第21話「公開模擬戦の失敗」
学園の広場に、異様な熱気が満ちていた。
晴れ渡る空の下、数百名の生徒と教師、さらには王都から視察に来た貴族たちまでが詰めかけている。舞台は円形の模擬戦場。周囲には旗がはためき、観覧席では新聞部の東堂リョウが早くもペンを走らせていた。
「さぁ! いよいよ勇者候補を決める公開模擬戦の幕が上がります!」
東堂が大げさに叫ぶたび、観客のざわめきは熱を帯びていく。
本日の主役はもちろん――黒瀬ユウマ。
当の本人は、戦場中央で腕を組み、いかにも自信満々といった表情を浮かべていた。
(ふふ……模擬戦か。俺の力を見せるいい機会だな。まぁ俺が最強なのは当たり前だけどな)
その思考は、あくまで本気である。
実力は凡人そのもの、だが本人の自己認識はいつだって最強。
そして――周囲の全員もまた、彼の奇行を「深謀遠慮」と誤解し続けているのだった。
模擬戦の対戦相手として選ばれたのは御剣レオン。
学園随一の剣術エリートであり、常に冷静沈着な彼も、この勝負には並々ならぬ闘志を燃やしていた。
「黒瀬……今度こそ、君の力の真実を見抜いてみせる!」
しかしレオンの脳裏には、何度も敗北した記憶が蘇る。
ユウマがただ転んだだけで剣が弾かれた。
ユウマが欠伸をした瞬間に攻撃が空を切った。
偶然が積み重なり、レオンは「手加減されている」と思い込んでしまったのだ。
観客席では、白石ミサキがぎゅっと手を握りしめていた。
「ユウマ……また奇跡を起こすの?」
心のどこかで「彼は本当に最強なんじゃ」と揺らぐ自分に戸惑っていた。
一方、神楽サラは顔を赤らめながらも腕を組み、そっぽを向く。
「べ、別に応援なんてしてないんだから! ただ……失敗したら恥ずかしいでしょ、クラスの名誉的に!」
学園長クロードは腕を組んで頷いていた。
「よいぞ、ユウマよ。この試練を経てこそ、真の勇者に近づける……!」
ところが、この模擬戦には裏の企みが仕込まれていた。
新聞部の一部と、冷静派の学者グループが結託し、ユウマの「正体」を暴こうとしたのだ。
模擬戦場の足元には小細工が施され、レオンの剣にはわずかな仕掛けが加えられている。
狙いは単純――ユウマが凡人であることを、大衆の面前で証明すること。
「……これであの化け物じみた噂も打ち消せる」
舞台裏で学者たちが密談する。
だが、この計画がとんでもない方向に転がるのは、もう少し後の話だ。
「始め!」
審判の声が響いた瞬間、レオンは疾風のごとく踏み込んだ。
鋭い突きがユウマの胸を狙う。
「おっと!」
ユウマは軽く伸びをしようとして、一歩下がった。
その足が、仕込まれた仕掛けの板を踏み抜く――はずだった。
ところがタイミング悪く、観客席から飛んできた紙飛行機がユウマの肩に当たり、彼は思わず体をひねった。
結果、仕掛けは発動せず、逆にレオンの足がその板を踏み抜いてしまった。
ズボッ――!
「なっ……!?」
レオンの片足がはまり、体勢を崩す。
「ふん、そんな甘い攻撃が通じるかよ!」
ユウマは胸を張って見得を切った。
観客のどよめきが広がる。
「やはり……!」「わざと罠を逆用したのか!?」「恐ろしい読みだ!」
舞台裏で学者たちは青ざめる。
「なぜ……!? 仕掛けが逆に……!」
レオンは必死に立て直し、再び剣を振るった。
だが、その刃はユウマの頭上をかすめ――
「ふあぁ……」
ユウマが豪快に欠伸をした瞬間、その首が自然と下がり、攻撃を避けていた。
観客が再び騒然となる。
「見たか!」「欠伸すら戦術に組み込むとは……!」
「これが黒瀬ユウマ……!」
サラは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、何なのよあの余裕はっ! 信じられない!」
ミサキは両手を胸に当てて震えていた。
「……ユウマ、やっぱり本当に最強なんじゃ……」
最後の決定打は、完全に偶然だった。
レオンが渾身の一撃を放とうとしたその時――
観客席で東堂リョウが興奮のあまり立ち上がり、手にしていたインク瓶をひっくり返してしまった。
その瓶が傾斜を転がり、舞台へ。
ユウマはそれを「おっと、危ない」と拾い上げようと腰を屈めた。
直後――レオンの剣はユウマの頭上を空振りし、その反動で彼自身が大きくバランスを崩す。
結果、レオンは盛大に転倒。剣が彼の手を離れ、空中でくるりと回り、ユウマの足元にカランと落ちた。
ユウマはインク瓶を拾い上げたまま、にやりと笑
う。
「……勝負あり、だな」
観客は一斉に総立ちになった。
「すごい……!」「圧倒的だ!」「凡人ではありえない!」
学園長クロードは満足げに頷く。
「やはり……私の見る目に狂いはなかった」
舞台裏の学者たちは顔を青ざめさせた。
「な、何だこれは……! 全ての計画が……逆に彼を高めてしまった……!」
東堂リョウはペンを走らせながら興奮して叫ぶ。
「伝説だ……これは記事の一面だ! 『最強勇者候補、模擬戦で無敗の証明』!」
模擬戦後、レオンは悔しそうに唇を噛みながらも、ユウマに深々と頭を下げた。
「……やはり君は本物だ。私はまだまだ未熟だった」
「ふっ……まぁ当然だな。俺に勝てる奴なんて、この世にいない」
ユウマは胸を張って答えた。
その姿を見て、サラは思わず顔を赤らめながら呟く。
「くっ……なんでそんなにカッコつけてるのに……心がざわつくのよ……!」
ミサキは苦笑しつつも、瞳を潤ませていた。
「……ユウマ、やっぱりあなたは……」
こうして「公開模擬戦で凡人であることを暴く」という計画は、見事に裏目に出た。
結果、ユウマの「最強勇者候補」としての評価は、さらに高まってしまう。
舞台裏のシズハが、影の中からそっと呟いた。
「……あの男、すべての罠を無力化する……。これは偶然などではない。やはり底知れぬ存在……」
こうして、またひとつ――誤解が世界に広がっていった。
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