笑みを浮かべながら、シャドーボクシングをする。

「頼まれてもするかぁ、ボケっ!」

「ボケだと! ボケと言うやつがボケなんだぞ! ……あ、でも今ボケっと言った私もボケになるのか、……あ、でも先に言ったのが衣更月だが私は例外であって……」

「うるさい! なに思考の迷路に彷徨ってんだ!」

「何だ、その口の聞き方は! 今度と言う今度は許せないっ!」

 そう言って長く艶やかな髪を振り乱し、衣更月の顔を攻撃する。一本一本の髪が顔全体に当たり、刺さる。地味に痛い。そして視界が奪われる。

 正直鬱陶しいと思ったが、抵抗はしなかった。

 激しく頭を動かすのは目も周り、頭が痛くなってくる。だからそのうちやめるであろうと思った。

 ふんふんっという睦月の気張った声と、髪で風を切る音がする。

 だが三十分近く、薄暗い公園で睦月の攻撃を受けることになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ