第15話「貴族の反応」
王都の一角、荘厳な石造りの議事堂。
重厚な扉が閉じられ、王国の要人たちが集まっていた。議場の中央には長机が並び、その周囲をぐるりと囲むように席が配置されている。煌びやかな衣服を纏った貴族、実務に追われる官僚、そして軍部の高官までもが顔を揃えていた。
議題はただ一つ。
――黒瀬ユウマ、なる少年について。
先日の小規模な魔物襲撃で、彼が見せた「決めポーズ」。
あれが王都の学園のみならず、市井の人々の間でも話題になりつつあった。子どもたちが真似をし、大人たちすら酒場でその仕草を称え合う。まるで新しい信仰の芽生えのように、ユウマの名は広がっていた。
「――かような小僧に、国の未来を託すというのか?」
最初に声を上げたのは、保守派の老貴族・ドーラン卿だ。
年齢は六十を超え、白髪をきっちり撫でつけ、眼光だけは鋭い。彼は手元の文書を机に叩きつけるように広げた。
「学園近郊の小競り合いに過ぎぬ魔物退治を、まるで英雄譚のごとく持ち上げるなど、愚かしい。見よ、この報告書! 魔物の数はわずか十にも満たぬ。しかも討伐の大半は学園騎士団の働きによるものだ。あの少年は――ただポーズを取っていただけではないか!」
ざわ、と場内が揺れる。
反論の声もすぐに上がった。
「いや、卿。その“ただのポーズ”こそが重要なのだ」
立ち上がったのは、若き進歩派の貴族・マクシミリアン子爵。
赤い外套を翻し、堂々と声を響かせる。
「市民の心を掴むのは剣や魔法だけではない。象徴だ! あの少年は、偶然か必然か知らぬが、人々に希望を与えた。結果、魔物への恐怖を拭い去り、学園を守った。これは紛れもない事実だ!」
「希望? ただの見世物にすぎぬ!」
「いや、だからこそ民草には受けるのだ!」
「くだらん! 国政は遊戯ではないぞ!」
議場は一気に騒然となり、互いに罵り合いが飛び交った。
保守派は「少年に国の権威を預けられるか」と反発し、進歩派は「新たな象徴として利用すべき」と推し進める。双方の思惑が絡み合い、議論は泥沼と化す。
その最中――重々しい杖の音が響いた。
コツ、コツ、と歩み出たのは、学園長クロード。伝説の元勇者にして、この場に呼ばれた最高の証人である。
「静まれ」
一言で場内の喧騒は嘘のように収まった。
その声には威圧も誇張もなく、ただ積み重ねた歴戦の重みがあった。
「私は彼を間近で見ている。黒瀬ユウマ……彼はまだ未熟な少年だ。しかし、その未熟さこそが人を惹きつける。彼が何気なく放った言葉や仕草が、仲間を奮い立たせ、敵を退ける。これは私の目にも錯覚ではなかった」
ざわ……。
進歩派の面々がうなずき、保守派は苦い顔をする。
「だが学園長」
ドーラン卿がすかさず反撃する。
「それはただの偶然では? 勇者としての器量を示す実力があるのか? 魔王軍四天王を討ったわけでもあるまい」
「ふむ」クロードは目を細める。「卿よ。勇者に必要なのは剣技か、魔法か、血統か……? 私はそうは思わぬ。人を導き、仲間を鼓舞する“何か”だ。彼にはそれがある」
議場の空気がまた揺れる。
ただ――真相を知る者からすれば、クロードの言葉はすべて“誤解”に過ぎなかった。ユウマの奇跡は本当にただの偶然。だが誰もそれを疑おうとしない。むしろ偶然であるほど「神の導き」と結びつけられていく。
議論は数時間に及んだ。
「利用すべき」と「危険すぎる」の声が交錯し、決定は先延ばしにされた。だが確かに、この日を境に――ユウマを巡る政治的な駆け引きが始まったのだった。
そのころ当の本人は――。
「ふぅ……昼飯、やっぱ学食のパンが一番だな」
中庭のベンチでかじりついていた。
横ではミサキが呆れ顔を浮かべる。
「ねぇユウマ。今、貴族たちがあなたのことで大議論してるの、知ってる?」
「は? なんで俺の昼飯に口出しすんだよ」
「ちがうっ!」ミサキは額を押さえる。「……ほんと、どうしてそうなるの……」
その様子を、木陰からじっと観察する影があった。
姫セリシアだ。
彼女は頬をほんのり赤らめながら、ノートを広げていた。表紙には『ユウマ観察日誌・続』と書かれている。
「……今日も、無垢な笑顔。ああ、やっぱり彼こそ……」
うっとりと呟く姫の視線の先で、ユウマはパン屑を猫のホシに分け与えていた。
それを別の角度から眺める少女もいる。
神楽サラ。
腕を組み、むすっとした表情で呟いた。
「……なによあれ。パン屑あげただけじゃない。なのに……なんでセリシア様まで見とれてるのよ……!」
心臓が妙に早鐘を打つのを必死で抑えながら、嫉妬と混乱が入り混じった感情に揺れていた。
当のユウマ本人はというと――。
「お、ホシ。もっと食べたいか? じゃあ半分やるよ」
「にゃっ(感涙)」
「なに感動してんだよ。お前の方が猫なのに腹黒いだろ」
「にゃにゃ!?(失礼な!)」
……結局この日も、ユウマはいつもの日常を過ごすのだった。
その裏で、王国の権力者たちが頭を悩ませているとも知らずに。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
もし「面白い」「続きが楽しみ」と感じていただけましたら、ブクマや★評価をいただけますと大変励みになります。
今後も楽しんでいただけるよう努めてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




