第5話「体育祭での“英雄”」
初夏の陽気がじりじりと肌を焼く。学園のグラウンドには色とりどりのテントが並び、体育祭特有のざわめきが広がっていた。応援の声、ホイッスルの音、アナウンスのざらついた響き。どこを見てもエネルギーに満ち溢れている。
「ねえユウマ、本当に大丈夫なの? アンタ、普段から運動得意じゃないでしょ」
白石ミサキが心配そうに視線を向けてくる。彼女は白いハチマキを額に巻き、元気いっぱいにクラスの応援をしていた。対して、ユウマは腕を組み、グラウンドを見渡して涼しい顔をしている。
「フッ……俺にとって勝利など、呼吸と同じだ。意識せずとも訪れるものだ」
「はいはい、出たよ最強発言……。いや、マジで転んで大恥とかやめてよ?」
呆れ混じりのツッコミを返しつつも、ミサキの胸の奥には妙な不安と期待が入り混じっていた。――だって、これまで何度も、ユウマは“偶然”を味方につけて奇跡みたいな結果を出してきたのだ。今日もまた、そうなるのだろうか。
ほどなくして、アナウンスが流れる。
『次の競技、三年生による障害物リレーを開始します! 代表はグラウンドに集合してください!』
ユウマはハチマキをきゅっと締め直す。
「出番だな。最強の走りを見せるとしよう」
「……頼むから、普通に走って普通に終わって」
障害物リレーは、学園名物のイベントだった。平均台、麻袋ジャンプ、網くぐり、最後はポールを駆け抜けゴール。シンプルだがハプニングが多く、毎年爆笑と歓声を呼ぶ。
ユウマの順番はちょうど中盤。バトンを受け取ると同時に、スタンドから大きな歓声が響いた。
「おおっ、黒瀬だ!」
「“不敗”の黒瀬がついに走るぞ!」
新聞部の東堂リョウがグラウンド脇でメモを取り、学園アイドルのユリナはスマホを掲げて実況中継をしている。その熱気にユウマは余裕の笑みを浮かべた。
「観客の期待……当然だな」
「いや、絶対なんか勘違いされてるから!」
ミサキの叫びは、喧騒にかき消されていった。
スタートの合図。ユウマはバトンを受け取り、最初の障害・平均台へ。
が、最初の一歩目で盛大につまずいた。
「うわっ!」
派手に前のめりに倒れ――だが、その身体は奇跡的なバランスで平均台の上を一回転。華麗な宙返りを決めて、まるで体操選手のように着地してしまった。
「「おおおおおおお!!」」
観客が一斉にどよめき、レオンが目を剥いた。
「な……あれは……! わざと転んで衝撃を逃がし、回転で軌道修正した……!? 神業だ……!」
実況の先生も声を裏返らせる。
『黒瀬くん、驚異のアクロバットで平均台を突破ーーー!』
「いやいや、ただの事故だから!」
ミサキがツッコミを入れるが、誰も聞いていなかっ
た。
次は麻袋ジャンプ。ユウマは袋に片足を入れ――勢い余って二度も袋を踏み外す。
「ぐっ……!」
だがその結果、袋が足に絡みつき、まるでバネのようにユウマを前方へ跳ね飛ばした。彼は他の選手を一気に追い抜き、ふわりと砂煙の中に着地する。
「す、すげえ……!」
「袋の反動を利用した……まさに肉体の理を知る者!」
観客席でゴウが涙を流していた。
「ユウマァ! お前はやっぱり規格外だァァ!」
ユウマ本人は砂を払いながら、しれっと言う。
「フッ、遊びは終わりだ」
「いや、遊びですらないってば!」
続いて網くぐり。普通なら四つん這いで抜けるだけだが――ユウマは頭を打ち、網を持ち上げる形に。網全体がふわりと浮き、後続の選手が通りやすくなった。
「黒瀬くん、後ろの生徒の道まで切り開いたぁー!」
『慈悲深き勇者だ!』と実況が勝手に盛り上げる。
ユウマは額をさすりつつ、何事もなかったように前進。
(……いや、完全に事故だったよな今の)
ミサキは頭を抱えた。だが周囲の視線は熱狂の渦だ。
最後の直線。旗を奪ってゴールするのがルールだ。
ユウマは猛然とダッシュ――した瞬間、足がもつれて豪快に転倒した。
転がった身体はそのままゴロゴロと回転し、ポールにぶつかり、旗がポーンと宙に舞う。偶然にもユウマの手に収まり、そのままゴールラインを滑り込んだ。
「「「うおおおおおおお!!!」」」
スタンド総立ち。紙吹雪まで舞い始める。
『黒瀬くん! 劇的勝利! まさに英雄的フィニッシュです!』
「フッ……勝利は必然」
砂まみれで立ち上がるユウマは、いつになく堂々とした笑みを浮かべる。
ミサキは口をぱくぱくさせるしかなかった。
(……なんでこうなるのよ!?)
競技が終わっても、観客の熱は冷めなかった。
「黒瀬先輩、カッコよすぎます!」
「やっぱり“最強”は本物だ……!」
ユリナはSNSに「#黒瀬最強」「#英雄フィニッシュ」とタグをつけて投稿。瞬く間に校外まで拡散し、商店街の人々まで噂を耳にすることになった。
その様子を見ていた新聞部のリョウは、満面の笑みを浮かべる。
「見出しは決まりだな……“奇跡の英雄、黒瀬ユウマ”。次号の一面はこれだ!」
一方、観客席の片隅で、学園長クロードは目を細めていた。
「……やはり、ただ者ではないな。私の目に狂いはなかった」
彼の脳裏には、古の予言の一節がよぎる。
《偽りなき最強の勇者、現れし時、魔を退けん》
「まさか……いや、しかし……」
学園長は深く考え込むが、その背後ではミサキが頭を抱えていた。
「……ほんとに大丈夫なの、この勘違い連鎖」
こうして、黒瀬ユウマは“体育祭の英雄”として学園中に名を轟かせることになった。
それはまだ序章にすぎない――本人だけが気づかぬまま。
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