第6話「文化祭の小さな事件」
秋晴れの空の下、学園は文化祭の準備でにぎわっていた。廊下には模造紙やペンキの匂いが立ち込め、あちこちから笑い声や指示の声が飛び交う。普段は勉強漬けの空間が、一気にお祭りムードに染まっている。
「ユウマ、ちょっと手伝ってよ!」
教室の扉を開けた幼馴染の白石ミサキが、エプロン姿で手を振る。
「俺か? 仕方ないな……最強の俺が動けば百人力だ」
「また始まった……。いいからペンキ缶、そっちに運んで」
ユウマは鼻歌交じりでペンキ缶を持ち上げる。重さにふらつきながらも、なぜか絶妙なタイミングで通りかかった後輩が手を貸してくれた。まるで全てが計算されていたかのようにスムーズに移動し、周囲の生徒たちは感心した顔を見せる。
「……やっぱり黒瀬先輩、只者じゃないな」
「動きに無駄がない。あれは武人の所作だ」
ユウマ本人はただ必死で持ちこたえていただけだった。
やがて文化祭当日。
学園の体育館では「魔導工学部」の展示が注目を集めていた。異国風の歯車が組み合わさり、きらめく水晶が脈動する装置。その名も《エーテル循環式ミニ水車》。
「……すごい、なんか光ってる!」
「異世界っぽい! カッコいい!」
来場者の生徒や保護者が興奮気味に覗き込む。だが制御が不安定らしく、時折「ギギッ」と不穏な音を立てていた。部員たちが慌てて調整するも、なかなか安定しない。
そこへ、ユウマが屋台の焼きそばを片手にふらりと登場した。
「む、ここが噂の展示か。俺の目を楽しませてみせろ」
「……食べ歩きながら偉そうに言わないで!」ミサキが慌てて制止する。
しかし、運命の歯車は回り始めていた。
突然、装置が激しく唸りを上げた。
「危ない! 制御が外れた!」
部員が叫んだ直後、水晶が眩しく点滅し、歯車が逆回転を始める。会場の空気がざわめきに変わり、逃げ腰になる観客。
ユウマは――鼻に青海苔をつけたまま――のんびりと装置に近づいた。
「ふむ……少し騒がしいな」
「ちょ、ユウマ! 危ないから下がって!」ミサキの叫びも届かない。
彼は焼きそばの皿を置こうとしてバランスを崩し、よろめきながら装置の横に手をついた。
その瞬間――。
「……っ、緊急安全装置が作動した!?」
「ありえない! あのレバー、固くて誰も動かせなかったのに!」
カチリ、と音を立て、装置が静かに回転を止める。暴走は収束し、光も穏やかに消えた。
観客のどよめきが歓声に変わる。
「すごい! 一瞬で暴走を抑えたぞ!」
「冷静沈着な判断力……これが“最強”か……!」
ユウマはポカンとしたまま、鼻についていた青海苔を指でぬぐった。
「……ふむ。最強の俺が動けば、この程度の機械など赤子の手をひねるが如し、だな」
「いや完全に偶然でしょ!?」ミサキが頭を抱える。
その場に居合わせた策略家・橘カナメは眼鏡を光らせる。
(……待て。あの動作、まるで安全装置の存在を知っていたかのように……。いや、違う。きっと深謀遠慮が隠されているに違いない)
彼は勝手に推理を膨らませ、メモ帳に走り書きを始める。
後日。
学園新聞の一面には大きくこう書かれていた。
《暴走装置を一瞬で鎮めた“最強の救世主”! 黒瀬ユウマの真の実力とは!?》
記事の横には、鼻に青海苔をつけたまま堂々と立つユウマの写真が載っていた。
「……なんでよりによってこの写真……」
「いや、逆にカッコいいって評判だぞ」
「うそでしょ!?」
ミサキの叫びが、今日も学園に響き渡った。
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