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ゼロの英雄  作者: 鈴華圭
第1章 Happy Birthday.

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幕間 Just a Fun Trip.




 ――ところで、二人の青年の記憶が奪われたのと同刻。

 スレイたちがいるアルマドラス王国内、夜の帳に包まれる国境付近の街道で、事件は起きた。




「ん! おやおやっ?」


 揺れる馬車の中であぐらをかいて団子を食べていた、若い男がいた。桃色の派手な羽織を羽織って、その傍らには刀を置いている。

 もともと独り言の多い男ではあるが、不意に不思議そうに声を発すると、彼は団子を口に運ぶ手を止めて宙を見上げた。


「今、何か起きましたかね?」


 男は簾を上げて、外に顔を出す。周りには複数の騎兵が馬車を守るように配置されており、近くにいた強面の兵に声をかけようとした。しかし、男はすんでのところで声を呑み込む。


「……はて」


 目の前の騎兵はその甲冑にアルマドラス王国の紋章を入れている。そしてここがアルマドラス王国であることも確かだ。自分の意志でここまで来たのだから、誤りはない。さっきだって、ついに越境だと独りでやかましくはしゃいだばかりではないか。

 ここは祖国から西に位置する異国である。それはわかった。ところで、だ。わからないことが一つある。

 自分はなぜ、こんなところに来たのか。

 この瞬間、男は理解した。確かに()()が起きたのだと。

 改めて、男は問いかける。


「あのー、この馬車ってどこに向かっているんでしたっけ?」


 声をかけられた騎兵は馬鹿なことを聞くなとでも言いたげに一瞬顔をむっとさせ、しかしわずかな沈黙の後に表情を移ろわせる。呆け、驚き、恐怖する。


「貴様は……『血剣(ちけん)』ヴィルフォルテ・スペルビアか!」

「うん? もちろんそうですとも。ご存知ですよね?」


 その返答を聞いて、騎兵の目は絶望の色に染まった。しかしわずか数秒のうちに我を取り戻し、覚悟を決めたようにぐっと歯を食いしばって剣を抜いた。


「隊列、止まれェェェィッ!」

「およ」


 その号令によって馬車は停止、瞬時に異様な雰囲気に包まれる。


「『血剣』だ! 国境を越えて来やがった!」


 何を今さら。自己紹介はとっくのとうに済ませたはずだ。それはそれは、とても派手な自己紹介を。男は呆れ、困った顔を浮かべた。


「そりゃそうですよ。皆さんが馬車で入国させてくれたんじゃないですか」

「催眠系の魔道か? 小賢しいマネを……!」

「いやいや、そんなの使えませんって」

「自分のやったことがわかっているのか、『血剣』!」

「まあ異常事態だというのは理解していますよ」


 ヴィルフォルテと呼ばれる男は、両国の長の署名なしに越境することを禁じられていた。それは彼がたった一人で国家を脅かしうるほどの力を持っているためであり、現在の両国の良好とは言えない関係性を思えば、滅多なことではその署名が得られることなどありえない。

 しかし確かに署名入りの許可証は彼の懐に入っている。


「いったいなぜでしょうね」

「とぼけたことを言うな、『血剣』! いいかお前たち! 一斉にやるぞ!」

「そんなあ。さっきまで仲良く珍道中やってじゃないですかあ」

「そんなことはない!」


 実際にはヴィルフォルテが一方的に馴れ馴れしく話しかけるばかりであり、騎兵は辟易としていたわけで、記憶の混濁の問題を差し引いても彼の言う「仲良く」に反感を覚えるのは当然だった。


「行くぞ、かかれぇぇ! 今ここで、『血剣』の脅威に終止符を打つ!」

「わあわあ、ちょっと待ってくださいよお!」




     ***




 辺りが血飛沫に塗れるまで、時間はかからなかった。立っているのは、『血剣』ただ一人。


「うーん。結局どうしてここへ、っていうのはわからずじまいですね。これからどうしましょうか」


 十二人の王国兵の命を絶ってなお、ヴィルフォルテは呑気な独り言とともに首を捻る。


「……まっ、せっかくの機会ですし、かの有名な王都の街並みでも見物して帰りましょうかね。まだ見ぬ強者とも出逢えるかもしれませんし!」




 ——ムルシェル帝国の『血剣』。ここに解き放たれる。




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