第19話「学園長の助言」
夜が明け、学園はざわついていた。
昨日の挑戦者騒動は、早くも「黒瀬ユウマの圧倒的勝利」という形で語り継がれている。実際には天井の崩落や偶然の連鎖で勝手に挑戦者が敗北したに過ぎないのだが、当事者であるユウマは胸を張って「やっぱり俺は最強だ」と確信を強め、そして周囲はますます「彼こそ勇者」と思い込んでいる。
「黒瀬ユウマ、校長室に来るように」
突然の校内放送に、教室はざわついた。
「な、なんだって? 学園長が直々に呼び出し?」
「まさか……勇者任命式の前に、特別な指導が……!」
「すごい、もう完全に選ばれた人じゃん……」
クラスメイトたちの視線は羨望と敬意に満ちている。ユウマは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「……ついに来たか、俺の力を認める者が」
隣でノートを片付けていたミサキが、不安げに小声で囁いた。
「ユウマ、本当に大丈夫? 学園長先生って、昔は“伝説の勇者”って呼ばれてた人なんでしょ? 変なこと、言わないでよ」
「任せろ。俺の生き様そのものが答えだ」
自信満々に立ち上がるユウマを見て、ミサキは頭を抱えるしかなかった。
校長室の扉を開けると、重厚な木の香りと古びた書物の匂いが漂った。
椅子に腰かけていたのは、白髪混じりの髭をたくわえた男――学園長クロード。年老いてなお背筋はまっすぐで、瞳には鋭い光が宿っている。
「来たな、黒瀬ユウマ」
「呼び出しとは珍しいな。俺の強さを試すつもりか?」
ユウマは堂々と椅子に腰を下ろす。カタ、と足元の杖に当たって危うく転びかけたが、偶然バランスを取り直す姿は、クロードには「高度な体術」としか見えなかった。
クロードは目を細め、静かに笑った。
「……やはり只者ではないな。今の動き、常人には到底できぬ」
「む? まあな、俺にとっては呼吸するようなものだ」
(いや、ただつまずいただけだろ!?)と、ミサキが心の中で盛大に突っ込みを入れるが、口には出せない。
クロードは机の上に一冊の古い本を置いた。
「これは我が若き日の記録だ。かつて魔王軍と戦い、
多くの仲間を失った。その中で学んだことがある」
「ふむ……」
ユウマはページをめくる。字はほとんど読めず、イラストもぼんやりしているが、とりあえず深刻そうに頷いてみせる。
「勇者とは力を誇示する存在ではない。人々の希望を背負い、恐怖に立ち向かう者だ」
「……ほう」
「そして、時に自分の弱さをさらけ出す勇気も必要だ」
ユウマは少し考える素振りをして、そして口を開いた。
「なるほど。つまり俺が常に最強であることも、弱さを見せることも、すべては計算のうち……そういうことだな?」
クロードは目を輝かせる。
「計算で“弱さ”を演じるとは……深い。わしには到底真似できぬ境地よ」
(違う違う違う!!)ミサキの心の悲鳴も虚しく、クロードは完全に納得してしまった。
クロードは身を乗り出す。
「ユウマよ。近く大儀式が執り行われる。王国全土に“勇者候補”を発表する儀式だ。おそらく、お前の名が筆頭に挙がるだろう」
「ほう、当然だな」
「だが……覚悟しておけ。儀式はただの名誉ではない。お前が本物か否か、王家や諸国の目が注がれる」
ユウマは真剣な顔を作り、ゆっくりと頷いた。
「俺は最強だ。どのような試練も、誤解も――受けて立つ」
ミサキは一瞬ぎょっとした。
今の言葉には、ほんのわずかだが“虚勢”を張る響きが混じっていた。昨夜の自問自答の続きなのだろうか。
クロードは満足げに笑い、窓辺に立った。
「……わしはお前に未来を託す。お前の在り方が、この国の行く末を決めるのだ」
「任せろ」
ユウマは胸を叩いた。が、その瞬間、机の上の本が床に落ち、バサッとページが開く。
そこに描かれていたのは「かつての勇者が魔王に挑む姿」――偶然ユウマの髪型とそっくりなイラストだった。
「……!」
クロードの目が見開かれる。
「やはり……予言は正しかったのだ……!」
ミサキは慌てて拾い上げようとしたが、既にクロードの頭の中では「ユウマ=予言の勇者」が確定してしまっていた。
話が終わり、ユウマとミサキは校長室を後にする。
廊下を歩きながら、ミサキは溜息をついた。
「……ユウマ、なんであんなに堂々としちゃうの。学園長先生、完全に信じ込んでたじゃん」
「信じ込む? いや、真実を見抜いただけだろう」
「……」
ミサキはもう何も言えなかった。
ただ、彼女の胸の奥に小さな不安が芽生えていた。
――もしユウマが「偽りの勇者」として持ち上げられすぎたら、その先に待つのは栄光か、それとも破滅か。
一方その頃。
クロードは校長室で一人、遠い過去を思い出していた。
「若き日の我にはできなかった。だが、彼ならば……」
窓の外に広がる学園の庭。その空に、魔王軍の影が忍び寄りつつあることを、まだ誰も知らない。
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