第17話「挑戦者来襲」
その知らせは、学園にとって突風のようだった。
「近隣の〈グランフェルト学院〉から挑戦者が来るってよ!」
「やっぱり黒瀬ユウマの強さに興味持ったんだ!」
「これは公開決闘か!? いや、伝説の幕開けか!?」
朝からざわめく校舎。
新聞部の東堂リョウは筆を走らせ、学園アイドル桜井ユリナは「きゃー! ユウマくんの勇姿がまた見られるのね!」と黄色い声を上げる。
だが、当の本人――黒瀬ユウマは、屋上でパンをかじりながらのんきに首をかしげていた。
「挑戦者……? なんだそりゃ。俺に挑んでどうすんだよ。最強相手に勝てるわけねーだろ」
彼は本気でそう信じている。
だが自覚はない。彼が「最強」だと思い込んでいるのは自己満足であって、実際の戦闘能力は凡人そのもの。だが、周囲の誤解と偶然が積み重なり、彼は今や
「学園の無敗伝説」となっていた。
その頃、訓練場では騒ぎが起きていた。
「我らが〈グランフェルト学院〉が誇る剣士――ライナー=ヴァルク様のおなーりだ!」
派手なマントを翻し、金髪碧眼の美男子が入場してきた。背後には従者をずらりと従え、本人もまた全身鎧に身を包んで輝いている。
観衆が「おお……!」と息を呑む中、ライナーは高らかに宣言した。
「黒瀬ユウマ! 貴様がこの地で“最強”と持て囃されていること、私の耳にも届いている! だが、この剣の前にひれ伏し、真の実力を思い知るがいい!」
決闘の口上を述べる彼。周囲は興奮の渦に包まれる。
だが、ユウマ本人は――
「ん? ……誰?」
の一言であった。
「ユウマ、ちゃんと聞きなさい!」
幼馴染の白石ミサキが必死に袖を引っ張る。
「相手はグランフェルトのトップ剣士よ!? 勝負を挑まれてるんだから、断ったら学園の名誉が……」
「えー? めんどくせぇなぁ。俺が本気出したら一瞬で終わっちまうだろ」
「…………(なんでそんなに自信あるの、この人)」
ミサキは思わず額に手を当てた。
彼女の中では葛藤がある。ユウマはただの凡人――そう思いたいのに、これまでの“奇跡”の数々が、どうしても「本当に最強なのでは?」という疑念を芽生えさせてしまうのだ。
決闘は学園の訓練場で行われることになった。観客席は超満員。商人まで屋台を並べ、まるでお祭りだ。
「見ろ! 黒瀬ユウマが入場だ!」
「ついに他学院の精鋭と激突するんだな……!」
緊張感に包まれる場内。
だがユウマは、ポケットに手を突っ込んだまま、ふわあっと大きな欠伸をしていた。
「おーい、さっさと始めようぜ。眠いんだよ」
挑発にも聞こえるその態度に、ライナーは顔を赤く染める。
「舐めおってぇぇ!! 我が剣は雷をも断つ! かかってこい!」
――開始の合図と同時に、ライナーは疾風のように駆け出した。剣が稲妻の軌跡を描き、真っ直ぐユウマの首筋へ迫る!
――が。
「……あ、靴紐ゆるんでら」
ユウマが屈んで結び直した、その瞬間。
ライナーの剣は空を切り、勢い余って――
ゴゴゴゴゴッッッ!!!
真上の天井から石材が崩れ落ち、轟音とともにライナーの頭上に直撃。
観客席から悲鳴とどよめきが上がる。
「な、なんだあの防御……!?」
「相手の攻撃をかわしただけでなく、天をも味方につけたのか!?」
「これが最強の男――黒瀬ユウマ!!」
誤解の嵐。
ライナーは土煙の中、意識を失ってぶっ倒れていた。
「……え、終わり?」
ユウマは呆然と頭をかく。
「結局、剣振られても俺に当たんなかったな。やっぱり俺って最強なんだなぁ」
本人は納得顔。
だがミサキは胸を押さえ、複雑な気持ちで空を仰いでいた。
(……ユウマ。あなたは本当に、ただの偶然で勝ってるの? それとも……)
決闘後、噂は瞬く間に広がった。
「グランフェルトのトップ剣士すら一撃で退けた!」
「いや、一撃どころか“無撃”だ! 攻撃すら届かなかったんだぞ!」
「黒瀬ユウマは人智を超えた存在だ!」
ライナーは後日、頭に包帯を巻きながらこう語ったという。
「……あの男は……まるで“天そのもの”が守っているようだった……」
こうして「黒瀬ユウマ=天の寵児」という新たな偶像が誕生し、挑戦者たちをさらに震え上がらせる結果となった。
だが、当のユウマは――
「ふぁ~……決闘って退屈だな。もっと面白いことないかな」
パンを頬張りながら、実にのんきに次の日を迎えるのであった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。
今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




