第23話「暗殺未遂と波紋」
学園の中庭は、夕刻の陽光に染まっていた。
公開模擬戦の騒動から数日。学園の空気は浮き立ちながらも、どこか落ち着きを欠いている。
「ユウマ様は……やはり本物なのでしょうか」
「うむ、あの模擬戦を見ただろう? 凡百の剣士では太刀打ちできぬ」
「いやしかし……あまりに“出来過ぎ”ではないか?」
学園のあちこちでそんな囁きが交わされていた。
新聞部の東堂リョウが記事を乱発したことで、ユウマの名は爆発的に広まり、「次代の勇者候補」として祭り上げられつつある。
一方で冷静な学者や研究者たち――特に魔法理論を重んじる連中は、眉をひそめていた。
そしてその疑念が、思わぬ形で事態を動かしていく。
夜。
学園の講堂では、翌日に行われる「勇者候補お披露目儀式」の準備が進んでいた。
王都からの使者も招かれる大規模な式典だ。
「兄さん、ちょっと落ち着きなよ」
黒瀬アイナが腕を組んでユウマを睨む。
「これ、ただの儀式だよ? 兄さんは立ってるだけでいいんだから」
「ふっ……立っているだけで世界を揺るがせる。それが俺だからな」
ユウマは自信満々に胸を張る。だが内心は、汗だくだった。
(いやマジで何するんだよ俺。勇者候補? 意味わかんねえし。俺、ただ剣道部補欠だぞ!?)
そこへ、ひらりと影が忍び寄る。
黒影シズハだった。
「……ユウマ様、警戒を」
「ん? 何をだ?」
「影が騒いでいます。この儀式……必ず狙われる」
シズハの声音は冷え切っていた。彼女は裏社会からの情報を既に掴んでいた。
――魔王軍の刺客、カゲロウ。暗殺のプロが、勇者候補の命を奪うべく動いていると。
そして翌日。
講堂は人で溢れ返っていた。王都の貴族や軍の代表、学園の教師、生徒たち。
壇上には、王国姫セリシアの姿もある。
「それでは――これより、“勇者候補”お披露目の式を執り行います!」
学園長クロードの宣言に、場内はどよめいた。
ユウマが歩み出る。観衆の視線が一斉に集まった。
(ひぃぃぃぃ……やべえ……胃が痛え……)
顔には余裕の笑みを貼り付けながら、心臓は爆発寸前。
その瞬間。
――ヒュン。
空気を裂く音。
ユウマの背後に忍び寄る黒影。手には毒刃。
暗殺者カゲロウの一撃。
群衆の誰も気づかない速さ。
普通の人間なら、絶対に避けられない。
だが――。
「ぐおっ……!? あっぶねえな!」
ユウマは壇上に置いてあった水差しを、緊張で手を震わせて倒してしまった。
その拍子に、床が濡れて滑りやすくなる。
暗殺者は踏み込んだ瞬間、ツルンと派手に転倒。
「なっ……!?」
毒刃はユウマの真横を通り過ぎ、壇上の床板に突き刺さる。
観衆がどよめいた。
「今の……見たか!?」
「暗殺者の一撃を、無意識に回避しただと!?」
「水差しを利用して相手の足を奪うとは……恐るべき先読みだ!」
「いや俺、ただこぼしただけだから!!」
心の中で絶叫するユウマ。
しかし群衆の目には、彼が冷静に刺客を迎撃したとしか映らない。
暗殺者カゲロウは転倒から立ち上がり、再び襲いかかろうとする。
だがその前に――
「見破ったぞ」
シズハが舞い降り、短刀で進路を塞いだ。
「貴様……我が監視対象を害そうとするか」
忍び同士の激しい攻防が始まる。だが観衆の視線はユウマに釘付けだった。
「彼は動じない……暗殺者すら恐れぬ」
「真の勇者の器か……」
「いや、もはや伝説を超えた存在だ」
勝手に評価が天井を突き抜けていく。
結局、カゲロウは退却した。
シズハに追い詰められ、煙幕と共に姿を消したのだ。
式典は一時中断されたが、事態は逆にユウマの評価を決定的なものとした。
「暗殺を退けた勇者候補!」
「やはりあの少年こそ、偽りなき最強の勇者だ!」
新聞部の東堂リョウは、早くもペンを走らせている。
「“勇者候補、暗殺をも退ける”……これだ!」
その夜。
ユウマは寮のベッドで天井を見上げていた。
「……俺、死ぬかと思った」
暗殺者の刃が掠めた瞬間を思い出すと、震えが止まらない。
だが次の瞬間、窓の外から歓声が聞こえた。
「ユウマ様ー!」
「勇者候補ばんざーい!」
寮の前に、生徒や街の人々が集まり、歌や花火まで打ち上げていた。
「……はは。俺、もう戻れねえな」
ユウマは苦笑した。
内心はぐちゃぐちゃに揺れているのに、周囲の世界は“英雄”としての彼を求め続ける。
その矛盾が、これから先の波乱を予感させるのだった。
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