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ゼロの英雄  作者: 鈴華圭
第1章 Happy Birthday.

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第5話 What's Your Sin?




 目を覚ましたそこは、またしても知らない場所だった。

 またしても――そう表現できたことに、胸の内で安堵する。どうやら今度は記憶を失ってはいないらしい。もっとも、人間そう簡単に記憶をなくしては困るわけだが。


「おお、いてえ……。ここ、どこだ?」


 俺が横になっていたのは固い地面の上で、すっかり凝り固まってしまったのか、身体が思うように動かなかった。


「王都郊外の地下水道よ」


 緩慢な動きで身体を起こそうとしていると、すぐ後ろから聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。意識を失う直前に耳に届いた、あの声だ。

 振り返り、すぐ傍に座っていた彼女を目で捉える。年は十七、八歳ほど。身に纏うのは、騎士服だろうか。傍らには剣も置かれている。身を守る銀の装甲が随所を覆っているが、全体として騎士にしては軽装な部類に見える。ブラウンの髪は後ろで一つに束ねられ、着飾るよりも動きやすさを重視しているような格好だ。とはいえその顔立ちは凛々しく端麗というほかない。やや高い目尻はどことなく厳しさを感じさせるが、表情は柔和で優しい人だとすぐに察した。


「お腹、大丈夫?」

「……んえっ、お腹?」


 彼女の姿に見惚れていた俺は、一瞬反応に遅れる。

 お腹、と言われて最初に思い至ったのは、腹でも出して寝ていたのかということだった。しかし、徐々に、思い出す。

 体内に冷たい異物が侵入する、あの不愉快な感覚――。


「そうだ、腹……ッ!」


 慌ててシャツの裾を捲りあげて腹部に視線を落とす。が、そこには傷跡一つ残っていなかった。


「外見は完璧でしょ。痛みはない?」

「あんたが治してくれたのか? こんなに綺麗に……」

「あの程度の傷を治すくらい、大したことじゃないわ。魔道は得意なの」


 大したことじゃないと言いながら、得意げな顔をする彼女に思わずこちらも笑ってしまう。


「本当にありがとう。あんたは命の恩人だよ」


 あの状況で命を拾ったのは奇跡と言っても過言ではない。あのまま誰にも知られず、薄暗い路地で奴に殺されていても不思議ではなかった。彼女に見つけてもらうことができたのは運命というほかあるまい。

 窮地を越えたことを遅れて理解した俺は、ほっと息を吐き出した。


「どういたしまして。治療が間に合ってよかったわ。あと数十秒でも遅れてたら死んでたわよ」

「そう、だよな……。俺も死んだと思った。奴はどうなったんだ?」

「私の上官が追ってるわ」


 そういえば、意識が途切れる直前に、彼女が誰かに「隊長」と呼びかけていた気がする。上官や隊長といった呼び方から察するに、やはり彼女は、その風貌通り騎士か何かなのだろう。


「そっか……。俺は、本当にもうダメかと……」


 思い出すほど、胸に迫るものがある。うっかり涙まで零しそうになっていると、彼女は呆れたように笑いながら、「はいはい」と応じてのっそり立ち上がった。


「じゃあ、助けてあげたお返しに、ちょっとお喋りに付き合ってくれる?」

「お喋り?」

「そう。ここからは仕事の話」


 そう言うと、俺の目の前で腰を下ろした彼女は表情を引き締め、睨むような真剣なまなざしでこちらを見た。


「あのフードの男との関係性。聞かせてくれる?」


 事情聴取、というやつか。もちろんただの被害者である俺は彼女に協力するのもやぶさかではない。命の恩人である彼女相手ならなおさらだ。だけど。


「そんなもん、こっちが聞きてえよ……!」


 奥歯を食いしばりながら、吐き出す。握った拳が震えるのは、怒りゆえか、恐怖ゆえか。


「何も分からねえまま、出会い頭にナイフでブッ刺された。何とか必死こいて逃げたけどあのざまだ。あいつは何なんだよ……」


 思い出しただけで血の気が引いていく。あんな理解のできない理不尽な不幸、そうは起こるまい。

 と、俺が頭を抱えていると、彼女は顎に手を当て、思案するように難しい顔をしながらぼそっと零す。


「……奴の手口としては、少し気になる。けど」


 今の口ぶり。それはまるで——。


「あんた、あいつを知ってるのか?」


 まるで、奴がこれまでにもこうした罪を重ねてきたかのような言葉。

 俺の指摘を受けて、彼女は深く息を吐いた。


「そうね。まずはこちらの話をしましょうか。ただし――」

「……いでっ! 何、すん――」


 突然彼女に押し倒され、地面に後頭部をぶつける。それに対して抗議の声をあげようとしたが、冷たい何かが首元にあてがわれ、俺は思わず身を凍らせる。


「怪しい動きを見せたら斬るから、気をつけてね。もっとも寝ている間に『縛肢ばくし』をかけておいたから、簡単には動けないでしょうけど」


 俺に向けられたそれは、鈍色に光る剣の切っ先だった。

 思わぬ事態に、俺は唾を呑む。


「おい、これ、どういう……」

「黙って、私の話を聞きなさい」


 先ほどまでと同一人物とは思えないような冷たい声で言われ、俺は二の句を継げなくなる。


「私は王国騎士団三番隊副隊長、ルキナ・バーラル。あなたが接触したあの男、ブラド・シャクシャンクを追っている」

「ブラド……」

「許可なく喋るな」


 再び刃を首筋につきつけられる。小さな痛みがあり、血が流れたのが分かった。それが叶うなら、俺はその瞬間に飛びずさっていたことだろう。それをしなかった、あるいはできなかったのは、未だに身体の痺れが取れていなかったからだ。硬い地面で寝ていたことが原因だと思っていたが、先ほどの口ぶりを考えるに、これは彼女の魔道の効果なのだろう。

 逃げることができない状況では、切っ先を向けられたというそれだけで脅しには十分だった。俺は間違っても声を出さないように唇を固く結んだ。


「十一年前、暗殺部隊に所属していたブラドは任務を途中放棄して姿をくらました。暗殺部隊は組織の性質上、隊員の逃亡は絶対に許されない。それだけでなく、その後ブラドは犯罪組織『災厄(エルドアムニス)』に加入。これまでに数十人を殺害している」

「……!」


 声を何とか堪えながらも、俺は息を呑んだ。国の組織構造についてはいまいち分からないが、それでも奴の恐ろしさは理解できた。数十人も殺すような殺人鬼が街を歩く世界。俺はいったい、こんなところでどうやって生きてきたんだ……。


「だけど、これまでブラドが殺した被害者にはある共通点があった。全員が、他人に言えないような後ろ暗い悪事を働いていたの」


 ということはつまり、ブラドの殺人は悪人の粛清の意味合いが強いということだろう。奴は殺人鬼だが性根まで腐っているわけではない、ということか?


「私が言いたいことは分かったかしら」

「え……?」


 いや、待て。この論調。これはまさか……。


「あなたが奴に狙われたのには何か理由があるんじゃないの?」


 彼女が鋭い眼光で俺を射抜く。

 つまり、俺が何かしらの罪を犯した人間なのではないかと彼女は疑っているのだ。




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