自殺のすすめ
あるところに、途方にくれる一人の男がいた。
というのも先日、彼は会社をクビになってしまった。
自分のミスともなれば納得もできよう。しかし男は上司の失敗をただ押しつけられ、その責任を取るために自主退職へと追い込まれたのだった。
あげく、いくらなんでも酷いのではと主張すれば、
「散々世話になった上司に迷惑をかけるなんて、貴様はろくでなしだ」
と罵られる始末。
これでもそれなりには愛社精神を持って会社に勤め、仕事に励んできたつもりだった。それがまさか、こうも簡単にトカゲの尻尾切りをされようとは。
世間的にみれば男はまだ若い。やり直しはいくらでもきくだろう。
しかし再就職をしようにも、次の会社で同じことが起きない保証など、一体どこにあるというのだろうか。そう考えると、ついつい二の足を踏んでしまう。
もはや誰も信じられない。この先、夢や希望など抱けるはずもない。
絶望に打ちひしがれる男は、このろくでもない人生を終わらせる決意を固めた。
ただ死ぬにしても、どうせならば苦しまず楽に逝きたい。
とすればどんな方法がいいのか、男はパソコンで調べてみることにした。
「今は自殺の方法ですら色々と載っているそうじゃないか。何でも調べれば分かってしまうとは、いい時代になったものだ」
男はまず、首吊り自殺について調べてみた。やはり最初は基本的なところからだろう。
「なになに、首吊りはうまく意識が飛ばないと、死ぬまでずっと苦しみ続けるのか。しかも失敗すると高確率で後遺症が残ると載っている」
男は考えた。もし失敗して後遺症が残ってしまうと、下手をすれば自分から死ぬこともできなくなってしまう。
なにより苦しみながら死ぬのはごめんだ。窒息で苦しんでいるところを想像すると寒気がする。
男は首吊り自殺はあきらめた。次に彼は、飛び降り自殺について調べてみる。
「ふむふむ、飛び降りる高さが高いほど失敗しにくいと。ただ万が一失敗すると、全身骨折や内臓破裂を負って苦しむ場合あり。さらに他人を巻き込んで死なせたら、最悪損害賠償を払うこともあるのか」
男は悩んだ。飛び降りて死に損なった痛みなど想像もしたくない。それだけで死んでしまいそうだ。
また他人を巻き込むのは如何ともしがたい。自分も怪我して金を取られるなど、踏んだり蹴ったりにもほどがある。
男は飛び降り自殺もあきらめた。次に彼は、最近よく聞く練炭自殺について調べることにした。
「ほうほう、練炭自殺とはつまり一酸化炭素中毒による自殺なんだな。これなんか生き残った人の体験談があるじゃないか。意識がありながらも体が動かず、ひどい吐き気と頭痛を伴いながら地獄のような苦しみを……」
男は青ざめた。地獄に行く前に地獄のような苦しみを受けてどうするのだ。仮に助かったとしても、それからはまさに本当の生き地獄だという。
男は恐怖で体中の血の気が引いてしまった。
「くそっ、自殺なんかやめだ。恐ろしくてかなわない。まったく、こんなことなら衝動的にやっておくんだった。何でも調べれば分かってしまうというのも、案外不便なものだな」
男はため息をつくと、そのまま求人広告にカーソルを合わせ、不承不承クリックした。