第11話 “すれ違う”
「ルキナ!!」
倒れる少女の名を叫ぶと、彼女はすぐさま立ち上がって剣を構えた。
「百式魔道・風光の章・第1節『天来光』」
呪文とともに、剣の刀身に稲妻が走る。その剣を振りかぶり、ルキナは未だ立ち込める黒煙を斬り裂きながらブラドへと向かっていく。
ルキナが奴の眼前に迫るまで、黒煙はその姿を隠していた。ブラドは先の一撃でルキナを倒したと油断していたのかもしれない。不意を突いたであろうその攻撃を、ブラドは武器も持たない左腕で受けようとする。
「取った!」
俺はつい叫ぶ。これで奴の左腕は使い物にならなくなる。勝てる!
しかし、俺の希望は裏切られる。
剣と腕は鈍い音を立てて衝突する。斬り落とすどころか、出血さえしていなかった。
「な……! どうなってんだ? 外套の下に鎧でも着てるのか?」
困惑するが、ルキナはすでにブラドの謎の防御力に気づいていたらしい。稲妻の刃はそのための打開策だった。
刃を流れていた稲妻はブラドの腕と接触すると奴の身体へと流れ込む。その影響か、ルキナの追撃に敵の反応が遅れた。
鎧の弱点は関節部分。その弱点の一つである脇に剣を当てがい、斬り抜いた。
「よし! 今度こそ……」
「ダメだ……!」
ルキナ優位の状況に俺は手に汗を握っていたが、俺の背中でルイスが呻くように言う。
「ダメって何が?」
「奴には、どんな攻撃も効かない」
と、そんなふうに脅してくるルイスの言葉を、俺は鼻で笑った。
「どんなにいい鎧を着てるのか知らねえが、関節まで覆う鎧なんてありえねえよ。そんなものを着たら、身動きが取れなくなる」
騎士だというのにそんなことも分かっていないのかと、俺はルイスを侮るように言った。だが、頭の中の冷静な部分が、そうじゃないと声を上げていることにも薄々気づいていた。騎士団の隊長ともあろう人間が、鎧の構造をまるで理解していないなんて、そんなことがあるはずがない。それに、ルイスは実際に奴と戦っていた人間だ。その彼が戦いの中で得た感覚が、素人の俺の勘よりも冴えないなんてことがあるはずない。
「言っただろう……奴は異形だと」
「……異形って」
「分からないんだ。何かが全身を覆っていて、奴には傷一つ、つけられなかった」
「それは、そういう防御の魔道を使ってるってことじゃねえのか!」
「魔道には違いない。だが、我々の魔道体系に存在する魔道であれば、こんなに困りはしない。奴の魔道は、弱点不明の絶対防御。現状、破る手段は、ない」
倒す手段がない? そんなことが、あり得るのか? 本当に、何も効かないのかよ?
再び二人の戦いに目を向けると、ルキナが首筋をめがけて剣を振るった。ブラドは、それを避けることもしなかった。
「な……ッ!」
普通の人間を相手にしていたら、間違いなく死んでいた。だが、ブラドは傷一つなく、怯むこともなく立っている。
奴は自分の首に突き立てられている刀身を素手で掴み、呆気に取られて無防備になっているルキナの腹部に、強烈な蹴りを入れた。
言うまでもなく、剣を強く握ったはずの左手から一滴の血を流すこともなく。
ルキナの手は剣から離れ、そのまま地面に倒れた。
「なんだよ、それ……。じゃあ、俺たちはどうやって勝ったらいいんだよ!」
「だから、一旦退くんだ。対策をして、もう一度戦う。今はルキナも連れて逃げるんだ」
「逃げるったって……」
ルキナがやられ、ルイスも手を貸さずには歩ける状況じゃない。俺の身体一つで人間二人を抱えて逃げることはできない。
「――俺が一人でもこの場から逃がすと思うか」
ルイスと口論している間に、目の前に迫ってきていたのはブラド。その右手はルキナの首を掴み、彼女の身体を引きずるようにして近づいてきていた。
苦しげなルキナの姿を目の当たりにして、心臓の奥の方が音を立てて震えた気がした。
「ここまで追いつめたお前たちを逃がすほど、俺は甘い男だと思うか?」
「……ルキナを放せよ」
「このざまを見てなお、そんな目をするか。お前はそんなに強いのか? そんなことはないはずだ。お前が強いなら、お前は最初からこの女より前に立って戦ったはずだ。実力の差も測れない莫迦は、黙っていろ」
莫迦、か。たしかにそうだ。
分かってたはずだ。やばい奴を目の前にしなきゃいけないってことくらい。
分かってたはずだ。俺がいたところで何の力にもなれはしないってことくらい。
でも、俺は強い彼女に憧れてしまった。
見知らぬ誰かを守るために、こんなに危険な奴とも戦う彼女に、憧れてしまった。
俺には何もない。でも、だからこそ。
俺の魂は、俺が創り上げていく。
「悪いな、ルイスさん。あんた、ここで待っててくれ」
「な、何を……」
俺はその場で膝を折り、ルイスの身体を再び地面に横たえた。ルイスは俺に手を伸ばし制止しようとするが、俺は彼に背を向けて、真っ直ぐにブラドを見据えた。
「……その手を、放しやがれぇぇッ!」
拳を握り、奴に向かって走り出す。剣も魔道も効かない奴にとってはパンチなんて屁でもないだろうが、少しでも俺に気が向けば、ルキナが解放されるかもしれない。
ヒーローじゃなくていい。泥臭いバカで構わない。ルキナを守れれば、何でもいい。そういう人間になるって、俺は決めたんだよ!
「おらぁぁぁぁッ!」
「……莫迦が」
拳がブラドの顔面に伸びていくのと同時に、視界の端で奴の右足が俺の脇腹に迫っていることに気がついた。
素人のパンチと熟練者の蹴りではスピードが段違いだ。このままでは、拳が届く前に蹴り飛ばされる。先ほどのルキナに対する攻撃を見ても、あばらの骨が何本かいきそうだ。
避けろ、と。俺は自分の身体に訴える。だが、すでにパンチに全体重を乗せていた身体は思うようには動かない。もはや何かの奇跡に縋るほかに、方法はなかった。
何でもいい。
無様にすっ転んでもいい。
だから、避けろ。避けろよ!
目を瞑って俺は、俺の身体に叫ぶ。
「避けろ!」
数秒。いつまでも痛みは襲ってこない。代わりに届いたのは。
「……お前。今、何をした?」
困惑したようなブラドの声だった。
「……は?」
奇妙なことに、その声が聞こえてきたのは背後からで。
俺が振り返ると、こちらに背を向けるブラドが立っていた。




