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第二十二話

「……ん、二時方向から魔物と思われる存在を確認」


 コウは後ろにそう伝えてから、手に持つ相変わらず安っぽい粗製の剣の柄を握り直す。言った瞬間、後ろの三人が各自武器を構えた。

 時折小枝を鳴らしつつ野草を足で掻き分け進み、ある程度奥に来た辺りから、全員が武器を常に持った状態だ。

 フィフス森林に足を踏み入れてから、これで三回目の接敵となるので、一人を除き、このやり取りは手馴れたものである。


「接敵秒読み……三、二、一、来るぞ!」


 数え始めた時点で、草を掻き分ける音が、既に全員の耳に届いていた。

 言い終えるのと同じタイミングで、叢から薄緑色の物体が飛び出してきた。


「グギャァアアア!」


 甲高い雄叫びを上げながら、ドリークが先頭立つコウの首に、その鋭い牙を突き立てんと襲い掛かってきた。

 対するコウは土を後方に飛ばしながら、助走もなしに大きく跳ぶ。ドリークは反射的に頭上を越えようとする獲物を追って、口を大きく開きながら身体を弓なりに反らす。

 生え揃った全ての牙の先を向け、精一杯身体を曲げているが、しかし、コウはドリークがどんなに努力しても、ぎりぎりの届かない高さで跳躍していた。


 コウは難なく着地する。その場所はドリークの真後ろであった。それを知ったドリークが慌てて粗い動作で、後ろへと向きを変える。

 身体を丸めるようにして背後を振り返ったその頭が、完全に後ろへ振り向く瞬間、コウはその眼前に剣を突き立てた。


「ギャギィ!?」


 ドリークは剣の腹に思いっきり頭をぶつけ、予想外の衝撃によって錯乱してしまったのか、その場で意味もなくじたばたと激しく回り始めた。

 そんな相手にコウは冷徹な眼を向けながら短い一言。


「やれ」

 

 次の瞬間、ドリークにバシュッという軽い音と共に強い衝撃が走る。


「ギッ!?」


 石に石を思いっきり叩きつけたかのような、そんな音がしたかと思えば、ドリークの半身が横方向へ軽く飛び上がる。確認すると尻尾の一番太い部分である付け根に、鉄の棒が突き刺さっていた。

 ちらりと見れば、その結果をロンが微妙そうに顔を顰めている。相手が激しく動いていたので、当たりはしたが狙い通りではなかったらしい。


 激痛を感じているのか、ドリークの動きがじわじわと遅くなっていく。

 それを見逃さず、畳み掛ける者がいた。


「――大地の獣よ 猛々しく出でよ 我に仇なす者にその牙を剥け!」


 鈴の音のように涼やかな声。しかし、聞いていて耳心地の良い声とは裏腹に、言葉に含まれる響きには、強固な意思が存在した。

 リーネの構える杖の先に、光の円が形成され、円の中には輝く文字や線が走っていく。魔力とマナが合わさり生じる魔光が、魔術の形成を視覚情報として周囲に知らせているのだ。

 傷を負いながらも致命傷とは言えず、今にも痛みを怒りへ転じさせんとしているドリークへ、それは放たれた。


「――石獣(せきじゅう)の牙!」


 呪文詠唱を終えたリーネの力強い声。

 それが発せらる寸前に、コウは突き立てた剣を素早く引き抜くと、後ろに大きく跳んで距離を置く。

 次の瞬間、ドリークの真下の地面が膨れ上がり爆ぜ、弾け飛んだ無数の小さなひし形の石がその胴体を貫いた。


「ギァガギッ!? ……イイィ」


 これが魔術である。

 それを扱う術を持たぬ者には到底再現出来ない、世の理を利用し、世の理に反する現象を引き起こす力。

 リーネが放ったのは攻撃魔術の中でも初歩の地属性のものだ。

 それでも傷を負っていたとはいえ、一撃でドリークを絶命させる威力があった。


「……終了」


 周囲への警戒を継続したまま、コウは三人にそう伝えた。

 それを聞いて誰かが息を吐いたのを合図に、一斉に肩の力を抜く。

 リーネとロンが脱力している姿を確認してから、コウは気になる、というか、いい加減触れるべき、懸案事項へと目を向けた。


「アヤ、大丈夫か?」


 名を呼ぶとアヤは刀を構えた状態のまま、大げさなくらいにびくりと肩を震わせた。

 その反応からこちらが言いたいことは理解しているだろうと、コウはそれ以上何も言わず静かに見つめる。

 彼女の隣ではリーネ達が視線に気遣いを乗せていた。


「すみ、ません」


 しょぼくれた様子を見せてから、ようやく彼女は刀を下げた。

 その様子を見ながら、コウはどうしたものかと首を捻るのだった。






 目標の品である標符(しるべふ)まで向かう途中、コウ達は何度かドリークと遭遇していた。

 ドリークは実力的には、ある程度修練を積んだ者なら、単独で倒せてしまう魔物である。

 今回の校外学習は実力にあった度胸を身につけるためのものなので、倒せるだけの実力はありながらも、竦みあがって苦戦する生徒もいることだろう。しかし、その点で言えばコウ達はなんら問題なかった。


 もはや何か言うまでもなく、コウはドリーク相手であるなら、油断していても問題にすらならない。

 それこそ他の三人に、僅かでも戦いの経験を積ませるため、先ほどの戦闘のように、囮役に徹したりするくらいである。


 リーネは命を狙われるという立場から、それなりに場慣れしているし、生命を散らすという行為に心は晴れないものの、「やらなければやられる」ということを理解していた。

 そして、そんなリーネのことを、常に身を挺して守って来たアヤは、並大抵の相手じゃない限り、臆したりすることはないはずだ。が、今回ばかりは話が違った。


 どういった理由があるのかは知らないが、アヤは爬虫類が苦手だったのだ。それこそ、対峙すれば、身を強張らせて固まってしまうくらいである。

 なので、今回は先頭にコウが立ち、その後から順にロン、リーネ、アヤと隊列を組んで、彼女をなるべく戦闘から遠ざけていた。

 一応、殿という重要な仕事を任せる形だが、コウが周囲全域の気配を探ることが出来るので、意味がないとは言わないが、あくまで「一応」の域から脱しない。


「まぁ、誰にだって苦手なものがあるよ。どんまい、どんまい」


 落ち込むアヤにそんな声をかけるロンだが、戦力としてあまり期待していなかった割に、良い働きを見せているので、彼から送られるフォローの言葉に、果たしてどれだけ効果があるのかは謎である。

 コウはこのような展開になるとは思ってもいなかった、初回の戦闘が始まる少し前のことを思い出す。




 そろそろ戦いの準備をしようと提案したコウに、リーネとアヤが不安げな顔をロンに向けた。

 彼女達の様子からロンが戦力という点で、せめて身を守る程度はあるのかと、心配していることが窺えた。

 心配する彼女達を余所に、魔導具関係の授業ばかり履修する少年は、戦いの準備として背負っていた大きな四角いリュックを、草だらけの地面に下ろす。


 まず中から取り出したのは、短い帯のようなものが垂れるベルトだった。

 帯の部分は左側の腰から腹にかけて存在し、よく見ると細かく切込みが入っている。ぱっと見では、腰に巻くタイプのエプロンに見える代物だ。

 彼は素早くそれを腰に装着し、そして中から取り出した子袋を、帯のない右側の腰から腹の部分のベルトに、いくつかを直接備え付ける。


 次に取り出したのは円錐形の袋だ。

 その袋を傾けると、彼の手にはいくつもの金属製の棒のような物が収められた。

 彼はそれをベルトの左側に垂れる帯の切れ込みに、一本一本通していく。装着していく姿を観察するコウには、それが投擲用のナイフを装備しているように見えた。


 そして、最後に取り出したのは金属で構成された物体である。

 彼はそれによって、彼女達の心配が杞憂であったことを、後の戦闘で証明してみせるのだった。




 コウは数度目となる戦闘を終えてから、改めてロンが背負うリュクを観察する。

 現在も彼の背にある背嚢というべきそれは、まだ膨らみが確認出来た。彼曰く、外での演習ということで、いろいろと持って来ているらしい。

 また、森林を歩く最中に、何かの材料になるとかで、多様な植物を採取していたので、それらも膨らみに一役買っているのだろう。


 彼が己の攻撃手段とするそれ(、、)をコウが見ていると、リーネも同じように見ていたのか丁度話題にする。


「でも、ロンさんのそれ凄いですよね。私初めて見ました」


「あれ? リーネちゃん、これ初めて見るんだ? そんなに珍しいものじゃないと思うんだけど……」


 ロンはそう言って、手に持つ自分の得物を軽く掲げて見せる。


 それの全体の形を単純な言葉で形容することは難しい。

 基本形は直方形ではあるが、ごてごてと色々取り付けられていて、シルエットで言えば凸凹としているだろう。

 片側は脇に挟めるように窪んでいて、一部歪曲してしまった金属板に、適当な部品をくっつけた、と言われた方が納得出来てしまうかも知れない。

 全体として、ごちゃごちゃとした印象であるが、それが一体何であるかは一目で理解出来た。

 何故なら、その先端には曲線を描く棒状の物に、弦が張られたものがあるからである。


「まぁ、弓派とこれ派で結構意見が分かれることあるもんなぁ」


 ロンが自身の武器とするもの。それはクロスボウと呼ばれるものだった。

 弓に比べ射ってから次を射るまでの速度や射程距離といったものが劣るものの、中距離では絶大な威力を誇るということで、この武器を好む者は少なくない。

 コウが投擲用のナイフのようだと思った、彼のベルトから垂れる帯に通された鉄の棒とは、クロスボウ用の矢であるボルトだったというわけだ。


「リーネが言ってるのは、お前のアホみたいな改造っぷりのことだろ」


 弓に比べて、撃つだけなら射手に技術をあまり要求しないクロスボウは、それなりに有名なものだ。

 故に、コウの言う通りだったのだろう、リーネが苦笑と共に頷いてる。


「あー、そういうこと……」


 それは自分でも分かっていることだったのか、ロンは反論もなく誤魔化すように、困ったような笑みを浮かべた。


 通常、クロスボウというのは大体が木製で、木で出来た台である弓床の先端に、弓を交差させるようにして取り付けたものである。

 場合によっては何らかの工夫によって、一部金属を使用して仕掛けを施すこともあるが、ロンの持つものは全てが金属で構成されている。

 変わった品であるのは明らかであった。


「……普通はあそこまでの威力はない」


 ようやく会話に参加する程度は、元気になったアヤがつっこみをいれる。落ち込んでいたアヤにまで言われ、参ったとばかりにロンが笑った。

 さっきの戦いで彼が放った一撃は、容易く鱗を突き破り、百キロはあるドリークを軽くとはいえ、吹き飛ばしているのだ。

 和やかな感じで話をしているが、正直とんでもない代物である。


「それ、下手な攻撃魔術よりやばいよな」


 重さもあって取り回しは良くないのだろうが、それでも十分な攻撃手段だろう。

 何でそんなもん作ったんだとばかりに、コウは呆れ顔をロンに向ける。すると、彼は口を尖らせて反論してきた。


「つーか、これって半分お前が作らせたようなもんじゃん」


「は? 記憶にないんだが」


「無自覚かよ! 俺がこれに情熱をかけたのは、間違いなくお前のせいだかんな!」


「どういうことなんですか?」


 話に興味を持ったのかリーネがそう聞くと、ロンはよくぞ聞いてくれたとばかりに彼女の方へ向き直った。


「俺もさ、最初は木を材料にして、普通のやつを作ったんだよ。それでコウに半分冗談で言ったんだ『これさえあれば、お前にも負けないぜ!』って、そしたらこいつ……」


 勢いよく指先をびしりとロンが向けて来る。対してコウはそんなことあっただろうか、と首を捻るだけだ。

 そんな反応に彼は険しい顔を作ると、コウの声音を真似をしながら、当時言ったらしいことを口にする。


「『無駄』って言ったんだぜ!?」


「言ったか?」


「言ったよぅ! それで、じゃあ勝負しようってことになって、先生とかにばれないように、例の秘密の場所へ行ってさ」


「あぁ、この前の……」


 アヤが先日の模擬戦でも思い出したのか、苦笑いしながら頷く。

 それを見たリーネが考える素振りを見せ、僅かに目を伏せた。


「秘密の場所、ですか? 私は知らないのに、アヤは知っているんですね……」


 「秘密の場所」という呼称から、仲間外れだと思ったようだ。学園での彼女を取り巻く環境を考えると、そんな結論に至るのも仕方がないかも知れない。

 フォローするためにコウはすかさず伝える。


「今度教える」


「そ、そうですか! ありがとうございます!」


「ん、だから落ち込まない」


「あ……はい! 嬉しいです」


「よしよし、リーネは素直でいい子だな」


「聞いてぇ! 俺の話聞いてぇ!」


 必死なロンの様子にリーネが慌てて謝る。その横でコウは場の雰囲気を壊さないよう、密かに周囲を警戒しながらも、実は彼の話より、その反応を楽しむ方へとほとんど意識が移行していた。


「それでな、向かいあってコウとやりあったんだよ。そしたらこいつどうしたと思う?」


 ちなみに、この時点でようやくコウもいろいろと思い出していた。確かこの時に例の場所をロンに教えたのだ。

 ボルトの先端は丸くしてあるけど、当たったら超痛いからな、と彼が息巻いていたのを覚えている。

 そんなコウの横で会話は続く。


「避けた、でしょうね」


 確信を持った様子でアヤが断言した。

 しかし、それをロンは目を閉じ黙り、首を振ることで否定した。


「……掴んだんだ」


 ボルトをである。


「あー」


「あー」


「何で二人して納得した感じなんだ?」


 声をハモらせて難なく受け入れた二人に、流石にコウは言葉を漏らすが、事実なので否定は出来なかった。


「その日からだよ。俺が何度も挑んでは負け、改良に改良を重ねる日々が始まったのは」


 そして出来上がったのが、ロンの手にある危険物というわけである。


「こうしてロンは人に向けてトリガーを引くのに躊躇いを覚えなくなった、と」


「いや、お前にしか試したことないから!? つうか怖くて出来ないから」


「俺に対してそれを躊躇いなく撃てるお前なら大丈夫だろ」


「くっそ、いつか絶対に当てる! このままじゃ技術屋の沽券に関わる!」


 そんな風に冗談半分にロンと軽く罵りあっていると、リーネが驚いたように話しかけてきた。


「ちょっ、ちょっと待ってください! コウは今のそれも止めたんですか!?」


 一体何が気になるのかとコウは首を傾げるが、とりあえず答えた。


「ああ、まだ無敗だよ」


「当たったらあんなこと(、、、、、)になるやつを、ですか……」


 あんなこと、と言われてコウは理解した。

 ドリークはロンの改良を重ねたクロスボウから、放たれたボルトを受けて百キロという重量で、軽くとはいえ吹き飛んだ。

 そんなものを掴めるのか、仮に掴めたとしても止めることが出来るのか。当然疑問に思うべきことであった。


 リーネの指摘を受けて、言われて見ればという風にロンが驚き顔を作っている。今気づいたという感じのそれを見て、こいつはいつか技術の発展のために、とか言って誰か()ってしまうのではないか、とコウはやや心配になった。


「……まぁ、コウはドリークをぶんぶん振り回すくらいですからね。そこまで不思議じゃないのかも知れませんが」


 呆けた後にリーネが感心した様子で言い、それを聞いたアヤが驚愕と呆れを混ぜた、気の抜けたような顔を向けてくる。きっと空飛ぶ豚というのを実際に見たら、彼女は同じような顔をするのではないだろうか。


「コウ殿って、なんというか人間離れしているというか……本当に人間ですか?」


 半分冗談、半分本気といった感じでアヤが苦笑する。

 それに対し、コウは少しだけ間を置くと、僅かに肩を竦めた。


「まぁ、人間だよ一応。……それより、無駄話が長かった所為か、待ちきれなくて向こうから来てくれたみたいだぜ?」


 そう伝えると、はっとした様子で三人が辺りを窺っている。

 和気藹々と話し続けていたが、ここは仮にも魔物が生息する場所なのだ。相手から来たと聞いて、それを思い出したらしい。


「今度は何匹ですか?」


 ドリークの姿を想像しているのか、アヤが固い声で訊ねてくる。しかし、こうして自ら聞いてくる辺り、今度こそは自分も戦列に加わろうとしているのかも知れない。

 その姿勢を好ましく思いながら、コウは簡略に言葉を返す。


「八人」


「八匹ではなく八人? ……ッ!? それって!」


 アヤが噛み合わない言葉に一瞬眉を顰めたが、すぐに言葉の意味を悟り狼狽を見せる。リーネとロンも意味を理解したのだろう、表情に分かりやすいくらい緊張を募らせている。

 コウは三人の考えを肯定するように頷いた。


「リーネのお客さんだ」


「……ついに、来てしまいましたね」


 出来れば来ないで欲しかったとばかりにリーネが嘆く。しかし、来るであろうということは、予測していた事態だ。彼女はすぐに顔を上げてコウを見た。


「時間はどれくらいありますか?」


 敵がこちらに来るまで、という意味だろう。コウはそれを瞬時に理解して答える。


「そうだな……あまり統率は取れていないようで進行が遅い。十五分ってところだろ」


「十五分……」


 リーネは難しい顔をして俯いた。

 何やら作戦を考えようとしているらしいが、即座には出て来ないようだ。

 神妙な顔をつきになってその隣にいるアヤは、何も言わずに彼女の言葉を待っている。その様子から、今までも何かあれば彼女が物を考えて、アヤがそれに従うという感じでやってきたようだ。


「このまま急いで行ってしまう……? でも、必ず成功するわけでもないし……」


 時間の刻限が定められているだけに、焦りもあるのだろう。懸命に物事を考えているようだが、妙案は浮かばないようだ。

 こぼれる言葉を拾う限りだと、彼女の方針は「極力戦闘を避ける」、即ちコウ達を巻き込まないことであるらしい。


 ここまで来てまだそこに気を使うのかと、コウは呆れに似たものを覚えるが、それが彼女らしいところでもあるので、何ともいえない感情を覚えてしまう。しかし、自然と笑みのようなものが、顔には浮かんでいた。

 仕方がないとコウは一つ息を吐き、隣に立つロンに目を向けた。


 彼女が助けを求めないならば、以前、ドリークの群れと戦った時のように、強引に手を出すだけである。


「ロン、何か身体を覆うくらい大きな布とか持ってきてないか?」


「うん? ……確か雨が降った時用に持ってきた、フード付きのマントが人数分あるよ」


 頭を捻るリーネとそれを待つアヤの横で、いきなりそんなことを言われ、ロンは驚いた様子を見せたが、彼はともかく背にある背嚢に入れたものを思い出してくれた。


「準備がいいな。それ、一着くれないか?」


「備えあれば憂いなしだよ。いいけど、何に使うの?」


 そう聞きながらもロンは背嚢を下ろすと、その中を探り始めた。

 疑問に思いながらも言うことを聞いてくれる辺り、自分が突拍子もないことを言うのに、彼は慣れてしまっているのだろうか、と少しだけ反省するコウである。


「ええと、奥に入れちゃったからちょっと待ってね」


 雨具は本来ならすぐ取り出せるようにしておくべき物だが、今日は天気も悪くなく、またここまで来る途中、物の出し入れが激しかったためか、底の方にしまわれてしまっているらしい。

 ロンは取り出すために、上にあるものをどんどん取り出していく。

 携帯食料、救急箱、専門的なものと思われる採取道具、望遠鏡、麻の小袋、コウには正体も思いつかない円形の物体…………。


「……お前、ここに何しに来たって思うくらい持ってきてるな」


 驚けばいいのか、呆れればいいのか迷うコウを気にもせず、目当ての物を探すロンは、ついにそれを見つけた。


「お、あったあった。これでいい?」


 そういってロンがばさりと取り出したのは四枚のマント。色や大きさに統一感はなく、茶色や黒色、薄緑などがある。

 その中でコウは大きさや色合いから茶色のマントを選んだ。


「これくれ」


「はいよ……それで、どうするの? 着るの?」


「ああ」


 コウはそれを受け取り言葉を返しながら、すかさず制服の上着を脱いで、上半身はシャツ一枚という格好になる。


「あのコウ……って、何故脱いでるんですか!?」


 何か言おうとしてコウを見たリーネ達が、ようやくその行動に気づいて驚愕に身を固めている。


「別に裸になったわけじゃないんだから、そこまで驚くことないだろ?」


「いえ、裸でなくとも十分驚くことなんですが……」


 リーネ達は唖然とした様子で、口を開いたまま固まっている。

 彼女達からすれば、緊急時に班員がいきなり服を脱ぎ出したのだから、気は確かなのかと疑ってもいいところだろう。

 コウはそれに気づきつつも、時間もないのでさらっと流して問い返す。


「それで、どうした?」


「え、えっと、コウの認識阻害について聞きたかったのですが……」


 戸惑いをぬぐえないままの状態で、リーネが用件を伝えてくる。

 コウの『認識阻害』は、何処まで効果があるのか、ということだった。恐らく、少し前に喫茶店でコウが展開した認識阻害の効力を思い出したのだろう。

 それで相手の目を欺くことが出来ないか考えたようである。


「……本気でやれば完全に認識させないことは出来る」


「ほ、本当ですか?」


 一般的に『認識阻害』は気配を断つ程度の魔術だ。コウのそれは規格外と言える。

 それを聞いてリーネが安心したように少し脱力するが、すぐにコウは首を振ってから言葉を続ける。


「だが、それは俺一人であるならの場合だ。自分以外にも、となると効果は薄くなるだろうし、何が何でも探そうとする奴がいなかった喫茶店(あの時)ならともかく、今回は相手がこちらを見つけ出すつもりでいるから、認識阻害の効果も薄まる。それに相手が探知や感知を展開すればもっと薄まってしまう」


 元々、普通の『認識阻害』は意識していない相手に、気づかれにくくするための魔術だ。

 最初から術者を探すことに意識を向けている相手には、すぐに見破られるし、特定のものを探し出す『探知』や目に見えない魔力を感じ取れるようにする『感知』などの魔術が合わさっていれば、容易に発見されてしまう。


 また、コウが言う「自分以外にも」というのは単純な話で、対象が増えると効果が薄まってしまうというのは、魔術の基本なのであった。


「そう、ですよね……。流石にそんな凄いことを、他の人にも出来たりしませんよね……」


 自分だけでも完全に隠せるという時点で異常なくらいである。

 リーネもすぐに納得したようだが、現状を打破する可能性が失われて気落ちしているようだ。


 ふと、コウがちらりと横に目を向けると、ロンとアヤが何かやり取りをしていた。

 恐らく、コウが術式を考え、ロンが作成した『認識阻害』が施された魔導具である指輪が、この場にないかアヤが聞いているのだろう。先日の模擬戦の件で、彼女はあの指輪の存在を知っているはずである。

 やり取りの末、ロンが申し訳なさそうに首を振っているのを見て、コウは彼がしっかりと約束を守っていることを確認した。


 あの指輪はその利便性を考えて、コウは断りなく複製すること、学園外に持ち出すことを禁止していたのだ。

 今回はそのせいで指輪がないという結果に繋がってしまったが、それは仕方がないと言えるだろう。

 いろいろと準備しているのにも関わらず、指輪のことをロンが聞いて来なかったは、コウがいれば必要ないと思っているのかもしれない。

 現に彼は緊張しながらも、何度か襲撃を体験しているリーネ達よりも、落ち着いているようである。


 今度、リーネ達の分に関しては、複製を許可しようとコウは考えながら、きつく口を閉じて、思考を働かせている少女を見る。

 まだ案が出てきていないところを見ると、あくまで戦いに巻き込まないよう考え続けているようだ。

 コウはそんな彼女の姿に、先ほど感じた呆れが強くなるのを感じるが、時間もないので仕方がないと割り切り声をかける。


「んで、何か思いついたか?」


「そ、その、まだです」


 自分の無力さを呪うかのように、悔しげな表情をリーネが浮かべた。

 コウはそんな彼女の頭に軟らかく手を乗せた。


「あ……」


 途端にリーネの表情が和らぐ。

 そんな彼女の愛らしい姿を楽しみながらコウは言う。


「そう難しい顔するなって。何も思い浮かばないなら、俺が勝手にやってもいいか?」


「……何か思いついたんですか?」


 期待の目を向けて来る彼女に、コウはにやりと笑い返す。


「はっはっは、任せな。ロン、お前は今からドリークだけ倒せ。それとなるべく派手にそれをぶっ放して敵を牽制することを心がけろ」


「お、おう! 任せろ」


 急に話を振られて慌てながらも、ロンがクロスボウを軽く持ち上げながら答えた。


「アヤ、お前はそれ以外を相手にすればいい。ドリークはロンに任せとけ、いいな?」


「はい!」


 ドリーク相手では役立たずになる彼女だが、他の魔物などが相手であれば、今までの経験を生かすことができ、簡単に負けたりはしないはずだ。


「そしてリーネ、お前はこの二人の援護だ。魔力を温存するために攻撃魔術は抑え、支援にのみ集中しろ」


「分かりました」


 しっかりとリーネが頷くのを確認し、コウは指を刺しながら陣形を定める。


「そこの大樹を三人で背負うように立て、順番は前からアヤ、ロン、リーネだ。アヤはドリークが来たら、最低限の囮くらいはしろよな?」


「う……り、了解です!」


 ドリークが来ても他に意識を集中して、何とか無視しようと考えていたのだろう。返事をする前に、アヤが少し怯んだが、しかし後には毅然とした調子で、力強く返事をして自分を奮い立たせている。

 リーネが周りを見て訊ねてきた。 


「この場で待ち構えるんですか?」


 恐らく、周りが木々に囲まれた場所では、不意打ちが怖いと考えているのだろう。少しでも広い空間を探すべきだと言いたいのかも知れない。

 コウは質問を受け、すぐさま検討するが、それでも答えは変わらなかった。


「ここら一帯の地理に明るくない俺達が、今から適した場所を探すのは分の悪い賭けだ。なら、覚悟を決めて迎撃した方がいい」


「そういうことですか……」


 思い切った話ではあるが、リーネは一理あると感じたのか反論して来ない。

 そこでふと気づいたように、ロンがコウに顔を向けて言ってくる。


「あれ? そういえばコウは何するんだ?」


 さっき役割や配置を決めた際に、コウの名前はなかった。言われて気づいたのかリーネ達も同じく見てくる。

 コウはさっきロンから貰ったマントを着ながら、にやりと不敵に笑みを浮かべた。


「ロン、お前は今から騎士様だ」


「は?」


「御伽噺に出てくるような、お姫様を守る、お子様に大人気の騎士様だよ」


「お前、何言ってんの?」


 リーネとアヤも訳が分からなさそうに成り行きを見守っている。

 訝しげな目を向けてくるロンに構わず、コウは深々とフードを被った。すっぽりと目元を覆い隠し、覗く口元に笑みを残したままコウは言う。


「そして俺はその御伽噺に登場する――」


 言葉を句切り、笑みを消す。

 続ける言葉は、しわがれたような、低く固い声でゆっくりと吐き出した。


「――小悪党だ。……二人のこと頼んだぜ」


 最後はロンにだけ聞こえる声量で言い、コウは脱いでから持ったままだった、純白の制服を真上に投げた。

 その予想外な行動に、思わずコウを除く三人の視線が、それを追って上に向く。

 制服はふわりと空気に被さる様に一瞬空中で静止したものの、流石にその重みで地面へと落下を始める。

 上に目を向けていた三人は、その行動の意味を聞こうと、落下する制服追う様に視線をコウへと戻した。


「あれ?」


 リーネが小さく声を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。他の二人も同じように周囲を窺っている。

 舞い上がった制服が地面に落ちるまでの、僅かな間だけ、三人は視線を外していた。


 その一瞬の間にコウは姿を消していたのだった。



お読みいただきありがとうございました。


 2012/02/14 22:40

 一部文章と誤字脱字を訂正致しました。

 2012/02/16 07:30

 一部文章と誤字脱字を訂正致しました。

 2012/09/13 23:44

 一部文章と誤字脱字を訂正致しました。

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