第20話「儀式の準備と舞台裏」
学園全体がざわついていた。
数日後に迫った「勇者候補発表の儀式」に向け、教師も生徒も朝から晩まで大忙しである。
普段は真面目な教員たちが大声で指示を飛ばし、廊下には装飾を運ぶ生徒、校庭には舞台を組み立てる大工たち。まるで学園祭以上の熱気だった。
「すごいな……なんか俺の入学式より盛り上がってるぞ」
ぽかんと眺めるユウマの隣で、幼馴染の白石ミサキが呆れ顔をする。
「当たり前でしょ。だって『勇者候補』なんだから」
「いや、候補とか言われても……俺としては、ただ最強を貫いてるだけなんだがな」
「(貫いてるっていうか、勝手に周りが騒いでるだけでしょ……)」
ミサキは心の中で突っ込みつつ、ため息を吐いた。
「黒瀬くん! ちょっとこっち来て!」
職員の一人が手を振る。
「ん、俺か?」
「当然でしょ。今日あなたの衣装合わせがあるのよ」
「……衣装?」
連れて行かれた先は大講堂の裏手。そこにはずらりと並んだ衣装箱、鏡、そして服飾委員の生徒たちが待ち構えていた。
「わぁ……すごい、本格的」
「王国の式典と合同だからね。勇者候補は特別扱いよ」
生徒の一人が箱を開けると、そこには黄金の刺繍が入った白のマント、光沢のある胸当て、宝石で飾られた剣のレプリカまで揃っている。
「おお……勇者っぽいな!」
ユウマは素直に感嘆した。
「着てみて、着てみて!」
衣装係が勢いよく彼を囲む。
そして数分後。
「……どうだ?」
鏡の前に立ったユウマは、まるで本当に伝説の勇者のようだった。
だが当人はただ腕を組んでポーズを取っているだけ。
周囲の生徒たちは目を輝かせる。
「似合いすぎる……!」
「完全に救世主じゃん!」
その盛り上がりに、少し離れた場所で書類を抱えていたツンデレ委員長――神楽サラが顔を赤くする。
「な、なによ……あんな格好でドヤ顔して……バカみたい……!」
しかし、彼女の心臓はドキドキと鳴っていた。
(ちょっと……似合いすぎでしょ……! あれで本人が中身スカスカなのが信じられないんだけど……)
「おい、ユウマ! そのマント、風を切って歩いてみろ!」
筋肉バカの轟木ゴウが叫ぶ。
「ほう、俺にウォーキングを求めるか。仕方ない」
ユウマはマントを翻し、廊下をゆっくり歩く。
その瞬間、突風が窓から吹き込み、マントが派手に広がった。
「うおおおおおっ!」
「マントが……翼みたいだ……!」
「光が差し込んで後光が射してる!」
偶然の風と夕日の逆光が、彼を神々しく演出していた。
サラは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ちょ、調子に乗らないでよこのバカァ! そんなのただの風じゃない!」
「む、風さえ俺に味方するか……やはり最強は自然すら従えるのだな」
「違うってばぁ!」
周囲の生徒は笑いながらも、ますます「やはり彼は本物だ」と確信していく。
その日の午後。
リハーサルが始まった。
舞台では式典の流れを確認する教師たちと、参加する代表生徒が練習している。
「ここで勇者候補が入場し――」
「光魔法で照明を!」
「楽団、ファンファーレ準備!」
派手すぎる演出に、ユウマは苦笑する。
「……おいおい、まるで俺が主役じゃないか」
「主役なんだよ……」とミサキが小声で突っ込む。
そして問題のシーン――「勇者候補による決意表明」。
「黒瀬、ここで一言。『この命を王国に捧ぐ』みたいなやつを言って」
「なるほど……だが俺は嘘は言わん。俺が言うのはただ一つ」
ユウマは舞台の中央に立ち、腕を組み、真顔で言い放った。
「――俺が最強だ」
静寂。
だが次の瞬間、舞台袖で光魔法が暴発。爆音とともに閃光が走り、観客席の生徒たちは衝撃に包まれる。
「ひぃっ!」
「な、なんだ今の……!」
爆発音の直後に響いたのは「俺が最強だ」。
誰もが「これは演出だ」と誤解した。
「すげぇ……! 決意表明と同時に魔力を解き放ったんだ!」
「ただ言うだけじゃなく、力で証明するなんて……!」
喝采が巻き起こり、教師たちまで拍手している。
「……偶然にも程があるだろ……」
ミサキは頭を抱えた。
「ふん……」
サラはそっぽを向いて腕を組む。
「なにを言っても、あの人は結局……最強で通っちゃうんだから。ほんと……ずるい」
だが、その横顔はほんのり笑っていた。
(仕方ないわよね……あんなの、信じちゃうじゃない……)
その夜。
学園長クロードは資料をまとめながら、窓から満月を見上げていた。
「――整いつつあるな。舞台は」
その目はかつて勇者だった男の鋭さを宿していた。
ユウマがどれほど“偽り”であろうと、世間が彼を本物と信じれば歴史は動く。
クロードは静かに笑みを浮かべた。
「さあ――世界よ。新たな勇者を迎えるがいい」
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