ゼロの英雄
「スレイ」という名を授かった。
英雄の名を、授かった。
かつて命を救ってくれた女性が与えてくれた名だ。
強く、強く憧れた人にもらった、大切な名だった。
けれど、自分が「スレイ」でさえなかったならば、きっとこんなに苦しむことはなかった。
名前など、もらうべきではなかった。
――俺の命に、意味なんてあるんだろうか。
――俺は、どうして生まれてきたんだろう。
ドルドにとって無価値な俺は、仲間だと思っていたあいつらと、もう共にいられない。
誰より信頼していたルキナが俺を拒んだあの目が、未だ瞼の裏に焼き付いていた。
その拒絶の記憶が、耐えがたい孤独を運んでくる。
王都は戦火に包まれていた。辺りに響く悲鳴に耳を塞ぎ、足元に目線を落として歩みを進める。
俺は、何か間違えたのだろうか。
今の俺が、何かの誤りの結果だとするならば、果たして正しい道はどこにあったというのだろうか。
たとえば奴ならば。
奴ならば、もっと生きやすい世界を選ぶことができたのだろうか。
今、この場所に立ってもなお、正しく英雄であることができたのだろうか。
ふと、正面に人の気配を感じた。敵、だろうか。
ゆっくりと顔を上げる。
「……お前は、」
刀を握り、そこに立っていたのは。
「『スレイ』、だな?」
一度、写真を見せてもらっただけだが、その男の顔だけは忘れるはずがなかった。
俺の、片割れ。
あるいは、本物の俺。
「こんなときに出会うなんてな」
不思議と笑いが込み上げてきた。
当てもなく歩いていたつもりだったが、俺は心のどこかで、この男との邂逅を期待していたのかもしれない。
「なあ……俺じゃ、なかったんだ。お前だったんだよ。お前こそが、俺であるべきだったんだ。俺は、お前の紛い物だ……。だから、殺せ。お前が。俺を。今。ここで。それが最後の、正しい道だ」
空しさは心に雪を積もらせ、胸の内から熱を奪い尽くしていた。
哀れむような視線が突き刺さる。俺たちの立場が違っていれば、お前は英雄らしく俺に手を差し伸べてくれただろうか。なんて。仮にそんな「もしも」があったとしても、俺みたいな人間は、その救いを価値あるものにはできない。どこまで行っても俺は俺だ。今さら希望を見出すには、自分自身への失望の色が濃すぎた。
唯一俺を救いへと導く白銀の刃は辺りの紅炎の光を頼りに、揺らめく輝きを放っていた。
さあ、俺を殺せ。
「……じゃあな」
街のいたるところで戦いによる轟音が響く中、小さな声がかすかに大気を揺らし、耳に届いた。
――――次の瞬間、俺の胸には刃が深々と突き刺さっていた。




