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第22話「冷静な者たちの疑念」

 模擬戦の大騒ぎから数日後。学園はまだ「勇者候補・黒瀬ユウマ」の話題で持ちきりだった。


 ――だがその熱狂の裏で、別の空気もまた確実に広がっていた。


「……おかしい。あまりにも出来すぎている」


 学園の研究棟の奥、書物と実験器具が積み上がる静かな部屋で、一人の壮年の学者が低くつぶやいた。


 彼の名は エトワール・バスティアン。王国魔法学会でも特に理論派として知られる教授である。感情よりも論理、伝説よりも検証を重んじるその姿勢から「冷徹のエトワール」と呼ばれていた。


 机の上には模擬戦の記録映像。ユウマが転びそうになった拍子に相手の攻撃をかわし、魔力暴走を逆に制御した“奇跡”の瞬間が何度も再生される。


「どう考えても制御の動きではない。あれは偶然だ。……だが群衆は喝采し、王女殿下すら信じている。まったく、世の中は感情に支配されすぎだ」


 そこへノックの音。扉を開けて入ってきたのは二人の若き研究員――魔法学科の助教 マリウス と、歴史学徒の エリナ だった。


「教授、例の件で集めた資料を持ってきました」

「こちらは過去の“偽勇者”事件の記録です。似たケースが複数……」


 エトワールは頷き、彼らの手から分厚い資料を受け取った。


「よろしい。我々の仮説を補強する材料になるだろう。――黒瀬ユウマは『最強の勇者』などではなく、ただの凡庸な少年だ。偶然と誤解が重なっているに過ぎん。だが問題は……」

「……世間がそれを許さない、ということですね」エリナが口を挟む。

「ええ。もし虚偽の勇者に国の未来を預ければ、それは王国にとって致命傷となります」


 エトワールの眼差しは鋭く冷たい。まるでガラスの刃のように、熱狂を切り裂こうとしていた。


 一方そのころ、ユウマ本人は。


「うーん……やっぱ勇者のオーラってのは背筋を伸ばすと出るんだよな!」


 鏡の前でドヤ顔ポーズを研究中だった。


「兄さん、それただのナルシストポーズにしか見えないよ……」


 呆れ顔のアイナ。


「お兄ちゃんはやっぱりすごい!って広まってるから大丈夫!」


 と、真顔で励ますあたり、この妹も相当危険である。


 そんな他愛ないやりとりの裏で、冷静な者たちの「疑念」は着実に膨らんでいった。


 その夜。研究棟の秘密会議室。


 エトワール教授を中心に十数人の学者・研究者たちが集まっていた。机の上には魔導測定器、血統記録、水晶球などが並んでいる。


「諸君、我々の目的はただ一つ――“真実”を明らかにすることだ」


 エトワールの声は重々しく響いた。


「王国が勇者を必要としているのは理解している。だが偽りを基盤にするなら、いずれ国は崩壊する。だからこそ、我々は密かに再検査を行うべきなのだ」


 マリウスが慎重に手を挙げる。


「ですが教授、王国と学園はすでにユウマ君を勇者候補と発表する準備を進めています。そんな中で我々が異を唱えれば――」

「愚か者!」エトワールは机を叩いた。

「科学は権力に屈してはならん! それは学者の自殺行為だ!」


 ざわつく研究者たち。


 やがてエリナが小さく息を呑み、震える声で言った。


「……では具体的には、どうやって“再検査”を?」

「方法はある」


 エトワールは机に置かれた青い水晶を指差した。


「これは“真実の魔眼石”。対象者の潜在魔力量を正確に測定する秘宝だ。勇者の器ならば常人の十倍以上の値が出る。――これを用いれば、一目瞭然となるだろう」

「ですが……彼が拒否したら?」

「拒否する時点で怪しい。公にする必要はない。あくまで密かに、だ」


 その言葉に、場の空気が張り詰めた。


 まるで地下に新たな陰謀の根が張るかのように。


 翌日。


「おーい、ユウマ君! ちょっと研究室まで来てくれないか?」


 エトワール教授が、妙ににこやかな顔で呼び止めてきた。


「ん? ああ、いいっすよ! 俺、勇者候補だし? なんか大事な検査っすかね!」


 ユウマは胸を張って快諾する。


(ちょろい……)


 エトワールの口元がかすかに歪んだ。


 研究室に通されると、そこには青く輝く大水晶が設置されていた。


「これはな、勇者としての資質を確認する最終調整装置だ。手を置いてくれればいい」

「おお、なるほどな! やっぱ勇者専用のアイテムってあるんだな!」


 ユウマは疑いもなく水晶に手を置く。


 瞬間――バチィッ!!


「うわっ!? なんだこれ! 静電気!?」


 ユウマがビクッと肩をすくめ、水晶を慌てて放した。


 すると水晶は眩い光を放ち、室内が青白く照らされた。


 ――計測値は、最大値。


「なっ……!」


 学者たちが一斉に立ち上がる。


「記録を超えた……!? そんな馬鹿な……!」

「これは……勇者どころか、神話級……!」


 エトワールは蒼白になった。


(ば、馬鹿な……あれはただの静電気反応だろう!? だが数値は確かに……!)


 ユウマはというと。


「いやー、俺が触るとなんか壊れちゃうんだよなぁ。やっぱ最強すぎると機械がついてこれねぇってことか?」


 その自信満々のドヤ顔に、学者たちは誰一人反論できなかった。


 こうして「冷静な者たち」による密かな再検査は――逆効果に終わった。


 ユウマの“最強”伝説は、さらに強固なものとして広まっていくことになる。


 だがエトワールの心の奥底には、なお消えぬ疑念が残っていた。


(……偶然の連鎖にしか見えん。だが、もし本当に神話級の器を持つとすれば……この少年の存在は、世界の秩序そのものを揺るがす)


 学者の冷たい眼差しは、ユウマの背中を追い続けていた。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。

今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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