第4話「屋上のポーズと不思議な風」
昼休みの終わり。
黒瀬ユウマは、学園の屋上に立っていた。
「フッ……やはりこの場所が一番しっくりくるな」
生徒会の許可を取らなければ基本立ち入り禁止だが、鍵は壊れており実質フリーパス。
風に吹かれながら、ユウマは制服の裾をばさりと鳴らした。
――俺が最強であることは、誰もが知るべき真理だ。
しかし心の中で唱えるだけでは足りない。やはり格好良くポーズを決め、世界に示してこそ意味がある。
ユウマは片手を空へ掲げる。
そして芝居がかった声で言い放った。
「風よ、静まれ!」
当然ながら、ただの自己満足だ。
だがその瞬間――それまで強く吹いていた突風が、まるで合図に従ったかのようにぴたりと止んだ。
「……お?」
ユウマ本人も驚く。偶然の一致。しかし彼は勘違いをやめない。
「フッ、やはりな。俺の覇気に風すら従うか」
両手を腰に当て、勝者のように微笑む。
その様子を、ドアの影から数人が目撃していた。
「……見た?」
「見た。確かに、彼が言った直後に風が止んだ」
委員長・神楽サラは、目を見開いて立ち尽くしていた。
彼女は常に理知的で冷静だが、今の光景は言い訳できない偶然……いや、必然に見えてしまった。
「偶然、じゃないのかしら」
「いや、あのタイミングは……」
サラの後ろで、取り巻きのクラスメイトたちがざわめく。
さらに、その光景をスマホで撮っていた少女が一人。
学園アイドル・桜井ユリナだ。
「やばー! 今の絶対インスタ映えするやつ!」
彼女はカメラを構えたまま小声で笑う。
「『風すら支配する男・黒瀬ユウマ』ってキャプションつけよ」
「や、やめなさいユリナ!」サラが慌てて止めるが、もう遅い。
ユリナの指先は軽快に画面を操作していた。
一方ユウマは、屋上で一人悦に入っていた。
「フッ……今日もまた、俺の力が証明されてしまったな」
――その瞬間。
「何をやってるのよ、バカユウマ!」
背後からドアが開き、幼馴染の白石ミサキが現れた。
お弁当を持ったまま駆け寄ってくる。
「ま、またサボって……って、なにそのポーズ!」
ユウマは振り返り、微笑む。
「ミサキ、見ていたか? 今、俺は風を静めた」
「……はぁ?」
呆れ顔。だが同時に――彼女の心の奥に小さなざわめきが生まれる。
確かに、ほんの数秒前まで強風だった。彼が言葉を発した瞬間に止んだのだ。
(まさか……いや、でも……)
ミサキは頭を振って否定する。だが否定しきれない自分もいる。
昼休みが終わり、教室へ戻ったミサキ。
そこで待っていたのは、すでに広まり始めた「屋上事件」の噂だった。
「聞いたか? 黒瀬が風を止めたって!」
「動画見た見た! なんか手をかざした瞬間にピタッて!」
「マジかよ……あれが“最強”ってやつか」
クラス中がざわつき、ユウマは当然のように胸を張る。
「フッ……大したことではない。自然が俺に従っただけだ」
まるで自明の理を語るかのように。
その自信満々の態度が、さらにクラスメイトたちの心を揺さぶる。
「ほ、ほんとにそうなのか……?」
「さすが黒瀬さん……」
そして新聞部の東堂リョウが机を叩いた。
「これは一面記事確定! 『黒瀬ユウマ、自然すら支配する男!』」
「やめてよ!」ミサキが慌てて止めるが、もう止まらない。
放課後。
校舎の窓から学園長クロードが、校庭を歩くユウマをじっと見つめていた。
「……風を止めた、か」
伝説の元勇者は、口元を緩める。
「なるほど……やはり彼は、次代の救世主かもしれん」
学園長の思い込みが、新たな火種となってしまった。
その夜。
ユウマは自室の鏡の前に立ち、例の決めポーズを繰り返していた。
「フッ……今日の俺も、最強だったな」
その様子を、妹のアイナが廊下から覗き見てクスクス笑う。
「お兄ちゃん、またやってる……でもやっぱりすごい人なんだよね」
こうしてまた一人、誤解の輪が広がっていくのだった。
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