第8話「学内決闘・再戦」
放課後の学園裏庭――。
夕陽が差し込み、赤く染まった芝の上で、二つの影が向かい合っていた。
「黒瀬ユウマ! 今度こそ、君との決着をつける!」
剣を構える御剣レオンの瞳は、真剣そのものだった。
彼は学園内でも指折りの実力者。正統派剣術の名門〈御剣流〉の次期継承者であり、その剣筋は見る者を圧倒する。
だが彼は――信じていた。
あの凡人・黒瀬ユウマこそ、自分を遥かに凌駕する「最強の存在」だと。
「……えぇと、レオン。俺、今日は図書委員の当番で本運ばなきゃなんだけど」
「言い訳は不要! 貴様が避け続けようとも、宿命はここにある!」
「……宿命って何だよ」
ユウマはため息をつきながらも、剣を持たされていた。もちろん練習用の木剣だが、それでも本人はおっかなびっくりだ。
観戦者は自然と集まっていた。
幼馴染のミサキは「また始まった……」と呆れ顔。
策略家のカナメは腕を組み、「さて今回はどう転ぶか」と興味深そうに眺めている。
さらに新聞部のリョウまで現れ、カメラを構え始めていた。
「ユウマ、頑張ってー!」
妹のアイナまで声援を送る。
「……お兄ちゃん、また伝説作っちゃうんだろうなぁ」
「やめてくれ、プレッシャーしかない!」
試合開始の合図はなかった。
レオンが鋭く踏み込み、真横から木剣を振り抜く。風を切る音が響き、観客たちの息が止まる。
「速い!」
「本気の御剣流だ!」
だが――ユウマは咄嗟に体をひねった。
理由は単純。足元の石につまずいてよろめいただけだった。
その瞬間。
「なっ……!?」
レオンの斬撃は大きく外れ、背後の木に激突。木の皮がバリッと裂け、観衆から悲鳴が上がる。
ユウマは必死に体勢を立て直しながら叫んだ。
「あっぶな! 危うく転ぶとこだった!」
しかし観客の耳には、まるで「相手の一撃を見切って回避した」ようにしか聞こえない。
「……見えたのか? 御剣流の初太刀を……」
「バカな、あれを避けられるなんて……」
誤解は加速していく。
「ならば次こそ!」
レオンは歯を食いしばり、連撃を放つ。左右の斬撃が風車のように迫り、普通の生徒なら目で追うこともできない。
「ちょ、ちょっと待て! 無理無理無理!」
ユウマは慌てて後ずさる。
そのとき――。
近くの図書館裏で組み立て途中だった棚が、ギシリと音を立てて傾いた。
「うわっ!?」
ユウマは思わずしゃがみこむ。
――ゴンッ!
倒れてきた棚の角が、ちょうどレオンの木剣を叩き落とした。
「ぐっ……!?」
彼は動揺し、隙を晒す。
ユウマは状況も分からず、慌てて立ち上がった。
「って、危なかったなー……あ、剣落ちてるよ」
その姿は――まるで「完璧にカウンターを決めた達人」にしか見えなかった。
沈黙の数秒。
「……また……だ」
レオンは唇を震わせた。
「黒瀬ユウマ。やはり君は……手加減をしているな?」
「いやしてねぇよ!?」
「そうだ……そうに違いない! 本気を出せば僕など一太刀で倒せる。だが君は、敢えて僕に学ばせるために……!」
勝手に自己解釈を膨らませるレオンに、周囲の観客も同調し始める。
「さすがユウマ先輩……!」
「圧倒的な強者の余裕だ……!」
「その優しさが、また伝説を作るのね!」
新聞部リョウは興奮気味にシャッターを切る。
「“無敗の男、再び奇跡の勝利”……これは号外案件だ!」
「やめろォォォ!」ユウマの悲鳴は虚しく響いた。
決闘の後。
夕暮れの廊下で、ミサキが小声でユウマに言う。
「……ユウマ。本当に、ただの偶然なんだよね?」
「当たり前だろ! 俺、剣術なんて素人だぞ!?」
「でも……。あの動き、やっぱりわざとにしか見えなかった」
ミサキの心に小さな揺らぎが生まれていた。
隣にいるだけの“ただの幼馴染”――そう思ってきたのに。
「……最強、なのかも」
彼女はその言葉を飲み込み、代わりに笑顔を作った。
「とにかく、お疲れさま。夕飯、今日は奢るから!」
「マジで!? やったー!」
ユウマは無邪気に喜ぶ。その姿に、ミサキは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
一方その頃、レオンは剣を見つめながら独りごちていた。
「……必ず追いついてみせる。黒瀬ユウマ……!」
彼は知らない。
ユウマがただ石につまずき、棚に驚いただけだったことを。
だが、誤解はすでに止められない。
――“最強伝説”は、また一歩大きく広がっていくのだった。
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