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第16話「偶像化ビジネスの嵐」

 王都の大通りに並ぶ商店街。昼時を迎えたその一角は、いつにも増して人の波が渦巻いていた。

 

 香ばしいパンの匂い、客引きの声、馬車の軋む音。普段ならごくありふれた雑踏にすぎないのだが、今日は様子が違った。


 至るところに──妙な看板やポスターが掲げられていたのだ。


『偽りなき勇者・黒瀬ユウマ! 決めポーズタペストリー絶賛販売中!』

『限定! 勇者ストラップ第二弾! ユウマ様の拳ver!』

『お守り効果抜群! “勇者の残飯”型チャーム!』


 ……などなど。


(なんだよこれ……!?)


 商店街を歩いていたユウマは、思わず額に汗を浮かべた。


 つい先日の魔物騒動で、照れ隠しにしたポーズが「伝説の技」と勘違いされたのは知っている。学園の生徒たちが真似して盛り上がっていたのも見た。


 だが、まさか街ぐるみで商売にまで発展しているとは、夢にも思わなかった。


「お客さーん! そこの勇者様にそっくりな少年! どうだい一枚!」

「おお、これは縁起がいい! 本物のご登場だ!」

「これを着れば貴族の護衛もいらない! 勇者Tシャツ、残り三枚だよ!」


 商人たちが一斉にユウマへと群がってくる。


「ちょ、ちょっと待て! 俺は――」

「本物だ! 本物のユウマ様だ!」

「ありがたや……これで売上は十倍だ!」


 声は雪崩のように広がり、瞬く間に周囲の人々が押し寄せた。


 サインを求める者、握手をせがむ者、中には「このタペストリーに祝福を!」と土下座する者まで現れる始末。


「……これ、完全に宗教だよな」


 少し離れたパン屋の軒先で、その光景を見ていたミサキが小さくため息をついた。


 いつもはのんびりした笑顔を見せる彼女だが、今日はどこか複雑な表情を浮かべている。


(ユウマ……あんた、ほんとは普通の人間のはずなのに……)


 彼女は知っている。ユウマの“奇跡”の大半は偶然の産物だ。


 けれども、こうして人々が崇め、熱狂し、ビジネスにまで発展していく様を見ると……胸の奥がざわついて仕方がなかった。


(私が一番、ユウマの隣で見てきたのに……。でも……こうやって周りに奪われていくみたいで……)


 その感情が嫉妬なのか、不安なのか、自分でも分からない。


 ただ、無自覚に笑顔を振りまくユウマの背中が、遠く感じられた。


「はっはっは! まさかここまでの経済効果とはな!」


 人混みを遠巻きに眺めながら、商人ギルドの男が上機嫌に笑っていた。


 彼は流行に乗じることを得意とする流行屋〈トレンドメーカー〉。


 今回の「ユウマ商品」も、真っ先に仕掛けた張本人だった。


「決めポーズ一つでここまで盛り上がるとは……いやぁ、勇者様様だ」


 隣にいた腹心が声を潜めて問う。


「ですが旦那……本物にバレたら、怒られるんじゃ?」

「バカを言え。あの御方はそんな俗っぽいことに興味がない! むしろ民草が勇者を慕う姿に満足なさるだろうさ」


 豪快に笑うギルド男。


 だが──ユウマは人混みの真ん中で「ちょ、やめろ! 勝手にグッズにするな!」と必死に叫んでいるのだった。


「ユウマ兄ちゃん、すごいね!」


 人波の後方から妹・アイナが目を輝かせて駆けてきた。


 彼女の手には、さっそく買ったらしい“勇者ポストカード”が握られている。


「みんな兄ちゃんのこと大好きなんだよ! やっぱり兄ちゃんは世界一なんだ!」

「いや……違うって……!」

「照れなくてもいいのに。さ、こっち向いて! はい、ポーズ!」


 ぱしゃり、と絵描き屋が即席スケッチを描き写す。

あっという間に「本物の直筆サイン入りスケッチ」が誕生し、さらに群衆の熱気を煽る。


 ──一方その頃。


 学園の執務室では、学園長クロードと一部の教師陣が事態を報告されていた。


「……学園長。生徒ユウマを中心とした一連のブームですが、街の商人が勝手に商品化を始めております」

「ふむ……」


 クロードは顎髭を撫でながら瞳を細めた。


 元勇者と呼ばれた男の目から見ても、この現象は尋常ではない。


「勇者が現れると、世は常に熱狂に包まれる。だがそれが商売へと転じるのは……民の信仰心の現れでもある」

「では、放置を?」

「いや。放置すれば収拾がつかなくなるやもしれぬ。ただ……」


 クロードの口元が僅かに緩む。


「民草が“彼”を偶像とし、己を奮い立たせるならば……それもまた力となろう」


 教師たちは顔を見合わせ、うなずいた。


 夕暮れ。


 ようやく人波から解放されたユウマは、商店街の裏路地でへたりこんでいた。


「はぁ……なんなんだ今日は……。俺、ただの一般人だぞ……」

「ユウマ」


 声をかけてきたのはミサキだった。


 彼女は少し膨れた表情で、買ったばかりの“勇者タペストリー”を突きつける。


「……どういうつもり?」

「いや俺じゃねえ! 勝手に作られただけだって!」

「でも、みんなユウマが認めてると思ってる。だから……あんたもちゃんと否定しないと」


 ミサキの言葉に、ユウマは黙り込む。


 彼女の瞳は真剣そのものだった。


(……そうか。俺が黙ってたら、本当に“勇者”として祭り上げられていくんだ)


「……でもよ」


 ユウマは空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。

「みんなが笑顔になるなら……ちょっとくらい、いいんじゃねえか?」

「……!」


 その言葉に、ミサキの胸がちくりと痛んだ。


 嬉しいはずなのに、どこか寂しい。


 自分だけが知っていたはずの“普通のユウマ”が、どんどん遠ざかっていくようで。


 夜。


 商人ギルドは大宴会を開き、「ユウマビジネス」拡大計画を進めていた。


「次は“勇者の涙”キャンディを!」

「“決めポーズ練習帳”はどうだ!?」

「いや、“勇者抱き枕”こそ最大の利益だ!」


 ……混沌とした提案が飛び交い、熱気は留まるところを知らない。


 だがその熱狂は、やがて貴族社会や王都全体を巻き込む大騒動へと発展していくのだった。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。

今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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