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第二話


 少女は一人考える。何故こうなってしまったのだろうかと。

 思えば最初からおかしな話だった。少女は事情があって実家から距離を置いている。

 そのはずなのに適当に考えられたことが、簡単に分かるような理由で呼び出しを受けた。考えるまでもなく、おかしな話である。 しかし、少女の立場でその誘いを断る訳にはいかなかった。少女に対して親切にしてくれている人達に、その呼び出しを断ることで迷惑がかかる可能性があったからだ。

 結果、少女は嫌な予感を胸に抱きながらも出向くことにした。


 出向いた先にて、おそらくこの世で一番嫌いな相手に表向きのためとはいえ笑顔を向ける。礼儀を持って挨拶をする。和やかに談笑するふりをする。

 その一つ一つに疲労感を覚えながらも、なんとかやり過ごして無事に終わった。そう安堵していた帰り道のことだった。予感は現実のものとなってしまった。


 少女の乗る護衛に守られた馬車が、ウィールス平原を走っている途中で急に止まったのだ。

 そのことに少女が疑問に思い外を見ると、馬車が魔物に囲まれていた。穏やかな性格故に怯えやすい馬が、足を止めてしまったのだ。

 慌てて少女は周りを確認したが、そこにいるはずの護衛の姿はない。それを確認した少女は思考を凍り付かせてしまった。

 そんな少女を動かしたのは馬の鳴き声だった。魔物に襲われたのだ。

 ハッとした少女が慌てて確認すると、既に馬は体躯を横たえて魔物達に蹂躙されながらも、身動き一つ起こさないでいた。


 この時点で少女の中で「何故、護衛がいないのか」、「何故、平原には存在しないはずの魔物がいるのか」といった様々な疑問が思い浮かんだが、すぐに意識は危機から逃れることへ向いた。

 自分の行動の遅さのせいで犠牲になってしまった馬に、心の中で精一杯の謝罪をすると、いつも持ち歩いている愛用の杖を手に取り、呪文を唱えて包囲の一部を破りなんとか逃げ出すことが出来た。


 少女は自分の状況を確認し、再び今を見る。

 杖の先に初級魔術で火を灯して、牽制として使うのは効果があった。けれども、次第に攻撃の用途ではないと理解し始めたのか、魔物たちは先ほどから火を避ける動作より、迫る事に動きを優先し始めているようだ。詠唱を必要とする攻撃魔術を唱えるには時間が明らかに足りない。

 自分は攻撃魔術が不得意であると少女は自認している。故に、攻めに転ずるのは逃げる事より危険だと判断した。しかし、少女は考える。いつまで逃げていられるのだろうかと。

 少女の知識の中で一番近くにある人がいる場所は、ここから一時間はかかる。すでに少女の体力も魔力も限界が見えてきていた。一時間どころか、あと十分保つか怪しい。


 焦りや恐怖が行動を制限しようと体を覆い始め、少女の脳裏に明確な「死」のイメージが浮かび上がろうとした。

 そんな時だった。静かな声が頭の中で響いたのは。


『そこの爬虫類に追われている奴、聞こえるか?』


 その静かな問いを聞いた瞬間、不思議なことに恐怖に捕らわれかけていた少女は、一気に冷静さを取り戻した。


『……なんだ、魔術師じゃなかったか』


 頭の中に直接語りかけてくる声は確認するように呟く。言葉は残念そうであるが、声は平坦で本当に残念がっているようには聞こえない。

 そこでようやく、少女は先ほどの言葉が自分に向けられたものであると気づいた。魔物との距離を確認しながら、慌てて行動を起こした。

 届けられる『念話』から『感知』で情報をつかみ取り、『探知』を展開して声の主を探し出す。相手が遠くにいるようなので、『遠視』と『念話』を同時に展開して言葉を返した。


『近くに誰かいらっしゃるのですか?』


 それが少女と少年の出会いであった。






 茶色のローブの人物が魔術師であるという予想を前提に、コウは試しに『念話』の魔術で声を飛ばした。どうやらその予想は正しかったらしく、相手から『念話』による返答があった。

 接触に成功したので、何も言わずにコウは展開する魔術を弄り、ロンにも聞き取れるようにする。ロンは少し驚いたようだが、話の邪魔にならないように、何も言わずに黙って聞いていることにしたようだ。

 とりあえず接触出来たことに、コウはひとまず安堵した。しかし、意志の疎通が出来ただけで、問題は解決していないと気を引き締める。

 そう考えながら声を聞いた限りだと、フードの人物が女であり、しかも同年代くらいの少女だと知ってコウは少し驚いていた。

 その上、続けて出てきた言葉にコウは更に驚かされる。


『私は今、魔物の群れに追われています。危険ですので逃げて下さい!』


 なんと少女は自分が危機的状況であるのにも関わらず、他人を巻き込むまいとして、助けを呼ぼうともしなかったのだ。


『……普通、ここは助けを求めるところじゃないのか?』


 言われた本人であるコウは、懸命に巻き込むまいとする少女の行動を、美しいものだとする考え方は持てず、むしろ呆れながら問いかけた。

 少女はそれに気づいているのかは分からないが、コウの問いに次のように返す。


『……では、近くの村にいる騎士か、それに準じる役職の方々に、私のことを伝えて下さいませんか?』


 少女はそう言うが、ここから一番近くにある村でも一時間はかかる。往復で二時間だ。とてもじゃないが、必死に逃げている様子の少女がそれまで保つとは思えなかった。

 コウは疑問を言葉にする。


『……なんで俺に助けを求める、という選択がないんだ?』


 この局面で助けを呼びに行かせるという選択肢は、力のなさそうな女子供(コウ達も厳密に言えば子供の部類かも知れないが)に行わせるものだろう。

 そのことをコウは純粋に疑問に思ったのだ。対する返答は色々な意味でコウにとって予想外なものだった。


『いえ、お気持ちは大変嬉しく思いますが……あなた方は実戦経験がないはずです。無理をさせて取り返しのつかないことになってはいけませんし……』


 言葉はコウ達の身を案じるもの。しかし、少女の言い様は何処か淡々としており、そこに諦めと拒絶が感じられた。

 その言葉を聞いて今まで黙っていたロンが聞いてくる。


「なんであの子は俺たちに実戦経験がないって決めつけてるのかな?」


 ちなみにロンの声は少女へ伝わっていない。なので少女は無反応だ。

 彼の疑問は当然のものであるが、コウは少女の言葉で大方の予想がついていた。特に少女に言葉の意味を問いただしたりはしない。


「なぁなぁ、なんでかなー?」


 そんなコウの態度に理解していると察したのか、ロンが袖を引っ張りながらしつこく聞いてくる。この緊急時に鬱陶しいと思いながらも、コウは一つ溜め息を吐いてから仕方なく説明する。


「あの女が言った言葉をよく考えてみろ」


 これで分かるだろう、とコウはロンの顔を見る。残念ながらそこに理解の色はなかった。むしろ、先ほどより理解不能になってしまったのか、歪める眉の角度が跳ね上がっている。

 コウはそれを見て心から面倒に思いつつ、『念話』を続けながら逃げる少女を一度確認し、それから説明を重ねた。


「……いいか? さっき念話を展開する際に、こちらの位置が分かりやすいようにしたんだ」


 『念話』は初級魔術である。魔術師を名乗る者ならば誰でも扱えるものだ。しかし、その難易度は魔術展開の仕方によって大きく変わってくる。

 例えば、「相手に術者の位置を分からないようにする」、「声を届ける相手と術者以外の者に念話が聞こえないようにする」、といったものは普通に展開するよりも、ぐっと難易度は上がる。場合によっては初級とは呼べない難易度に変わるのだ。

 『感知』や『探知』などの魔術が絡んでくると、更にややこしくなるのだが、それは今のところは関係はないので置いておく。


 今回コウは普通に魔術を展開するどころか、逆に、展開するために必要な量より多く魔力を込め、『感知』で魔力の流れを見つけやすくした。そして少女は見つけた魔力の流れから、コウ達を探し当てたという具合である。


「あの女は『あなた達』と言っただろう? 話している最中こっちは『俺』と一人称だったのにだ。そこから考えられるのは、『遠視』でこちらの姿を最低でも一度見ていることだ」


 コウと少女の短いやり取りの間、ロンは一言も喋っていない。それなのに少女が相手は一人じゃないと判断したのは、こちらの姿を見たからだろうとコウは結論づけたのだ。

 そう説明してやると短い会話のやり取りで、そこまで考えたコウをロンが感心した様子で見てくる。

 ここまでの説明をロンが理解していると判断し、コウは説明を続けようとする。しかし、それは予想外の形で遮られることになる。


「それで、お前の疑問に対する答えだけ……あ?」


 コウは怪訝そうな声を上げ、言葉を句切るとロンから望遠鏡をひったくり、少女がいる方角を見た。そこにはドリークたちに囲まれつつある少女の姿があった。


『お前、静かになったと思ったら、何が誰かを呼んでこいだよ! 全然保ってないじゃないか!?』


 囲まれた原因は少女が足を縺れさせて転んでしまい、足を捻ってしまったからであるようだ。足を引き摺っている様子からそれが推測出来た。

 長い時間に亘って魔力を削りながら少女は逃げていた。当然、疲労は蓄積されている。

 そんな状態で、切れ切れの集中力をなんとか繋ぎ止めていた所に、いきなり『念話』によって話しかけられたのだ。

 その上、魔力の残量を気にしながら数種の魔術も展開している。集中力が途絶えるには十分な理由である。

 つまり、話しかけておいて、放置していたコウにも非があったりする。しかし、本人は気づかないし、今はそれを追求する時間すら惜しまれた。


『はぁ、はぁ……どうやら、限界のよう、です』


 少女は懸命に杖を振り回し、なんとかその場でドリークたちを牽制している。けれども、動かない標的を確実に追い詰めるための包囲網は着実に完成しようとしていた。

 諦めつつあるのだろう。少女の声は完全に弱り切っていた。


『……せめて、アヤには、今までの感謝、の言葉を伝えたかった』


 身近な人物と思われる名前を口にしながら少女は弱音を吐く。


『おいコラ、なに勝手に諦めてんだ!』


 コウが思わず叫んでも少女は独白を続け、悲しそうに言葉を紡いでいく。


『あなた方も助けを呼びに行ってくれませんでしたし……』


「ちゃっかり俺らの責任みたいに!?」


 少女の言葉に隣のロンがいろんな意味で驚愕している。対してコウは案外余裕があるのではと考えた。しかし、どう考えても少女に現状を打破する力があるようには見えない。


『名前も知らない方々、さようなら。せめて私の遺体を回収してくれたら嬉しいです』


 残っていればの話ですがという皮肉めいた言葉を最後に、少女からの念話が途絶えた。


「枯渇状態か」


 コウが遠くにいる少女を見たまま静かに呟く。それを聞いてロンが息を飲んだ。


 魔力は生命力だ。その全てを使い切れば当然待つのは死である。

 故に、防衛反応なのだろう、魔力の残量が生命維持に必要最低限の量に達すると、それ以上は魔力を操ることが出来なくなる。意図して使わないようにするのではなく、出来なくなるのだ。

 その者が保有する一定量の魔力を対外に放出すると、どんなに優秀な魔術師でも魔力を引き出せなくなってしまう。この状態は魔力を扱う者達の間で「枯渇状態」と呼ばれていた。


 枯渇状態になると強い倦怠感を覚え、身体に力が入りにくくなる。人によって、酷い時はそのまま気絶してしまうことすらあった。

 防衛反応と称したように、枯渇状態は生物の本能が、死を回避しようと引き起こすのだとされている。言わば、魔力を扱える生物に備え付けられた一種の安全装置だ。

 極希な事例となるが、過去に枯渇状態にならず、全ての魔力を引き出した例もあるにはある。しかし、その全ては死という終わりを迎えていた。

 やはり、魔力を使い切るということは、生命力を使い切ると同意義なのだ。


 話を戻すが枯渇状態に陥った少女は死んでしまったわけではない。だが、それはドリークたちへの抵抗手段がなくなったことを意味していた。

 少女の状態を聞いて息を飲んだロン。しかし、浮かべる表情はそれほど緊張していなかった。


「じゃ、コウさん、いってらっしゃい」


 ロンは少女の状況を知りながらも、特に慌てることなく自然な調子でコウを送り出す。それに対するコウも何処か軽い調子で言葉を返した。


「なんでさん(、、)づけなんだよ、気持ち悪い。というか、あの女曰く、俺は戦闘経験なしの役立たずらしいが?」


「傷つけられる自尊心なんてないくせに。そうだろう?」


「違いない」


 ロンの冗談めいた物言いに、軽口をたたきながらコウは首を鳴らす。


「早く行ってきなさいな。じゃなきゃ、秘密をばらしちゃうぞ?」


 ロンが冗談を言う風にそう言った。それを聞いてコウは少し考える素振りを見せ、面倒そうに顔を顰めてからロンを見た。


「その俺の秘密だが」


 そう言ってからコウは一間置く。その様子を見てロンが不思議そうにする。視線を気にしたわけではないが、ロンの反応を見てからコウは続く言葉を口にした。


「実は助けたら確実にばれる」


「え、なんでだ? さっきの冗談だから俺、喋らないよ?」


 ロンが慌てて訂正しようとするが、コウにしてみれば問題なのはロンではなく少女の方であった。


「お前がさっき聞いて来た事だけどさ」


「え……ああ、なんであの子が俺達は戦えないって決めつけてるかってこと?」


「それそれ、その答えだが多分、あの女は学園の生徒である可能性が高い」


 それを聞いて驚いたようで、慌ててロンが何か言おうとしたが、コウは手を突き出して遮る。


「お前が言わんとしていることは分かっているさ。俺だって助けを求め……られてはいないが、助かる命があるなら、それを見捨てたりはしない」


 話しながらコウは『遠視』を展開した。コウの前に円形の淡い光で構築される薄い膜のようなものが広がり、直径が肩幅辺りまで広がると徐々にある光景が見えてきた。それは少女を囲むドリークたちというものだった。

 その光景は近くから見ているかのようで、空間をごっそり切り取って、目の前に移動させたかのようである。

 使用方法にいろいろと条件があるが、あくまで拡大して見せるだけの望遠鏡とは違う便利さが『遠視』にはあった。


 コウは遠視で見えるものをロンにも見せる。そこには完成した包囲網を縮め、今まさに二匹のドリークが少女に襲いかかろうとしているところだった。

 これから起こるであろう惨事の瞬間を、目を逸らすことなくコウは見つめる。ロンは思わずといった感じで顔を背けているが、この後少女がどうなるかは知っているはずなので再び覗き見ている。


 覗き見た先に見えたものは血まみれの少女――ではない。

 代わりに見えたのは少女の周りを囲むように出現した、澄んだ青い光の薄く透けるような壁に、ドリークたちの攻撃の全てが完全に防がれているというものだった。

 目の前に獲物がいるのにもかかわらず、手を出せないことに怒りを抱いているのだろう。ドリークたちは何度も自慢の牙や爪を使って青い光の壁に攻撃している。しかし、その全ては難なく弾き返されていた。

 見開いた目を真ん丸にして、少女は驚きの表情のまま固まってしまっている。それを見たロンが思わずといった様子で笑っている。


「じゃあ、行ってくる」


 そんなロンを余所に『遠視』を閉じると、コウは返事を待たずに馬車から飛び出した。

 なんの躊躇もなくコウは跳んだが、全力で疾走させていないとはいえ、それなりの速度で馬車は走っている。そのまま飛び降りれば、当然ながら慣性が働くはずだが、コウは僅かに馬車から引き離されただけで、直ぐに並走し、そして追い越していった。

 その速さは人が独力で出せるものを明らかに凌駕している。あり得ない速度で遠のく背を見つめながら、ぽつりとロンが呟いた。


「本当にあいつは凄いねぇ……なのに、なんで学園じゃ……」


 ロンの呟きの続きを聞く者は、この場に誰もいないのであった。



2011/12/30 6:48

 文章の一部と誤字脱字を訂正致しました。

2012/06/25 1:58

 文章の一部と誤字脱字を訂正致しました。

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