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第三十話


 それからは特に事件らしい事件も起こらなかった。というよりも、完全に終わりへと話は進んで行った。

 まず、コウ達はミシェルと合流し、事の顛末を話すことになった。

 真相はリーネを狙った襲撃によることだったが、もちろんそれをそのまま話すわけにもいかず、しどろもどろになるリーネ達の代わりにコウが全てを誤魔化した。


「なんか俺達もよくわからないのですが、盗賊らしき人たちが声を荒げて話をしているのは目撃しました」


 といった感じで、自分達は盗賊団同士の抗争か何かに巻き込まれた、かわいそうな学生なのだと訴え、訝しむミシェルを何とか納得させ、学園の方にもそう伝わるようにしたのだ。

 その際に、コウ達の班の校外授業は、この場合どうなるのかという話になり、後日再挑戦か、温情処置による低い評価での合格、となりかけたが、そこでコウはロンに預けていた茶革の小袋より、課題であった標符(しるべふ)を取り出した。


 この小袋を渡したルフェンド達は、どうやら作戦の一環で、コウ達の目的だった標符を奪取していたようなのだ。

 小袋には標符とあるもの(、、、、)が入っており、それをコウは確認していたので示すことが出来たというわけだ。


 ミシェルは標符から本来発せられる魔力が、小袋に入れられることで、感じられなくなることを疑問にしたが、それもコウが誤魔化し、小袋は三大貴族を家に持つロンの所持物であるとした。

 今回の襲撃の黒幕、ルフェンドの持ち物が予想外に高性能だったので、そこは誤魔化しが効くか微妙だったが、担任教師はなんとか頷いた。


「まぁ、そういうことにしておいてやる」


 このように、最終的にミシェルは疑いを残したものの、コウ達の話を信用する体裁を取り、一先ず話を終わらせたのだった。

 彼女の全てを見透かすような言葉に、コウを除く三人が戦いていたがコウは知らぬ顔である。


 そして続いて話題になったのが、どうしてミシェルがここにいるのかということだった。

 他の教員や警備部隊と共に行動しているならともかく、単独で森林内を行動しているのは、おかしいと言わざるを得ない。

 そんなコウ達の疑問に、ミシェルは実に簡潔に短く答えた。


「私が教師だからだ」


 もちろん理解出来なかったコウ達に補足が加えられる。

 ミシェル曰く、生徒がいる森林内で不穏な気配を感じた上に、召喚符の反応を追えなくなってしまったりと、様々な面から見て安全が保障されなくなった。

 この時点で教師として生徒のことを考えたら、気づけば危険も顧みず単身で突入していたということだった。

 他の三人はどうだか知らないが、それを聞いてコウは「この人いろいろ凄いな」と思ったものである。


 余談だが、ミシェルは生徒を思っての行動であったから、処罰こそなかったものの、かなり叱られたらしいことを、後日コウはロン経由で知ることになる。


 ギュラローブスのことについても触れた。

 コウが白々しくも、どうしてこんな魔物がこんなところにいるのかと、ミシェルの前で分かりやすく不思議がったのがきっかけだった。

 だが、予想外なことに、これに関してミシェルはすでに知っていた。


「あれは何者かが高難易度の召喚術式を展開して呼び寄せたのだろう」


 そういってミシェルは、盗賊団らしき抗争はかなり激しい戦いだったのかも知れないなと、勘違いさせられたまま、一人納得していた。

 彼女が知っていたことで逆に驚かされたコウは、どうして知っているのかと、不自然じゃないように聞いた。

 担任教師は学生が知ることではないと渋ったが、悪友であるロンにも協力を仰ぎ、何とか聞き出すことに成功する。


 彼女は森林に突入してから、すぐ空中に固定された魔力の存在に気づき、それが騒動に何か関係しているのではと考えたらしい。コウ達を探す片手間にそれを調べたようだ。

 そして、攻撃魔術が主なものであるといっても、やはり魔術に関しては本職であるからだろう。彼女はその正体をすぐに突き止めた。

 それが大規模な召喚術式だと知ると、彼女は生徒の安全が確保出来ていない状態で、妙なものを召喚されては敵わないと、時間がかかるのを覚悟して解体をしたということだった。


 実はあの大規模な召喚術式、あと三体は召喚出来そうな代物だったと彼女は語り、それを聞いてコウは密かに行動していた担任教師へ、素直に感謝の念を送った。心の中でだが。


 双方がどうしていたのかについて、一部虚偽が含まれていたが、示し合せ終えた所で、ようやく救助隊を編成出来たらしい警備部隊の者達と合流する。

 こうして、コウ達は森林から脱出し、今度こそ本当に長い長い校外授業は幕切れとなったのだった。


 ちなみに、コウの手によって解体された一匹目のギュラローブスだが、あれだけ派手な倒され方をされたのだ。木々が生い茂る森林にぽっかりと空いてしまった空間にある以上、発見されないわけがなく、発見した警備部隊に驚きを与えた。

 ミシェルと合流した時のことを考えて、コウ達学生班が倒したことは明白である。

 一体どうやったのかと聞かれた際に、コウは成績優秀な二人(特にアヤ)が、普段以上の力を発揮した結果であると、虚と実の混ざる返答をして、また誤魔化した。

 不当な高評価を受けたアヤから白い目を向けられたが、実際、彼女は窮地に立たされれば化ける、と思っているコウは気にしないのである。






 そして、コウ達は現在、夕日に照らされるウィールス平原を帰り道として、馬車に揺られていた。緋色に染めれて輝く平原が続くその光景は、何処か違う世界へと誘われているかのようである。

 木製の車輪が音を立て、行きと同じように石か何かに乗り上げては、馬車は小さく弾み、コウ達を学園へと運んでいく。


「あ゛ー、やっと帰れる」


 ロンが座席に腰を埋めるように、だらけきった様子で漏らす。

 普段なら行儀が悪いとアヤが叱るところだが、流石の彼女も今日は怒る気も沸いてこないのか、静かに横目で彼を見据えている。


「まぁ、帰ったところで、あれこれ聞くために拘束されるだろうから、そのまま休むというわけには、いかないだろうけどな」


「コウ殿、それ、今だけは言わないで下さい……」


 真面目な少女であるアヤですら、疲れが溜まっているのだろう。コウの言ったことに対して、憂鬱そうに目を伏せた。その横でロンも嫌そうに項垂れている。

 この調子だと口裏を合わせることに関しては、学園にもう少し近づいてからの方がいいだろう。そう思いながらコウは苦笑を浮かべた。

 コウがある程度ミシェルに概要を伝えてあるので、そこまで苦労しなさそうなことだけが、唯一の救いとなりそうである。


「……そういえば、コウ、腕の怪我、大丈夫なの?」


「ん? あぁ、これか」


 コウは綺麗に治された右腕と、包帯が巻かれたままの左腕を見比べる。包帯が巻かれたままなので、治せないほどの怪我だと思われたのかと察して説明する。


「なんかな、治癒魔術って無理矢理身体へ回復を促すから、結構負担がかかるらしいんだよ。だから、なるべく完全に治し切らないで、自力で治すようにした方が良いらしいんだわ。この左腕もその処置済みだよ。ある程度は治癒魔術で治してる。右腕に関しては、緊急時で必要に迫られたから、完治させただけってことらしい」


「はぁーん、なるほど。だから、包帯巻いたままなのね」


「そ、左腕はちゃんと治るってさ。なぁ、リーネ」


 コウは同意を得ようと、自分の横に座るリーネを見た。


「……すぅ」


「……寝てたか」


「いや、もろに寄りかかられてるんだから、普通に気づこうよ」


 ロンの言う通り、リーネはコウの腕に縋り付くような形で寝てしまっていた。

 森林を出る直前辺りから、堪え切れなくなったとばかりに、リーネが離れなくなってしまったのだ。腕に感触があることが自然になっていたので、コウは全く気付かなかった。

 くっついてくることも、今回のいろいろを気にして、自分に対する心配が行動となって表れているだけだろうと考え、気にしていなかったのも原因だろう。


「全く、本当にコウは……何かリーネちゃん見てたら、俺も眠たくなって来ちゃったよ」


 ロンは言いながら大きく欠伸をする。すでに身体も心も寝ることを選択しているようだった。

 腕を組んで瞼を落とす彼はそのまま寝るのかと思ったが、突然勢いよく瞼を上げ顔を横に向ける。


「そうだ、俺もアヤちゃんに寄りかかってもらうというのは、いかがだろうかわぁもう寝てた」


 ロンの視線を追って見てみれば、確かにアヤは既に夢の世界に旅立っており、刀を抱える様にして眠ってしまっていた。彼女もリーネのあどけない寝顔に、催眠術をかけられてしまったのかも知れない。


「ちくしょう、どうしてコウばかり良い思いを……」


 ぶつくさと不平不満をもらしながら、ロンは壁に寄りかかって目を閉じると、時間をかけずに寝てしまった。

 こうして、コウを除いた三人にとって、馬車は少々乱暴な揺り籠へ変貌したのだった。

 穏やかな時間が流れる。口裏を合わせる為に、学園に着くより少し早く起こさねばならないが、それまでは寝かせてやろうと、コウは静かに決める。


 コウは対面側に座るロン、アヤと順に顔を見回し、そして最後にリーネを見た。

 自分の腕を抱いたまま離そうとしないで眠る横顔は、確かに見る者に眠気を誘う力が備わっているような気がした。


 何となく、頭を撫でる。

 リーネは完治した右腕を抱いているので、必然的にあまり動かさないようにと厳命された左腕を動かすが、何となくの衝動には抗えられなかった。

 コウは彼女の頭を撫でることが、癖になっていることを自覚する。


 撫でると穏やかだった寝顔が、更に安らいだ気がした。

 撫でるのを継続させたまま、そんな寝顔を見て思う。よほど疲れていたのだなと。


 リーネはギュラローブスという難敵の前へ出ることはなかったが、その実、今回の校外授業にて四人の中で魔力を一番費やしていた。

 彼女は襲撃者がやって来る前にあった、ドリークなどの魔物との戦いで展開した初級攻撃魔術を始め、治癒魔術や支援魔術を展開している。

 特に治癒と支援の魔術はその性質上、魔力を放出し続けなければならないので、実の所かなり魔力を消費するのだ。


 恐らく、ギュラローブス相手にあれだけ魔術を放っていたコウよりも、魔力を消費しているだろう。彼女が寝てしまっているのは、精神的な疲れ以外にも、そういった理由が含まれるのは明らかだった。

 そう考えると撫でる手にも更に感情がこもり、労いの気持ちが伝わるように丁寧を心がける。


「……ん」


 なんとなく寝顔が笑顔に近づいた気がするのは、コウの自惚れだろうか。リーネの頭を撫でながらそんなことを考えつつ、馬車の小窓から外を見る。

 外はすっかりと茜色が降り注ぎ、太陽が遠方で沈もうとしているのがよく見えた。上を見れば、空もまた赤く染まって大地を見下ろしている。


 激しい校外授業も終わり、緩やかな時間の中でリーネの頭を撫でながら、空を見ていると思い出すものがあった。

 それは今日のリーネの行動を促す要因になっただろうし、これからの彼女が何かを判断するときに、コウと同じように思い出す一幕だろう。


 コウは学園へ向かう馬車の中、ゆるりと思い返す。

 空の下、森林の上という、青と緑の世界の狭間で交わされた、あのやり取りを。

 それはさほど長い時間の中で行われたわけではない。それなのに思い返してみると、コウにはまるで数時間は費やして実現した出来事だったように思えた。


 時間はそれなりにあるのだ。焦ることなく、コウは記憶を探ることにする。

 思い出し終えた時、その時は三人を起こして話し合おうと決めながら。






 コウは空から落ちながら降り、けたたましい風の音が荒ぶ中、はっきりと口にした。


「俺は、お前に心を預けることは…………出来ない」


 そう伝えた途端、リーネの表情は瞬く間に変化し、落胆を通り越して絶望へと至った。

 彼女のそんな顔を見て、コウは僅かに心が疼くのを感じたが、それが本音であるのだから撤回することも出来ない。

 これ以上、言葉を重ねることに意味があるのかも分からないまま、それでもコウは思いをこぼしていった。


「分からないんだ」


「……分からない?」


「ああ、人に心を預けると言うことが、俺には分からない。いや、意味は分かるんだ。確かに俺はロンのことを信頼しているが、心は預けられていない気がする。お前が言わんとすることは、ようするに人を信頼していても、悲しいだとか、辛いだとかの負の感情を相手に言うことが出来ないこと。それを心が預けられていないというのだろう?」


 コウは言われたことを自分が捉えたままに伝える。

 リーネは少し考える素振りを見せてから頷き返した。


「そう、ですね。私もしっかりとした言葉にすることは出来ないのですが、そんな感じになると思います」


 人によっては疑問を覚える話だろう。

 負の部分を吐露出来ないのであれば、それは信頼しているとは言えないのではないか。そう思うかも知れない。

 ようするに、ニュアンスの違いなのだろう。だが、その差異はコウ達にとって大きなものに感じられた。


 信頼という言葉は簡単で難しい。その定義が個人で変わってしまう曖昧なものだからだ。

 その点、コウ達は何となくではあるが、それらの考え方がお互い近いものだと感じていた。だからこそ、ここで理解し合えたのだ。


 コウとリーネにとって信頼とは定義付けるものなのだ。ただの友人以上として、ここまで条件を緩和出来る、ここまでやってもいいと、判定を引き上げることが出来るという具合だ。


 それに対して、心を預けると言うのは丸投げだった。どこまで許せるだとか、どこまでやれるだとか考えることなく、言葉そのままに心を投げ渡すかのような状態。無防備に全てを委ねることだった。


 そんな相手を誰しもが見つけられるわけでもないだろう。例え、信頼する家族や親友、恋人であっても、心の内を無防備に晒すと言うことは、誰しも躊躇を覚えることであるはずだ。

 心を預けることが出来なくとも、信頼出来る相手が見つけられただけで、人生の宝というべきことなのだ。

 故に、ここで言う心を預けられる存在というのは、ある意味、特別な関係以上に特別な存在と言えるのかも知れない。


 リーネはコウにとってのそんな相手になりたいと言って来ていた。

 それは、コウにはそんな存在が必要だと思っているからなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。だが、彼女の気概から本気であることは窺えた。

 だからこそ、コウは思うこと全てを伝えてようと、ありのままを言葉という形にしていく。


「俺、自分のことは想像も出来ないんだ。心を預けられる相手を見つけて、安らぐ自分の姿というものが。俺は人が当たり前に分かることが分からないんだと思う。だから、お前は……リーネはいつか心を預けて欲しいと言ってくれたが、そのやり方、その感覚を想像も出来ない俺では、いつまでもその気持ちに正しく応えることが出来ないと思う」


「……だから、私に心を預けることが出来ないと?」


「ああ」


 リーネの問いに頷き返すと、彼女は俯くようにゆっくりと視線を逸らして黙った。


 心を預ける相手など自分には必要ないと、言ってしまうのは簡単だろう。実際にコウは彼女に言われた――――願われた時、簡単を選ぼうと思ったのだ。

 どうせ断るのであれば、そうやって彼女の言葉を否定し、拒否してしまえば話はそれで終わる。しかし、そう出来なかったのは、コウのことを見抜いてしまう彼女だからだろうか。

 頭では必要ないと考えながらも、彼女が口にした願いに、心が動いてしまったのだろうか。


 もう地面との距離は僅か。実際の時間より随分と長く感じた、限定的な空への侵入は、終わりを告げようとしている。

 自分が語るべきことは語ったコウは、これ以上伝えられることはないと考え、着地を考えて行動を始めることにした。

 自分達が落ちていく方向にある術式陣をいくつも展開する。その中を音もなく通過していき、減速していくのだ。まるで、定められた軌道を辿る様にして、着地のための前準備を進めていく。

 流石にかなりの高さまで昇ったので、ある程度そうしたことが必要となっていた。

 

 すると、徐にリーネが首に腕を回し、コウの肩にあごを乗せ、頬と頬を合わせて抱きついてきた。


「リーネ?」


 コウは甘い香りのする不思議な彼女の髪の中へ、再び顔の半分を埋めることになり、どうしたのかとやや困惑気味に声をかける。しかし、リーネはすぐには何も言わず、間を置いてからようやく声を発した。


「え、えへへ、良かった、です」


 耳元で囁かれる安堵したような声は震えていた。

 リーネは一体どうしたのかと理解出来ず、コウは抱きしめ返すことも出来ない。

 彼女は言葉を続ける。


「そういうこと、でしたら、私を嫌ってのことでは、ないんですよね? ……だったら、コウが私に心を預けていいと思える日が来るまで、待っていても、良いですよね?」


 息を呑む。呼吸が、音が、時間が止まったような気がした。

 コウは言われたことが上手く頭に入らなかった。リーネは何を言っているのだと本気で思ったくらいだった。

 なんとか言われたことを頭に保持し、強引に整理して、ようやくコウは言葉を返す。


「リーネ、俺にそんな日が来るとは思えないんだ。だから、待ったところで無駄だ」


「でも、待ちます。コウが嫌だと言わない限り、それまで私は一緒にいます」


 リーネは頑なだった。一体何が彼女にそうさせるのか。それが分からない自分の言葉が、どれだけ彼女にとって意味のあるものになるのだろうか。

 そう思いながらも、コウは一度息を吸って言葉を見繕う。下手をすれば、彼女の人生に関わることかもしれないのだ。コウは真剣に考えた。


「リーネ……それは不毛と言うものなんだ。それにお前は良い奴だ。性格だって良いし、人のことをちゃんと考えられる奴だ。加えるなら、容姿も客観的に見て優れていると思う。今は学園じゃ理不尽な扱いを受けているだろうけど、本当ならお前はもっと大切にされる存在だよ。そんなやつが俺みたいなのを構っているのは勿体ないって。別に異性に限らず、これから先、生きていればお前が気に掛けるに相応しいやつが現れるだろうよ」


 そう言うと、首に回すリーネの腕に力が入るのが分かった。

 何か不味いことを言ったのかと思った瞬間には、彼女は行動を起こしていた。


「そんなの、話の論点がずれています……ッ! 私は!」


 リーネはコウの肩を掴み、腕をぐっと伸ばすと、顔を覗き込むように真っ直ぐ見つめてきた。

 そして、言う。


「私は誰かに心を預けられる人になりたいんじゃない、コウの心を預けられる人になりたいんですっ!」


 躊躇った気配もなく、凛とした態度で言われ、コウは呆気に取られながらリーネと目を合わせる。自分の金目を見返す、彼女の茶色の目は、何よりも力強くて美しい輝きを放っているような気がした。


「お前は、どうして、俺なんかにそんなことを言うんだ」


 疑問は訊ねているというよりは呟きに近かった。

 コウは圧倒されている自分に気づく。そして、拒絶しようとしない自分がいることにも気づく。

 自分の中で渦巻くものを形容する言葉を探すが、脳内にそれらしきものや、類似するものすら出て来ず、そんな中途半端な心構えのまま、リーネは言葉を口にしていく。


「コウは、なんか、ではありません。あなたは分かっていないんです。あなたという存在が、私にどれだけの影響を与えているかということを。そして、私がどれだけ救われているのかを、もっと自覚してください!」


「そんなのまだ、たかだか一ヶ月くらいじゃないか。そんな短い期間で……」


「たかだか一ヶ月くらい。コウにとってはそうでしょう。でも、私にとってはもう一か月なんです!」


 腕の中に収まる少女から鋭く放たれた声に言葉を失う。コウが何か言おうとする前に、彼女は続ける。


「コウの言う通り、たかが一ヶ月ほどですが、それでも私の中には感謝の気持ちが溢れています。分かりますか? 憂鬱で仕方がなかった日々に、暖かい光が差し込んだような気持ちが。色を失った灰色の世界が彩うことに対する驚きを」


 目と目を合わせ、逸らさないままリーネは言う。


「私は、私を助けてくれたあなたを助けたい。それが、恩返しであると思っていますし、私がやりたいことなんです。だから、コウが心を預けられる人――――私じゃない誰かでもいいです、そんな人に出会えるまで、私に頑張らせてはくれないでしょうか?」


 真剣に、真摯に、リーネは気持ちをぶつけてくる。そんな彼女に面食らいながら、コウは呟く。


「俺を、助ける?」


 思ってもみない言葉だった。

 コウは誰かに助けを求めていたつもりもなければ、それを彼女に求めたつもりもないのだ。

 どうしてそんなことを言うのかと疑問に思うコウに対して、リーネは悲しげに目を向けてくる。


「コウは強いです。たぶん、普通の枠には収まりそうにもないくらいに。でも、あなたは時々辛そうな顔をしています。その理由は分かりませんし、癒し方だって分かりません。でも、辛そうにしていることは間違いないんです。だから、私は助けたいと思うんです……」


「俺にはあまり自覚がないんだけどな」


 コウは自嘲気味に返しながらも、やはり強く否定出来ない自分がいるのだと確認する。


「コウが私に一緒にいて欲しくないと思う時まで、私、一緒にいます。いらなくなったら言って下さい。だから、それまで、どうか、どうか傍にいさせて、もらえないで、しょうか……」


 最後の方は消え入るようにして、リーネは訴えを締めくくった。

 コウは迫る地面を意識しながら、目を閉じて考える。

 あれこれを考えようとした。しかし、意外にも答えらしきものは短い時間で心に浮かんできた。

 このことに対して相反する意見をぶつけ合う時間はないし、その必要もないように思えたのだ。


「リーネ」


「……はい」


 緊張した面持ちで最後の返事を待つリーネに、コウはゆっくりと語りかける。


「……やっぱり、俺はお前の気持ちに応えられないと思う。誰かに心を預ける自分というのが、どうしても思い浮かべることが出来ないんだ」


「ッ!」


 リーネが諦めや悲しみで顔を歪める。その様子を見て、コウは慌てて続く言葉を口にする。


「でもな、お前がそこまで言ってくれるなら、俺も頑張ってみようと思うんだ」


「がん、ばる?」


「そう、頑張る。お前が言ってくれたことに俺、抵抗はあるけど、拒否感はないんだよ。多分、それに対していろんな感情があるから、意見がまとまらないんだと思う。だから…………ずるい答えになるかも知れないが、お前が俺を見限るまで、もしくはお前が俺よりも優先したい相手が現れる時まで――――それまで一緒にいてくれるか? 俺が、答えを見つけられるように。……お前がいると見えてくる気がするんだ」


「……………………はい!」


 惚けた様子を見せていたリーネだったが、最後まで聞き終えると言う。

 何よりも嬉しそうに、心底嬉しそうに彼女は口にするのだ。


「約束します。私は、コウが嫌だと言わない限り、あなたが心を預けたいと思う人が現れるまで、一緒にいることを、約束します!」


「じゃあ、俺はリーネが嫌だと言うか、もっと優先したい相手が現れるまで、一緒にいることを約束するぜ」


 お返しにとばかりに、コウも言葉をまねて宣言すると、リーネは目を見開き、そうしてからゆっくりと表情を動かす。満面の笑みが、そこにはあった。

 それを見て、コウは思う。自分の答えは決して正しいものではなかったが、間違ったものでもなかったようだ、と。

 言葉にはせずに、そう思ったのだった。


 これにて校外授業:フィフス森林編は終了になります。

 荒い部分があるので、次話あたりで後日談として補完出来ればと考えております。無念です。


 


 お読みいただきありがとうございました。


 ※告知

 自分なりに考え、どうしてもしっくり来ないので、目次に関してなのですが、話を章ごとに分ける作業を後日行う予定でいます。

 内容に変更などはないので、何卒ご理解いただければ幸いです。


 2012/10/10 16:32

 一部文章と誤字脱字を訂正致しました。

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