第十一話
喫茶店での話し合い。
リーネが初めてコウとの友情を感じられた後も話し合い自体は続いたが、細かい決めごと、やり取りはあったものの、コウとリーネの両者に関する新たな話は出てこなかった。
互いに配慮や遠慮など様々が入り交じり、踏み込んだことを聞かなかったのが原因である。
最終的に少し取り決めをした後は、ただの雑談へと話は移り変わったのだった。
それにアヤが不満そうだったこと、それがコウの印象に残っている。
細かい決めごと、やりとりの中で、コウ達は互いのことで教えられる情報を可能な限り示していった。
その中で予想通りアヤがリーネの護衛役であることが、コウとロンに告げられることとなった。
故に護衛の任があるアヤは、きっちりと話合うことなく終わったことに、不満があったのだろうとコウは考えている。
結局、あの話し合いはコウが無理矢理結論付け終わらせたのだった。
結論とは以下の通りである。
自分とリーネは人に言えない事情がある。
お互いに事情に関して、一切を他言無用とする。
自分とリーネは友人同士である。
長々と話していたわりには、これだけである。
この簡潔な結論に三人の反応はというと、雑談に変わった辺りから会話に参加していたロンは、元気に了解の意を伝えてきた。
そして、コウが友人だと明言したことから、 リーネは目を輝かせて頷き、アヤは不承不承といった様子で頷いていた。
アヤのそんな態度にコウは苦笑いを浮かべる思いであった。
コウとしてはリーネの事情を聞き出そうとしていないのだから、こちらのことばかり隅々まで聞きだそうとするのは、フェアじゃないと思っているのだ。
なので、この時にアヤが何か不満の声を上げれば、コウは少し言い聞かせるつもりでいた。
しかし、この場で彼女が何か言い出すことはなかった。
自分の考えは直ぐに口にするタイプだと思っていたが、リーネが嬉しそうに頷くのを見て、無理矢理言葉を飲み込んだようである。
そのことをコウは意外に思いながら、リーネとアヤの関係が一時的なものでなく、少なくとも依頼者と傭兵という金銭だけで結びつくような、薄い関係ではないのだろうと察するのだった。
コウの結論が話の締めとなり、解散して各男子寮、女子寮へ向かい、その日のことはとりあえず終わりとなった。
そして、そんな釣り合っているのかも分からない均衡を、無理矢理保つような日々が一週間続いた日のことだった。
今回の出来事が起こったのは――――
「以上で解散。……今日が最終日なので、書類は時間厳守でしっかりと提出するように」
二年A組担任教師、ミシェル・フィナーレルは言い終えると、それ以上の言葉を発することなく教室を颯爽と出て行った。
彼女が教室から完全に出たことを確認した生徒達は、ようやく放課後らしい喧噪を生み出し始めるのだった。
そんな生徒達の中には、当然ながらこのクラスに在籍するコウ達の姿がある。
「確か二十時までだったよな?」
鞄から一枚の紙を取り出すと、コウは両隣にいる友人達に聞く。
「はい、そうですね。二十時までに教務課へ提出です」
透かさずコウの左隣のリーネが取り出した用紙に注目しながら答えた。
「コウはもう説明会の方はいいのか?」
そして、それに続くようにロンがコウに訊ねてくる。
アヤは先日のことがあってか、目を向けるだけで何も言ってこなかった。
その様子を確認してから、コウは何とも言えず緩く笑みを作った。
ロンの言う説明会というのは、授業のことを対象としたものである。
クライニアス学園では高等部二年生から、生徒は自分の時間割を自分で作るようになる。
その際に授業名だけで内容を全て知るのは無理だろうと、必須科目以外の授業を知る場として設けられたのが説明会なのだ。
この一週間の間、生徒達は取りあえず仮の時間割を組んで、授業時間内や放課後に説明会に参加し、時間割を確定させていくというわけである。
彼の問いかけはそういった経緯から出たものだ。
「あー、まぁ、とりあえず適当にいろいろ回ったし、大丈夫だろう」
「そっか。俺は全然授業が被らないから、一度も授業一緒に回らなかったからなぁ」
少し残念そうにロンが言う。
珍しい道具を収集するのが趣味であることから、ある程度察することが出来るかもしれないが、彼が見て回った授業の大体は魔導具関係の技術系授業ばかりであった。
故に、この一週間、コウとリーネ、アヤの三人は何度か授業を一緒に回ったものの、ロンは食事の時以外、ほとんど別行動だったのである。
「ふふっ、目指すものが違うと、授業は全く変わってしまいますからね」
項垂れるロンを見て、リーネがクスクスと笑う。そんな彼女の姿を見てコウはぼんやりと思い出す。
彼女は魔術、特に攻撃魔術に重点を置いて履修をするのかと思いきや、むしろ攻撃魔術は補助的に取るかのような少なさだった。
では、何に重点を置いて履修したのかと言うと、驚いたことに治癒魔術と支援魔術を主としていた。
何故、それが驚いたことなのか。それは、この二種類の魔術は使い手が限られるものだからだ。
生物に秘められた魔力を世界に溢れるマナと混ぜ合わせ、万物を操作する魔術という技術。それだけでも才が問われると言うのに、リーネが扱える二種類の魔術は、その中でも更に扱える者が少ない。
どうして限られるのか、扱える条件というのは判明しておらず、どちらか片方を扱えれば凄い運が良い、というのが魔術を扱う者達の中での認識だった。
具体的に言うと、どちらか片方を扱える才を持つ者が、魔力を扱える百人の中に一人いればいい方とされている。更に、両方を扱えるとなると相性などの問題もあって、単純な計算で表せなくなるが、更に確立はぐっと下がる。両方なら、千人に一人にまでになるだろう。
もしも王国の騎士団を訊ねれば、面接などを受ける必要はあるが、特別おかしな所がないならすぐに採用。大変重宝な存在として大切にされる。といえば、それだけでいかに待遇が良くなるか分かるだろうか。
そんな希有の才をリーネは持っていた。
「しっかし、リーネちゃんが治癒と支援を使えるとはねぇ」
ロンがこんな風に驚いてみせるのは、コウが数えただけでも五度目である。しかし、それがしつこいと思わないくらい珍しいものなのだ。
クライニアス学園では治癒魔術や支援魔術を教える授業も存在するが、元々扱える者が限られているので、履修出来る生徒はかなり少ない。授業の参加資格に適性のあるなしがあるのである。
そういったことから、この二種の魔術を扱えるのは選ばれた者、と言えなくもないだろう。
ロンに言われる度、恐縮したような反応を見せていたリーネだが、流石に同じ人物に何度も言われれば慣れるのか、謙虚な姿勢を保ちながらも自然な態度で彼に答える。
「ただ運が良かっただけですよ。……でも、この力を授かったことには本当に感謝しています」
眼を細め、遠くを見つめてリーネは言う。その姿から平坦な道を歩んできたわけではないことが感じられた。
実際に、彼女はコウ達が知る中でも支援魔術によって事なきを得ているのだ。それは、言うまでもなくドリークに襲われた時のことである。
あの場面で彼女は杖に火を灯してドリークたちを牽制する以外にも、実は支援魔術を行っていたのだ。
それは支援魔術の代表とも言える身体強化と体力増強である。彼女はこの二つの支援魔術を自分に施すことで、ドリークたちから長時間逃げ続ける事を可能にしたのだ。
そして、コウ達と出会うに至ったのである。
支援魔術を扱えたからこそ、彼女がこの場にいるのだと言っても過言ではないだろう。
「よくよく考えれば、爬虫類に追われていた時に足を捻ったみたいだけど、学園に着く頃にはその様子もなかったしな」
そう、更にリーネは治癒魔術も行っていたのだ。あの日、気に止めたことを思い出しながらコウは言う。
学園の前に着いた時、アヤが出てきたかと思えば、リーネの体に異常がないか簡単な身体検査をしていた。
その時に何の問題もなく済んでいるのだから、その時点で既に怪我は治っていたのだろう。それは間違いなく、治癒魔術で治していたからに違いない。
「あれ、そういえば、なんであの時アヤちゃんはリーネちゃんをまさぐったの?」
ロンもその時のことを思い出していたのか、ふとそんなことを口にした。
「まさぐっ……!?」
ロンのぽろりと、こぼした言葉に今まで沈黙を保っていたアヤが、途端に語尾を高くしながら反応した。
「いや、だってさぁー。アヤちゃんはリーネちゃんが怪我とか自分で治せること知ってたんでしょ? なら、怪我の心配とかおかしくない?」
「そ、それでも普通は心配する! それに、いくらお嬢様が治癒魔術を使えても、治せる怪我に限度はある。あと、別にまさぐったわけじゃ……」
アヤは何故か顔を赤くしながら、途中から聞き取れない程度に呟き続ける。
そんな彼女にコウは「治癒魔術ですぐに治せない怪我だったら、歩くことも困難だろう」と思ったが、現在軽口も許されそうにない仲なので言わないでおいた。
「んで、アヤちゃんは武術……というか剣術の授業を中心に履修するんだよね?」
ロンは自分の発言が彼女にどのような作用を及ぼしたのか、気づいかないまま無邪気に訊ねた。
「ま、まさぐったわけじゃ!!」
「へ?」
「い、いや、何でもない! ん、んん! そうだな、まぁ、大体そうだ」
アヤが何やら、やらかしていたが、咳払いで誤魔化しつつ何とか答えた。しかし、答えた後も顔を赤くしたまま俯いているのだから、誤魔化し切れていないような気がしないでもない。
彼女の態度にロンは不思議そうにするが、自分の中で適当に納得したのか特に触れなかった。
そんな感じで何だかんだ雑談は長引く。他の生徒達は教室に残る理由を見出せなかったのか、気づけば教室にいるのはコウ達だけになっていた。
「それでコウは?」
「ん?」
「履修する授業」
流れ的にとばかりに、ロンがコウに聞いてきたその時だった。
それまで恥ずかしげに顔を俯かせていたアヤが、はっとした表情で顔を上げると眉根を寄せた。それは彼女が何か不満などを抱いた時の表情だと、コウはこの一週間で嫌でも知ってしまっていた。
彼女は何度かコウと授業を一緒に回っているので(アヤは遠回しに嫌がったが、それに気づかないリーネに一緒にさせられた)、コウがどんな風に授業を取るのか朧気に理解しているのだろう。
自分が履修する授業の内容を聞けば、すかさず何かを言ってくるであろうことをコウは予想した。しかし、ここで会話を切るのは不自然だと判断する。
仕方なくコウは内心のことなど微塵も出さず、自然な姿のままロンと話し続ける。
「ロンは薄々気づいていると思うが、武術と攻撃魔術の両方を取る」
言いながらコウは自分の時間割が書かれた用紙を見せる。必須科目以外は見事に武術と攻撃魔術に二分割されていた。
それを見て、やはりと言うべきかアヤが顰めた顔を深める。対照的にロンはやはり気づいていたようで、納得の様子を見せ、リーネは何の疑問もなく受け入れた様子である。
アヤ以外の二人はコウの時間割構成をすんなりと受け入れたが、しかし、ここでは彼女の反応こそが普通なのだ。
いくら授業を自由に選択していくことが出来るといえ、体は一つで時間は有限である。学べる授業の数は限られてくるし、学ぶ内容だって詰め込めばいいというわけではない。
名が挙げられるほどの強さを誇る者達は、皆一つの分野を極め、その段階に至るのに長い月日を掛けている者達ばかりだ。
希に短い年数の鍛錬で頭角を現す、所謂天才と呼ばれる者もいることもいるが、それでも武術と魔術の両方を極めるに至った者は過去に存在しない。
この世界において、武術と魔術の両方を極めた戦士なんてものは、御伽噺に出てくる架空の英雄であると、力を磨くのであれば一番始めに悟ることなのだ。
一つを極めるのに何十年も時間を必要とするのに、複数の力を求めようとするのは、自分を過信する夢見がちな愚か者とされるのが一般的である。
故に、ここからアヤがコウに言うことは一般常識から来るものである。
「私は実際にコウ殿の戦い振りを見たわけではありませんが、お嬢様から強いということはお聞きしています。それに、相手に気づかせない特殊な魔術展開の技法にはとても驚かされました。……しかし、それでも、その選択はどうなのでしょう?」
ここで話の内容を察したコウは周りの気配を探るために、一瞬だけ意識をこの場ではなく、他へ向ける。それにアヤは気つかず続ける。
「いかに強いと言っても人には限界があります。何も、私はコウ殿が弱いと言っているつもりはありません。ですが、強さも伸ばし方を間違えれば成長は歪に止まり、中途半端なものに終わってしまいます。それは余りにも勿体ないことではないでしょうか」
感情的になりやすいアヤにしては珍しく、一般論に基づいた理性的な見解だとコウは思った。少し見直したくらいである。
彼女が感情的になるのは、リーネが絡んだ時だけなのかも知れない。そう、コウは彼女に対する評価を修正する。
少なくとも戦いに関することにおいては、アヤは真摯な態度を見せるようだ。
「私は限界があると言いましたが、それは両方を極めるのであればという意味です。世の中には武術を極限まで磨き抜き、最強の魔物とされるドラゴンでさえ単身で倒す猛者もいるそうです」
その話は割と有名な話である。
アヤが何を言いたいのかは明白だろう。
「つまり、武術、魔術の両方を学ぶのは無駄だからやめろと?」
コウがそう言うと、アヤは小さく肯定の頷きを見せてから言葉を付け足す。
「何も、どちらかを選んで、もう片方を全て切り捨てた方がいいと言うわけではありません。補助的に一つ二つ授業を取ればいいじゃないですか」
アヤの言うことは他の生徒達もよくやることだ。
例えば、剣術を主に履修する生徒は、武器を失った時のために素手での格闘術を学べる授業を履修する。攻撃魔術を主とする生徒も、敵に近づかれ、詠唱が出来ない時の為に護身程度の格闘術を学ぶ者もいる。
また、中には魔力を操る才に恵まれたのにも関わらず、武の道を志し、補助としていくつか魔術を覚えるという変り種も存在する。もっとも、そういった者達がその道を選ぶ利点というのもあるにはあるのだが、コウの話とは関係なので、今話すことでもないだろう。
リーネの時間割も治癒魔術、支援魔術の二つを主にしているが、これに関しては特殊な事例である。
使い手が限られるだけあって、研究も攻撃魔術に比べれば進んでおらず、その二つは学ぶことは多くない――――とは言わないが、研究の進んでいる攻撃魔術に比べれば少ない。
それに、治癒魔術、支援魔術と攻撃魔術の根本は変わらないので、武術と魔術を学ぶよりは効率が良いということもあった。
彼女は近接戦闘の術の授業までは流石に取れていないが、彼女が主として学ぶもののことを考えればそれは仕方がないと言えた。
リーネの事は別にすれば、要は度合いなのだ。
一つのことに重きを置いて、他を補助的に学ぶことは無駄ではなく、むしろ戦いの場へと歩んで行くのであれば、それは必要な事と言えるだろう。
その考え方はコウにも理解出来るものだ。
「なるほど、アヤが言うことは尤もだ」
「では……!」
「しかし、悪いがこの時間割は変更できない」
説得に成功したと思ったのか、アヤは久々にコウに対して明るい表情を向けてきたが、続けられた言葉にすぐに顔を曇らせた。
コウは先ほど彼女が言ったことは、自分のためを思っての発言だと理解している。だからこそ、繋げるようには言葉を続ける。
「別に我を通して、アヤの言うことを否定するわけじゃないんだ。気を悪くしたなら謝る。だけど、俺がこんな時間割を作った理由を聞いてくれないか?」
そう言われてしまえば、アヤは反論を挟むわけにもいかないのか、どうしてなのかと目で問いかけてくる。
「先ず、思い出して欲しい。この学園が世間にどういう場所として認知されているか」
「各方面の専門家を生み出すことで有名……だよな?」
質問に答えるような形でロンが返す。コウはそれに頷いた。
「そうだ。それで、その理由は――」
「選択授業という体制で行われる特殊な指導方法、ですよね?」
コウとロンのやり取りを見て、真似るようにリーネが笑顔で答えた。
「そう、それによって生徒は鍛えられ、最低でもその分野で働くのに問題ない程度になる。そして、俺にとってはそれが不味いんだ」
一体それの何が問題なのだというように、困惑の表情を浮かべるロンとアヤの二人。
その中でリーネだけは理解の色を示した。
「あ、なるほど。確かにコウとっては宜しくないですね」
「どゆこと?」
唯一理解した様子のリーネにロンが問う。
リーネは簡潔に答えた。
「コウの事情を考えれば簡単な話ですよ。コウ・クラーシスという"生徒"は強くなってはいけないんです」
生徒の部分をリーネは強調した。それを聞いてようやく二人は理解したようである。
コウは実力を隠している。そんなコウにとって、実力向上が凄まじいクライニアス学園の特色は、むしろ邪魔なものだったのだ。
「しかし、それなら体術か魔術のどちらかだけを取って、その中で最低を目指せばいいのでは?」
アヤが疑問の声をあげる。
それに対して答えは用意していたので、コウは迷う素振りを見せない。
「俺もそれは考えた。だけど、これは依頼者からの受け売りなんだが、『何かを隠すのであれば、それを覆うほどの強い印象を与えるのが一番』なんだとさ」
つまり、隠し事をばれないようにするには、その隠し事に目を向けられないのが一番ということである。
確かに、中途半端な結果を生み出すだろう武術と魔術の両方を極めんとするのは、伸び代の悪さを演出するのには持ってこいだろう。
コウの履修の仕方は依頼者からの指示でもあったわけなのだ。
「でも、それだと、変に目立つ事になるんじゃないですか?」
リーネがそう指摘してくる。確かにこのまま用紙を提出すれば、コウは間違いなく御伽噺の戦士を目指す夢見がちな少年となる。
そうなれば生徒の間でコウは悪い意味で有名になるのは避けられないだろう。しかし、コウはその指摘を受けても表情を変えない。
「まぁ、そういう意味で有名にはなるだろうけど……。悪い意味で目立つという点では既に手遅れだしな」
「あー」
それは誰の声だったか、言われてみると思い当たる点があった。
成績最下位、教師に対する不遜な態度、ロンと騒いでいること――――
「って、それって、俺も悪目立ちしてるってことになるんじゃ?」
「え?」
「え?」
コウが不思議そうに見ると、意味が分からないとロンが見返す。
そうしてから、コウは気まずげに視線を逸らした。
「……悪い、知らない方が幸せな事ってあるよな」
「ちょっ、マジなの?」
始業式でのことは忘れたのか、何故か自覚のないロンである。
「まぁ、そんなわけで俺の時間割はこれで確定なんだよ」
さらりとロンを流してコウはそうまとめた。抗議の声すら流されている彼を哀れに思ったのか、リーネが苦笑を浮かべている。
コウは真っ直ぐにアヤを見つめる。
「納得して貰えないか?」
「……」
コウは問いかける。
この時アヤは押し黙り考えていた。
否定的だった彼女だが説明を受けてみると、言われてみれば悪い手ではないかもしれないと思えたのだ。
そもそも彼女がコウの時間割に対して口を出したのは、折角の学ぶ機会を不意にするようなことが、不真面目な理由からではないかと思ったからだ。
もちろん、純粋に学ぶ機会を逃すのは勿体ないとも思っていたが、その理由が例の事情から来るものなら、これ以上何か言うのは良くないと彼女は思った。
それにコウが事情の内容を話さないことは不満ではあるが、リーネ側に立つ自分も話していないのだから、そこら辺はお互い様ではないかと思ってもいた。
一週間という期間は、彼女にそう考えられる程度の冷静さを取り戻させていた。
アヤが余計な口出しをして悪かったと謝罪を言って、コウと少しでも歩み寄ろうと思いかけたその時だった。
それはこの場にいる四人以外の声だった。
「コウ・クラーシスはいるか!?」
まるで、アヤの思いを遮るかのようなタイミングで、不躾な、それこそ遠慮など欠片もない声が、コウ達しかいない教室に響く。
声の主を求めて教室の入り口へと視線を集めたコウ達はそれぞれ違う反応を示した。
呆れ、苛立ち、不快、怯え。
どれが誰かはあえて記さないでおく。
突然教室にやってきた声の主は四人の顔を確認すると、嫌な予感しかしない意地の悪そうな笑みを、にやりと浮かべるのだった。
2012/02/03 00:37
一部文章と誤字脱字を訂正致しました。
……なんか訂正する度に文体が崩れている気がします。
2012/09/08 00:47
一部文章と誤字脱字を訂正致しました。