第18話「深夜の自問」
夜の学園寮は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
虫の声が遠くで響き、廊下のランプが淡く灯る。部屋の窓からは月明かりが差し込み、白銀の光が床を照らしている。
その静寂の中で、黒瀬ユウマはベッドに寝転がり、天井を見つめていた。
「……やっぱり、オレって最強なんだよな」
自信満々に口にしたはずの言葉だった。だがその響きは、昼間みたいに勢いづいたものではなく、どこか空虚に響く。
今日――近隣学院からの挑戦者が現れ、派手に散っていった。
もちろん、ユウマ本人からすれば何もしていない。ただ、天井の梁が外れて落ちてきただけだ。相手は勝手に崩れ落ち、勝負にならなかった。
周囲は「黒瀬ユウマが放った見えぬ一撃で、相手を圧倒した」と解釈している。挑戦者も血相を変えて「悪霊の祟りだ!」と叫んで逃げていった。
だが、ユウマ自身は知っている。
――あれは完全に偶然だ。
「……なのに、みんなオレを“最強”だって言うんだよな」
ごろりと寝返りを打つ。月明かりが頬にかかり、瞳に光を宿す。
最強。
自分は昔からそう信じてきた。小学生の頃から、体育でドジを踏んでも「本気を出せば余裕」と心で呟いた。受験で散々な点数を取っても「世界がまだオレの力を受け止める準備ができていないだけ」だと強がった。
――でも。
ここに来てから、状況があまりにも違う。
偶然や不運で周囲が勝手に勘違いし、自分の「最強」の言葉に現実味を与えている。
「これって……オレが本当に“最強”だから起きてるのか? それとも、ただの……」
初めて芽生える疑念。
胸の奥で、ちくりとした痛みを覚えた。
そのとき。
「……ユウマ、起きてる?」
控えめなノックの音と共に、声が聞こえた。
聞き慣れた声――幼馴染の白石ミサキだ。
「あ、ああ。入っていいぞ」
返事をすると、扉がきしみを立てて開き、パジャマ姿のミサキが入ってきた。
月光を浴びた彼女は、昼間よりもずっと大人びて見える。髪はほどけ、肩にかかる。その姿にユウマは一瞬、言葉を忘れた。
「……眠れなかった?」
「ま、まあな」
ユウマは頭をかきながら誤魔化す。ミサキはベッドの端に腰掛け、じっと彼を見た。
「ユウマ、今日……挑戦者を倒したって、皆が騒いでる」
「倒したっていうか、勝手に潰れただけだ」
「そうだよね。私も見てたから分かる」
ミサキは小さく笑った。その笑みには、安堵と、どこか苦しさが混じっている。
「でも……どうしてだろう。あんな偶然なのに、私、ちょっとだけ思っちゃったの。“やっぱりユウマは特別なんだ”って」
ユウマは目を瞬かせる。
「……ミサキ、お前までそう思うのか?」
「……うん。子どもの頃から、ユウマが“最強だ”って言うのをずっと隣で聞いてきた。でも今は、皆がそれを信じてる。私だって……揺らぐんだよ」
彼女の声は震えていた。
ユウマは黙り込む。
本当の自分を知っているのはミサキだけだと思っていた。
でも、彼女でさえ、この状況に心を揺らがせている。
「なあ、ミサキ……オレって、本当に最強なのかな」
ぽつりと零れた言葉に、ミサキは目を丸くした。
ユウマがそんな風に“弱気”を見せるのは初めてだった。
「今までオレは、そう信じてきた。けど……みんなの期待に応えられるだけの力なんて、本当は持ってないんじゃないかって……少し、思うんだ」
言葉が途切れる。
胸の奥に溜まっていたものが、月光にさらされるように露わになった。
ミサキはそっと手を伸ばし、ユウマの手を握った。
「ユウマ。たとえ本当に“最強”じゃなくても……私はユウマの隣にいる」
「ミサキ……」
「だって、ユウマは昔から、私を笑わせてくれて、助けてくれて……“最強”かどうかなんて関係ない。私にとっては、ずっと特別なんだから」
真っ直ぐな瞳がユウマを射抜く。
その眼差しに、彼は一瞬息を呑んだ。胸の奥の痛みが、少しだけ和らぐ。
――最強かどうかは、もはや問題じゃないのかもしれない。
「……ありがとな、ミサキ」
「うん」
二人の間に、静かな沈黙が流れる。
窓から差し込む月光が、重なった手を照らした。
その光景を、誰も知らない。
だが、この夜の小さな会話が、ユウマにとって大きな意味を持つことになる。
彼はまだ知らなかった。
この翌日から、自分を取り巻く誤解と偶像化が、さらに加速していくことを――。
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