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第三十四話


「失礼しやしたー」


 コウは軽薄な調子でそこを退室した。

 右腕をぐるりと回す。校外授業で負傷した両腕だが、学園から支給された薬やリーネの治療を受けて、完全に治って包帯も取れていた。

 少し前まではこうして腕を回すという何気ない動作ですら、過保護なくらい心配するリーネに動かすなと叱られたが、今は気にせずこうして動かすことができる。


「失礼しました」


 コウに対して反するように、リーネはきっちり一礼までして退室していた。

 彼女が静かに閉める扉の上には、「第二技術室」と鉄製の薄い板に刻まれている。二人は立ち上げる部活の顧問となってくれる教師を探しているところだ。

 現在はこの技術室を根城にする教師を訊ねたのだが、交渉空しく、やんわりと追い返されたところだった。


「ここも駄目、っと」


 コウはポケットに畳んで入れておいた名簿を取り出し、その中の一つに上から線を引く。

 線の数は既に十数本。ロンが用意した顧問を引き受けてくれそうな教師の一覧だが、その残り数も心許なくなってきていた。


「……やっぱり、簡単には見つかりませんね」


 丁寧に閉じた扉から振り返ると、リーネが難しい顔を作っていた。彼女が現状を芳しくないと思っていることが窺える。


「まぁ、今回の部活作りで一番の難所ではあるからな」


 コウとしてはある程度は想定していた事態だった。大して落ち込むこともなく、リーネを連れ立って歩き出す。


 現時刻は放課後の時間帯。

 昼休みに部活の立ち上げを決めた後、四人は思い出したように昼食を取った。そして、慌ただしく細かい段取りを決めたところで昼休みは終わり、具体的な行動は放課後まで持ち越しとなったのだ。




 ロンが集めた資料を調べ、四人は部活を立ち上げるために必要な要素を揃えるため、二人ずつの班を作り、二手に別れて行動を起こしていた。

 コウとリーネの顧問探しの班、そしてロンとアヤの部室確保の班である。

 この分け方を提案したのは下心丸出しのロンであり、その時アヤは透かさず反論の声を上げた。


「異議あり! この破廉恥と二人で行動するのは嫌です!」


「分かってはいたけど傷ついた!」


 という二人のやり取りで、いつも通り男女で班を分ける流れになりかけたが、そこでコウが反対したのだ。


「コウ殿!? どうして……ま、まさか、コウ殿も破廉恥と同じになり、お嬢様と二人っきりになることを狙って……!?」


「そ、そうなんですか、コウ?」


 それにいつも通りとも言えるアヤの反応と、照れているというよりは驚きが勝るようなリーネの反応が返ってくる。

 そんな二人にコウは呆れ返りながら、宥めつつ理由を説明した。


 仮に男女で班を分けた場合、コウとロン、リーネとアヤの組み合わせになる。これは教師達の目から見ると、「日頃から騒ぎを起こしている問題児(不良)二人組」と「何か事情があると噂の優等生二人組」となるのだ。

 リーネ達はともかく、コウとロンの二人が揃って教師に今回の話を持ちかければ、十中八九と言わず絶対に警戒心を持たれ、何か企んでいると疑われるのがオチだ。

 それならまだ、「優等生と不良生徒」の二人組を作った方が、話を聞き入れられやすいだろう。


「そっか、仮に女子二人だけで全部交渉をやってもらうとしたら、リーネちゃん一人で学園中を行動するのはしんどいだろうし、アヤちゃんもそうさせたくないよね。かといって、女子班一つだけで回るのも効率が悪いってわけか」


 そう言いながらロンはあごに手を添え、しきりに頷いていた。

 この四人組はある意味で教師、生徒からの注目度が高い。立ち上げの段階に時間をかけると、良からぬちょっかいを出される可能性が生じる。

 迅速に話を進めるためには、偶然にもロンが下心で提案した分け方が望ましいのだ。


「うぐぐ、昼休みが始まる前だったら、コウ殿達に対する先生方の対応の想定が、大げさだと言ったところですが……調合室爆破事件の首謀者達と知ってしまった身としては、確かにその方が良い気がしてしまいます……」


 アヤが唸りつつも噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 そんなにロンと組むのは嫌なのかとコウは思う。しかし、校外学習の際には結構仲良くしていたので、単に照れているのか判断に迷うところであった。


「……はっ! け、けど、何も私がロンと組まなくても、コウ殿と組めば――」


 アヤは妙案だと表情を明るくしたが、コウが「破廉恥と呼ぶ男とリーネを一緒にしてもいいのなら」と指摘すれば、すぐに顔を引きつらせた。


「…………うぅ」


 アヤはロンとリーネを見比べて、小さく言葉をもらすしかなかったのだった。




 そして、結果は放課後になって活動を始めた、コウの相方を見ての通りである。

 「第二技術室」を後にした二人は、現在いる建物に用がなくなったので出口を目指しているところだ。

 建物を出るまでの少しの時間、二人は歩きながら現状について語り合っていた。


「しかし、これは想定していたとはいえ、いよいよ不味くなってきたな」


 コウは手元の紙に引かれた線を睨む。

 部活の顧問を引き受けてくれそうな教師を探すにあたって、最初に定めた条件は「どの部活の顧問ではない教師」であるかである。

 至極もっともな条件ではあるが、それを頼りに教師達の下を回るコウ達の表情は晴れない。


 まず、顧問をしている教師に目星をつけないのは、他の部活を引き受けていることを理由に、断られるのが目に見えていたからだ。

 生徒の活動にかかわることに積極的であれば、一部の教師は兼任して複数の部活の顧問を引き受けている。

 その一部の教師達の生活(何故かこれもロンは調べていた)を見る限り、教師の仕事と複数の部の顧問をやることに忙殺されている印象だ。

 顧問をやる意欲がある教師は、既に手一杯だろうと見るのが妥当そうなのである。


 有名な教育機関であるクライニアス学園だ。そこを職場とする教師達の仕事量ときたら、王国の下手な官職よりも多いだろう。しかも、中には職員の仕事と並行で、独自の題材を研究する者すらいる。

 顧問を引き受けている教師がいる通り、全く時間がないというわけではないだろうが、忙しいと形容できる生活を送っているはずだ。

 そんな中、いくら生徒達が真剣だろうと、大人には遊びにしか見えない部活の顧問を引き受ければ、忙しさが倍増するのは当然の話だ。


 そして、それらを前提として考えれば、顧問をやっていない教師に頼めば引き受けてくれる。などと、楽観的に考えられないことが分かるだろう。

 顧問の話を持ち込むということは、即ち仕事を持ち込むということなのだ。

 しかも現在顧問を引き受けていない教師は、よほど生徒に人気がないか、頼まれても断っている可能性が高い。

 人望がない教師は癖があるだろうし、断っている教師は困難な説得が必要となる。


 コウ達の現状を例えるならこうだ。

 自分達に合う飲食店を慎重に選択しなければならない。

 その選択肢は三つ。

 食事は満足できるし、接客も完璧。しかし、そもそも店に入ることが困難な「満席の大人気で予約いっぱいの店」。

 店には確実に入ることができる。しかし、食事は不味いし、接客も最悪と噂な「席は空いているが不味いと噂の店」。

 食事も良さそうだし、接客も問題なさそうだが、店を開けていない「閉店しているが味の期待はできる店」。


 コウ達はこの中から三つ目を選んで、何とか店を開いてもらおうとしている感じだろうか。

 どれもその時で変わる条件で、消去法を実行して選ぶような状態である。


「とりあえず回れるだけ回って駄目だったら、集まった時に対策を練るか」


 今日の活動は班ごとに解散し、四人での話し合いは翌日ということになっていた。


「そうですね。そのために、しつこくお願いしないようにしているわけですし」


 教師に頼む際、コウとリーネは取り決めをしていた。まずは様子を窺うために、交渉はあまり粘らないようにするというものだ。

 気軽に頼めることではないのは承知しているのだし、あまりにもしつこければ怒りを買う可能性も考えられる。現行する作戦としては、顧問をしていな教師と会って感触を確かめるだけとしていた。


「むむむ、私達は早く話を進めてしまいたいのに、でも急ぎ過ぎれば進めることすらできなくなってしまう……」


「ま、何事にも通ずることだが、急ぐ時こそ焦らず落ち着いて行動しろ、ってことだな」


「難しいです……次は、ラグトル先生ですか」


 リーネは頷くとコウの手元をそっと覗き込みながら聞いてくる。

 確かに先ほどコウが名の上に線を引いた教師の次は、ラグトルとなっていた。しかし、コウは静かに首を横に振る。


「ラグトルのじーさんは、なんか急用が入ったとかで、授業へ代わりとしてフィナーリル先生を寄越して来たくらいだからな。探して見つけたとしてもまだ忙しい可能性もあるし、後回しにしておこう。一つ飛ばしてこっちだな」


 言いながら一覧のラグトルを飛ばして指差すと、リーネは一度納得したように頷いたが、すぐに不思議そうな表情を浮かべた。


「なるほど……しかし、急用ですか。一体何でしょうね?」


「さぁな。少なくとも先週まではなかった用事だろう。分かってたら事前に告知しただろうし。案外、歳も歳だから、腰とか痛めたのを誤魔化してるだけだったりな」


「まあ、コウったら。それはいくら何でも失礼ですよ」


 窘めてくるリーネだが、彼女の口元が笑みを作っているので、本気で叱っているわけではないようだ。

 コウは大げさに肩を落として見せる。


「へぇへぇ、年寄りは大事にしろってか……それじゃ、気を取り直して次の教師に会いに行きますか」


「はい、頑張りましょう」


 ちょうど建物の出入り口に辿り着いたので、コウ達は雑談をしながら抜け出して、次なる教師の下を目指す。


 ――――この日は結局、探す教師とタイミングが合わず、訪ねることができなかったりする内に、寮の門限が迫って時間切れとなった。

 コウ達は仕方なく、一覧表の半分も消化できないで解散することになったのだった。






 そして活動を開始して三日目の放課後である。

 一覧にある名の内、三分の二は飛ばし飛ばしではあるが、線を上から引いた状態でコウ達は活動を再開させた。とりあえずは全員に話を聞かないことには仕方がないということになり、時間をかけて回っているのだ。

 線の数は一日目、二日目の放課後を使って顧問探しをした苦労の証であるが、同時に話を断られた数でもあった。


 そもそも引き受けてくれる教師が見つかること自体が、かなり運のいいことである。

 ――――そう理解した上での行動ではあるが、学園がちょっとした街くらいの規模があるため、移動するだけで肉体的は疲れるし、やはり徒労に終わるのは精神的にも伸しかかってくるものがある。


 コウはどちらもまだまだ余裕であったが、それが顕著に表れているのがリーネだった。

 命を狙われることで我慢を覚え、身を守るために身体を酷使することを知っていても、彼女はまだ年若い少女でしかない。

 いくら治癒魔術、支援魔術の二つを扱える稀有な才能を持っていても、そのことに変わりはないのだ。

 皮肉なことではあるが、命など狙われない普通の世界に住んでいても体験できるだろう、足を使って物事を調べるという慣れない作業が、彼女に疲労感を与え続けていた。


「何で教員達は全員一つの場所にいないんだろうな」


 建物と建物の間にある小さな中庭のベンチに座って、コウは冗談交じりに勝手な文句を口にする。

 教師を訪ねる作業の進行度は、予定していたより遅れていた。活動を開始する時点では、二日分の放課後もあれば回りきれると想定していたのだ。

 タイミングが合わなかったりして、いつもいるという場所を訪ねても会えなかったりと、なかなか見つからない教師が結構いて、思うようにいかないのである。

 教師達が忙しい身であることが、コウ達にとって思わぬ形で作業の妨げになっているのだ。


「……仕方がないですよ、やっぱり先生方も自分が専門とすることに関する施設の近くで作業したいでしょうし」


 教師が作業の場とするのは、学園から住居として与えられた職員寮、申請して審査を通れば手に入れられる研究室、そして担当教科に関係する教室の準備室などだ。

 学園に住むという環境故か、公と私を分けるために、職員寮を作業場にする教師はいるにはいるが数は少ない。

 活動を開始した日に訪ねた、第二技術室を根城にする教師のように、多くの教師がそういった空間を所有している。

 そして、リーネが言った通りの理由だろう。その根城とする研究室や教室は、ただでさえ広い学園のいたる場所に、散らばるようにして存在するのだ。

 あえて言えば、主要な施設の周辺にそれらは分野ごとに集まっているが、コウ達にとって慰めにしかならなかった。


「歩かされるこっちの身にもなってくれって話だよな」


「先生方からすれば、私達が勝手に訪ねているだけなんですけどね」


 コウ達は現在休憩を入れていた。言わずもがなリーネを気遣ってである。

 まだ行けると渋る彼女を自分(コウ)が休みたいからだ、と言って無理矢理座らせた形だ。

 薄く笑みを浮かべて答える彼女だが、やはりそこには疲労の色がある。確かに彼女が主張する通り、まだその色は薄いが、ペース配分を考えなければすぐに疲れ切ってしまうだろう。

 相手は心配していることを前に出せば、空元気でも無理をする少女である。そのことを意識しながら、コウはあえて軽口を続ける。


「これならあんまり動き回らないロン達と仕事を交換すれば良かったな」


「そうは言っても、あっちはあっちで大変みたいですよ? 一昨日の夜からずっとアヤが苦労を話してくれますし」


「アヤの場合は、ロンから受ける被害に対しての愚痴が多そうだな」


「……ええっと、それは」


「頬に赤い手形を作って帰って来たのを見てるから、あいつを庇わなくても大丈夫だぞ」


「あ、あはは……」


 困ったようにリーネが目を逸らす。

 活動開始二日目となる昨日、三日目となる今日の昼休みは、互いの班の現状報告をする時間としていた。昼食を取りながら学園を回るのは、いくら何でも行動に余裕がなさ過ぎるという判断である。


(とは言ってみたものの)


 コウはロン達の班の報告を思い出す。

 部室を確保するために動いているロン達だが、彼らは彼らで苦労が絶えないようだった。


 学園には部活をする生徒達を支援する構造があり、その一つとして部室棟が広大な学園の数ヵ所にある。

 彼らはそれらを巡って空き室を見つけたものの、どうやら他の部が未使用なのを良いことに、物置として使っていたそうなのだ。

 もちろん不正に使用しているのだから、学園側に知らせれば強制的に対処することも可能だ。しかし、そうなると理不尽ではあるが恨みを買うことになる。

 その上、こちらはまだ顧問も見つけていない状態で、部活を本当に立ち上げられるかも分からない状態なのだ。それで空けろと強く要求するわけにもいかない。

 唯でさえ、コウ達は良くも悪くも注目を集める面子である。部活を立ち上げることが成功した時のことを考えて、角が立たないように苦心して交渉しているということだった。


(……俺達にはできない仕事だよな)


 コウは仕事を交換すれば良かったと言ったが、ロン達の交渉相手は教師ではなく生徒だ。

 仕事を交換した場合、交渉に当たるのは成績最下位で周りになめられまくりのコウか、不当な悪評が蔓延るリーネである。上手くいくわけがない。

 その点、騒ぎを起こしてはいるが、ロンは何だかんだで、人によっては見劣りしてしまう学園の制服に釣り合う容姿に、人柄は陽気そのものの少年だ。

 それに普段の行いのせいで忘れがちだが、彼は貴族――――しかも、三大貴族と称される名家の家柄である。口も立つのであちら側の交渉役としては、四人の中では断トツで打って付けだろう。


 ついでに言えば、貴族でありながら、平民色である黒い髪のアヤにど突かれる姿を見れば、仮に交渉するのが貴族の家柄の生徒なら無条件で嫌うような相手であっても、話も通じやすくなるはずである。

 リーネもそれを分かっているに違いない。だからこそ、疲れていながらも前へ前へと進もうとし、自分達も役割を果たすべく邁進したいと思っているのだろう。


「あの、コウ、そろそろ」


「ちょいと飲み物でも買いに行こうぜ」


 そして、だからこそコウも強引である。リーネの気持ちを察するからこそ、あまり説き伏せようとは思えない。


「いらないか?」


「……いえ、確かに喉も乾きましたしね」


 自覚があるかどうかは分からないが、リーネも一息いれること自体はありがたいようだ。焦りは窺えるが不満ではないらしい。休憩を続けることに何も言ってこない。

 その様子を見届けてから立ち上がる。目指すのは近くの売店だ。学園には至る所にそういった店を見つけることができる。


「学園の景観って強弱が激しいというか、何処か騒がしいよな。考えなしに絵具を紙に塗りたくっているみたいというか……。まぁ、元々教育関係の建物しかなかったところに、外部から店とかを招き入れたせいかもしれないけど」


 リーネと並び歩きながらコウはそう口にする。それは辺りを見回せば一目瞭然である。

 学園施設を挟むように飲食店と小物を売る店が並んでいたり、その逆もあったりだ。

 学園は基本的に古城であるパースライト城を中心に、円を重ねて描くようにして学園施設や店が広がっていく。

 もちろん、修練場や運動場といった一定以上に広い空間を有さねばならない所もあるので、必ずしも均一な円を描いているとは限らない。しかし、建築計画の概要からして、円形に立ち並ばせるようにしているだろうことは、否定すべきことではないだろう。

 その円の構成物にはとにかく規則性というものがなく、区分けのようなものが一切ない。


「コウは、賑やかな景観が嫌いですか?」


 リーネが小首を傾げながら聞いてくる。その様子だと、彼女は嫌いではないらしい。

 コウが絵具で例えた様に色と言うべきか、建物は自己主張をするために変わった個性という色を見せつけている。


 菓子を売る店はそれを連想させるように、取り取りに壁や看板を甘そうな色で塗し、武装具屋はごてごてとした硬質で角張った印象を与える店構えとなっている。

 対して、学園施設や教師の研究室が入る建物には遊びがない。何かを学ぶための場所であるのだから、当たり前と言えば当たり前だが、個性溢れる店たちに紛れるにはいささか佇まいが厳格すぎる。


 並ぶ建物の趣向それぞれに対して感想が変わるので、それらを一緒くたにまとめて言葉にするのは難しく、その結果、印象は人によって変わるのだろう。

 リーネは「賑やか」とその有様を形容したが、コウからすれば「騒がしい」に落ち着くのであった。


「嫌いってほどじゃないけどな。俺ってほら繊細でロマンチストだから、自然に囲まれた閑静で癒しが溢れる風景の中に溶け込みたいって言うか」


 そんな風にコウは冗談を口にして返すが、しかしそこで予想外な反応が返ってくる。


「なんか、分かります。コウってそんな感じです」


「……マジで?」


「はい。コウって賑やかなのも好きだけど、でも一人でいる時間も大切にしたいって思っていそうです」


「…………ん、あれ、そこまで綺麗な発想はないけど、何か反論が出てこないな」


 自分でも意識していなかったことを言い当てられ、一体この少女は何処まで自分のことを見抜くのか、と密かに戦慄するコウである。


「とりあえずそれは置いといて……話している内に着いたな」


 目先には雨風を凌ぐための壁や天井をつけただけのような、とても簡素な造りの売店があった。

 奥行きが少しあって、店員が後ろから商品を取りだして、そのまま振り向いて客と取引をするのだ。

 学園に様々な形で存在する売店の一つで、種類を揃えて客を呼ぶというより、手頃な近さにあって客を呼ぶのが狙いなのだろう。大きく広げる店からの出張販売のような形である。


「あら坊ちゃん。こんな時間からデートかい?」


 店員とやり取りをする窓口を覗けば、年配の女性店員が気軽に声をかけてきた。

 馴れ馴れしいともいえるその態度に、隣のリーネが目を丸くするのを横目に見ながら、コウはいつも通りに言葉を返す。


「俺は坊ちゃん何て言われる身分じゃないって、いつも言っているじゃないですか。あと、デートじゃないです」


「こんな立派な所で勉強しているんだ、坊ちゃんには変わりないじゃないさ。ところで、照れなくていいんだよ。デートだろう?」


「だから、違いますって。二つの意味で。それに俺は成績が悪い、不良の悪ガキですからね。いつ退学させられるかひやひやですよ」


「そうなのかい? コウちゃんは優しくて良い子なのにねぇ。きっと、先生に見る目がないんだよ」


「いや、先生方は的確な仕事をしてますよ……それより、これも何度目になるか分からない訂正願いですが、好い加減ちゃんづけはやめて下さいって。坊ちゃんじゃなければ何でも言いわけじゃないので。むず痒いっす」


「それより、注文は何だい?」


「毎度のことながらさらっと流されたぜ。アイスコーヒーを一つと……リーネは何にする?」


「え? ……あ、えっと、私は冷たい紅茶で」


 二人のやり取りに圧倒されっぱなしだったリーネが慌てて注文する。その姿が微笑ましいのか、年配の女性店員は一つ笑みを浮かべた。


「あいよ、アイスコーヒーにアイスティーね。そろそろ暑くなってきたし、冷たいのが売れるようになってきたねぇ。製氷して下さる魔術師様には頭が上がらないよ。ちょっと待っててね……あれま。コウちゃん、一から作るから、悪いけど時間がかかりそう。良いかい?」


「いいか?」


 答える前にまずリーネに聞く。すぐに頷きが帰って来たのでコウは首を縦に振った。


「構いません」


「ありがとうね。それじゃ、あっちのベンチに座って待っててね」


 指差すと年配の女性店員は注文の品を用意するために背を向ける。

 コウはズボンのポケット探り財布を取り出すと、受け皿に二人分の額を並べて置く。それからリーネとベンチまで移動して並んで座った。


「私、自分の分は自分で払います」


「ん? あぁ、別にいいから気にするな」


「でも……」


「恰好をつけさせてくれよ」


 軽く冗談交じりにそう言ってから、コウはふと思うことがあった。

 コウとリーネは互いが抱える秘密を尊重しあっている。

 それは秘密によって起こる大きな事件から些事に至るまで、互いに巻き込まれながらも、ただ目の前で起こった出来事を処理するだけに止め、根本的な原因の追究などは行わないということだ。

 先日の校外授業でコウが約束を覆しかけたり、ロンの実家があまりにも有名過ぎたために知られたりと――――よくよく考えると彼は秘密を持たない、ある意味唯一潔白な身である――――歪ではあるが、それでも現行は約束した状態が保たれていることに変わりはない。

 つまり、結局のところコウはリーネの素性を全然知らないのである。

 そこで思ったことは別段深刻な話ではなく、リーネがどれだけ金を持っているのかということである。


「なぁ、リーネ」


 奢られるということに慣れないのか、最終的に支払いをコウが全て済ませてしまったことで、喜ぶべきか困るべきか悩んでいる様子のリーネに声をかける。


「はい?」


「お前、金とかはどうしてるんだ?」


 リーネの亜麻色の髪を見つめながらコウは考える。

 同じ年頃の少女とはいえ、つきっきりの護衛役が傍に控えるくらいだ。まさか実家が貧困に喘いでいるということもないだろう。

 実家の話は抱える秘密に関与しそうなので、駄目元での質問であった。しかしこれに彼女はすんなりと答える。


「お小遣いをもらっています」


「……そうなのか」


 気になって質問したが、答えるとは思っていなかったので、コウは少しばかり驚いた。

 様子を窺えば無理に話したという風ではなく、さして重要ではないないから答えを提示したようである。


(ということは、実家の方は関係ない?)


 駄目だとは思っていても思考が働いてしまう。

 話題に上がらなかったこともあり、コウはリーネが抱える問題は実家が関係していると思っていたのだ。しかし、すんなりと話したことを考えると、それも思い違いだったのかと内心首を傾げるような気分である。

 てっきりその話題を避けているのかと思っていたが、それはコウの勘違いで、今までたまたま話題にならなかっただけ。

 ――――そう考えることもできるが、いまひとつ確証を持てない話なので、コウはこの件を一先ず考えないようにすることにした。

 情報が少ない状態で結論を急ぐと、道筋に強引なこじつけが生まれる。こういう時は考えない方が良いものである。

 コウは自らの思考を断ち切るために、話題の方向を変える。


「そうなると、金は節約して大事にしないといけないだろ」


「確かに大事ですし、節約はしないといけません。けど、友達に支払いを任せるのは節約とは言いませんよ」


「……ご尤もな意見だな。まぁ、でも、今回は俺の顔を立てるということで納得してくれよ」


「それは難しいお願いです」


 どうにかしてコウに代金を渡す方法でも考えているのか、髪を耳にかけながら思案顔を作るので、阻止するべく興味本位の質問を再びぶつける。


「ちなみに、いくらくらいもらってるんだ?」


 不躾といえば不躾な質問だが、友人間において高い確率で行われるやり取りだろう。リーネも特に気分を害した様子もなく、率直に金額を答えた。

 それを聞いてコウは目を少し見開く。聞かされた額は、平民層の生徒が月々でやり繰りする額と同等だったのである。

 彼女の実家が富裕層に位置することは、想像に難くないことだっただけに、コウの中でその意外性はそのまま驚きとなった。

 その様子から察したのだろう。リーネが苦笑交じりに口を開く。


私の今のおとうさん(、、、、、、、、、)が厳しい方で、根っからの商人気質であることもあって、金銭感覚を狂わせないために額を抑えているそうです。養ってもらっている身でたくさん貰うのも気が引けますし、そのことに不満は微塵もないどころか、逆にもらえるだけ感謝するような話なんですけど」


 どうやらリーネの親は商人のようだ。彼女の親に限らず、平民であっても商売や何かで富裕層の仲間入りしている存在がいる。彼女の親はその一人らしい。

 これで一つ謎が消えたと思う一方で、コウは気になったことに首を傾げる。


「…………今の?」


 聞き逃せない表現である。昨日までなら気を使って話題を広げることはなかったが、どうやら大丈夫らしいことが分かっているので、コウは疑問を呑み込まずに口にした。

 しかし、リーネは指摘を受けて「あっ」と小さくこぼした。無意識に言っていたらしい。

 その様子から今まで実家のことを話していたのは、単に気が緩んで口が滑っただけだったのだろうか。そんな考えがコウの脳内に生まれかけたところで、これまたすんなりと彼女は言った。


「私、今いるお家の養子なんです。本当のお父さんはずっと昔に亡くなっています」


「それは……嫌なことを言わせた。すまん」


「そんなことないですよ。私、今のおとうさんとおかあさん大好きですから」


 無理をしているわけではないのだろう。にぃっ、と口の端を上げる様子には、作り笑顔からは得られない暖かさがあるからだ。

 コウは一つ息を吐いてから思う。


(大好き、か。よほど大切にされているんだな)


 よくよく考えれば、王国で有名な警備部隊が守る学園に、子どもとはいえ護衛役を自分の子どもと一緒に学園へ入学させているくらいである。大事にされていなわけがないのだ。


(しかし、実家が関係ないとなると、一連の問題はどこから発生してるんだ?)


 コウは校外授業の一件から、下手に調べたりしない方が精神的に良いと思っている。しかし、どうも思考というものは厄介だ。つい、頭の中でちらつく疑問に眉根を寄せてしまう。


「コウ、どうかしましたか?」


「ん、いや、なんでもない」


「そうですか? それにしては……」


 リーネは納得しかねるのか、更に言葉を重ねてこようとするが、そこに横から声が伸びてきた。


「お待たせ、二人とも。用意ができたよ!」


「だってよ。取り行こうぜ」


「……はい」


 リーネは不思議そうにしながらも、結局それ以上の追求は止めにしたようで、黙ってベンチから立ち上があってついてくる。


 コウは思考を止めたからか、あるいはコウにはできない発想だったからか、思いつくべきことがあったことに気づかない。

 それは実家が一つとは限らないこと。彼女が養子であるということを聞いたのであれば、尚更思いつくべきことだった。

 重大な勘違いをしていることに気づかないまま、コウは売店へと歩み寄る。


 にこやかに笑う店員から注文した二つの品を受け取ると、アイスティーを持つ手をリーネに差し出す。


「ほれ」


「はい、ありがとうございます……あ、そうだ代金!」


「ちっ、良い感じに忘れてると思ったのに」


「分かってて黙ってたんですか!? もう、いじわるしないで下さいよ!」


「この場合は逆な気もするが……」


 コウがそう言うとリーネは再び言い出した。


「私、自分の分は……」


「はい残念でした、もう支払いは済んでますぅ!」


「今日のコウ、ちょっといじわるです!?」


 そんなやり取りを続けていると、笑声が間に入ってきた。


「なんだい、やっぱりデートなんじゃないか。そういう初々しいやり取り……私にもそんな時代があったよ。可愛い娘じゃないか、あんまり見たことないけど、高等部になったばかりかい? 制服は中等部の子じゃないし、小さい子はあんまりこっちに来ないからねぇ。後輩の子かい? コウちゃんは年下が好みだったんだねぇ」


「え、えっと、コウとは同じ学年で同じクラスです。前まで私はあまり寄り道とかしないで、すぐ寮へ帰ることが多かったので、多分そのせいかと……」


「そうなのかい? そんな子を連れ出すなんてコウちゃんやるじゃないか。しかもこんな可愛い子を。いつから付き合ってるんだい? あ、おばさん、さっきのやり取りで分かっちゃたよ。最近と見たね。どうだい、結構自身があるよこの推理。当たっているかい? いやぁ、若いってのはいいねぇ。私もあと十年に足して五年と三年と二年は若ければねぇ、学園の坊や達を誘惑するんだけど……ま、二人仲良く幸せにね。あ、そうそう、はいこれ、待たせたお詫びに茶菓子あげる」


「あの、その、……あ、ありがとうございます」


 リーネが相手の口数の多さにたじたじとなりながら、とりあえず飲み物を受け取るためにそう口走るので、コウは透かさず横から口を挟む。


「十年に足して五年と三年と二年って、素直に二十年と言えばいいものを……というかリーネ、相手の言葉を思い出せ。そこで感謝の言葉は付き合っていることを肯定する風に取られるぞ」


「え…………あ、ああ!? ち、ちが!?」


「照れない照れない、まったく、本当に良い子じゃないか。コウちゃん大事にするんだよ?」


「だから、違います。……リーネ、いくぞ。ここは撤退しておいた方がいい」


「は、はい」


「はっはは、お互いに学生で子どもなんだから、節度ある付き合いを心がけるんだよー。また来てねー」


「完全に余計なお世話です」


 そんな捨て台詞を残して、コウ達はその場を後にした。

 しかし、立ち寄った売店の近くに多く店があったために、その後もリーネを連れるコウは様々な人に、冷やかしを受けることになる。

 結局、その手の声が完全になくなるまで、結構な距離を移動しなければならなかった。


「コウって、学園で働く人に知り合いが多いんですね」


 逃げる中で話し合ってある程度休憩はできたとし、そのまま次の教師の下を訪ねるために歩いている時だった。リーネが確信を持った様子で聞いて来た。

 この場に来るまでにあった店の前を通ろうとすれば、必ず店員などに声をかけられた。そして、その全員が親しげだったのである。


「あー、まぁ、全部の店ってわけじゃないけどな。昨日、一昨日と一緒に教師を探し回った方の店はそんなにじゃなかったし。今日、回っているこっち側は知り合いが多いってだけで」


「でも、昨日と一昨日に回った側にもお店で働く人の知り合いはいるんですよね?」


「いるにはいるけど……今日話しかけてきたのも含めて、顔を知ってるくらいの間柄さ」


「その割には皆さんコウを見て嬉しそうでしたけど……」


 そう言葉を受けてコウは苦笑いを浮かべる。


「嬉しそうって……あれはいじるネタが来たから面白がっていただけだろ。普段は俺が連れているのってロンくらいだから、他の人間――――しかも異性を連れてたから、余計にみんなちょっかいを出したかったんだろ」


「それは仲良しであるからこそだと思います」


 リーネが腕を組んでうんうんと頷く。何処か感心している風だ。コウは大げさな奴だと笑ってみるが、彼女は至って真面目なようである。


「考えてみたんですが、コウって普通にしていれば人気者になったんじゃないですか?」


「唐突に何を言い出すんだお前は」


 冗談を言っているのだと思って一笑してから見れば、しかし、そこには予想外にも真剣な顔があった。まるで何かを示唆しているかのようである。

 コウは一度笑みを引っ込め、一つ息をついてから否定した。


「それはないだろ。大体、何を根拠に突然そんなことを……」


「だって、お店の人って学園内で数少ない、成績という色眼鏡なしで真っ直ぐに見てくれる存在、なわけじゃないですか。そんな人達がコウをただ生徒に接する以上に親しくしてくれている。これってそういうことになりませんか?」


「なりません。たまたま馬が合うだけじゃないか。そんなの根拠としては弱い」


「そうでしょうか……でも……」


「それを言うなら、俺はお前だって人気者になる要素十分だと思うぞ?」


 コウがそう切り返せば、それこそ予想外だとリーネが目を瞬かせる。


「私は、そんな……」


「容姿良し、性格良し、おまけに成績も良し。嘘だらけの悪評さえなければ、人間が嫌になるほど群がってくる要素だらけじゃないか。……でも、もし、かも、の話なんて、しだしたら限りなしってことさ」


 可能性の話を論じ合うのは、何かの対策を立てる時だけでいいのだ。仮定の未来やありえたかもしれない現在を考えても仕方がない。

 コウは口に出さないでも内心ではそう断言する。


「するなとか、別に厳しいことは言わない。そんな場面でもないしな。けど、あんまり考え過ぎるなよ? 考えが煮詰まると余計なことを考え出すからな」


「そう、ですね……ごめんなさい」


「いや、謝るようなことでもないさ」


 リーネが浮かべた真剣な眼差し。コウはそこにあった意味を考えながら、足を動かす。

 だが、考え事は進まなかった。こちらに近づいて来る人物がいることに気づいたからである。


「やぁ、君達。二人して何処に行くんだい?」


 やってきたのは短く切りそろえられた黒い短髪、鍛え抜かれた長身の身体を持つ、端正な顔立ちの人物。学園で様々に人気を集めるその人物は教師であり、名をウィリアム・グロウルと言う。

 コウは適当に声を返した。


「奇遇ですね。ちょっと二人でぶらりと暇つぶしの旅をしているだけですよ」


「学園内で旅とは、君は相変わらず面白いことを言うね」


 などと言いつつ、ウィリアムはコウ達に足並みを揃えて来る。


「って、何で先生もついて来てるんですか?」


「たまたま行く方向が同じようだからね。よければそこまで一緒していいかな? ヴァルティウス君、いいかな?」


「……え? えっと、はい、大丈夫です」


 リーネはそう答えているが、並んで歩く三人は左からウィリアム、コウ、リーネの順で歩いている。

 自然な流れでそうなった風ではあったが、コウは気づいていた。彼女がウィリアムの隣にならないように動いたのである。以前言っていたことだが、やはりこの教師を彼女は苦手としているらしい。

 それを気づいているのかは判断できないが、コウは一先ず会話が自分とになるよう口を開く。


「何でリーネに許可を得るんですか。俺の意志は無視ですか?」


「ははっ、クラーシスは臆面もなく拒否するだろうからね。君に聞くのは結果が見えてるから」


「そこまでして一緒に行きたいんですか? どんだけ寂しがり屋なんです」


「いや~、手厳しいね」


 と言って朗らかに笑うウィリアムだが、コウは何か用があって来たのだろと察していた。

 普段の彼ならば、コウと偶然会った時などは「ははっ、いいじゃないか」という具合で強引と言っていいほどに、勝手に話しかけて来るのだ。

 一々断りを入れてきた時点で、何かあると思わせるには十分だった。


「ところで、小話として耳には挟んだんだが、君達この数日間何かしているらしいじゃないか」


(さっそく来たか)


 やはり用があり、しかもそれが今まさに行っていることに関してのようだった。

 コウは誤魔化すべきか考えたが、相手が確信を持った様子なので、仕方なく肯定しつつ話を進める。


「あれ、噂になってます?」


「教員の間で、だけどね。何でも部活を立ち上げようとして、顧問を探しているとか」


 内容まで伝わっていることに内心舌打ちしつつ、しかし教師達の間だけということなので、一先ずは胸を撫で下ろす心境である。


「……この学園は生徒だけではなく、お忙しい先生方も噂がお好きのようですね。しかもそこまで細かく伝わってるとか」


 コウが皮肉交じりにそう言えば、ウィリアムは苦笑を浮かべる。


「教師が噂好きという評価は勘弁してもらいたいな。今回は特別だよ」


「特別?」


 リーネが可愛らしく首を傾げながら呟けば、ウィリアムは笑みから苦さを抜きながら答える。


「君達だから、特別ってことさ。何せ、教師達の間で君達を知らない者はいないからね」


「あぁ、そういう……」


 得心する。というより、予想していた展開でもある。片や暴力沙汰はないが不良生徒という扱いで、片や問題はあるが優等生という扱い。そんな二人が教師達の下を巡っているのだ。

 順当な結果というべきか、やはり教師達も気にし始めたようである。


「少し言い辛いけど、教員の中には君達が悪さをするために奔走しているのでは、と勘繰る者もいる」


「……話しかけてきたのはその代表として問い質す意味もあったと?」


「そう身構えないでくれないか。あそこで会ったのは本当に偶然だし、代表になったつもりはないよ。ただ、そういった者達が行動に移す前に、話を聞いた教員が居れば擁護が楽になると思わないかい?」


「先生は、私達の活動を認めて下さるんですか?」


 リーネが少し驚いたように聞けば、ウィリアムは逆に驚いたという風に彼女を見やる。


「反対なんかしないさ。学生が部活動に打ち込む。素晴らしいことじゃないか。そういったことは学生である間にしかできないし、特権だとも言えるしね」


「リーネ、この先生はあれだ。生徒の活動にかかわるのに積極的な教師、って部類の人だ」


「あ、そうだったんですか……」


 コウ達の訪ねる顧問候補である教師の一覧にウィリアムの名はない。この精力的な教師なら真っ先に候補に挙がりそうなものだが、残念ながらロンの調べた資料によって、無理だろうということは分かり切っていたのだ。


「積極的な教師とはなんだい?」


「複数の部の顧問を兼任する教師のことです」


「あぁ、なるほどね。確かに僕は四つの部の顧問や副顧問を兼任するから、その条件に当てはまって積極的な教師というわけだ」


「どの部の顧問でしたっけ? 剣術部、戦術実戦部、戦略研究部……」


「あとは軍事研究部かな。よく知っているね。それぞれ顧問、副顧問やらせてもらっている他に、いくつか名誉顧問とか指導員なんかも頼まれている」


 さらっと付け足した後半の言葉にコウは目を丸くする。


「他にも引き受けてるんですか?」


「先に挙げた四つ以外はたまに手伝う程度だけどね。折角、僕のところに来てくれたわけだから、断るのも気が引ける。だから、自分の手が回るところまではやっているよ」


「先生のことですから、どの部も手を抜くことなく指導してるんでしょうね。それで教師の仕事もこなしてるんですから、生徒の立場ながら驚きますよ。何か早々に禿げそう」


「……最後の言葉がなければ、クラーシスの名が職員会議の場に出ることはないと思うんだよ、僕は」


「性分です。勘弁してやってください」


 再び苦笑いを作るウィリアム。軽快な会話である。


「まぁ、そんなわけで……というのも些か無責任だが、応援はしているものの正式な顧問、副顧問は引き受けることができない。すまないね」


 よくよく考えれば人気なのに恐れ多いとして、この教師に話しかける生徒は少ないという話なのに、顧問をしているといはどういうことだと疑問が浮かぶが、それ以上に彼を顧問、副顧問として迎え入れることに魅力があったということだろう。


「こればかりは仕方のないことですよ。なぁ、リーネ」


「残念ですが、そうですね」


 実の所、この人気教師であるウィリアムを少し苦手とするコウとリーネの二人なので、空々しい言葉だった。

 それを表面上は知らないようである彼は口の端を少しだけ上げる。


「そう言ってもらえると助かるよ。ところで、どんな部を立ち上げようとしているんだい?」


「あれ、そこまでは伝わっていないんですね」


「僕が聞いたのは人伝の話だから。それで? 擁護するにしても、内容を知っていた方が良いから、ここで聞いておきたいんだ」


「それもそうですね」


 コウはロンが立ち上げる部の話について、初めて語った時を思い出しながら口を開く。


「学園不思議調査部。活動内容、学園に存在するありとあらゆる不思議、謎を解明すること。今なら、美人で可憐な部長先輩に罵ってもらえます! お触りは厳禁! ただし、誠意次第で相談受付!」


「何だって?」


「あ、やっべ、後半はなしで。忘れて下さい。えっと、学園の不思議とか謎を調べる部です」


「…………ううむ、さっきのは聞き流すにしても、ちょっと擁護が難しそうな」


「まぁ、普通に考えたらそうですよね。こんな胡散臭い部。ああでも、一応昔実在した部なんですよ」


 その点はウィリアムも予想外だったのだろう。有用そうな情報がこれしかないので惜しむことなく提示すると、目を少し見張った。


「え、そうなのかい? ……なら、やりようはある、かな?」


「語尾が疑問形なのは気になりますが、いざという時は頼りにしてますよ。王国の副将軍まで上り詰めた手腕、存分に発揮して下さい」


「あれは僕一人の力というわけじゃないんだけどね……やるだけやってみるよ」


(無理、とは言わないんだな)


 その点は流石としか言いようがない。

 言うのと同時に、ウィリアムは足を止めた。気づけば一本道が二つに分かれる分岐点である。


「僕はこっちだけど、君達はどうだい?」


「あっちですね」


 ウィリアムが指差す道とは違う方を指差すと、彼は頷いて自らが指差した方へ足を向ける。


「先生は放課後のこれから一体何の用があるのか、何て質問は不要ですよね」


「うん。今日は修練場で戦術実戦部の子達と部活動をするんだ」


「多忙な先生とお話ができてぇー、とても嬉しかったですぅー」


「……クラーシス、そこは演技でも良いから感情を籠めて言った方が良いよ」


「いや、俺って演技とか苦手なんで」


 コウがそれを言うんですか、と笑みの混じるリーネの呟きが聞こえた気がしたが、気づかないふりをする。

 表向きは成績最下位だが、実は実力者のコウ・クラーシスである。


「では、クラーシス。また授業で会おう」


「はい、また……あっーと、その前に。忘れる所でした」


「うん? 何か用があったかい?」


 あごを撫でながら不思議そうにするウィリアムにコウは問う。


「先生って、どうして副将軍という地位を捨て、学園の教師なんてやってるんですか?」


「あ、その質問……」


 またリーネの小声の呟き。それは本当にただの呟きのようだったので、コウは一先ず取り合わないで目をウィリアムに向け続ける。


「どうして君はこのタイミングでそれを聞くかな……」


 ウィリアムが少し困ったように笑う。一言二言で済む話でないのは、明白な話題だから当然である。


「前々から聞こうと思っていたのに、いつも忘れていたので。思い出した時に聞いておかないと、って思っていたんですよ」


「……生徒達を待たせるわけにはいかないから、簡略な説明でいいかい?」


(適当にいなしてさっさっと行ってしまえばいいのに、律儀な人だ)


 コウはこれ以上、会話を長引かせないように、黙って首を縦に振って肯定する。


「流石に簡単にやめるような役職じゃなかったから、その理由はいくつかあるよ。ただ、一番の理由は学園長――――クライニアス様が誘って下さったからさ」


「じじいが?」


「また君はじじいだなんて……そう、私はこの学園の卒業生ではないけれど、私にとってあの方は恩師なんだ。当時は……子どもの君達に聞かせるようなことじゃない、いろいろなこともあったりしてね。お誘いを受けんだ。それで今はここで積極的な先生をやっているというわけさ」


 軍事の色が強い副将軍とはいえ、政治に携わることもあっただろう。その政戦に嫌気が差したなど、誤魔化した部分は何となくそんな話を臭わせる。


「……それがいつ頃で?」


「確か五年前、になるのかな?」


「そうですか……すみません、引き留めて。話してくれてありがとうございました」


「こんな感じで良かったのかい? しかし、クラーシスも不思議なことを聞くね。どうして急に?」


「理由はさっき言った通りですよ、聞くのを忘れないように。聞いたこと自体という意味なら、学園の大多数が疑問に思っていることですよ」


 教育機関として有名なクライニアス学園の教師というのは、肩書きとして優れたものではあるが、ガルバシア王国の副将軍という地位はその比ではないだろう。

 どうして今は教師をやっているのかだなんて、噂好きの生徒達にとって恰好の話題だ。

 しかし、ウィリアムと話をするのは恐れ多いと思う生徒が多いので、聞く度胸のある生徒がおらず、真相はあまり広まっていないのである。

 ウィリアムもそれに思い当たったのだろう。自分のことながらおかしいのか、小さく笑みを作って頷いた。


「そういうことか。確かに僕も逆の立場だったら気になるかも知れないね。部活の子達にも聞かれたことがないしね。……細かい事は教えることはできないけど、あまり秘密にしておくと、変なことを言われてしまいそうだし、これくらいは話すよ」


 もういいかな? と、生徒達を待たせている身のためか、時間を気にするウィリアムにコウは礼を言う。そして、今度こそ引き留めることなくその背を見送ったのだった。

 コウは自分達も活動を再開させるため、リーネを連れて人気教師が向かったのとは別の道に足を進める。

 それからしばらくは何となく黙って進んでいたが、不意にリーネがその沈黙を破った。


「コウ、聞きたいことがあるんですが」


「ん、なんだ?」


 二人は足を止めることなく話す。


「別れ際にウィリアム先生に聞いたことです」


「あぁ、どうして副将軍止めたかって話?」


「半分は合っていますが、正確には違います」


「と言うと?」


 コウが聞き返せば、リーネは一度黙ると小さく息を吸ってから疑問を言葉にした。


どうしてコウは毎回(、、、、、、、、、、)先生達に学園へ来るこ(、、、、、、、、、、)とになった経緯と(、、、、、、、、)いつから学園にいる(、、、、、、、、、、)のかを聞(、、、、、)くんですか(、、、、、)?」


 昨日、一昨日、そして今日。コウとリーネの二人は教師の下を訪ねて回っている。その際、コウが必ず質問していたことがある。それがリーネの指摘する内容だった。


「深い意味はない……って言われても納得できないだろうな」


「こればかりは、そうですね。けど、無理やり聞き出そうなんて思いません」


 あくまでコウの意志を尊重しようとするリーネの姿勢。それを受けて、コウは考える。自分がしていることの意味を彼女に話すべきかどうか。

 この時まで話していなかったくらいだ。当然、話さない方が良いとは考えていた。

 しかし、ここに来てその考えが揺らいだ。今だけじゃない、出会ってからずっと誠実に接して来ようとする彼女を顧みてである。


(……まぁ、いつまでも黙っておけることでもないしな)


 リーネに関係することであり、いつかは話そうと思っていたことだ。そう結論づけて、コウは心なしか重く感じる口を開いた。


「今から話すことを聞けば、もしかしたらお前は後悔することになるかも知れない。それでも聞くか?」


「……コウが許してくれるなら、私は聞きます」


 決意を秘めた眼差しを向けられるが、コウはやんわりと否定する。


「これは俺の抱えていることと言うより、お前の方の問題なんだ。だから、俺が許可するとか、そういう話じゃない。お前が聞いたことによって、心配事が増える。そんな種類の話だ」


「私の問題……心配事、ですか?」


「不安、とも言い換えられる」


 それは確認を取るまでもなく、リーネが命を狙われているという状況のこと。

 わざわざ決断を迫るくらいなのだ。内容がただならぬことであることは、賢い少女なので聞いた時点で悟っただろう。


「聞きます」


 それでも、リーネはあまり時間をかけることなく選んだ。一種の脅しを受けた上でも、彼女はそれを選んだのだ。

 コウは僅かに目を細めて問う。


「あまりしつこく確認するつもりはないが、もう一度だけ聞く。良いんだな?」


「私からしたら……」


「ん?」


「私からしたら、私の問題をコウが一人で抱えていることの方が問題ですよ。コウのことですから、ロンさんやアヤに相談なんてしていないんですよね?」


「……お前にはどうしてかお見通しだな。どっちかと言うと、あの二人には特にしばらくは秘密にするつもりだった内容だ」


 それを踏まえた上で聞くのかと目で問いかけ、コウはそこで思考が一瞬止まった。何故なら、この場面でリーネが優しげに微笑みを返したからだ。

 どうしてここでその表情を浮かべるのかと、軽く混乱すらしたコウに、彼女は気負いなく言って見せる。


「覚えていませんか? 私はコウに心を預けて欲しいとお願いした、図々しい女です。そんな私が、私のことではありますが、コウが抱えていることを聞ける機会を見す見す逃すと思いますか?」


 リーネは何処か得意げな顔をしてコウを見つめる。

 忘れるはずがなかった。校外学習で行ったフィフス森林の上空――――空と大地の境界で交わしたやり取りを忘れられるはずがなかった。


「覚えて、いるさ」


「なら、教えてください。コウが考えていること、コウがやろうとしていることを」


 はっきりとそう告げられてしまえば、もうコウに選択の余地はなかった。いや、彼女の返答は予想できたことだったのだ。

 そもそも聞くか、聞かないかの話を持ち出した時点で、コウの中で答えは出ていたのかも知れない。


「……今から話すことをロンとアヤには内緒だと約束できるか?」


「もちろんです。不安が増える話、ですもんね。……これって二人だけの約束というものになるんでしょうか?」


「そんな楽しげなものじゃないけどな。……それをこの状況で言えるお前は将来大物になると思うわ」


 何処か肩の力が抜けるやり取りをしてから、コウは周りに人気ないことを確認する。

 そして、用心のために『認識阻害』を展開したことを第三者に知られないように、魔術を特殊展開する。

 そうしてからようやく、教師達に行った質問の意味と、それに関する考えをリーネに教えるのだった。


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