懺悔
主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。
(旧約聖書 第3章 9節)
「俺があいつを殺す」
弟がそう言ったのは、雨の日でした。
あいつ、というのは、私たちの両親を殺した者のことです。
殺した理由は、誰かを殺したかったから。それだけでした。
それだけで、私たちの両親は殺されたのです。
両親の葬儀が終わって3日後。弟は泣きながら言いました。
「俺があいつを殺す。あいつの家族も殺す」
殺してやりたい。これは私も思ったことです。しかし殺人は、人として最も犯してはならない罪です。
たとえそれが、復讐であろうとも。
私は弟に言いました。
きっと神様が、あの犯人を許しはしない。きっと神様が、罰を与えてくれるに違いない。
だから、私たちは復讐なんて愚かなことをしてはいけない、と。
私の言葉を聞いた弟は、口をゆがめて笑いました。そして、こう言いました。
「姉さん。旧約聖書を知ってるか」
知っているので、頷きました。弟はそれを確認してから、続けました。
「……アダムとエバは狡猾な蛇にそそのかされて、神様に食べてはいけないと言われていた木の実を食べました。すると2人は、自分たちが裸でいることが恥ずかしくなり、イチジクの葉で体を覆いました。そのあとノコノコやってきた神様は、神様から隠れようとしている2人になんて言った?」
私は黙りました。弟は笑います。
「あなたはどこにいるのか。――そうだったよな?」
弟は手に持っている刃物をギラギラさせながら、笑いました。弟の目も、ナイフのように光っていました。
「神様は見てなかったんだよ。2人が木の実を食べるところを。エデンの園の2人ですら、神様は見ていなかったんだ。なのに、何十億もの人間が住んでいるこの地球を、神様が隅から隅まで見ていると思うか?」
私は言いました。
もしかしたら神様は、2人の行いを知っていたのかもしれない。
それを黙って見ていたのかもしれない。
つまり神様は、あの2人のことを試した。そして、欲に負けた二人をエデンの園から追放した。
そして今、私たちも試されているのではないか、と。
それを聞いた弟は、苦笑しました。
「姉さん俺はね。神様なんて信じてないんだよ。だから、罰は人間の手で与えるべきだと思ってる」
弟はそう言い残すと、手に刃物を持ったまま、どこかへ行こうとしました。
私は、弟を止めようとしました。殺人を、止めようとしました。
数分後、弟は床に倒れていました。床も弟も、血まみれでした。
私の手には、弟から奪い取ったナイフがありました。
殺意はありませんでした。
もみあっているうちに、弟の胸にナイフが突き刺さったのです。
弟は死にました。私が、殺しました。
神様、私はどうすればよかったのでしょうか。
弟を止めなければ、殺人犯が死んでいたでしょう。
けれど私が止めようとしなければ、弟がこうやって死ぬことはなかったはずです。
だとすれば、殺人犯が死んだ方が良かったのではないか。
そう思う私は、愚か者でしょうか。
神様、あなたは本当に、そこにいらっしゃいますか。
私たちを、見守ってくださっているのですか。
神様、私は、どうすればよかったのでしょうか。