第13話「小規模襲撃と決めポーズの伝説」
学園都市の空気は、昨日の「ユウマ理論」の発表から妙に浮き立っていた。
如月タクトが作り上げた「無意識に結果を引き寄せる男・黒瀬ユウマ」という論文めいた発表は、学内だけでなく市街地の酒場にまで噂が広まっている。
ユウマ本人はというと、相変わらずのんきに購買でパンを買っていた。
「やっぱあんぱんは最強だな」
「……兄さん、それ毎回言ってる」
隣で妹アイナが呆れ顔。
そんな平和な昼休み、突如として鐘の音が鳴り響いた。
──学園防衛鐘。街外れに魔物が現れた時だけ鳴らされる警鐘だ。
「ま、魔物出現!?」「街の近くに!?」「学生で討伐に向かえる者は!」
教師と上級生が慌ただしく走り回る。
ユウマはパンを口にくわえたまま首を傾げた。
「魔物? 小さいのなら、俺でもなんとかなるかな」
「ええ!? ユウマ兄さんが!?」
「ちょ、ちょっと待って!」
アイナが止める間もなく、彼は人の流れに押される形で前線へと連れ出されていった。
街外れの畑。そこにいたのは――背丈ほどの牙イノシシ型魔物、数頭。
確かに「小規模襲撃」と呼べる程度だが、住民にとっては命がけだ。
「うわっ、けっこうでかいな……!」
ユウマは腰を引きつつ、周囲の視線を感じ取る。
農夫たちが叫んだ。
「勇者様だ! 学園の最強勇者が駆けつけてくださった!」
「もう大丈夫だ! 黒瀬ユウマ様がいれば!」
「えっ、俺……?」
言う間もなく、群衆の期待が一斉に集まる。
ユウマは背筋を伸ばし、照れ隠しに思わず片手を前に出し、もう片手を腰に当てた。
──決めポーズ。
本人的には「どうすっかな……」と考えながら無意識に体勢を取っただけだった。
だが周囲には違って見えた。
「勇者の構えだ!」
「伝説の技の予兆に違いない!」
群衆が勝手にざわつく。
「いやいやいや、ただ立ってるだけなんだけど……」
ユウマは心の中で否定したが、誰も聞いちゃいない。
その時、一頭のイノシシ魔物が突進してきた。
ユウマは反射的に身を引き、転びそうになって両手を広げる。
直後、魔物は自分から近くの木に激突し、勝手に気絶した。
「うおおおおっ! すごい!」
「今のは“空気の壁”か!? 手を広げただけで魔物が弾かれたぞ!」
「最強勇者……!」
「えっ、俺、なにもしてねえよ!?」
必死に否定するユウマの横で、次の魔物が襲いかかる。
ユウマは腰が引けて、思わずポーズのまま後ずさった。
その時、背後の石につまずいて転倒。
だが偶然にも、その勢いで伸ばした足が魔物の顎にクリーンヒットした。
「ギャアア!」と鳴き、魔物は吹き飛ぶ。
「や、やったあああ! 勇者様が一撃で!」
「まるで必殺の蹴り技だ……!」
「きっと“伝説の構え”から繰り出される必殺奥義なんだ!」
群衆の盛り上がりは最高潮。
ユウマは土まみれになりながら叫ぶ。
「ちがーう! 転んだだけだって!」
だが農夫の娘モモが両手を合わせ、涙ぐんでいた。
「黒瀬様……ありがとうございます! やっぱり最強なんですね……!」
「え、あ、うん……?」
感謝のまなざしに押され、否定できずに口ごもるユウマ。
その後、残りの魔物たちは学園の上級生たちによって掃討された。
だが人々の心に残ったのは、ユウマが最初に示した“構え”と、その後の“必殺蹴り”。
「伝説の勇者は、まず構えを取ってから技を放つのだ」
「その名も……『勇者の型』!」
「いや『最強ポーズ』だ!」
「『死神蹴り』でもいいぞ!」
名前の候補が飛び交い、いつのまにか子どもたちが真似をし始める。
両手を前に突き出し、片足を半歩引いた独特のポーズ。
「えいっ! ユウマ様の型だ!」
「魔物退治ごっこしようぜ!」
広場が小さな祭り騒ぎになっていく。
その夜。
学園寮の食堂で、仲間たちが集まっていた。
御剣レオンが真剣な顔で言う。
「黒瀬……今日の技、俺には見えた。お前はまだ全力を出していなかったな?」
「えっ、ちがうけど」
「……なるほど、沈黙をもって肯定するか。やはりお前は奥深い……」
アリア=フェルネはメモ帳に走り書きしていた。
「両手を広げることで周囲のマナを制御し、衝撃波を発生させたのね……。あれは高度な魔導理論よ!」
「いや、避けただけなんだけど……」
黒影シズハは腕を組んで頷く。
「我が里にも伝わる奥義に似ている……。まさか彼が独自に会得していたとは」
轟木ゴウが笑う。
「さっすがユウマ! 俺もいつか、その“死神蹴り”と勝負してえな!」
「勝手に名前がついてる!?」
ユウマは頭を抱えた。
だが幼馴染ミサキは、そんな彼をそっと見つめていた。
「ユウマ……やっぱり、あんたは本当に最強なんじゃない?」
「ミサキまで何言ってんだよ! 俺は転んだだけだって!」
彼の必死の否定も、もう誰の耳にも届いていなかった。
数日後。
街の広場では子どもたちが一斉に同じポーズを取っていた。
商人は木彫りの“勇者フィギュア”を作り、パン屋モモは「勇者ポーズパン」を売り出した。
その流行は王都にまで広がりつつあった。
──こうして、黒瀬ユウマの「なんちゃって決めポーズ」は、知らぬ間に伝説の戦技として世に定着していくのだった。
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